第二十話 属性を身に纏い
「――次で最期だ。何か言い残す事はねぇか?」
『ほんと、何考えて、るの? 足とか耳ぐらいなら三日、もあればまた生え、てくるけど、心臓はそう簡単に、は治らない、んだよ? そもそ、も三つとも潰され、たら、いくら生物兵器、でも、もう二度と戻せ、ない! その事は、知って、るよね? な――』
「……っぁぅぅあぁぁぁっ! 」
「っくぅっ! 」
「うぅあぁぁッ……。アナタを……グルルゥッ……倒ス……! 」
―
――
「ガァァッ! 」
「乙型なんて初めてだけど……」
二課の通路の当たりで責任者のルカリオの鉢合わせになった私達は、その彼と新型の生物兵器と対峙する事になった。守備型なんて初めて聞いたけど、私と02達以外にこのボーマンダらしき生物兵器を破壊する事が出来ない。……だけど02とリツァさんは今も、他のところで丙型の群れと戦ってくれてる。だから今この守備乙型、それからカルカナを止められるのは私達しかいない。ルミエールに頼んで隊長さんに連絡するのも手だと思うけど……。
それで私が首から提げてる“レコードクリスタル”に前足を伸ばそうとした矢先、三つ首のボーマンダが一気に私の方に急降下してくる。コレを合図にルミエールも駆けだし、カルカナとの戦闘を始めている。だから私も畳んでいた翼を一気に広げ、相手の高さに合わせて舞い上がる。自由になった前足に黄色い気刀を作り直し――
「殺るしかないよね」
急接近してくる守備乙型を迎え撃つ。体の前で交差させるように二つの刀を重ね、ぶつかる寸前で急浮上。同時に交差させてる双剣で斬りかかる。
「これで……! えっ? 」
だけど真ん中の首を切り落とすどころか、刀身が首筋に刺さりさえしない。それどころか私の気刀が強度で負けて、真ん中から真っ二つに折れてしまう。羽ばたいて浮上してたからダメージは避けられたけど、当然私は初めての事で訳が分からなくなってしまう。その場で宙返りして切り返したけど――
「ゥガァァッ! 」
「くぅっ……! 」
向こうも私を追いかけてきて、回り込むようにして突っ込んできた。だから私はこれに反応することが出来ず、まともに攻撃を食らってしまう。
「っかはっ……! 」
サンダースとボーマンダでは体格差があるから仕方ないけど、派手に吹っ飛ばされた私は壁に思いっきり叩きつけられてしまう。私は探査型の生物兵器だから何ともないけど、もし食らったのがルミエールとか……、普通の人だったら、全身の骨が粉々に砕けてると思う。
「ガァァァッ! 」
「っ! 本当に乙型、なの? 」
床の方に落ち始めたから慌てて翼を広げたけど、当然自我を奪われてる相手は待ってはくれない。多分機能の一つだと思うけど、私が一度羽ばたいたタイミングで、ボーマンダは三つの口元に気塊のようなものを溜め始める。私も咄嗟にスピードスターで牽制しようとしたけど、一発目の早さでは私が負けてしまう。相手は針状にして三本同時に飛ばしてきたから、私は降下することでそれらをやり過ごす。床スレスレで急浮上しながら元いた方に目を向けてみると、三本の青黒い針は通路の床に深く突き刺さってしまっていた。
「だけど……! 」
「ガァッ? 」
それでも私だって、負けてはいないと思う。型は戦闘向きじゃない探査型だけど、そもそもベースになってるのが戦闘甲型。試験機だから攻撃性能は落とされてるけど、あまり気が向かないけど性能では乙型には勝っていると思う。その証拠に溜めていたスピードスターを発動させて三つの星を飛ばしたけど、その五つともが突っ込んできたボーマンダに命中してくれる。ルミエールに教えてもらったノーマルタイプの技だけど、五発目が命中し雷光のエフェクトが出たところで、一瞬相手がのけ反っていたから……。
「あんまり手応えが無いというか……」
「グルルゥッ……」
だけどそれ止まりで、すぐに立ち直って私に噛みかかってくる。だから今度は斬りかからずに回避に専念したけど、どうもダメージの通りが悪いような気がする。私がまだ属性? 相性? そういうのを理解してないからなのかもしれないけど……。浮上してるところを後ろに付かれたから、私は――
「ッガッ? 」
次の手を考えながら天井の目の前で急旋回。天井に沿うように、仰向けになるように進路を変えて、三つ首の生物兵器をやり過ごす。後で何かがぶつかる鈍い音がしたけど、気休め程度にしか足止めできてないと思う。
「ルミエール! ボーマンダに効く属性って、何かある? 」
だけどこのチャンスを利用しない手は無いと思うから、今頃ルカリオと戦ってくれてるパートナーに声をかける。直接目で見てないからどうなってるか分からないけど――
「ぼっ、ボーマンダに? 確かドラゴン、飛行タイプだから、氷タイプのグレイシアが一番いいと思うよ。……これでどう? 」
何とかピカチュウの彼は私の問いに答えてくれる。グレイシアもサンダースも全然慣れてないと言えば慣れてないけど、ルミエールが言うなら有効な属性なんだと思う。正直に言って一番慣れてる、ブラッキーの方が攻撃が通るような気がするけど――
「うん、ありがとう」
彼の言う事だから、騙されたと思って姿を変えてみる。訊いてる間に怯みから立ち直ってたから、三つ首の生物兵器から目を離さずに、意識を活性化させる。同時に凍てつくような水色をイメージすると、私はいつものように黒紫色の霧に包まれる。目を閉じずに機能を使ったのは初めてだけど、すぐに私はイメージ通りの姿に変化する。この姿だと耳元のヒラヒラが鬱陶しいけど、尻尾があるから割と落ち着く。
「ゥグルァァッ? 」
「今度は、どう? 」
空中でホバリングしてたから今向こうが浮上してきたけど、見た感じボーマンダは私の種族が代わったから、自我ガ無くても驚いてるような気がする。かといって攻撃を止めてはくれそうにないから、私は手元に、折られた気刀を作り直す。これは多分私の機能なんだと思うけど、姿を変えるとその属性に合わせて気刀の色が変わってる。浮上してくるついでに私に体当たりしてきたから、両方の前足で水色の気刀を構える。すると――
「ッグアァァァ……ッ! 」
「通った! 」
サンダースでは弾かれた真ん中の首に刃が食い込み、そのまま止まる事なく振りきってくれる。スパッって音がしそうなぐらい簡単に切り落とせたから、血しぶきに混ざって氷の結晶が散ったような気がする。ボーマンダもまさか首が撥ねられるなんて夢にも思ってなかっただろうから、断末魔にも似た叫び声を上げてる。今ルミエールはルカリオの相手をしてるから全然気づいてないけど、もし一緒に戦ってたら、切り落とした首のグロさで吐いてしまってるかもしれない。
「それなら……」
だけど今戦ってるのは私だけだから、何も気にする事なく戦う事が出来る。ここだけの話、属性相性の大切さが今更ながら分かってきたけど、そうと分かったら後はラクだと思う。真ん中の頭を切り落とされて二つ首になったボーマンダに目を向けて、背中の翼を力一杯羽ばたかせる。一気に加速してから気刀を構え――
「これで決める! 」
すれ違いざまに水平斬りする。氷の属性になってる刀は何の抵抗もなくDB型の首元に食い込み――
「ッァガァッ……――」
尋常じゃ無い血があふれ出してくる。肉を切り裂く手応えと少し違うのがあったから、多分乙型として三つもある心臓、全部も真っ二つに切り裂けたと思う。真横を飛ぶようにしてすれ違ったから返り血は浴びなかったけど、これで新型の生物兵器は破壊できたと思う。ふぅ、って一息つきながら床の方に降りて振り返ってみると、そこには真っ赤な池を作って転がっているボーマンダの肉片……。真ん中しか切り落とさなかったから二つ首のままだけど、両方の体の切断面からは鮮やかな深紅が際限なく湧き出していた。
だけど私は、一戦を交えたボーマンダからすぐに視線を離し――
「……そうだ。ルミエール! 」
責任者のルカリオの方へ一気に滑空する。跳びながら戦ってたから大分離れちゃったけど、研究室の扉一つ分しか移動してないから、すぐにパートナーの元に戻れると思う。流石に飛びづらいから気刀は解除したけど……。
「カルカナも何かされてる筈だけど……、ルミエール、大丈夫かな……」
それでルミエールの元に急行してはいるけど、私はどうしてもパートナーの安否が心配になってしまう。ルミエールはフィナルさんの子供だから大丈夫だけど、それでもやっぱりこの状況を考えると、安心は出来ないと思う。私は生物兵器だから互角以上の戦いが出来てるけど、丙型相手でも、普通は体の一部を失う事は避けられない……。これまでにすれ違ってきた団員さん達も、殆どが腕が一本無くなったり片方の目が潰れたりもしてた。その人達は騎士団の中でも実力者ばかりだから、余計に……。おまけに私達は入団から一年も経ってない低ランクのチームだから、例え生物兵器相手じゃ無くても、骨の一、二本は折ってる事を考えた方が良いかもしれない。私は私で、右耳の先が欠けてるけど……。
「――っ! 」
「なっ、何? この種族……! 」
「え……」
それで私はすぐにルミエールの所に戻って来れたけど、私はその先にあった光景に驚いてしまう。色々ありすぎて何から話したら良いか分からないけど、まずはじめに、カルカナが壁際で倒れてる……。他に近くには誰もいないから、このルカリオを気絶させたのは、多分ルミエール。……だけど彼も無傷じゃないらしく、左腕を押さえて顔をしかめてる。チラッと見ただけだからまだ分からないけど、あの痛がり方からすると、腕の骨が折れてるような気がする。だけどルミエールの利き腕は右だから、それだけは救いだけど……。
それで私が驚いたもう一つの事は、ルミエールが見上げてる先に浮いてる何か……。私もつい声をあげてしまったけど、その先には――
「生物兵器……? だけど何かが違う……」
半透明でドククラゲみたいな、見た事が無い種族……。生物兵器は確かに余分に腕とか頭とか……、元々無い部位が移植されてるけど、それは全部、ちゃんと存在してる種族のもの……。私は作られて二、三年しか経ってないし、限られた世界の中でしか生きてこなかったけど、普通のピカチュウの彼もこう言ってるから、間違いないと思う。
「――っっ! 」
「うわっ! 」
「ルミエール! 」
だけど私達が驚いて取り乱してるを良い事に、透明なナニカは突然ルミエールに襲いかかる。多分気砲か何かだと思うけど、青紫色の物体をいくつも飛ばしてる……。ルミエールは急な事でしりもちを付いてしまってるから、このままだと
普通のピカチュウのルミエールは……。だから私は、大急ぎで彼を助けに向かう。だけどこの距離だと、私が全速力で飛んでも間に合いそうに無い……。機能の一つで身軽な03ならギリギリ間に合うと思うけど、私はそうじゃない。だから私は口元にエネルギーを溜めながら――
「待たせてごめん。今助けるから! 」
少しでも射程に入れるように距離を詰める。スピードスターがどのくらいの距離まで飛ぶのかは分からないけど、接近戦しか出来なかった私はこの技に凄く助けてもらってる。それに私の機能で属性も姿と同じ物に変わるみたいだから、どんな相手にも牽制も出来るようになった。技だから気刀よりも殺傷能力は無いけど……。
それで口元にグレイシアとしての属性、氷のエネルギーを溜めた私は、咳をするような感じで勢いよく打ち出す。するとほんの少し飛んだところで五つに弾け、水色の星に変化して飛んでいく。
「っ! 」
「マリー! ごめん、助かったよ」
すると追尾性能がある五つの星は、一つ残らず紫色の物体に命中する。全部は打ち落とせなかったけど数は減らせたから、その間にルミエールは何とか立ち直ってくれた。慌てて転がるような感じでナニカの攻撃をかわしていたから、その間に私が滑空しながら滑り込む。それまでの間に前足に二本の気刀を準備し、パートナーに背を向けてそれを振るう。二、三個相殺出来ずに食らったけど、何とかルミエールの危機は救えたから――
「話は後。後は私が倒すから、ルミエールは休んでて」
横目でチラッと彼を見てから、ナニカの方に急浮上する。
「――っ? ――っ! 」
「……」
半透明な相手は言葉にならない声をあげてるけど、私にはどういう意味かさっぱり分からない。だから気にする事なく手元の双剣を構え、触手を伸ばしてきた生き物に無心で斬りかかる。
「――……」
「生物兵器じゃ……なかったみたいだね」
最初は新型の生物兵器かと思ったけど、この手応えはそうじゃない。更迭の扉どころか丙型を切断した時よりも軽かったから、多分この生き物は普通の種族。正直言って拍子抜けしたけど、半透明の生き物は二つに切り裂かれ、ドスッと音を立てて床に落ちる。だけどそれにしては出血が少なすぎるから、何かしらの処理がされているような気もする。それでも目の前の敵は殲滅できたから――
「そうみたいだね。……マリー、ありがとう」
「どういたしまし――」
戦闘の緊張を解いて、ルミエールの側に降下し始める。ルミエールがカルカナを気絶させてくれたから、洗脳されていた研究員は解放されているはず。けどリツァさんの話だと他にもいるみたいだから、全員の洗脳を解いた訳では無い。それでも大分敵の戦力を削いだはずだから、少しは私達の方に戦況が傾いた、って思ってもいいと思う。彼のホッとしたような笑顔で私も表じょ――
「流石01だね。だけど01? 」
「まっ、マリー! うし――」
「え……? 」
だけど私は、急に首筋の――
「
っきゃぁぁぁっ! 」
尋常じゃ無い痛みに襲われてしまう。するとその瞬間私は生後を失い、今まで感じた事が無いような違和感と共に、床に落ちていく……。視界の端にチラッと見えたけど、何故か私の黒紫色の翼だけが、二つとも私から離れて宙を舞ってる……。
「気を抜くようにプログラムしてない筈なんだけどなぁ……、奪われた間に改ざんでもされたかなー? まぁいいや。01、きみは
破棄してもいいって帝国から許しが出たからね、“リフェリア”王国が奪ってくれて本当に助かったよ。
失敗作を処分する手間が省けたからね」
それどころか間髪を入れず、今度は胸の辺りに刺すような痛みが追撃を仕掛けてくる……。
「ぐふぅっ……っ! 」
「嘘……マリー! 」
多分この感じは……、心臓を貫通……、してると思う。だけどこれでも私は死んでないから、私にも心臓が二つあったのかもしれない……。刺されたから、大量の血を吐いてしまったけど……。
「きみはあの時の……! マリーを……マリーを離し――」
「おおっと、これ以上近づくと、今度は本当にこのゴミクズ……、きみの相棒を殺すよ? それでもいいのかな? 」
……目の前がかすれてきたけど、この声は多分――
「……ベ……べ……」
最初の襲撃、“ラクシア”で私に“ルヴァン”に戻るよう交渉を持ちかけてきた、ベベノムのベベ……。彼は私の心臓の一つ……、体を頭の角で串刺しにしたまま、ルミエールと何かを話してる……。
「――けど“ドータ帝国”としても無視は出来ないからね。けどただ破棄したんじゃあつまらないからね。リフェリア
ごときがぼく達“ドータ帝国”の兵器工場を一つ潰してくれたご褒美……」
「っ! っくぁぁぁっぁあぁぁっ! 」
「マリー! マリーに何を――」
「特別にSE01を“停止”するだけにしてあげるよ。悔しか――」
かと思ったら、今までに実験でも感じた事無いような……、急に全身の力が抜けていくような感じがしてくる……。何故かを考える暇さえ与えてもらえず、私の意識は深い暗闇の中へと無理矢理沈められてしまった。
続く