01
〈上の句〉
ぽにの花園。藤色の花は枝葉より枝垂れ、幹は橋となり終の洞への導となる。湖面よりみにりゅうが跳ね、白き霧が訪れし者を迎える。花畑として異彩を放つこの場所に、蒼き鳥が一羽。名の如く舞い、花の香りに心躍らす。
今日もまた例の如く、蒼き鳥は湖のほとりにて舞う。左右の翼をふわりと掲げ、落葉の如くひらりひらりと下らす。枝垂れる藤に向け跳躍し、躰をひねりひと回転。右の翼を広く広げ、左で空へと舞い上がる――。その優雅たる舞は、異郷の古都を彷彿とさせる事だろう。
この藤の花園に、異界より訪れし者あり。その者蒼き鳥を見るなり、携えし紅白なるぼうるを手に取る。中より白き光放たれ、若草色のぽけもんが姿を現す。名をははこもりと言いしそのぽけもん、蒼き鳥を見て曰く。
「主の言付けなので、貴女には私と来て頂きます」
蒼き鳥、これに応へて曰く。
「私はこの地が気に入っています。ですのでお引き取りを」
と拒否する。
ははこもりの主言を述べるも、蒼き鳥にその言葉は解せぬ。生を受けし時よりこの地で過ごす彼女に、人間という種に触れられぬのは想像に難くないであろう。
「そうですか。では覚悟して頂きます」
ははこもり、言を聞き俯くも、その視線を蒼き鳥に戻す。針の如し視線を彼女に向け、大きく跳躍す。その手に草色の刃を携え、蒼き鳥に斬りかかる。
これを受け蒼き鳥、飛翔し回避す。軽やかに飛びしその姿、優雅たる舞の如し。翼を広げ降下し。
「その言葉、あなたにお返しします」
右に左にと、その翼を叩きつける。絶え間なき蒼の舞、草の刃を退ける。重く乾きし音色が霧に溶け、白へと紛れていった。
ははこもり一時膝をつくも、すぐに立ち上がる。その吐息は湖面の如く滑らかで、波紋の一つすら見受けられぬ。地に降りし蒼を見て曰く。
「少しは戦えるようですね。ですがこれはどうでしょう」
その手には緑の葉があり、口元へと添えられる。
「何のつもりかは分かりませんが、これで終いとさせて頂きます」
蒼き鳥これに屈せず、二、三翼を羽ばたかせる。霧をかき分けははこもりに迫り、蒼を振りかざす。
「それは貴女の方ですよ」
しかしははこもり左に跳び、これをいなす。刹那心地よき音色が辺りを満たし、霧の花園に静寂をもたらす。
「――! 」
これを聴きし蒼き鳥、脱力し地を滑る。瞼を閉じすぅすぅと息をたて、眠りへと誘われていった。
〈下の句〉
暫しの静寂の後、ははこもりの主、紅白のぼうるを投擲す。弧を描きしその球、蒼き鳥に当る。こつりと響きその後、中より白き光放たれる。その光蒼き鳥包み、紅白のぼうるに収まる。こんと地に落ちしその球、右に左にと振動す。その球見守り者、固唾を呑みこれを待つ。
暫くの後、主、これを拾う。刹那これを投擲し、中より蒼き鳥現る。蒼き鳥ぼうるより出づるも、すぅすぅと寝息たてる。ははこもりこれを見、主より青き実受け取る。堅き実砕きし時、実の渋き香り広がる。ははこもり眠りし蒼き鳥に歩み寄り、これを食べさす。僅かの水にてこれを流し込む。
「……っ! 」
蒼き鳥、これにたまらず目を覚ます。目を開けその前にははこもりあり。蒼き鳥、これを見て曰く。
「まだ戦うのですか」
後ろに跳びその後、針の如し視線をははこもりに向ける。白き霧張り詰めるも、ははこもりこれを気にすることなし。蒼き鳥に微笑みて曰く。
「いいえ、私にはもう戦う意思はありません。貴女のおうふくびんた、見事でした」
と右手差し伸べる。これを見て蒼き鳥、こくりと首を傾げる。警戒緩めははこもりを見て曰く。
「あなたのりーふぶれーども、素晴らしかったです」
とこれに応じ、蒼き翼を重ねる。その波紋、穏やかなるものなり。
その時主、懐より小瓶取り出す。蒼き鳥に言を述べるも、例の如く解せぬ。ははこもり、首傾げし鳥を見て曰く。
「私の主からです。お近づきの印に、どうぞ」
主より黄色き瓶を受け取り、蓋を開ける。花の如く甘き香り、漂い藤白の香りに乗ず。これを受け蒼き鳥、笑みて曰く。
「では、早速いただきます」
黄色き瓶を地に置き、嘴にて中の蜜を嗜む。
「ぴにゃっ? 」
刹那、甘き味広がり、蒼き鳥驚愕す。蒼き鳥蜜の味好くも、黄色きこの味初めてなり。普段枝垂れし藤の蜜嗜むも、全く異なるものである。口内に甘き香り広がり、蒼き鳥に安らぎを与える。一歩遅れて柑橘のような甘酸っぱい風味が追いつき、味に変化をもたらす。更にシュワシュワと刺すような刺激が加わり、嗜む舌を楽しませてくれる――。……そう、これを例えるなら、応援された時のように沸き立つ感情。心がパチパチと弾け、この想いを誰かに届けたくなる。紫色の蜜も好きだけど、貰った黄色い蜜みたいに刺激的な味も、悪くないかもしれない。
「うっ、噂通りね。気に入って頂けたかしら? 」
一瞬驚いたような表情をしていたけど、ハハコモリはすぐ私に尋ねてくる。何故驚いていたのかは分からないけど、もしかすると私が頓狂な声を出してしまったからかもしれない。
「ええ! こんなに刺激的な味、初めて。気に入ったわ! 」
私はいてもたってもいられず、溢れる感情を解き放つ。彼女の問いかけに大きく頷き、自分でも驚くぐらい明るい声で答える。
「そう。ならよかったわ」
これを受けてハハコモリの彼女も、つられるようににっこり笑いかけてくれる。彼女のご主人も何か言ってるけど、似たようなことだと思う。
「メレメレ、っていう島で採れたんだけど、よかったら一緒に来る?」
何を思ったのかは分からないけど、彼女は私に尋ねてくる。期待の眼差しを私に向けてきているから、答えに迷うけど悪い気はしない。確かに私はこの場所が好きだけど、彼女たちに会わなければ、こんなにおいしい味を知る事なんて無かったと思う。
「ええ! 私もご一緒したいわ! 」
だから私は、後ろ髪を引かれるけど、彼女の提案に乗ることにする。頭が地面につくぐらい大きく頷き、満面の笑みで朗らかに言い放った。
この後私は、生まれ育った藤色の花園を後にする。ここから出たことが無かったから、見るもの聞くことが凄く新鮮で楽しい。旅先で今日も私は、黄色い翼を羽ばたかせる。だけど自分の性格、話し方まで変わった事に気づくのは、しばらく後の話かな。
羽根の色は 遷りにけりな いたづらに 完