第十二話 目が覚めると……
「――ここが? 」
「そうだ」
「けど何で私が――」
「偶然だったが、専門家は貴女しかいないからだ。……違うかね? 」
「そう、だけど……。ここの整備で出来るかどうか――」
「貴女には同情はするが、ころらも三名が被害に遭っている」
「そっ、それは……」
「ならば“騎士団”の専属医に手伝わせる。歳はまだまだ若いが、腕利きの医者だ」
「腕利きの……。分かったわ。どこまで出来るか分からないけど、最善は尽くすわ」
―
――
『――ァ、リツァ? 』
「……んん……」
『良かった、無事、だね』
“ルヴァン”を脱出してから気を失った私は、頭の中に響く声で目が覚める。気を失う前は外にいたはずだけど、今は何故か……、布団のような柔らかい物に包まれてる。多分どこかのベッドの上だと思うけど、薬品の匂いがかすかにするから、医務室かどこかなんだと思う。頭の中の声……、トゥワイスが私の目覚めに気づいたのか、嬉しそうに響かせている。彼はいつから起きていたのか分からないけど、この感じだと私よりも早かったのかもしれない。ここでようやく私は、ゆっくりと目を開け――
「ここは――」
ぼんやりとしてるけど辺りを見渡してみる。私が見た限りでは、少なくとも“ルヴァン”の社員寮じゃない。脱出したから最初から違うって分かってるけど、途中で気を失ったから、その後でどうなったかは分からない。だけど一通り見た感じだと、社員寮には無かった造りで部屋の広さも違う。
『僕も今さっき起きたところだけど、リツァが研究所に来る前にいたところ、みたいだよ』
「……ってことは、“ラクシア”? 」
『そう、だよ! 』
訊いたらすぐに答えてくれたけど、よくみたら懐かしい装飾がいくつもある。まず目に入ったのが、この部屋を照らしている照明。“ラクシア”に限った事じゃないけど、私の出身国の“リフェリア王国”内の照明は大体こう。昔からの古い技術みたいだけど、透明な水晶が台とか器具に安置されていて、水晶自体が強い光を放っている。“レコードクリスタル”にも似たような機能があるけど、もしかすると魔法が組み込まれてるのかもしれない。
そもそも私はこういう照明しか知らなかったけど、これで私が“ラクシア”……脱出して帰国できた、って実感する事が出来た。だから私は、意識もハッキリしてきたから起き上がろうとする。右に寝返りをうって――
「痛っ……! 」
『りっ、リツァ、まだだめ、だよ。急に動いたら』
寝返りを打って伏せようとしたけど、急に首筋に激痛が走る。いきなりで何が起きたのか分からなかったけど、刺すような痛みがあったから、気を失っている間に何かあったのかもしれない。慌てた様子のトゥワイスの声が聞こえたけど、この感じだと絶対に何かを知っている。だから私は――
「トゥワイス、何があったの? 私達に……」
首筋の痛みで涙目になりながら、トゥワイスに訊ねてみる。
『ええっと、凄く長くなるんだ、けど――』
すると考えるような声を響かせながら、順を追って話し始めてくれた。
――
―――
「りっ、リツァ! 」
「なっ、何が起きたんですか! 」
リツァが研究所で意識を失ったけど、僕はそのままずっと起き続けて、いたんだ。“思念”だけだから痛みはなかったんだ、けど、リツァが目を閉じたからね、真っ暗にはなった、かな?
「わっ、分からないわ! 見たところ“狂化”してるはずだけど……、多分中途半端に中断されてる。そんな事は、緊急停止でもしない限り起きないはずだけど……」
真っ暗になりはしたけど、リツァが気絶しても耳だけははっきりと聞こえてた、んだよ。
『……? 』
それだけだって思ってたんだけど、なんか急に……、言葉に出来ないような変な感じになって、ね。試しにリツァの事を強く意識したら――
「……ぅっ」
「リツ! ぶっ、無事よね? 」
リツァの体なのに、僕が思ったように動かせた、んだよ。それに動けただけじゃ、なくて――
「多分リツァは……ん? ええっ? 」
リツァのはずなのに、僕の声になってた、んだ。多分元の体の持ち主、“リツァ”の意識がなくなったからだと思う、けど、主導権が無くなったから、僕にも権利があるようになった、んじゃないかな? だけど意識を向けたから、あれは多分機能の一つ。僕にそんな機能は無い、から、もしかするとリツァの機能かも、しれないね。
「こっ、声が違う? 君は……誰なの? 」
「この声、もしかすると……」
「ぼっ、僕も驚いた、けど、リツァの尻尾のうちの一本の、元の持ち主、かな? 僕はもうバラバラにされて死んでるんだ、けど、SE01……。君達はマリーって呼んでるみたいだけど、SE01の兄弟機の――」
「SE02。何でSE02がリツに……」
―――
――
『……流石僕達の研究してた――』
まだ首筋の事は教えてもらってないけど、とりあえず私が気を失って直後の事は分かった気がする。トゥワイスの能力の中には無いはずだから、彼の言うとおり、私がAB588として持っているモノだと思う。まさかトゥワイスが最初に使うなんて思わなかったけど、使いたい、って思ってた能力で本当に良かった。もう“ルヴァン”の外は経験してるみたいだけど、入れ替われるなら、またいつでも体験してもらえる。……そういえばAB型で能力があるのは希、って言ってたけど、私のパターンには心当たりがある。やっぱり一番に考えられるのが、トゥワイスの尻尾が私に移植された、ってこと。彼は普通のエーフィじゃなくてSE型として生まれてきてるから、そもそも他のエーフィとは体のつくりが違ったのかもしれない。次に考えられるのが、私自身に組み込める量に余裕があった、ってこと。AB型は大体“狂化”と性能の強化に使われるけど、希に空きが出来る事があるらしい。その空い――
「リツァ……。リツァ! 良かった! 目が覚めたんだね! 」
まだまだ話の途中だったけど、私達がいる部屋に、一つの声が響き渡る。この声が誰なのかすぐ分かったけど、その声を聞けて、私はやっと、本当の意味で“ラクシア”に戻って来れたって実感する事が出来た。
「ええ! ビアンカ、心配させてごめんなさい」
活気に満ちあふれたその声の主は、騎士団専属の医者をしている、ヒバニーの友達。前に会ったのが随分昔なような気がするけど、多分数ヶ月前なんだと思う。そんな彼が嬉しそうに駆けてきたから、私も布団からはい出し、跳びついてきた彼を両前足で受け止めた。
「本当に心配したんだよ! だけどリツァ、本当に無事で良かった」
「無事、とは言えないけど――」
「知ってるよ。リツァの尻尾、三本になっちゃったんだよね? 」
仰向けになった私に抱えられた彼は、相当嬉しいらしく満面の笑みで訊いてくれる。だから首筋の痛み以外は元気、って言いたいところだけど、“ラクシア”を出る前と大分変わったから、素直には言う事が出来なかった。だから私はつい言葉を濁らせてしまったけど、私の不安は杞憂だったらしい。私の言葉を遮るビアンカは、変わらず明るく私に言う。それも当然みたいな感じだったから、私は少し驚かされてしまう。一応布団から出て私の尻尾が見える状態だけど、入ってきた時に二度見されなかったから、私が起きるより前に知ったのかもしれない。
「えっ、ええ。今始めてみたけど……」
今はビアンカで隠れて見えないけど、本当に私の三本ある。脱出する時は全然余裕がなくて気づけなかったけど、こうしてベッドで寝かされていた今は、しっかりと三本ともに感覚がある。どれが私の尻尾かは分からないけど、左の尻尾を右に振れるし、同時に右の尻尾も大きく動かせる。真ん中の尻尾でも二叉の部分で掴んだりできるから、今更だけど三本ともロコンとかキュウコンみたいに自由が利いてる。
「あっ、そっか。帰ってきた時はリツァじゃなかったんだよね? 」
「私じゃなくて……? 」
「うん! ええっと、マリーの弟? なんだよね? その子から全部聞いたよ」
ビアンカは短く声をあげてから、こんな風に話し始めてくれる。多分私が気を失ってるときのことだと思うけど、トゥワイスが話してくれたなら、案外早いかもしれない。どこまで話しくれたかは分からないけど、ビアンカの事だから一から十まで訊いていそうな気がする。
「なら私が話さなくてもよさそうね? 」
「うん! ……そうだ。ねぇリツァ? 久しぶりに街に行かない? 」
「えっ、街に、って……」
ビアンカが事情を分かってくれていてホッとしたけど、その気持ちはすぐに上書きされてしまう。いつもの私なら喜んで行くんだけど、今の私は素直には喜べない。まだ私自身が見てないから実感無いけど、“リフェリア”は“ルヴァン”の生物兵器に襲撃されている。……本当はすぐにでも行きたいけど、生憎今の私はその生物兵器。尻尾を見たら寝かされてたぐらいだから、街の人に何て言われるか分からない。最悪恐怖とか恨みで攻撃されそうな気がするから……。燃しそうじゃなくても、起きてからしてい首筋の痛みはただ事じゃない。結局まだ訊けてないけど、少なくとも何かしら施術をした事には変わりないような気がする。
「そうだよ。リツァには初めて言うけど、きみの主治医はぼくだからね! 」
『あっ、そうだ。僕もすっかり忘れてた、んだけどAB型の生態チップ、取り出してくれてる、から』
「そっ、それなら大丈夫、なのかしら? 」
気がかりな事だらけだったけど、すぐに二人が教えてくれて多少はマシになった。よく考えたら普通の事だけど、私はAB型の生物兵器なら、制御するための生態チップが埋め込まれているはず。私はシャサとの業務でさせられたけど、どの種族でも首筋に埋め込む事になっている。ステープルみたいな感じでチップを“刺す”んだけど、そういえばホムクスに見つかった時、何かに刺されたような痛みがあったような気がする。そこと同じ場所が今も痛んでるから、もしかするとトゥワイスが教えながら、生態チップを取り除いてくれたのかもしれない。
「うん。ぼくの魔法が効いてるからね、傷口は開かないはずだよ」
「流石“サージェスタ家”の血筋ね」
まだ痛みがあるから心配だったけど、ビアンカがこう言ってくれるなら大丈夫なんだと思う。ビアンカは私よりも年下だけど、街での知名度では彼の方が上。ビアンカが医者の古い家系、その次男って言うのもあるけど、彼が街で知られるようになった原因は、私。何年か前になるけど、新聞社の依頼で取材して、そのときの相手がビアンカだった。当時は最年少ってだけで知られていたけど、そのときの取材内容が、その魔法の事について。ビアンカは“縫合魔法”が得意で、どんなに難しい手術をした後でも、傷口が開いた、って私は今でも聞いた事が無い。肝心な施術自体は、得意不得意があるみたいだけど……
「リツァ、褒めても何も出ないよ? 」
私にこう言われ、ビアンカは少し照れてしまっている。彼は褒められるのにあまり慣れてないからか、昔からこんな反応をする。そんな彼がかわいくもあるけど、コレを言うと……多分顔が真っ赤になるかもしれないわね。
「……それでリツァ? 確かトゥワイス、って言ったっけ? どこか行きたいところとかある? 」
『ぼっ、僕が? 外の世界って何があるか分からない、から、リツァが行きたいところにつれてって、くれる? 』
ビアンカは私の上からぴょんと降りてから、私を視てこう訊いてくる。多分照れ隠しのつもりだと思うけど、その事を弄るのもかわいそうだから、気づいてないふりをして考える。その間にトゥワイスが話しかけてきてくれたから――
「ええ。トゥワイスは私が行きたいところ、って言ってくれてるわ」
そっくりそのまま、ビアンカに伝える。その間に私の考えも決まったから。
「だから……、久しぶりにいつものカフェに行きたいわ! 」
後足から順番にベッドから降りてから、私の希望を言ってみる。そのカフェは私の行きつけで、よくビアンカを一緒に行ったりもする。私はよくコーヒーとフレンチトーストのセットを頼むけど、今日はトゥワイスが食べたいものを頼むつもり。
「じゃあ決まりだね」
「ええ! 」
それでビアンカと並んで歩きながら、私達は何週間ぶりに出る“ラクシア”の街へと繰り出した。
続く