P.0 Tet 任務の傷跡
P.0 任務の傷跡 Written by Unknown
『……うん、この辺なら誰も通らなそうだね』
太陽が完全に顔を出した頃、一匹のポケモンが茂みから顔を出す。……とはいってもそのポケモンていうのは私なんだけど、辺りを見渡して人気が無いことを確認する。今私がいるのは元々人通りがあまりない脇道だけど、念には念を入れた方が良いからね……。この道はこの地方……カントーのトレーナーが目標にしてるリーグに続いてるから、ね。ただでさえトレーナーが通る上に、私は普通のひととは違う色、色違いだから余計に目立つ。昔は白い毛並みがコンプレックスだったけど、今はそうでもないかな。
『確か今日の朝方に落ち合うことになってたから、そろそろだよね』
ひとまず辺りの気配を確認することは出来たから、青いニンフィアの私、テトラは茂みの方に首を引っ込め、街道から外れた雑木林の方に歩いていく。首から提げている赤い羽根を飾ったアクセサリーに引っかからないか心配だけど、紐自体も特別製だから多分大丈夫だとは思う。手入れされてない低木の間を歩いてるから、体とか左前足に結んでる黄色いスカーフにも木の葉とか千切れた草が付いちゃってる。払えばすぐに落とせるけど、どうせまた付くから、ね……。それにこういう草の香りとか、嫌いじゃないし……。
『このぐらい開けてたら……あっ、来た来た』
首元のリボンで草をかき分けて、私は見通しがいい広場みたいな場所に出る。私はこの知覚の生まれだから知ってるけど、この広間は野良……、トレーナー達が言う野生のポケモン達がよく使ってるらしい。私は新鮮な空気を目一杯吸い込み、深く長く、ゆっくりとはく。青臭い香りと済んだ芝の匂いが鼻をくすぐり、心なしか沸き立った気持ちを優しくしずめてくれるような気がする。
それで私が丁度広間の真ん中辺りまで来たぐらいで、近くに光の束が出現し始める。束って言うよりは塊って言った方が良いような気がするけど、その光は私の到着に合わせて眩く発光していく。こういう強い光は自分の技で見慣れてるから平気だけど、他のひとが見たが思わず目を閉じちゃうぐらいに強いと思う。
『……よしっと。予定通りですね』
三秒と経たないうちに光が収まり、代わりに二つのよく見知ったじんぶつが姿を現す。ひとりは時代を超える時に私達がいつもお世話になってる、この時代出身のセレビィ。
『シードさん、いつもありがとう』
丁度私の目線位をフワフワと浮いている彼に、私はにっこりと笑いかける。元々彼は私の友達のひとり、エーフィのシルクの知り合いなんだけど、ちょっとした縁があって私も時渡りの許可をしてもらえてる。いつも敬語で丁寧なんだけど、こう見えて私よりも結構年上なんだよね……。
『いえいえ。僕にはこのぐらいの事しかできないので』
ここまで謙遜する必要も無いと思うけど、シードさんは気恥ずかしそうなそぶりを見せる。シードさんは自分に自信が無いのかもしれないけど、私……多分シルク達も、双は思ってないと思う。
『そんなことないです。シードさんがいないと、私もテトちゃんも会えないですから』
そんな彼に対して、もうひとりが上を見上げて声をあげる。今回は彼女が私達の時代に来てくれる事になってたけど、会おうと思えばもう少し早く会うことは出来たと思う。
『だよね。……シアちゃん、久しぶりだね』
彼女……、今は訳あってイーブイに退化しちゃってるけど、ブラッキーだったアーシアちゃんに、私はすぐに声をかける。前は私が向こうの時代に行った時だから――
『うん、久――て、テトちゃん! そ、その傷、どうしたのです? 』
と、声をかけられたシアちゃんは、私を見るなりすぐに取り乱してしまう。前会った時とは大分変わってるから無理は無いと思うけど、話さない訳にはいかないから、私は親友を落ち着かせながら順に説明していく。
『あぁこの傷? 何ヶ月か前の任務でやらかしちゃってね……』
彼女の言うとおり、今の私は傷跡が結構目立つ。彼女は左のほっぺに入ってる横向きの傷は知ってるけど、それ以外にも増えてる。任務中の怪我だから手当が大分遅れたのが原因だけど、この傷に交わるように縦に大きな切り傷が入ってる。偶々逸れたから傷だけで済んだけど、もしほんのちょっとでも右にずれてたら、私もライトみたいに右目が失明していたかもしれない。それだけじゃなくて――
『そ、それとテトちゃんの前足……』
『やっぱり気になるよね……。こっちは任務とは関係無いんだけど、ちょっと説明が難しいかな……』
右の前足にも大怪我をしてる。足が真ん中ぐらいから切断されてるから怪我っていう範疇を超えてる気がするけど……。中途半端な長さで残ってはいるけど、前とは違って、私は足を一本失って三足になってる。
『精神世界……って言ったら良いのかな? 任務中に仲良くなった子がそこで殺られそうになってね、そこで助けるために右の前足を犠牲にした、って感じかな……。それだけで済んだら良かったんだけど、変な切れ方しちゃってね……。私が自分で切り落とした右の前足が、この子の精神の中に残ってる。……私の精神の一部? がその子の中にあるから、“住む世界が違っても”心の中で話したりできるようになったんだけどね』
三本足になったから歩いたり走ったりしにくくなったけど、友達を死なせるよりは大分マシだと思う。現実でも出血が酷くて何日も血が足りない状態が続いたけど、今はもう何ともない。傷口はずっと包帯を巻いてるから見ては無いけど、何ヶ月も経ってるから完全に塞がってるはず。……けど悪いことばかりじゃ無かったから、後悔はしてないかな。その友達といつでも話せるからね。
『そう……なのですか……。けどテトちゃん、その事てライトさんとかシルクさんも知ってるのです? 』
『うん。元々シルク達の支部からの要請であった任務だからね。そのときシルクとは別の班で、シルクも怪我しちゃったみたいなんだけど、多分ライトとかティル達が話してくれてると思う』
任務の時以来シルクとは会えてないけど、彼女もその前後で結構大きな怪我をしてたらしい。詳しくは私も訊けては無いけど、何ヶ月も点滴が欠かせない状態になってる、ってティルが言ってた。
『私は後遺症が残っちゃったけど、シルクは何事もなく復帰できたみたいなんだよ。それで今は確か……、コット君とアローラ地方に行ってる、って言ってたかな? 私もいろんな事がありすぎてうろ覚えだけど、多分そろそろジョウトに帰ってくる頃だと思うよ』
そんな状態でもあのシルクのことだから、多分平気で趣味の研究とかしてるような気がする。……こういう私は私で三足になっても任務をこなしてるけどね。たまに無理しすぎだ、ってラグナに叱られるけど。
『無事ならいいのですけど……、そういうところ、シルクさんらしいです』
『だよね』
『それからテトちゃんも、足が三本になっちゃってるけど元気そうで安心しました』
これでシアちゃんが分かってくれたかは分からないけど、これで大まかには説明は出来たと思う。今まで真ん中で切れた右の前足を見せながら話してたから、多分シアちゃんはこの事を凄く意識しちゃってると思う。だけどひとまずシアちゃんはホッとしたような笑顔を見せてくれたから、もしかしたら私が心配しすぎていたのかもしれない。シアちゃんはシアちゃんでイーブイに退化しちゃってるから、それですぐに理解してくれたような気もするけど……。
『噂では聞いてましたけど、テトラさんも大変だったんですね』
『うん。もう慣れたけど』
『でしたら大丈夫そうですね。……もう少し話したいところですけど、この後も予定があるので、そろそろ失礼します』
シアちゃんと話しててすっかり忘れてたけど、ずっと私の話を聞いてくれていたシードさんは頃合いを見てこう声をかけてくる。シードさんにとっては全く関係無い話になっちゃったけど、分かってくれたなら、それはそれでいいとは思う。そこでシードさんはあっ、て小さく声をあげてから、何かを思い出したように呟く。
『そういえば幼なじみのミュウさん達と会う、て言ってましたね』
多分私達の時代に来る前に聞いてたんだと思うけど、シアちゃんは彼の方を見上げて訊ねる。何故か二足で立ち上がってるけど、多分これは無意識なような気がするね。シアちゃん、前から結構頻繁に二足で立ち上がったりしてるからね。
『はい』
『リヴさん達だよね? もう長いこと会ってないからなぁ』
『よにんとも、元気でやってますよ……じゃあそろそろ、行きますね』
『うん』
『はいです』
何かこれ以上話してると中々終われなさそうだから、シードさんのためにも適当に切り上げようとする。ちょっと無理矢理な気もするけど、たぶんこれでシードさんも気兼ねなく行けると思う。
……ていうよりほんの少しの差でシードさんが自分で話題を締めたから、そのままの流れに身を任せることにする。彼は一度私達ふたりから見える位置に移動してから、ぺこりと頭を下げる。それから彼はふわりと浮き上がって、私達の元から飛び去っていった。
『……じゃあシアちゃん、私達もいこっか』
『ですね。けどテトちゃん、何か予定とかあるのです? 』
『うん。近くの森に住んでる、下のお兄ちゃんに会いに行こうかな、って思ってるよ』
『てっテトちゃん、兄弟がいたのですね』
『あれ、言ってなかったっけ? 一番上のお兄ちゃんのことを覚えてないけど、他にもお姉ちゃんがひとりいるんだよ』
彼の後ろ姿を見送ってから、私達も腰を上げて歩き始める。私は足が三本しかないから、少しだけ残った左の前足で弾ませるようにして……。
こういうわけで私達は、シードさんに一歩遅れて、最初の目的地、私の故郷のトキワの森へと歩き始めた。
Fin……