第十九話 争乱の区画に潜む脅威
「……それで02? どうしたら“進化”できるの? 」
「ええっと、うん。今リツァに聞いた、んだけど、色をイメージし、たら進化できる、んだって」
「色? 僕の目のオレンジとか、02の緑とか? 」
「うん。何でもいい、って言う訳じゃ無い、んだけど、赤と青、黄色と緑、水色とピンクと紫と黒、で進化でき、るんだって」
「八つも? けど何で色なの? 」
「僕もまだよく、分かってない、んだけど、属性、って言ってたかな」
「……属性? 」
―
――
「マリー! 」
「うん」
「ガァッ? 」
操作端末がある通路で合流した私は、背中にルミエールを乗せて一気に駆け出す。翼を羽ばたかせて滑空してるから、多分結構な早さで飛んでると思う。流石に通路から感情の廊下に出る時は体の中にしまったけど、すぐに広げて飛び上がる。
それで今時計回りに飛び始めて少し経つけどこの廊下は私が思った以上に混戦を極めていた。団員達が潜入してしばらく経ってるから、私が見ただけでもいろんなところで命の削り合いが起きてる。ぱっと見向こうは丙型しか使って無さそうな感じだけど、それでも私達、騎士団側が劣勢だと思う。まだ全部を見た訳じゃないから分からないけど、すれ違った何人かの団員は大怪我――、腕を切り落とされたり角が折れたりしてしまっている。……だけどやられっぱなしじゃないみたいで、あちこちに奇形の死体……、生物兵器らしき肉片が血まみれになって転がってる。
こんな状態だから、私とルミエールもすぐに戦闘をし始める。さっきは一人で二機を相手してたけど、今はルミエールがいるから苦戦はしてない。ブラッキーの姿の私は真ん中ぐらいの高さを羽ばたきながら、前足の気刀で群がるAC型の首を撥ねていく。今の私の気刀はブラッキーだから真っ黒だけど、刀身は生物兵器の血で真っ赤に染まってる。ルミエールも私の斬撃に合わせて、体から出した電気を生物兵器に命中させてくれる。私の背中に乗ったまま使ってるから私もくらってるけど、そもそも私も生物兵器だから、このぐらいでは倒れる事は無いと思う。今はちょっと痺れてきてるけど、このぐらいなら戦闘に影響は出ないと思う。……今頭が六つあるドードリオの首を全部切り落としたところだけど、私が接近戦を仕掛けてるから、私もルミエールも血で赤く染まってしまってる。
「ルミエール、まだ……いける? 」
でちょっと痺れて呂律が回らなくなってきたけど、私は横目でルミエールを見ながら問いかける。彼は私の腰から少し上ぐらいにしがみついてくれてるから、羽ばたくのにも邪魔にならなくて結構助かってる。
「ちょっと気持ち悪いけど、まだまだいけるよ」
だけどルミエールはこんなグロい光景を見慣れてないみたいで、大分顔が青ざめてきてるように見える。だけど私を心配させまいと我慢してるみたいで、何とか笑って誤魔化してる。
「だけどマリー? 痺れてない? 」
けど彼は自分の事よりも、乗せて羽ばたいてる私の方を気にかけてくれる。だから嬉しくもあったけど、私は四足のキリキザンの体を切断しながら――
「翼は大丈夫だけど、舌が回らなく――」
素直に今の状態を教えてあげる。本当は黙っていようかとも考えたけど、この状況ではそうもいかない気がする。ただでさえ私達が劣勢なのに、私が無理して倒れたら余計に状況が悪くなる。
「なっ……、あれはまさか、奪われた01――」
「っ! 」
「ぐぁぁっ……! 」
とさっきのキリキザンを操作していたのか、研究員らしきハハコモリが取り乱してしまってる。あの研究員は見覚えがないから、多分私達の研究をしていた三課の職員じゃないと思う。そのハハコモリの事はお構いなしに、ルミエールは話を切り上げ、もう一回電撃を解き放つ。十万ボルト、っていう技みたいだけど、攻撃を食らったハハコモリは、何回か痙攣してから意識を手放し、その場で崩れ落ちてしまっていた。
「マリー? 痺れてるなら、サンダースに変身してくれる? 」
「え、何で? 」
とさっきのであの研究員は洗脳から解かれたはずだから、私は彼の事を気にする事なく先を急ぐ。時々大きな死骸が転がったりしてるから、私は右とか左にかわしながら、カーブした廊下を飛び続ける。……で先の方に生物兵器とか研究員がいないのを確認してから、ルミエールは私にこんな事を頼んでくる。何でサンダースなのか分からなかったから、私はすぐに首を傾げる。すると彼は――
「サンダースも俺と同じ電気タイプだから、痺れが治るかもしれないよ」
すぐに思いついたらしい事を教えてくれる。
「そうなの? ……うん、ルミエールがそう言うなら」
やっぱり意味が分からないけど、多分これは属性、っていうのが関係してるんだと思う。わかりはしないけど、試さないよりはマシだから、私は彼の言うとおり、イメージを黄色で満たしていく――。
「……」
すると私だけが黒紫色の霧に包まれる。その中で私は耳とか毛が変化し、色もそれに合わせて変わっていく。それからサンダースだけに起きる事だけど、尻尾が無くなって代わりにチクチクとした毛束に変わる。すぐに霧が治まって――
「これでいい? 」
黄色い姿になった私は、もう一度横目でパートナーに問いかける。まだ直接見て確認してないけど、前足に作り出してる気刀は属性に合わせて黄色く変色してると思う。
「うん! ……っと」
「そこっ! 」
「ッ? 」
と彼はすぐにそうだよ、って言ってくれたけど、言い切る前にまた別の生物兵器と鉢合わせになってしまう。だから私は黒紫色の翼を大きく羽ばたかせ、天井ギリギリまで急浮上する。それでUターンした辺りで、二課の通用口に続く通路から出てきた四つ目のミルホッグを痺れさせてくれる。一瞬怯んだ間に私は急降下し、地面すれすれを滑空しながら気刀で一刀両断する。首を切り落としてないから多分何週間かすればまた再生すると思うけど、それよりも私は――
「ほんとだ、痺れてない」
さっきと違う感覚に、思わず感嘆の声をあげてしまう。走るような感じで着陸し、そのまま駆けて勢いを逃がす。そんな私は彼の予想通り、十万ボルトを受けても全然痺れてない。それに何でかは分からないけど、戦いっぱなしだったのに、急に体が軽くなったような気もしてきてる。
「でしょ? 同じ電気タ――」
「待て。……黒紫の翼、SE01だな? 」
それで謎の感覚に包まれたのもつかの間、私は出来れば会いたくなかった研究員とばったり出くわしてしまう。息を切らせてるから走ってきたんだと思うけど、その人物……、生物兵器を従えたルカリオが、私とルミエールの前に立ちはだかる。だけどそのルカリオは――
「そう。……カルカナ、って呼ばれてたけど、私達も探してた」
“ルヴァン”の責任者だから……。リツァさんの話によると、彼は他の研究員と違って別のナニカがされているらしい。多分責任者っていう重要な立場だから、簡単に洗脳が解けないようにされているのかもしれない。
「あのルカリオ……」
「うん。このルカリオを倒したら、多分研究員の洗脳は解けると思う」
ルミエールもあの日にカルカナと会ってるから、すぐに気づいたらしい。私から飛び降りて仰ぎ見てから、すぐ正面のルカリオに視線を向けている。ルミエールが何を伝えようとしたのかは分からないけど、サンダースの姿の私は率直に思った事を彼に伝える。
「フッ、俺を倒す、か。SE01、貴様に何が出来る? 」
「何が、ってそのままの意味だよ」
けど何かおかしい事があったらしく、カルカナは私の事をあざ笑ってくる。私は思わずこう言い返してきたけど、“ルヴァン”での私しか知らない彼にとっては、そう思わない方がおかしいと思う。私はただ気分が乗らなかっただけだけど、戦闘試験の時は私から攻撃はしなかった。02が相手ってことが多かったのもあるけど、いくら性能が良くても、私は出来れば誰も傷つけたくない。生物兵器なのにそう言ってるから凄く矛盾してるけど……
「そうだよ! 俺一人じゃ勝てないかもしれないけど、二人でなら何だってできる! 」
「ルミエールの言うとおりだよ。……それに私だって、ここで研究されてた時とは違う」
「ほぅ、大層な自信だ。……だがこれを見て同じ事が言えるか? 」
矛盾してるけど、そんな私にだって、戦わないと、って思う時がある。それが今……、目の前の、カルカナ……。私は何も無いところから作られてるけど、彼がいなかったら、普通のイーブイとして過ごせたかもしれない。……それに私だけじゃ無くて、フロルとかリツァさんとか……、生物兵器に改造された人達も、“ルヴァン”さえなければ自我を奪われる事も無かったし、さらわれる事だって無かったと思う。
だけどどこがおかしかったのか分からないけど、ルカリオは感心したように、けど見下したような冷たい眼差しを向けてくる。私は兵器だから仕方ないけど、ルミエールをピカチュウって見てないような……そんな感じ。それどころかルカリオは何か考えがあるのか、懐から小さい端末みたいな機械を取り出す。
「変わったのは貴様等だけでない。我々“ルヴァン”も、更に先へと進んでいる! 」
「……えっ、なっ、何あれ? 」
それを起動させると、丁度一番近くの扉、“大保管庫”から急に激しい音が聞こえてくる。多分近くに待機させていたんだと思うけど、扉を破壊してまで飛びだしてきたソレは――
「ッガァァァアッァァ! 」
普通のポケモンとは明らかに様子がおかしいボーマンダ。普通の丙型ならそこまで脅威じゃ無いけど、見ただけでもこのボーマンダは普通じゃ無いって分かる。まず真っ先に目に入るのが――
「三つ首……まさか乙型? 」
サザンドラを思い出させるような頭部。三つの頭が生えていて、血走った赤い六つの目で私達を威嚇してきている。そもそも姿自体も大分違っていて、普通のとは違って、大きくて三日月型の翼が背中に付いている。前足も肩の辺りにしまえるようになっていて、飛んだら空気抵抗が少なそうなフォルムをしてる。それから大きな翼で少しの気流を受けているみたいで、生前の02みたいにフワフワと浮いてる……。
乙型にしては改造されてる部分が多すぎる気がするから、このボーマンダは多分、私達SE型とかリツァさんみたいに機能を持ってるんだと思う。それに同じ乙型でも、リツァさんとは違って、このボーマンダは完全に“狂化”が済んでると思う。
「おっ、乙型? 乙型って、リツァさんと同じだよね? 」
「そうだよ。……だけどリツァさんとは違って、自我が完全に無くなってる」
だからただ目の前の敵を殺める事しか考えない、殺戮兵器そのもの。今まで撥ねてきた丙型の上位機体だから、甲型ベースとはいえ流石に私でも簡単には倒せないかもしれない。
「AB型だから、ルミエールは下――」
「AB型、か。コイツは戦闘型ではない。DB007……、“守備乙型”を汎用型とは訳が違う」
「しゅっ、“守備型”? まっ、マリー? そんなのがあるの? 」
「私も知らないよ! 」
だけど余裕の笑みを浮かべてるルカリオが口にしたのは、私が初めて聞く形式。02からも聞いた事が無かったから、多分これは、私達が知らない間に研究されてた新型……。もし彼が知ってたら、任務に関係しなくてもすぐに教えてくれたはず。それなのに教えてくれなかったって事は、そもそも02が知らなかっただけか、02が解体されてから開発されたか……、そのどっちかだと思う。
「ふっ、SE01。貴様が知らないのも無理は無い。“守備型”の研究は一課、完成は一昨日だ」
「一昨日って……」
どういう関係があるのか分からないけど、02が教えてくれた話の中に一課の事は殆ど無かった。二課は“戦闘型”の研究が中心って言ってたから、多分それぞれの課で分担されてたんだと思う。……だけどそんな事、今は関係無い。完成したのが一昨日なら、相手が乙型、それも最新のタイプなら、全くの未知でも何とかなるかもしれない。最悪カルカナも扱いきれない、って事も考えられるから、このチャンスを生かさない手は無いのかもしれない。
「あぁそうだ。未だ完成しない“自由進退化モデル”の貴様とは違い、コイツはできあがっている。……またとない機会だ、SE01、貴様には実験台になってもらおうか! 」
「グルァァァァァッ! 」
「ルミエール、来るよ! 」
「うっ、うん! 」
だから私達はパートナーに呼びかけ、最新型らしいDB型と対峙し始める。……だけど乙型って事は、普通のピカチュウのルミエールでは勝ち目が無い事に変わり無さそう。
「ルミエール! ルミエールはあのルカリオをお願い」
「わかったよ! マリーも、無理はしないでね」
「分かってる」
そういうわけで私達は、二手に分かれて戦闘を開始した。
続く