第十四話 生物兵器として
……。
…………。
何だろう……?
声が……聞こえる……?
凄く懐かしい気がするけど……誰だったっけ……?
……そうだ。
この声は……ドロップ!
無事だったんだね……!
だけど……。
いまの私じゃあ気づいてくれないだろうな……。
私、頭の葉っぱが二つある生物兵器だから……。
―
――
「……だけどリツァさん? 何でファルツェアさんの事知ってるんですか? 」
「申請しに来た時に偶々会ってね、潜入の支援をしてもらったって感じかしら? 」
マリーとトゥワイスが再会した後、私達は話しながら騎士団のギルドに来ていた。その時まで私は裏側にいたんだけど、そのときに次に何するか、って言う話になっていた。だから私はトゥワイスを通して、潜入中ずっと支援してくれてたファルツェアさんに会いたい、って伝えてもらった。一応昨日“ルヴァン”で話しているけど、あの時は脱出することで手一杯だったから、その事しか話せてない。一応成功はしてるけど、“狂化”の反動で気を失ってたから……。何で気絶したのか今も分からないけど……。
それで話を今のことに戻すと、表に出ていたトゥワイスと交代してから、私達は騎士団のギルドに入った。私自身が入るのは潜入した時以来だけど、何か凄く昔のことのような気がする。潜入中はずっと建屋の中だったけど、捕まった時のことを考えると何ヶ月ぶりだとは思う。そんな中ピカチュウのルミエール君が、私にこんな風に訊ねてきた。
「何かそうみたいだよ。僕は後で知ったんだけど、色々連絡を取り合ってたみたいなんだよ」
「そうなの? 」
「ええ」
『そのときに“魔法”も教えて、もらったんだよね? 』
「そうなるわ」
ギルドのロビーの真ん中を歩きながら、私達は話し続ける。時間が時間だからなのかもしてないけど、人影は殆ど無くて私達しかいない。中途半端な時間だから受付はやってると思うけど……、多分街が復興中でそれどころじゃ無いからだと思う。それで私はファルツェアさんと知り合った経緯を話そうとしたけど、無邪気なビアンカに先を越されてしまう。結局私は頷くことしか出来なかったけど、ひとまずは分かってくれそうな感じだった。前もって聞いてたからって言われたら、何も言い返せないけど……。
「――ルミエール、こんなところにいたか」
「ん? 」
それで階段の方まで来たあたりで、上の方から誰かに呼び止められる。一瞬誰か分からなかったけど、この声は昨日聞いたばかりだと思う。“狂化”してて覚えてなかったって言われたら何も言い返せないけど、少し考えたら誰か分かった。確信しながら階段の方を見上げてみると、そこには昨日助けに来てくれてたライチュウ。確か騎士団の団長のうちの一人だったと思うけど、彼は私の隣のルミエール君――。
「それとトゥワイスと言ったか、マリーと三人揃っているなら丁度良い。一緒に来てくれるか?」
――だけじゃなくて私とマリーにも呼びかける。この感じだとずっと探してたらしく、彼は安堵した表情を浮かべている。上から降りてきたから、多分私が寝かされてた病室の方に行ってたのかもしれない。
「わっ、私も? 」
『ぼっ、僕、も? 』
彼は私の事をトゥワイスって思って呼んだみたいだけど、よく考えたら無理ないと思う。昨日彼と初めて顔を合わせた時、“狂化”した生物兵器と勘違いされて攻撃してきた。それで正当防衛みたいな感じで私が始めて眠らせたから、彼とはまともに話せてない。トゥワイスのことは知ってるみたいだけど、まさか今私の中の彼も呼ばれるなんて思ってなかった。彼もそうだったらしく、私達が偶然声が中と外で重なった。
「そうだ。“ルヴァン”の件といえば、分かるな? 」
「“ルヴァン”……、うん」
フィナルさんが話しかけてくる理由はそれしか思いつかなかったから、私、それからルミエール君も、すぐにフィナルさんの呼びかけに頷く。マリーはいまいちピンときてないみたいだけど、とりあえずって感じで首を縦に振る。だから私は気持ちを切り替えて、同じ階に降りてきた彼の話しに耳を傾けた。
「ということは、昨日の事? 」
「それもあるが、今後についてだな」
「これから? 父さん、どういうこと? 」
マリーがこんな風に訊き返していたけど、どうやら彼女の予想とは違ったらしい。私もそう思ってたのはここだけの話だけど、フィナルさんはさらっと私達に話してくれる。横目でチラッと見てみると、ビアンカはうんうん、って言う感じで頷いている。だからもしかすると、私達が眠っている間に本人から聞いていたのかもしれない。
「“ルヴァン”からマリーとリツァ、フロルを連れ戻したよな? つまりそれで何が起こるか分かるな? 」
「うーん……」
順を追って話してくれるフィナルさんは、私とマリーに目を向ける。何で私達二人なのか分からないけど、共通点と言えば、私達二人は生物兵器、ってこと。だけど私達は所属も違うし、そもそも兵器としての型も全然違う。共通点がそれぐらいしか思い浮かばなかったから、正直に言って何で私達なのか分からない。
「もっ、もしかして、私が脱走した時と……同じ? 」
するとマリーが何かを思いついたらしく、恐る恐るフィナルさんに尋ねる。
「そうだ」
するとあっていたらしく、フィナルさんは大きく頷いていた。
それで私はやっと理解できたけど、今回と前回では、随分と状況が似てる気がする。マリーを知ったのは彼女が脱走してから何日かしてからだと思うけど、今回はマリーだけじゃなくて、私とフロルの三人が“ルヴァン”の外に出た事になる。
「そっ、そうなるわね? って言うことは、また“ラクシア”が……」
もし前回と同じ事が起こるなら、何日かしたら“ルヴァン”が襲撃してくる。それも今回は一人じゃ無くて三人……以上が施設に入って出たことになるから、向こうは本気で襲ってくると思う。だからもしかすると、次襲われたらタダじゃ済まない……、“ラクシア”だけじゃなくて国際問題にもなりかねないような気がする。既になってるけど……。
「その可能性は十分高いな。先回は何とか全壊は免れたが次襲われたら壊滅は避けられないだろう」
『壊滅……、じゃあこの街は、研究所に滅ぼされる、ってこと? 』
私も何となくそんな気がしたけど、今の街の状況だと否定は出来ない。前回どの型が襲ってきたのかは分からないけど、今日街の様子を見た感じだと、少なくとも私の上位互換の甲型は投入されていないと思う。だけど今回の規模を考えると、AA型を投入してきてもおかしくない。そうなると、“ラクシア”の街は……。
「そこで今回は、俺たちが先手を打とうと考えている」
「先手って……、もしかして父さん? 俺たちが先に“ルヴァン”に攻める、ってこと? 」
「あぁそうだ」
『うん、それが良いかもしれ、ないね』
それが出来れば言うこと無いけど、私はあまりしない方が良いと思う。確かに私が“ルヴァン”の事を調べてはいるけど、それが全てじゃない。ヒプニオとかの実力が分からないのももちろんそうだけど、向こうには私みたいな生物兵器が無数にいる。だから“リフェリア”の騎士団が束になって襲撃しても、上手くいく保証が無い。寧ろ返り討ちに遭うような気しかしないか――。
「でっ、でもそれって、危険じゃない? 」
「ああ、何もしなければな。……だが今回は違う。リツァ」
「わっ、私? 」
「そうだ」
ビアンカの言うとおり、“ルヴァン”への再潜入は危険以外の何物でもない。生物兵器ももちろんそうだけど、一回ファルツェアさん達の侵入を許しているから、絶対に警備体制が強化されている。多分昨日は搬出口から侵入したんだと思うけど、そこも厳重に閉じられているような気がする。そうなるともう手が残ってない気がするから、私は途方に暮れてしまう。だけどフィナルさんだけは違ったらしくて、何故か私を名指ししてきた。
確かに私は乙型の生物兵器だけど、それでもやっぱり甲型には勝てないと思う。そもそも護身程度のアイアンテールしか使えないし、まともな訓練さえ受けたことがない。だから何で私なのかさっぱり分からないけど、騎士団長の彼のことだから、何か秘策があるのかもしれない。
「ファルツェアの“レコードクリスタル”、こう言えば分かるな? 」
「“レコードクリスタル”……」
すると彼は私をまっすぐ見、根拠になりそうなことを教えてくれる。ずっとしまっていてすっかり忘れてたけど――。
「そっか、その手があったわね! “Rehydle”」
そのお陰で私の中に電流に似た何かが駆け抜ける。“レコードクリルタル”といえば、潜入前にファルツェアさんから借りた記録媒体。……今思い出したけど、確か“情報室”で起動させて以来、そのまま放置してたと思う。だから多分、私が捕まってから逃げ出すまでの一部始終が記録されていると思う。だからもしかすると、フィナルさんはそのデータに期待してるのかもしれない。そういうわけで私は、早速教えてもらった“魔法”を唱える。戦闘向けの魔法じゃないけど、これのお陰で脱出できたって言っても過言じゃないかもしれない。
「リツァ? もしかしてそれって、ファルツェアさんの“魔法”? 」
「そうよ」
……そう。ファルツェアさんの“魔法”が無ければ、私だけじゃなくてフィナルさん達も逃がせなかったかもしれない。今まで気づけなかったけど、折角もらえたチャンスを生かさない手は無いような気がする。……そもそも私は、再三言うけど出来損ないとはいえ生物兵器。何かあったら私が体を張れば良いし、“ラクシア”の中では私達が一番“ルヴァン”について知ってる。
「……フィナルさん、言いたいことは分かったわ」
そして何より、例の生物兵器……、それも自我が残ってるサンプルがココにある。“狂化”が四十五パーセントしか済んでないから完全な、とは言い切れないけど、そこは検証してデータを集めればなんとかなると思う。
「幸い私はエーフィを辞めさせられた、“ルヴァン”の生物兵器。失敗作だけど、“ラクシア”を守るためなら、好きに私の体を使っても構わないわ。トゥワイスも、それでいいかしら? 」
私はそのつもりでいるけど、この体はもう私だけのものじゃない。彼は私の一部、って言ってるけど、私はそうは思ってない。彼は私でもあるし、私は彼でもある。
ふたりでひとりのエーフィだから、私だけで決めたら行けないと思ってる。だから私は、この流れでトゥワイスにも訊ねてみる。
『リツァがそのつもり、なら僕はそれで、いいよ。そもそも僕達は、研究するために作られた存在、だからね。調べられることは、慣れてるよ』
「……ありがとう」
彼も彼なりに考えてくれていたらしく、二つ返事で了承してくれた。
続く