第十八話 相棒の気づかい
「06、ごめん。もう行かないと」
二体のAC型を倒し、それから研究員のナゲツケザルを気絶させた私は、檻の中で見ていた06に一言声をかける。本当は話したい事が沢山あるけど、今の私にこんな暇は無さそう。一瞬檻を破壊して06、それからそんな気は無いけど04と05を逃がす事も考えたけど、私の気刀では鉄パイプは切断できない。イーブイ以外の姿では試した事ないから分からないけど、前足で格子を曲げる事も出来ないと思う。だから私は後ろ髪を引かれる思いで、その場を後にしようとする。食い千切られて欠けた右耳の先が痛いけど……。
「うん」
「任務が終わったら、また来るから」
「あっ――」
それで一度06の方に振り返ってから、私は“保管庫”の奥の方へと走り始める。その時06は何かを言おうとしてたけど、耳の穴に流れた血が溜まってよく聞こえなかった。それに私は勝てたから良かったけど、普通のピカチュウのルミエールは、今も一人で操作端末を探してくれてる。ルミエールも訓練積んでるから大丈夫だとは思うけど、丙型でも出くわしたら大変な事になる。逃げる事ぐらいなら出来るかもしれないけど、逃げ道を塞がれたら……。最悪の結果を避けるためにも、背中の翼で一気に加速する。
「……っ! 」
するとすぐに扉の側まで来れたから、解除していた気刀を右の前足に作り直す。元々の姿だから黒紫色だけど、イーブイだからノーマルタイプ? になってるんだと思う。その刀を縦に振り上げ――
「くっ……! 」
――たけど、02みたいに鋭くないから、私の方が負けてしまう。刃先に亀裂が入ってからがへし折れ、私自身も勢い余って扉にぶつかる。ガンッ、って鈍い音がし、あまりの痛さに目眩がして気を失いそうになる。だけどそこはなんとか耐えて、すぐ立ち上がり左の前足で扉をこじ開けた。
「ルミエール! 無事? 無事なら返事して」
二機の丙型を破壊するのに少し時間がかかったから、私は焦りながらも大声で呼びかける。奥まった部屋だから大丈夫だとは思うけど、“大保管庫”にも来たぐらいだから、ルミエールも一人で戦ってないとは言い切れない。最悪生物兵器に食い殺されてる事だってあり得るから、一刻も早く……、彼が私と02達以外の生物兵器と出逢う前に合流したい。一応私は探査型だけど、“自由進退化”以外に探査型らしい機能が無い。SE型では私がプロトタイプみたいなものだから、作る時に余計な機能は着かないようにしたんだと思う。だから性能試験の結果だけ良くて、他に私だけの機能は無いのかもしれない。
「マリー! 俺なら大丈夫だよ! 」
と私の呼びかけに、部屋のどこかからルミエールの声が響いてくる。どの辺りにいるかまでは分からないけど、少し小さいから離れた場所にいるのかもしれない。私が入ってきた扉は一番橋の方で、そこから一直線に通路が延びてる。棚の側面には番号が書かれたタグが提げられていて、その列にどの機体の端末が置いてあるのか分かるようになってる。確か私達の研究をしてた区画は丙型も作ってたから、一番端の棚は“AC001”から始まってる。一列に二十機分ずつ仕舞えるようになってるけど、その殆どはとっくの昔に出荷されてカラになってると思う。
「よかった。どう、見つかった? 」
ひとまずパートナーの無事だけは確認できたから、この長い保管庫のどこかにいるルミエールに続けて呼びかける。無事だったから凄くホッとしたけど、多分ルミエールも同じ気持ちだと思う。だけど声に少し疲れたような感じがあったから、もしかするとしらみつぶしに棚を探していたのかもしれない。そうなるとフロルの機体番号は“AC612”だから、結構長い間この保管庫を探し回ってた事になる。だからって事で私はたたんでいた翼をもう一度広げ、床スレスレを滑空する。イーブイの姿だからギリギリ出来てるけど……。
「うん、今さっきね。マリーは? 」
「私も平気。 二体とも倒せて、研究員も気絶させれたから」
流石に狭すぎて羽ばたけないから、私は時々地面を蹴って軽く浮き上がる。気刀は折れたから解除したけど、通路がもう少し広かったら今頃合流できてたと思う。羽ばたいてないからルミエールの声もはっきり聞こえるし、多分私の声もちゃんとと他割ってると思う。
と棚で出来た通路も三十一本目にさしかかったところで――
「良かっ――ってマリー! その耳どうしたの? 」
ピカチュウの彼と合流する。五本前ぐらいから床を駆けるように減速して、翼でも強めのブレーキをかける。力んだから折角止まっていたのにまた出血してきたけど、今はそんな事、どうでもいい。小さな機会を持った彼には傷一つ無くて、戦闘で返り血を浴びた様子も無い。だけど私は右耳の先を噛み千切られてるから、ルミエールは血相を変えて私を問いただしてきた。
「食い千切られたけど、平気」
「平気って……、絶対に大丈夫じゃないよね? 」
「普通ならね。だけど私は普通じゃないから」
私の肩に手を添えて迫ってきてるけど、ルミエールがここまで心配してくれるのも無理ないと思う。そういえば今思い出したけど、私はルミエールの前では一回も出血した事もケガした事も無かったと思う。そもそも擦り傷ぐらいなら、私ならすぐに治ってる。リツァさんはどうか分からないけど……。
「それよりもルミエール。私達も早く行こ。リツァさんのもそうだけど、私とリツァさんしか乙型は倒せないから」
心配してくれるのは嬉しいけど、今は私よりも優先しないといけない事があると思う。私達はたまたまさっきの二機にしか会ってないけど、それは研究区画じゃなくて、“大保管庫”だったから……。だから研究員の数もほぼいないに等しいし、生物兵器がいても眠らされてるか閉じ込められてるから、襲ってはこない。だけど他の団員とか団長さんは、研究員が沢山いる区画で戦ってる。場所によっては乙型どころか甲型の製造中かもしれないから、私と02達でも勝てるか怪しいと思う。
「だからルミエール。特別任務があるけど、私に乗って」
だから私は何とかパートナーの彼を説得……、っていうよりは言いくるめるような感じで、先に進む事を提案する。イーブイのままでも抱えれば何とかなるとは思うけど、“進化”した方が体力を温存できると思う。誰かを乗せたのは昨日海を越えたのが初めてだったけど、脱走する前に抱えて持たされた時よりは大分ラクだった。それに走るよりも飛んだ方が早く動けるから、私は体中を悪タイプで満たして、慣れたブラッキーに姿を変える。背が高くなったから伏せて乗りやすくしてあげると
「うっ、うん……」
少し不満そうだけど、私によじ登ってくれる。
「けどマリー? 痛かったらすぐに言ってよ? 手当ぐらいなら俺にも出来るから」
「……ありがと。頼りにしてるよ」
そんな彼に感謝しながら、ピカチュウを背中に乗せた私は一気に駆け出した。