§2 ツ・ン・デ・レ
Diary of Shirabe
『いいなぁー。ねぇジル兄、わたしも旅したい! 』
『いいかもね! 私もトリ姉も大分特殊なケースだけど、仲間も沢山増えるし、自分も代われるんだよ』
『確かにね。……けどヘキサ、人間には僕達の言葉は通じないのが普通なんだよ。中には捕まえても捨てたり虐待するようなトレーナーもいるみたいだし、色違いだと特に、見せ物にされる事もある、って聞いた事があるよ』
『そうだね。私達はそういうトレーナー達を取り締まる立場だけど、いつになっても減らないんだよね……』
――――
ブラッシータウン Written by Scorbunny
「――それじゃあマサキ、先に行ってるな」
「うん」
さっきはよく分からないうちに気を失っちゃったけど、気づくとわたし達は森の外で介抱されてた。近くにリザードンがいたからダンデさんだと思うけど……、やっぱりあの大きいひとの事が気になるよねぇ。最初はゴーストタイプなのかな、って思ったけど、リザードンに聞いたらノーマルとか格闘タイプじゃない限り、ちゃんと技は当たるみたい。多分マサキとポップ君もダンデさんに聞いてくれてたと思うけど、パッとしない顔してたから変わらないような気がする。リザードンも、何で技がすり抜けたのか分からない、って言ってたし……。
それで分からない事を考えてもしょうがないからって事で、わたし達は気を取り直して旅に出る準備をし始めた。今度は怒られるといけないからちゃんと伝えてきたんだけど、ポップ君の提案で麓のブラッシータウンに向かった。そこにある研究所でダンデさんの知り合いが助手をしてるみたいなんだけど、中が真っ暗で誰もいなかった。だからまだ家にいるかもしれない、って遅れて来たダンデさんが言ってたから、そのまま湖の近くの、その人の家の方に……。待ちきれないらしいポップ君は丁度今一人で走って行っちゃったけど、わたし達も今から追いかける、って感じかなぁ。
「じゃあヒバニー、僕達も行こっか」
『うん! けどマサキ、本当にいるのかなぁ……』
さっきまで抱っこしてもらってたんだけど、出発するって事でわたしはマサキの腕の中からぴょんと跳び降りる。抱っこしてもらうのは凄く楽でいいんだけど、癖になると中々直せなさそうだからねぇ……。で、下に降りてからすぐに歩き始めたんだけど、今から行っても入れ違いになっちゃいそうで少し不安。言葉じゃ伝わらないけど、ちょっとだけ耳が下向いちゃってるから、気づいてくれるかなぁ。
『それにダンデさんもついてくる、って言ってたけど、どこ行ったのかなぁ』
リザードンが一緒にいるから大丈夫だと思うけど、わたしはそっちも心配で気が気じゃない。逆にマサキは気にしてないと思うから、このまま何も考えずに湖の方に降りていく事になると思う。今町を出たところだけど、せめてわたしだけでも、キョロキョロと見渡しながら――
『あっれぇ? こんな所にヒバニーだなんて珍しいじゃない! 』
『ぅん? 』
それでわたしはダンデさんとリザードン、それからポップ君を探しながら歩いてたんだけど、町の方からわたし達を追い抜くような感じで誰かが話しかけてくる。そのひとはマサキの腰の辺りまでぴょんと跳びながら話しかけてきたんだけど、多分わたしの種族に興味を持ったのかもしれないねぇ。追い抜いた声の主の方に目を向けてみると、いつの間にか抜かれていたみたいで、目の前ににクスネがひとり……。
『あぁわたし? トレーナーはハロタウンに住んでるんだけど、わたしはこっちに来たばかりでね。ええっと、きみは? 』
声的にわたしと同じ女の子だと思うけど、誰かと話せる事が嬉しくてすぐに返事する。多分口元が上がって耳もピンと立ってるから、わたしの気持ち、クスネのこの子とマサキにも伝わってるんじゃないかなぁ?
『アタイはこの辺の生まれでねぇ、こういう田舎も良いもんだって思わないかぃ? 』
「あっ、クスネだ! えっと確か悪タイプだったっけ? 」
『そうなんだ。わたしは山の方の生まれでね、こういうところは嫌いじゃないよ? 』
クスネのこの子は目をキラキラ輝かせて、自分のことを話してくれる。田舎生まれでわたしと同じだから、ちょっと親近感わくなぁ。もちろんわたしもそうなんだけど、彼女もうれしいみたいで声が明るくはじけてるような感じがある。特にわたしはサルノリもメッソンも男の子だったから、余計にそう感じてるのかもしれないけどね。
『やっぱあんたもそう思うよねぇ! んじゃあ、思う存分楽しんでってほしいところだねぇ――』
クスネの彼女はにこにこと笑顔を浮かべながら、大きい尻尾をぱたぱたと振ってくれてる。クスネっていう種族に会うのは二回目だけど、その時の子よりも尻尾は大きいのかなぁ。今は上に上げてるから、余計に大きく見える気――
『――鈍感なトレーナーさん』
『あっ……』
そんな気がしたけど、わたしはその後で彼女が言った一言で、それどころじゃなくなってしまう。ずっとニコニコと笑いかけてくれてた彼女の笑顔に、急に黒いモノが混ざったような気がする。これがゲス顔……って言うのかもしれないけど、手のひらを返したみたいに挑発してきてる。それから今までは気持ちが舞い上がっちゃって気づけなかったけど、クスネの彼女、いつからかは分からないけど、尻尾で赤と白で丸い何かを掴んでる。彼女は今にも走り出しそうな感じだけど、掴んでるアレ、どこかで見たような――
「あぁっ! ヒバニーのモンスターボール、いつのまに? 」
『ええっ? 』
そんな気がして腕を組んで考えてたら、マサキが急に大きな声をあげて慌て始める。凄くビックリしてビクッてしちゃったけど、教えてもらってやっと――
『あぁやっと気づいた? 』
『くぅぅっ……! 』
ってそれどころじゃなくなっちゃったけど、クスネはわたしの方に背中を向け、べーって舌を見せてくる。悪タイプっていうのもあるのかもしれないけど、そんな彼女に何か腹が立ってくる。わたしはあまり怒った事はないけど、大切なボールを盗まれたら、ね……。マサキとわたしを繋いでる宝物取られたら黙っちゃいられないよね。だからわたしは――
『わたしの宝物、返してよ! 』
悔しさで両手をぎゅって握りしめながら、わたしのボールを盗んだ犯人をにらみつける。まだ何も指示はもらってないけど、体に力を溜めながら――
『じゃあ、悔しかったら取り返してみな! 』
「もしかして、技で……? 」
『当たり前でしょ! 』
大きな声で言い放つ。溜めた力を一気に解放して駆けだし――
『っ! 』
一気にクスネとの距離を詰める。多分マサキの指示がなかったからだと思うけど、クスネは反応が遅れてビックリした顔をしてる。だからそのままわたしは走る速さを緩めずに――
『これでどう? 』
全身で相手に突っ込む技、体当たりを相手に命中させた。
『くぅっ! あんた、中々やるねぇ! じゃあこれならどう? 』
体当たりだしわたしもあまり強くないから仕方ないけど、これだけじゃあクスネは倒れてくれなかった。すぐに起き上がってわたしを狙い――
『うわっ! 』
左の前足を中心にして一回転。大きな尻尾を振り回しながら体制を低くして、わたしの両足を払ってくる。クスネの動きが速くて反応が出来ず、わたしはそのまま転ばされてしまった。
『今はアタイしかいないけど、ふくろだたきは効いたんじゃないかい? 』
転ばされて少し痛かったけど、この技で助かったと思う。どんな効果か覚えてないんだけど、相性は普通だから耐える事は出来た。向こうは向こうで得意そうな笑顔を浮かべて笑ってるから、これがクスネの得意技なのかもしれない。けどわたしは負ける訳にはいかないから――
『ちょっとだ――』
「ヒバニー、火の粉で攻撃して! 」
『痛かったけど、わたしもこれだけじゃないんだからね! すぅーっ――』
大きく息を吸ってエネルギーを混ぜ込んでいく。熱くて弾けるようなイメージを膨らませていると、丁度良いタイミングでマサキがわたしに指示を出してくれる。そうじなゃくてもこの技を使うつもりだったけど――
『きゃぁっ! 』
『これならきみも、耐えられないんじゃない? 』
咳をするような感じで火の粉を発動させる。あまり距離が離れてなかったから、わたしの炎の粒の殆どがクスネに当たってくれる。
『ぅぅっ……、そんな……炎技使う……なんて、聞いてな――』
「よし、今なら――」
わたしが炎タイプって事を知らなかったのは意外だけど、急所に当たっちゃったのかなぁ。何とか立ち上がってはいたけど、ぷるぷる震えて息も凄く荒くなってる。相性は普通だからわたしもビックリしてるけど――
「――捕まるかな」
『痛っ』
びっくりしたけど、わたしはすぐに頭をブンブン振って気持ちを切り替える。すぐ攻撃出来るようにしてたんだけど、わたしの予想と違ってヒュン、って軽い音がする。一瞬すぎて気のせいかな、って思ったけど、それが何なのかすぐに分かった。わたしが身構えてる間に準備してたみたいで、マサキは赤と白のボール、モンスターボールを投げていた。マサキのコントロールがいいのかそういう機能がついてるのか……どうなのかはヒバニーのわたしには分からないけど、こつん、って軽い音がしてクスネの頭に当たる。かと思うと二色のボールは二つに分かれて開き、赤い光がでて弱ったクスネを包み込む。そのまま光ごとクスネはボールに吸い込まれ――
『マサキ、もしかして……』
土の地面に落ちる。坂じゃない平坦な地面だから転がらなかったけど、クスネが入ったボールが小さく揺れ始める。誰かがボールで捕まえられるのを見るのは初めてだけど、今まで戦ってて見ているだけのわたしもドキドキしてきた。右、左、右、って三回揺れると、カチッって音がして揺れが収まる。ってことは、もしかすると――
「やった……、捕まった! 」
クスネが仲間になった、そういう事なのかもしれない。誰もいないんじゃないか、ってぐらいシーンとしてたけど、少ししてからマサキが絞り出すような感じで声を出す。多分当たった時に落としたからだと思うけど、わたしのと合わせて二つのボールが転がってる。
『うん! 仲間にするつもりだったなんて思わなかったけど、仲間になったんだね! 』
わたしはマサキが言ってやっと実感できたんだけど、仲間が出来た事が凄く嬉しくて彼の方を見上げる。
「ヒバニー、やったよ! 」
それでマサキはわたしの頭を優しく撫でてくれてから、地面に落ちてる二つのボールを拾い上げる。片方は腰のベルトにセットして、もう一つは――
「クスネ、出てきて! 」
ふわって上に投げて、中に入ったばかりのクスネをボールの外に出す。ポンッて小さく音がすると中から白い光が出て、それと一緒に――
『ぅぅっ……。アタイは……一体……』
戦ったばかりでふらふらしてるクスネも一緒に出てくる。火傷状態にはなってないから大丈夫だとは思うけど、さっきは一瞬の事だったから、訳が分からない、って感じでキョロキョロしてる。
『わたしもビックリしたんだけど、仲間になったんだよ、わたしたちって』
だからわたしは彼女の方に歩いていって、優しく教えてあげる。……確かにさっきは宝物を取られて怒りはしたけど、これとそれでは話は別、なのかなぁ……。返ってきたからゆるしてあげる事にして、仲直りの証として右手を差し出す。
『仲間……に……? 』
「クスネ、今回復するからじっとしてて」
『くぅっ……』
するとクスネは、いまいち実感出来てないみたいで小さく首を傾げる。だからもう一回教えてあげようとしたんだけど、このタイミングでマサキが何かをしたらしい。わたしとのバトルで受けた傷が治ってたから、多分使ったのは傷薬かなにか、だと思う。傷にしみたみたいで小さく声をあげちゃってたけど……。
『うん! 』
『仲間……。あんたと、アタイが? 』
『そうだよ! 』
『ふっ……、しょうがないねぇ。アタイに盗まれるようじゃあこの先が心配だから、特別についていってやるよ』
何回か言ってあげたらやっと分かったみたいで、口元を緩めて小さく笑ってくれる。かと思うと彼女は大きく頷いて、出し直したわたしの右手を、左の前足で握り返してくれる。
『ありがとう! ええっと、クス――』
『ボーラ、これがアタイの名だよ』
『ボーラだね? わたしはヒノカ。これからよろしくね! 』
だからわたしは左手も前足に重ね、初めてできた仲間、ボーラと厚い握手を交わした。
To be continued……