§0 それぞれの旅立ち
誰にだって始まりはある。
これは私達の、ガラル地方を巡る挑戦と出逢いの物語……
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エンジンシティ Written by Unknown
「この辺りならいいな。よし、出てくるんだ」
蒸気立ちこめる街の路地裏で、一人の青年が三つのボールを投擲する。するとそれぞれから別のポケモン……、私達が勢いよく飛び出す。何でこんな人気の無いところなのかさっぱり分からないけど、きっと何か、私が知らない訳があるんだろうねぇ。
『いよしっ、決まった! 』
飛び出して早々に声をあげたのは、陽気で活発そうなサルノリ。彼はクルンって宙返りして、右足だけで着地。ビシってポーズも決めて、満足そうにニコニコと笑顔を浮かべてる。彼はボールから出してもらう時いつもこんな感じだけど、大体バランスク崩して転んじゃってる。それに決めポーズとか考えてるのは、トレーナーさんの影響があるかもしれないね。
『いっいつも思うんだけど……、あっ足とか、痛くならないの? 』
そんな彼に対して、おどおどとしたメッソンが恐る恐る訊ねる。彼はサルノリとは正反対で、いつも自信無さそうに隅の方でじっとしてる。こんなんだからトレーナーさんと相棒のリザードンも凄く心配してるんだけど、私はこれはこれでいいって思ってるんだよねぇ。
『まぁいつもの事だからねぇ。そんな事より、ここはどこなの? いつもの場所と違うけど』
最後にこの中では唯一の雌、ヒバニーの私が声をあげる。これと言って特徴は無いけど、のんびりしててマイペース、ってよくサルノリとリザードンに言われるかな。
けど私は格好つけてるサルノリよりも、この場所の事の方が気になってる。多分エンジンシティのどこかだとは思うけど、今までこんな所には連れてきてもらった事はない。人目につかない路地裏で、メッソンが好きそうなぐらいに薄暗い。耳をそばだてると水が流れる音が聞こえてくるから、近くに水路があるのかもしれない。……まぁ、汚くてとてもじゃないけど飲んだり出来ないと思うけどねぇ。
『気づいてるかもしれねぇが、エンジンシティだな。ダンデの奴が街に出ればろくに話す事もままならないからな、こういう場所を選んだのかもしれねぇな』
私がふと呟いたから、リザードンの彼がすぐに教えてくれる。腕組みして気さくな笑顔を見せてくれる彼は、バトルでは敵なしで凄く強いらしい。……とはいっても私は戦ってるところを見た事無いから実感無いけど、雰囲気とか立ち姿だけで強そう、っていうのは何となく分かる。正直な話、方向音痴なトレーナーさんの保護者、って位のイメージしかないけど。
「さぁみんな、これからオレの弟と会うんだ、行儀良くしてくれよ」
それで私達を連れてきてくれてるトレーナーさんは、私達ひとりひとりに視線を流して声をかけてくれる。いつも赤いマントを羽織ってる彼はワクワクしてるのか、子供みたいな笑顔を浮かべてる。本当の歳はどのくらいか分からないけど、それなりの歳はいってるかもしれない。
『トレーナーさんの、弟? 』
『ぼくも初耳だね』
トレーナーさんに弟がいるなんて聞いた事無かったから、私はこくりと首を傾げる。サルノリがそういう時はいつも私の耳がピクッって動く、って言ってるけど、そういう彼も目を見開いてる。
『あぁそうだ。俺は数えるぐらいしか会った事ねぇが、丁度旅立つ弟がいるって話だ。確かポップ、って言ったか。近所のマサト、って奴も同い年だったか。お前らはソイツ等と旅立つことになるかもしれねぇ、って話だ』
リザードンはニッってトレーナーさんに似た笑顔を浮かべながら、私達に例の弟のことを教えてくれる。旅をしてみたい、ってずっと思ってたから、率直に言って凄く嬉しい。
『ほんとに? 』
『あぁそうだ』
『マジで?』
『本当だ』
嬉しすぎてどう言葉にしたらいいか分からないけど、今すぐにでも飛び跳ねたくなってくる。サルノリも目をキラキラ輝かせてるように見えるから、多分彼も私と同じ気持ちなんだと思う。三にんで話す時はいつも旅の事で、特にサルノリは捕まる前から憧れていたらしい。……一応今私達はこのトレーナーさんのポケモンって事になってるけど、もしかすると今日のためにずっと過ごしてきた事になるもかもしれない。
『だっだけど、二人、なんだよね……。選ばれなかったら、どうなっちゃうの? 』
『まぁそのときはそのときなんじゃないかなぁ』
確かにメッソンの言うことも分かるけど、トレーナーさんならその事まで考えてくれてはいると思う。じゃないと私達三にんを連れてきてくれてないはずだし、そもそもひとりだけ仲間はずれになる。私達三にんは生まれも育ちも全然違うけど、この何ヶ月間か一緒に過ごしてきた仲間だ、って思ってる。それなのにひとりだけ旅に出れないのは、凄く辛い。……けど旅に出れる可能性の方が高いから、まぁ大丈夫だよね。
「さぁ、そろそろいくぞ」
『あっうん』
私達が話してる間に何か言ってたかもしれないけど、夢中になってて全然聞いてなかった。けど人間には私達の言葉は分からないから、多分楽しそうに話し合ってる、ぐらいにしか思ってないと思う。まぁそうと言えばそうなんだけど、とりあえず私は頷いておく。この感じだとリザードンは聞いてたような感じで大きく翼を羽ばたかせてるけど、まぁ彼も私とおなじだろうねぇ。
『ヒバニー、メッソン、いよいよだね』
『そっ、そうだよね。ちょっと不安だけど……』
『まぁ何とかなるよ! ……じゃあ、また後でね』
それで私達三にんはお互いに言葉を交わしあってから、それぞれのボールに戻っていく。次に出してもらえる時は多分、一緒に旅することになるかもしれない二人の前。トレーナーさん、方向音痴だからすぐじゃないかもしれないけど……。
――
ハロタウン Written by Scorbunny
「さぁ、みんな、でてくるんだ」
多分何分か経ったと思うけど、私達はもう一度ボールの外に出してもらう。景色が変わってるから、トレーナーさんが言ってた場所には着いたんだと思う。さっきとは違って建物が全くない田舎……、って言ったらいいのかな。畑が一面に広がっていて建物が殆ど無い。今は庭? みたいな場所にいるいると思うけど、ここは多分トレーナーさんの実家だと思う。生け垣みたいな塀で囲われていて、その中にいえがある感じ。車庫……なのかな? 私庭分からないけど、鉄板で作られた小さな建物みたいなものもある。
『うん、ええっと、ここが? 』
それでちょっと広めの庭で出してもらった訳だけど、ひとまず私は、辺りの様子を探ってみる。トレーナーさん以外に何人かいて、そのうちの一人が弟さんなような気がする。髪の色とか雰囲気が似てるから、多分そう。
『なんじゃないかなぁ』
それから他にいるもう一人の男の子が、言ってた近所の男の子だと思う。どこにでもいそうな普通の見た目で、割と落ち着いてそうな感じはある。特徴が無いって意味では、ちょっと親近感沸くなぁ……。
「――草ポケモンのサルノリ、炎ポケモンのヒバニー、水ポケモンのメッソン。オーケー! みんな集まって。誰を選ぶんだ」
『うん! 』
『いっ、いよいよだね……』
それでトレーナーさんに呼ばれたから、私達三にんは舗装された地面の上に集まる。何となくバトルフィールドっぽい気がするけど、今は気にすることじゃないかなぁ。それで弟さん達も呼ばれてたみたいだから、しゃがんで私達三人に視線を流す。
「マサキから先に選んでいいぞ」
いざこうして向き合ってみると、凄く緊張してくる。私達が来る前に話してたのかもしれないけど、弟さんじゃない方……、確かマサキ、っていう男の子がまじまじと見つめてくる。
「うん。どうしようかなぁ。サルノリもいいし……」
『あっ、もしかしてぼくを選んでくれるの? 』
彼は腕を組んで考えながら、私の右にいるサルノリに目を向ける。
「メッソンも捨てがたいよなぁ」
『えっ……、ぼっ、ぼくでいいの? 』
かと思うと私を通り越して、メッソンの喉元を優しく撫でる。
「けどやっぱり……、よし、決めた」
私にだけ何もしてくれなかったから少し不安になってきたけど、彼は何かを決心したように小さく頷く。スッと立ち上がって視線を落としてから
「ダンデさん、俺はヒバニーにするよ」
トレーナーさんの方に振り返ってこう宣言する。
『……えっ、わっ、私? 』
すると彼はすぐに戻ってきて……っ? わっ、私を正面から抱き上げる。まさか私を選んでくれるなんて思ってもいなかったから、驚きとうれしさ? が混ざって声が裏返ってしまう。それに何故か体が凄く熱くなってきたし、ドキドキもしてきてる。
「マサトはヒバニーにするんだな? じゃあオレはサルノリだ」
『やった! 』
「ポップはサルノリにしたんだね? 」
私を抱いたままの彼は両手で抱え直して、今度は弟さんの方を向く。何かこんな風に抱かれるとぬいぐるみの気持ちが分かりそうな気がするけど、これはコレでアリかなぁ。視線が高くて見やすいし……。
それで何とか落ち着けたような気がするから、私は彼の腕に手をかけ、まっすぐ上を見上げる。
『……ふぅ。ええっとマサキ、って言ったっけ』
そのまま言葉は伝わらない、って分かってはいるけど
「……ん? 」
『ええっと……、これからよろしく、ね? 』
私のパートナーになってくれた彼に、満面の笑みを見せてこう声をあげた。
Fin……