§1 霧に微睡む陰
Report of Shirube
「ありがとうございます! ええっと……」
「そういえば名乗ってなかったっけ? わたしはソニア」
「カナ」
「それからサンダースのコットです」
「カナちゃんにコットだね? シルクも、今晩はよろしくね」
――――
ハロタウン Written by Scorbunny
『ふぁー』
昨日あの後私達は、交流って言う意味でいろんな事をした。順を追って話していくと、私とマサキはサルノリと弟さんとバトルをした。この時私は初めて戦ったんだけど、バトルって案外簡単なんだねぇ。向こうは他にウールーがいて一対二だったんだけど、体当たりと火の粉で何とか勝つ事は出来た。ウールー、モコモコで気持ちよかったけど……。それでその後はダンデさんの家で、夜までバーベキュー。はしゃぎすぎて凄く疲れたんだけど、よく考えたら、これで選ばれなかったメッソンとはお別れなんだよね……。サルノリは弟さんに選んでもらってたから、多分これからの旅先で結構会う事にはなると思う。
それから一夜明けた今日、私はパートナーになってくれたマサキの家で目を覚ます。ずっとボールの外に出てて抱かれたまま寝てたんだけど、気づいたらマサキに抱っこされて外に出てた。今も凄く眠くてあくびが出ちゃったけど、このままでも大丈夫だよねぇ。ボールに戻してもらえば、そんな心配はいらないと思うけど。
「ヒバニー」
『ぅん? 』
エンジンシティとは違って澄んだ空気に癒やされてる私に、ふとマサキはこんな風に声をかけてくれる。返事したところで私の言葉は伝わらないけど、とりあえず半開きの右目を擦りながら、彼の方を見上げる。
「ヒバニーって凄くお寝坊さんなんだね」
彼はあはは、って小さく笑いながら、私にこんな事を言ってくる。旅することが楽しみなのは私も一緒だからよく分かるけど、だからって言ってこんな朝早くに起きなくても良いような気がする。時計っていうものの見方は知らないから何時か分からないけど、太陽の高さからすると、街の店がオープンするのにも大分早いような時間。いつもの私ならぐっすり寝てるような時間だから、寝坊してるって言われても凄く困るんだけどねぇ。
『だって……、まだ寝てる時間――』
「まっ、マサキ! 」
「うん? 」
私はまだまだ頭がボーっとしてるけど、そんな私とは正反対な声が乱入してくる。今私達はマサキの家の玄関の前にいるんだけど、少し離れたここからでも誰なのかすぐに分かる。走ってきたみたいでゼェゼェ言ってるけど、ダンデさんの弟さん――確かポップって言ったかな? ――彼がバタバタと家の庭に入ってくる。当然何事か分かってないマサキ、それから私も、騒々しい彼の様子に思わず首を傾げる。
「はぁ……はぁ……。っウールー、っ見てないか」
「ウールー? 見てないけど、どうかした? 」
まだ家を出たばかりだから仕方ないけど、私はマサキもウールーを見た覚えは全くない。マサキも首を横に振ってるから同じなんだと思うけど、もし見かけてたら先に向こうの方が話しかけてくると思う。ポップが物凄く慌ててるような感じだから、マサキは私を抱いたまま歩き始め、ポップと間近で話し始める。
「そ……それが、ウールーがいなくなったんだ」
『え、ええっ? あのウールーが? 』
賑やかな彼だからそう大したことない、って最初は思ったけど、私は彼の口から出た一言に思わず耳を疑ってしまう。昨日戦った時、彼とは正反対でのんびりしてたから、正直に言って信じられない。寧ろポップの勢いにおいていかれてそうなイメージがあったから……。それで内容が内容だったから、私のボーっとしていた頭が一気に覚醒する。訊いた瞬間耳がピンと立ち上がって、マサキの顎を思いっきり叩いちゃったけど。
「嘘でしょ! あっ、ヒバニー」
『こうしちゃいられないよ! マサキ、ポップ、早く探さないと! 』
私はあまりの事にいても立ってもいられなくなり、抱えてくれていたマサキの腕の中からぴょんと跳び降りる。それなりの高さがあったから、着地する時に屈んで衝撃を逃がす。いつもの調子で軽く受け身を取ったんだけど、向こうとは違って下が土だからなのかなぁ。ジーンとくる感じが全然なかった。
「ヒバニーも探してくれるんだな」
『うん! 』
探すとは言っても土地勘なんて無いから、私は走り出したけどすぐに足を止める。ポップのメンバーだから最初に行こうとしたのは、彼の家とは逆の方向。マサキの家の裏に広がってる、いかにも深そうな森の方。昨日見た時は森の入り口が柵で塞がっていて、とても入れそうじゃなかったけど……。
「とにかく――あれ? ポップ! 」
すぐ止まったからあまり離れては無いんだけど、それでもマサキとポップは私についてきてくれてる。小走りする二つの足音がしてたけど、丁度私が立ち止まったぐらいで、マサキが小さく声をあげる。これといって変わった様子はなさそうだけど、この様子だと彼は何かに気づいたみたい。後ろに振り返って見上げてみると、彼はポップに派手な動きで手招きしていた。
「これって――」
「柵が、開いてる……」
昨日は確かに閉まってたはずだけど、彼の言うとおり、森の方に向けて開け放たれている。これの何がおかしいのかさっぱり分からないけど、呆然としてるから、何か私が知らない深い訳があるのかもしれない。
『そっ、それじゃあ、ウールーは森の中にいそうだよね! 』
ってことはウールーは独りで森に入っていった、私はそう思ったから、大きく声をあげて止めていた足をもう一回動かす。
「あっ、ヒバニー! 」
マサキ達が何か焦ったような声をあげてた気がするけど、とにかく私は霧がかかった森へと足を踏み入れた。
まどろみの森
『すっ……凄い霧』
ひとりとびだし森に入った私は、その景色に圧倒される。森に入ってほんの少し走っただけで、周りが白く覆われ始める。木の本数も結構多くて、まだ朝なのに薄暗くて見づらい。虫タイプの種族の声とかが何となく聞こえるぐらいで、あとはしーんと静まりかえってる。
「ヒバニー……、待ってよ」
「初めて入ったけど、迷いそうだな」
私が入ってすぐに追いかけてくれたみたいで、ふたりもすぐに私に追いつく。
「ヒバニー、だめでしょ。気持ちは分かるけど、この森、入ったらだめなん――」
『そうは言ってられないよ! 』
マサキが勝手に走って行った私に何か言おうとしてたけど、その前に私自身が口を挟む。もしかしたらウールーは森には入ってないかもしれないけど、こうして話してる今でも、ひとりで迷子になってるかもしれない。おまけにちょっと入っただけで見通しが悪くなった森だから、あまり時間をかけない方が良いような気もする。正直に言って今私は凄く焦ってきてるけど、そんな私をマサキ達が無理矢理にでも連れ戻そうとしてくる。だから私はもう一回大声を上げて
『今もウールー、ひとりで寂しい思いしてるかもしれないんだよ? それでもいいの? 』
伝わらないけど思った事を声に出して解き放つ。
「何ていってるか分からないけど、奥にいるんだな」
私が言った事とは少しずれてるけど、ポップはうんうん、って頷いて私の隣に並んでくれる。
「けどポップ、まどろみの森って、立ち入り禁止なんだけど――」
「もう入ってるから変わらないな。……マサキ、ヒバニーもおれの後についてきてくれ」
「あっ、ポップまで……」
それどころか私を通り越して走り出し、白い霧の奥に消えていってしまう。
「……分かったよ。ヒバニー、はぐれるといけないから、僕達も行こう」
『うん! 』
流石にマサキも折れてくれたみたいで、ため息をついてから歩き始めてくれる。だから私はやっと想いが叶ったから、元気よく返事してから彼の後を追いかける。
「にしても凄い霧……、早く見つかると良いけど」
『だよねぇ……』
とりあえず歩きだしてはみたけど、私が見た限りではウールーらしき姿はどこにも見当たらない。それどころか先に行っちゃったポップの姿まで見えなくなってきてるから、ちょっとだけペースを上げた方が良いような気がする。
『そうだ』
これ以上霧が濃くなって迷ったら意味ないからって事で、私はふとある事を思いつく。多分その瞬間に耳がピクッて動いたと思うけど、とにかく私は、思いついた事をすぐに試してみる。
『ねぇねぇそこの君』
私が思いついた事は、この森に住むひとへの聞き込み。この森に住んでるなら詳しいはずだから、もしかすると道案内とかも頼めるかもしれない。だからって事で私は、一番近くにいたホシガリスに声をかけてみる。
『ぅん? なぁに?』
すると食べカスを口元に付けた彼はすぐに気づいて、私達の方に振り返ってくれた。
『ここをウールーが通らなかった? 』
だから私は彼の気が逸れないうちに、ポップのウールーの事を訊いてみる。
『ウールゥ? そんな事より、木の実持ってなぁい? 』
だけど私の期待とは違って、ホシガリスからは全然違った返事が返ってくる。目をキラキラ輝かせながら訊いてきてるからちょっと申し訳なくなってくるけど、今の私達にはそんな暇はない。時間があったら、話してみたいんだけどねぇ。
『ごっ、ごめん。だからまた今度ね』
話しかけたのは私だけど、無理矢理話を切って、逃げるようにホシガリスの元から離れる。
「……気のせいかな、霧が濃くなってきたような」
『今度は……いた! 』
さっきのホシガリスは見なかった事にして、私は別のポケモンを探し始める。森に入ったばかりの時は全然見かけなかったけど、こうしてちゃんと探せば、案外草むらとか――、木の上にも沢山いるんだねぇ。私は街で生まれたから森とか自然での暮らしは分からないけど、隠れやすさとか……、そういうので住む場所を選んでるのかなぁ……。
っとそんなウールー探しには関係無い事をブンブンと頭を振って追い出して、私はもう一度森の住民の姿を探してみる。するとたまたま木の上のココガラが目に入ったから
『ええっと、ちょっといいかな? 』
『ん? この森にヒバニーなんて珍しい。トレーナーも滅多に来ないけど……、何かあった? もしかして迷ったとか――』
『ここをウールーが通らなかった?』
すぐにさっきと同じ事を訊いてみる。ホシガリスよりは話を聞いてくれそうな気がするけど、ココガラはココガラで、ええっと、何というか――、凄くおしゃべりで口を挟むタイミングが難しい。だけどウールーの事を考えると、そうも言ってられない。だから私はすぅーって息を大きく吸って、少し大きめの声で話を遮る。
『ウールー? それならさっき、森の奥に転がっていくのが見えたよ? 』
するとココガラは一瞬ビックリしたような顔をしたけど、すぐに聞き入れてくれる。声的に雄だと思うけど、彼は少し考える素振りを見せてから、左の翼で指して教えてくれる。
『ほんとに? ありがとぉ! 』
『いいってことよ。森では助け合いが基本だからね』
まさかこんなに早く分かるなんて思わなかったけど、これなら案外早く見つかるかもしれない。ココガラの彼が言うにはこの奥にいるらしいから、もしかすると先に走っていったポップがもう見つけてるかもしれない。
……とにかくさっきのホシガリスとは違って良い事を訊けたから、私は彼にぺこりと頭を下げてお礼を言う。すると彼はニッと笑顔を見せてくれる。翼じゃなくて手がある種族なら、グーサインを出してるかもしれないねぇ。
「ホシガリスじゃないし、ココガラでも――ん? 」
『マサキ、こっちだって! 』
この間マサキも探してくれてたみたいだけど、流石に彼は何の手がかりも見つけられなかったらしい。そういえば霧が深くなってきてるような気がするけど、人間の目にはこの霧は少し厳しいかもしれない。だからって事で私は、パッと明るい声をあげてパートナーを手招きする。
「もしかしてヒバニー、見つかった? 」
『違うけど、ついてきて! 』
マサキが私を見失わないように話しかけながら、私達は更に森の奥の方へと駆けていく。
すると二分と経たないうちに――
「ポップ! 」
真っ白な霧に紛れて人影が一つ。先に行ってたポップに追いついたみたいで、彼が林道の真ん中で棒立ちになっていた。もうここまでくると私でも何も見えなくなっちゃってるから、目の前に来るまで彼の事に気づけなかった。
「マサキ。……何か嫌な感じの霧だな」
「だよね……」
「入っちゃいけないのも分かるぞ」
『うん……。真っ白で何も見えなくなってきたけど、ウールー、大丈夫かなぁ』
もうポップは見つけたんじゃないか、そう私は期待したけど、見える範囲にウールーらしき姿が見当たらない。ポップはポップでサルノリにも手伝ってもらった方が良いような気がするけど、今更な気がするよねぇ。
それでここまで白くなると、もうどこから来たのか……、どっちに言ったら良いのか分からなくなってきてる。それどころかさっきはココガラとかホシガリスが何にんかいたんだけど、どっちの種族の姿、気配も無くなってきてる。ポップが言ったみたいに凄くいやーな感じで、空気も毛が逆立ちそうなぐらいピリピリしてきてる。
耳鳴りがしそうなぐらいしーんとしてきたけど、とにかく私――達は何かあると行けないから、息を潜めて周りに目を向ける。……何か凄くドキドキしてき――
『……』
「……」
「……」
・・・か
「なんだ、コイツ……!? 」
「っ! 」
『え……』
ふと何かを感じ振り返ると、そこには私達以外の影が一つ。ウールー――にしては大きすぎる何か……。青っぽい体で見上げるぐらいに大きくて、赤っぽい長い髪がゆらゆらと揺れている。
『妾の眠りを妨げるのは貴様等か』
見た事もない、何かただ者じゃ無さそうな雰囲気があるその影は、落ち着いた様子、けど険しい表情で私達を睨んでくる。
『ちっ、違うよ! わっ、私達は……、うっ、ウールー――』
「ヒバニー! くっ、来るよ! 」
プレッシャー、っていうのかな? 凄く緊張してきて体が動かなくなってきてるけど、それでも私は、いい訳をしてみる。ちゃっ、ちゃんと話せば分かってくれるかもしれないから、カミカミだけど喉に力を入れてみる。
「ヒバニー、火の粉で攻撃して! 」
『え……、ええっ? 』
けどマサキは私とは違って、戦ってどうにかするつもりかもしれない。私はそうはしたくは無いんだけど、彼は私のトレーナーだから、ねぇ……。私は戸惑ってすぐには動けなかったけど、指示された技を発動してみる。熱く燃える炎をイメージして、その状態で喉に力を溜めていく。体の奥の方にあるナニカもそこに混ぜ込んで――
『どっ、どうなっても知らないよ! 』
咳をするような感じで一気にはき出す。すると私の口から、小さな赤い破片みたいなものがいくつも飛び出す。赤いかけらはまっすぐ飛んでいき、青い影に――
「えっ? 」
『なっ、何で? 』
命中せずに、スッとすり抜けてしまう。その瞬間青い影の姿がぼやけたような気がするけど、これは多分、真っ白な霧のせいでまともに前が見えてないからなのかもしれない。
「当たったのにはずれた? こんなことがあるのか? 」
「じゃっ、じゃあヒバニー。今度は体当たり! 」
『わっ、分からないけど、今度こそ』
狙いがはずれたってこともあるかもしれないから、今度は足に力を入れて、一気に駆け出す。走りながら力を全身に溜めて、青い影との距離を詰めていく。何で影は一歩も動かないのか分からないけど、タン、タン、ターンッ、って言う感じで跳びかか――
『きゃぁっ……! 』
跳びかかったけど、何故か衝撃が全くない。私は最初から何も無かったかのようにすり抜けてしまい、勢い余ってゴロゴロと地面を転がってしまう。
「今度こそ……、もう一回体当たり! 」
『いたたた……。もっ、もう……訳が分からないよ! 』
技が外れてちょっと体が痛くなったけど、このぐらいならまだまだ動ける。けどあり得ない事が二回も連続で起きてるから、私の頭の中が凄くぐちゃぐちゃしてきた。もしかしたら焦ってきてるのかもしれないけど、多分それはマサキも同じだと思う。さっきよりも息づかいが荒くなってるし、声も少しこわばってるような気がする。周りが真っ白で表情は見えないけど、私はもう一回、今度こそ技を当てようと思いっきり力を込める。だけど――
「また外れた? ほっ、ほんとにどういうことなんだ! 」
結果はさっきと同じで、私はまた地面に飛び込んでしまう。だけど今度はそれだけじゃなくて
「わっ、分から――っ! 」
『こっ、今度はな――』
急に霧の白さが増してきて、目の前にいる青い影さえも見えなくなってしまう。それに何故かスーっと浮いていくような感じがしてきて、力も抜けてきたような気もする。そのまま私はバタッて倒れてしまい、気を失ってしまった。
To be continued……