第十五話 夜中の潜入
「そういえばマリー? 」
「なに? 」
「翼があるってどういう感じなの? 」
「どういうって……、別に何も感じてないけど。私、翼が生えてるのが普通だから」
「そう……。だけどマリー? トゥワイスみたいな普通のイーブイ、見た事あるよね? 」
「ない。02の見た目は普通だったけど、そもそも私達って普通じゃないから……。だけど今みたいに飛ぶ時は、首筋に力を入れて、肩の延長? を動かすような感じで羽ばたいてる」
「そう、なんだ……」
―
――
「……よし、全員揃ってるな? 」
作戦会議が終わり“ラクシア”の街を出た私とルミエールは、先発隊として“キルトノ”の街に向かう。私は元々ブラッキーに“進化”して飛ぶつもりだったけど、ファルツェアさんの頼みで、今もニンフィアの姿になってる。私は一応どの姿にもなった事があるけど、今のニンフィアとサンダースだけは、他の六つとは大分違う。他の七つにはあるけど、サンダースには尻尾がない。代わりにギザギザの何かがあるけど、あれは硬い毛が長くなってるだけだから、動かす事が出来ない。それとは逆に、今のニンフィアは動かせる部分が多すぎて未だに慣れない。本物のニンフィアに会った事がないから分からないけど、首元と左耳の計四本の触手の自由が利きすぎてる。飛んでる時首元の二本で背中のルミエールを押さえてたけど、ちょっと意識しただけで放しそうになった。ニンフィアに姿を変えてから大分経つから、今はそれなりに慣れたつもりでいるけど……。
それで“キルトノ”の街に着いてからは、後発隊が着くまで自由時間になった。先に着いてるはずの02とリツァさんには会えなかったけど、その代わりに潜入前に少しはリラックスできたと思う。それで夕方ぐらいに“キルトノの街”を出て、今回の目的地の“ルヴァン”……、私が作られた施設に向かった。何で夜なのかは分からないけど、もしかすると人目に付かないうちに任務を遂行するか、寝ている間に目的を達成するためかもしれない。私とルミエールはファルツェアさんから特別任務を与えられてるけど、他の団員達の任務は、洗脳された研究員達を解放する事。私達は情報が渡されてないから分からないけど、他の団員達に聞いたら、洗脳している上層部とか、催眠術をかけている幹部達のリストが“レコードクリスタル”で渡されているらしい。
それで今“ルヴァン”の正門の少し手前、守衛の建屋から見えないところで集まって、フィナルさんじゃない団長が私達に呼びかける。周りには暗くて研究施設以外何も見えないけど、コレがかえって私みたいな生物兵器を秘密裏に作るには最適な環境なのかもしれない。
「これより作戦を開始するが、“キルトノ”でも伝えたとおり、ここからは彼女に託す。リツァ、頼んだ」
「ええ」
それで団長さんは“レコードクリスタル”で照らされている私達B班の八人に目を向けると、側に控えていたリツァさんに指揮を委ねる。その彼女は小さく頷くと、調度私の正面に立ち、淡々と話し始める。
「紹介にあずかった、情報屋のリツァ。“騎士団”のあなた達なら、例の件で名前ぐらいは聞いた事があるかもしれないわね」
だけど今日の彼女はいつもと違って、右目を眼帯で隠し、三本生えてる尻尾も紐で縛って束ねている。“ラクシア”ではあまり気にならなかったけど、戦闘乙型に改造されてしまってっるリツァさんは特に目立つ。おまけに自由時間に知った事だけど、“キルトノ”では今、“ルヴァン”から実験体が逃げ出した、って騒ぎになってた。その実験体は私と02達、それからフロルのことだと思うけど、そういうわけでリツァさんは普通のエーフィにはない部分を何とか隠しているんだと思う。そういう私も、街に着いてすぐに翼を体の中にしまったけど……。
「……と、街から離れたから、もう隠す必要もなさそうね」
するとリツァさんは何を思ったのか、決心したようにうん、と小さく頷いてから、右目の眼帯を外し始める。多分見えない力で浮かせてると思うけど、眼帯を外したから、02と同じ緑色の目が露わになる。確か左右の目の色が違うのはオッドアイ、ってルミエールが言ってたけど、改めて見てみると、リツァさんの右目は澄んだ緑色をしていて凄く綺麗。……続けてリツァさんは同じように尻尾の紐をほどき、三本の尻尾を自由にする。これで何人かの団員はざわめいたけど、リツァさんは気にする事なく三本の尻尾をいろんな方向に動かす。私は翼以外に余計な部位はないけど、多分私が翼を生やした時みたいに、ちょっとだけ準備運動しないとこわばってしまってるのかもしれない。尻尾の感覚を確認した後、リツァさんは
「改めて言わせてもらうけど、見ての通り私は“ルヴァン”に掴まって生物兵器に改造された。中途半端な状態で抜け出した失敗作だけど、それでも他人を簡単に殺めてしまう事もあるかもしれないわ……。だから、リツァじゃなくて私の機体番号、“AB588”って呼んでくれても構わないわ」
自虐気味に包み隠さずに話す。一応“ラクシア”では私とリツァさんが生物兵器だ、って事は知られるけど、やっぱりリツァさんは見知らぬ人の前で言うのには戸惑いがあるらしい。どこかその表情は暗くて、クリスタルで照らされていても沈んでるように見える気がする。
「……それで今回の作戦だけど、聞いての通り戦闘は避けられない。研究員なら戦ってもらっても構わないけど、型に限らず生物兵器に出逢ったら、彼か私に一報を入れてから、すぐに逃げて」
確か“ラクシア”の会議でも同じ事を聞いたけど、多分リツァさんは、確認のためにもう一度言ったんだと思う。多分私が“AC”型とかに会ったら、連絡せずに私が倒した方が早いと思う。いくら私がSE型って言っても、強化型のAA型をベースに作られてる。“気刀”とか戦闘の性能は乙型と甲型の間ぐらいだから、甲型さえ来なければなんとかなると思う。
「以上だけど、質問はあるかしら? 無さそうだから、そろそろ行きましょ。入り口まで案内するから、ついてきて」
それで手短に最終確認を済ませて、リツァさんは先陣を切って歩き始める。リツァさんは最初“ルヴァン”には自力で来たみたいだから、道順とかは頭に入ってるんだと思う。……というのもまだ敷地の外だから、彼女の後をついていっても、守衛のところで足止めを食らう事になる。これは02から聞いた事だけど、研究の内容が無いようだから、徹底して研究室への出入りを監視管理しているらしい。
「すみません、ちょっといいかしら? 」
とリツァさんは私達九人に目で合図してから、一人で守衛の建屋の中を覗き始める。多分あの合図はここで待ってて、って事だと思うから、建屋の中からは見えない位置で立ち止まる。今はニンフィアの姿だからあまりよく見えないけど、多分リツァさんは中に呼びかけ、守衛の人を待ってるんだと思う。
「……ん?こんな時間に珍しい。国の役人なら“一課棟”のはずだけど――」
と私達の位置からは見えないけど、多分声的に守衛が出てきたんだと思う。夜の遅い時間だから仕方ないけど、変な時間ってことで守衛の不審そうな声が聞こえてくる。この感じだと私達が来た建前上の事を訊こうとしてるんだと思うけど、リツァさんはそんな事はお構いなしに
「ええ、知ってるわ」
「――っ! 」
「だから、ちょっとだけ眠ってもらうわ」
多分その人と目を合わせ、02の機能を使う。その直後に崩れ落ちるような鈍い音が聞こえたから、リツァさんは“催眠”で強制的に眠らせたんだと思う。挑発するように何かを言ってたけど、多分眠らされた本人には聞こえてないと思う。
「さぁ、行きましょ」
「うっ、うん……」
それで何事も無かったかのように、リツァさんはニコニコと私達の方を見て一言。多分ルミエール以外は何が起きたのか分かってないと思うけど、建屋の中をみたら一目で分かる事になると思う。……だけどそうもしてられ無さそうだから、私は今の事を見なかった事にして、守衛の建屋の前を通り過ぎる。門が完全に閉まったままだけど、横に一人が通れるぐらいの、鍵かかかってないゲートがあったから、そこを通って敷地内に侵入した。
「……俺は二回目だけど、こうしてみてみると“ルヴァン”って本当に広いよね」
「うん。私は初めて見るけど、地上は研究員の宿舎だけ。ルミエールも知ってると思うけど、地下が本体だから」
私は暗くてよく見えないけど、目が慣れたのか、ルミエールにはこの敷地がしっかり見えてるらしい。私はファルツェアさんの“レコードクリスタル”の映像でしか見た事無いけど、下手すると“ラクシア”の三分の一位の広さはあるかもしれない。それでパートナーの彼がこんな感じで呟いてるから、ニンフィアの姿の私は、こんな感じで返事してみる。多分昼間に見て知ってると思うから、答えになってないと思うけど……。
「ここがそうだな? 」
「ええ」
それで門から何分か歩き、三つある大きな建屋の一つの前で立ち止まる。この建屋がどの課なのかは分からないけど、“キルトノ”で聞いた話によると“三課”……、私が閉じ込められてた課の建屋なんだと思う。……かといって私は他に地下二階の“生産課”しか知らないけど、確か課ごとに地上の建屋、それから地下の区画も分かれてたと思う。私がリツァさん……と改造される前に初めてったのも、三課の“大保管庫十六”。就業時間外の真夜中だったから、今でも鮮明に覚えてる。
三課棟に着いたって事で、初めて来る団長の問いかけに、リツァさんはこくりと頷く。何も知らない状態で来ると違いなんて全く分からないから、彼は確認のためにも聞いたんだと思う。それでリツァさんは小さく頷いてから、首から提げている白く輝くクリスタルを右の前足で軽く握る。すると“レコードクリスタル”の機能の一つを作動させたらしく
「……リフェリス、ウール、こっちは着いたわ。二人は? ……そう。なら私達が最後だったのね」
大きな独り言を言い始める。クリスタルの機能を使って話してるんだと思うけど、ウールって言う人には会った事がない。もう一人のリフェリスって言う人はオオスバメだったと思うけど、もしかするとリツァさんの情報屋仲間かもしれない。
「……ええ。ファルツェアさんも、準備できてるみたいね。じゃあ……」
それでもう一人ともつないでいたらしく、リツァさんはその人の名前も口にする。確かファルツェアさんだけは別行動で、私達が建屋の全室に侵入してから行動を開始する事になってる。研究所の電源施設に忍び込んで、研究所全体の電源を落とす。その間に私達が研究区画に侵入して、交戦、それからリツァさんとフロルの捜査端末の捜索を開始する。その後のファルツェアさんは、何も訊いてないけど、もしかするとデュランさんと一緒にいる事になってる“セレノム王国”の役人さんを安全な場所に避難させに行くのかもしれない。
とリツァさんは三人が配置についたのを確認したみたいだから、いつの間にか取り出していたカードを、扉の側の端末にかざす。確かアレは社員証と区画内の鍵を兼ねていて、“ルヴァン”では欠かせないもの……。それに構内の鍵としての役割だけじゃ無くて、生物兵器に改造するための機械のロックを解除するためにも使ってたと思う。……そんなカードの扉の側の端末にかざすと、ピッっていう小さな音が深夜の野外に響く。リツァさんが捕まってから結構な時間が経つけど、それでも認証が生きてるのには驚いた。普通なら捕まえてすぐに無効化しそうなものだけど、リツァさんのはソレがされてなかったんだと思う。……そういえばファルツェアさんがA班の情報屋にリツァさんの予備のカードを渡した、って言ってたから、“ルヴァン”はリツァさんの認証を取り消す事が出来なかったのかもしれない。
「ひとまずこの部屋で、照明が落ちるまで待機。停電したら全てのドアが手で開くようになってるから、簡単に侵入できると思うわ。多分クリスタルの地図で見てると思うけど、この扉の先をまっすぐ進んで、突き当たりの壁が隠し扉になってる。そこから下っていけば、研究区画に侵入できるわ」
扉が開いたって事で、私達はその先の小部屋に案内される。この部屋には初めて入ったけど、確かリツァさんが撮ってた映像では、ここでちょっとした面接みたいな事をしてたと思う。広さもファルツェアさんが四人入ったら一杯になりそうだから、合わせて十人いる今は結構窮屈。だけど私達のB班は小さい種族が割と多いから、他と比べると多少はマシなのかもしれない。
「うん」
「……だから停電するまでは、この場で待機、いいな? 」
けどひとまず今はファルツェアさん待ちだから、凄く狭いけど小さな密室で待機する事になった。
続く