P1. Tet 森の白い従妹
Diary of Kizasi
『捕まった……? 』
『うん! まさか一発で捕まってくれるなんて思わなかったけど、ぼく達、仲間になったんだよ! 』
『仲間……ってことは、ええっと……』
『そういえば自己紹介まだだったよね? カントーの子とは属性が違うんだけど、ぼくはロコンのセプタ。ユイと一緒にアローラから来たんだけど、よろしくね! 』
『うっうん……。イーブイの、ヌフ。よろしく……』
『ヌフだね? うん! 』
Written by Tetra
『そういえばテトちゃん? 』
『ん? 』
『テトちゃんのお兄さんてどのような方なのです? 』
シアちゃんと合流した場所から暫く、私達はつもりに積もったことを話しながら目的地を目指す。――とはいっても近所だからそれほど離れてはいないんだけど、草木の匂いが濃くなってるから目の前まで来れてると思う。前にシアちゃんの時代で分かれてから暫く経ってるから、話してたのは任務のこととか……、身の回りのことが中心。三本足になっちゃったことはもちろんだけど、今日までに行った場所とか、仲良くなった子のことを話した。
そのはなしの流れの中で、イーブイに退化しちゃってるシアちゃんなはあっ、って小さく声をあげてから隣を歩く私の方を見上げる。こんなに小さくなっちゃってるからまだ慣れないけど、私はバランスを崩して転ばないよう注意しながら、親友の彼女の方を見下ろす。するとシアちゃんは興味深そうに私の目をまっすぐ見上げ、気になってたらしいことを訊ねてくる。
『うーん――』
テトラの兄弟、あたしも気になるねぇ。
すぐに教えてあげようとしたけど、正直いいってパッとは思いつきそうにない。だから何とかして考えてはいたんだけど、その途中で頭の中に私でもシアちゃんでもない声が響く。あの時以来ずっとだから流石にもう慣れたけど、この声の主が前の任務で仲良くなった友達。住む世界が違うから今すぐには会えないけど、彼女がブルーハワイ、っていう色違いのグレイシア。お姉ちゃんと弟の三にん姉弟で、耳元のひらひらが少し短い。多分私と同い年か一つ上ぐらいだと思うけど、四つ子の子供がいる。
『あまり特徴無いから難しいけど、面倒見が良いお兄ちゃん。父さんも母さんも私が小さい時にはいなくなってたから、守って育ててもらった、って感じかな』
名前が長いからみんな彼女の事はブルー、って呼んでるけど、私は声と心で、ふたり同時に兄のことを話していく。本当はもうひとりお兄ちゃんがいるんだけど、物心つく前にトレーナー就きになったみたいだから覚えてない。結局私の兄姉で今野良なのは下の兄だけで、兄もこれからずっと就きになるつもりはないらしい。
『やさしい方、なのですね』
『うん! ジル兄はリーフィアなんだけど、私だけじゃ無くて従弟の事もみてたんだよ』
こうして兄……、ジル兄のことを褒められるとちょっと照れるけど、そんなジル兄のことが誇らしくもある、かな。穏やかで温厚そうに見えても、森のスピアー達に負けないぐらいには強かったからね。……まぁその当時、私はジル兄と三にんいる従姉妹以外、誰ひとり信じられないぐらい他にん不信だったけど。
そうなの? いとこかぁ……。あたしにもいたのかな……。
『従姉妹は三にんいるんだけど――、着いたから会えばすぐ分かると思うよ』
きっといると思うよ、心の中でブルーに返事しながら、私はシアちゃんにも揚々と堪えていく。前足が一本無いようなものでぴょんぴょん弾むように歩いてるようなものだから、自由が利く首元と耳のリボンもそれに合わせて揺れていると思う。それに何年かぶりにジル兄、それから従姉妹にも会う訳だから、自然と私の気持ちも弾んでる気がする。
こんな話をしているうちに、私達は木がうっそうと茂った森に到着する。裏道を使ったから近くの町には寄らなかったけど、木々の間を縫いながらシアちゃんに教えてあげる。彼女は退化して小さくなっちゃってるから歩きづらそうだけど、これも多分すぐに気にならなくはなると思う。ジル兄以外の草タイプとか虫タイプのひとがわざとこうしてるだけで、森の中は割と歩きやすくなってる。何しろ私が生まれ育った森、トキワの森はトキワとニビを結ぶ正規のルートになってるから、当然トレーナーとか物好きな人が結構通る。
『テトちゃんと出会ったウバメの森を想像してたけど、ここは少し明るい、のかな』
『うん。だからイーブイがここで進化したら、ジル兄のリーフィアか、天気が良いとシルクのエーフィに――っ! 』
表情を見た感じだとシアさんもそうだと思うけど、彼女と出逢った当時を思い出して、ちょっと懐かしくなってくる。あの森出身の仲間が私達にひとりいるけど、確かにあそこは夜なんじゃないか、って思うぐらいに暗かった。今思い返してみるとホーホーとかデルビルとか……、暗いところを好む種族が多かった気がするから、相当だと思う。それで一年ぐらい前の事で盛り上がり始めてはいたんだけど、私はふと耳障りな音に気づき、警戒のレベルと一気に高める。左右の耳をピンと立て、音の大きさで大体の距離を測る。あの一行は昔からいつもそうだけど、ブンブンといやーな羽音を轟かせながら近づいてきてるから、間違いないと思う。
『こ、この音は、何なのです! 』
シアちゃんも普段の習慣ですぐに気づいたらしく、キョロキョロと辺りの様子を探ってる。
『はぁ……。すぐ終わるから、下がってて』
いい歳になってまだこんなことしてるから、正直言って私は呆れてものが言えない。だから私は盛大なため息を一つつきながら、一歩シアちゃんの前に出る。あんな奴らに技使うのももったいない気がするけど、私は何も考えず左右のリボンにエネルギーを集中させる。丸く形成したところで、そこに属性のイメージを混ぜ込んでいく。すると白い光球が赤く変色し、輝きを増していく。
『……シアちゃん、目、閉じてて』
低いトーンの声でシアちゃんに一言頼んでから
『は、はいです』
『おぅおぅ! 貴様、俺様達の許――』
『……』
赤く変色した光の球、フラッシュを飛ばさず、その場で発光させる。私は慣れてるから瞑ってはないけど、その瞬間真っ赤な光が辺り一面を覆い尽くす。変色させてはいるけどちゃんと発動させた技だから、普通なら我慢できずに目を閉じるか、直視すると暫くまともに前が見えなくなる。
『はぁ……。まだこんな事やってたの? どうせこれぐらいしかやること無くて暇なんだろうけど、すっごく迷惑なの、まだ分からないの?』
わざわざ語る価値も無い、って私は思うけど、爆音を響かせて飛んできた奴ら……、スピアーの群れがバタバタと地面へと落ちていく。複眼だから余計に影響が強いんだと思うけど、多分平衡感覚を失ってるんだと思う。
……こんなのが私が小さい頃からずっと続いてるから、自然と私の口から悪態があふれ出てくる。そもそもこいつら……、というより親族以外の森に住んでるひと達以外全員から私は迫害されてたようなものだけど、この森には良い思い出が殆ど無い。だから本音を言うと二度とこんな所になんか帰ってきたくはないけど、それでもやっぱり……、私の故郷に変わりは無い。それにジル兄と従姉妹達も未だにこの森に住んでるから、ね……。
『……シアちゃん、もういいよ』
『……え、テトちゃん、な、何が――』
『気にしないで、いつものことだから』
葬り去りたい過去を思い出して吐き気がしてきたけど、それを無理矢理押さえ込んでシアちゃんに声をかける。色違いだから元々私の体毛は白と蒼だけど、それを考えてもかなり蒼白くなってると思う。だけどここには初めて来るシアちゃんを心配させたくは無いから、私は無理矢理笑顔を作る。……周りに目を回したスピアーが何匹も転がってるから、あまり意味ない気がするけど……。
テトラ、あんた前に話してくれたね。その事で……。
精神が入り込んでるブルーには直接伝わっちゃってるから、彼女には無駄な心配をかけてしまう。けどそれでも彼女にはあらかじめ話してはあるから、響いてる声のトーンからすると多分分かってくれているとは思う。彼女は彼女で私以上に辛いことを経験してるから、比べられたら勝てる気がしないけど……。
『だから、ねっ! 』
『だったらいいのですけど――』
それに今に限った話じゃないけど、出来れば親友とか仲いい子には私の弱いところは見せたくない。私の過去を知ってる知り合いは数えるぐらいしかいないけど、それでも、やっぱり……。その中でも特に、シアちゃんは心配かけたくない親友のうちのひとり。後ろめたいっていう思いもあるけど、シアちゃん、私を庇って盛られた毒のせいで、ブラッキーからからイーブイに――
『……あ、もしかして……テトラ姉? テトラ姉なの? 』
『ん……? 』
シアちゃんは私に何かを言おうとしてたけど、その前に近くの茂みからカサカサ、って軽い音が聞こえてくる。一瞬私はまだスピアーが残ってた、って考えはしたけど、私よりも低い……、ちょうどイーブイの姿のシアちゃんぐらいの高さからだったから、すぐに違うって、気づけた。それにこの森にいる虫タイプの種族のことを考えると、高さが合わないしそもそも飛んでる。……こんな事を一瞬の間に考えてる間に、例の茂みからひょこっと小さな影が顔を出す。その子を見ただけで私はすぐに気づけたけど、シアちゃんよりもちょっと小さくて白いイーブイ。この森にいるイーブイ系の種族は私達ぐらいしかいないから、私は――
『ヘキサ! そうだよ! 久しぶりだね』
三本足で駆け寄りながら彼女の名前を呼び上げる。
『やっぱりそうだったんだね! なんかピカッって光ったからきてみたんだけど、テトラ姉、ニンフィアになったんだね』
すると色違いのイーブイ、ヘキサもニコニコと弾けた笑顔を浮かべながら、私の方に駆け寄ってきてくれる。多分彼女はまだ私の足には気づいてないと思うけど、ニンフィアになっても分かってくれたから凄く嬉しい。だから私の青色の尻尾、ブンブンと左右に激しく揺れてるだろうね、きっと。ヘキサもそうなってるし……。
『うん! 』
『ええとテトちゃん? この子は……』
嬉しさのあまり白い彼女が跳びついてきたから、私は首元のリボンで優しく受け止めてあげる。彼女は他のイーブイよりもフワフワで尻尾も大きいから、こうして抱いてみると凄く気持ちいい。前にあった時はライト達と出逢う前だったけど、その時は首元のモフモフに顔を埋めあってじゃれてたりもしてた。……まぁあの時の私からすると、笑顔を見せられる数少ないポケモンのうちのひとりだった事になるね。
それで結果的にひとり取り残すことになっちゃったけど、親友の方のイーブイが不思議そうに訊ねてくる。シアちゃんも特徴的と言えば特徴的だけど、すぐに色違いのこの子のことを教えてあげる。途中で切れた右の前足で彼女の事を指しながら――
『さっきも話したけど、私の真ん中の従妹のヘキサ』
簡単に紹介してあげる。
『イーブイのおねえちゃんは、テトラ姉のともだち? 』
間髪を入れずに、自分の体ぐらいの大きさがある尻尾をフリフリ振りながら訊ねてくる。あまりに大きすぎていつも毛に葉っぱと草、それから砂が絡んで汚れてるけど、今日はいつも以上に葉っぱの枚数が多いような気がする。
『はいです。今はイーブイに退化してるのですけど、ブラッキーだったアーシア、て言います。ええっと、その……、よろしくね』
するとシアちゃんがにっこりと笑いかけながら、モフモフのヘキサに自己紹介。退化した、って事を隠さずに話すんだ、って率直に思ったけど、正直に言うところはシアちゃんらしいと思う。
『ええっ、おねえちゃん、ブラッキーだったの? けど何で――』
『やっと見つけた……。ヘキサ、危ないからひとりで行かないで、ってあれだけ――ってテトラ? 』
退化するなんて普通はあり得ないから仕方ないけど、当然ヘキサはシアちゃんに訊き返す。私はいつも訳があって……、って感じで濁して話すんだけど、シアちゃんのことだから多分包み隠さず話すと思う。けどヘキサがちゃんと質問し切る前に、別のひとりがこの場に乱入して遮られてしまう。多分ひとりで跳び出したヘキサを追いかけてきたんだと思うけど、ひとりのリーフィアが諭すように呟きながら茂みから姿を現す。最初はヘキサを叱ることに集中してたんだと思うけど、ふと私と目が合ったから、それで驚いて取り乱してしまってる。
『ジル兄、ただいま』
だから私は何年経っても変わらない光景に和みながら、リーフィアの彼、六つ年上の兄にこう声をかける。ジル兄とはカントーに来る度に会ってるんだけど、今回は色々と忙しくて連絡できなかった。
『おっお帰り。……テトラ、また傷増えた? まっ、前足も途中で切れてるけど、まさか――』
『ううん。今の私の配属先なんだけど、任務中にね』
こもう何回同じ事話したか数えてないけど、お決まりのセリフをジル兄も聞いてくる。正直に言ってもううんざりしてるけど、言わない訳にもいかないから簡単に話しておく。
『……みたいです』
それに隣で腰を下ろしてるシアちゃんも、苦笑いを浮かべながら相づちを打っていた。
To Be Continued……