第十一話 騎士団の彼女と思念の彼(01)
……。
…………。
………………。
……ここは……どこ?
真っ暗で……何も見えない……。
体は動いてくれないし……。
頭の葉っぱも言う事を聞いてくれない……。
私に……、何が起きてるの……?
―
――
「マリー、落ち着いた? 」
「うん……」
街の真ん中で泣きじゃくってしまった私は、しばらくルミエールに顔をうずめて泣き続ける。恩人殺しの私なんて生きてる価値ないって思ってたけど、本当はそうじゃなかった。私は残虐な生物兵器なのに、戻ってきた私を暖かく迎え入れてくれた。もちろんルミエールもそうだけど、“ルヴァン”に連れて行かれた私の事を本当に心配してくれていた。……最初は私は逃げてきて身を隠しているだけだったのに、いつの間にかこの街に戻って来れて良かった、って思えてきてる。まだみんには会えてないけど、私の居場所はこの街、“リフェリア王国”の“ラクシア”。探査型の実験体だけど、騎士団のメンバーでもある……。
「ルミエール、ありがとう」
それで泣き疲れた、っていうのあるけど、私は泣いていた目を擦り、ルミエールの方に視線を向ける。多分泣きすぎて目が赤っぽくなっちゃってると思うけど、ずっとため込んでいたのをはき出せててちょっとすっきりしてる。抱きついていた前足をルミエールから放し、前足を地面につける。それから私をはげまくれたれた彼の方を見上げ、感謝の気持ちを伝えた。
「どういたしまして。……マリー、お腹空かない? 」
「えっ? 」
「ファルツェアさんから聞いたんだけど向こうでは殆ど食べさせてもらえなかったんでしょ? 」
今度は何を聞いてくるのかと思ったけど、ルミエールはいつ聞いたのか、こんな事を私に訊いてくる。一応向こうでも食べれてはいたけど、今思うと私が知ってる……、普通だって思ってたご飯は、とてもじゃないけどたべれるものじゃなかったと思う。だから私は、リツァさんが来なくなってからのしばらくの間、まともなご飯を食べれてない。……今お腹が鳴っちゃったけど、ルミエールは何故か知ってくれていたから、私はちょっと恥ずかしかったけどこくりと頷いた。
「じゃあどこかに食べに行こうよ! 今日は俺が出すから! 」
私が頷いたって事で、ルミエールは満面の笑みを浮かべてくれる。私もつられて笑顔が出たけど、私の分まで出してもらうのもちょっと申し訳ない気がする。……だけどよく考えたら、私のお金とか“記録水晶”は全部返して持ってないから、払おうと思っても払えない。
「あっ、ありがと」
だから少し戸惑ったけど、パートナーの厚意に甘える事にした。
「……だけどルミエール? 街の復興とか任務はいいの? 」
だけど私は気になって、このことを訊いてみる。“ラクシア”はまだまだ復興している真っ最中だから、本来なら騎士団の私達は忙しいはず。ルミエールに連れられて走ってる時も、いろんなところで騎士団員とか……、一般の人が作業をしてたのが見えた。だから本当なら、私達も手伝わないといけないと思う。
「父さんから休みもらってるから、大丈夫だよ。マリーも戻ったばっかりで疲れてるでしょ? 」
「うっ、うん」
ルミエールの言うとおり、疲れてるといえば疲れてる。向こうでは毎日実験続きだったし、毎日03達に痛めつけられてた。だから休めたのは、03達が眠ってからのほんの一、二時間ぐらい。私が生物兵器で改造されてるからなんだと思うけど、傷の治りは自分でも気持ち悪いぐらい早いけど……。
「じゃあいつも見せに行く? マリーって凄く久しぶりでしょ? 」
だからって事で、ルミエールは早速こんな風に提案してくれる。私達はいつも二三件ぐらいの店をサイクルしてたけど、どの店も安くて美味しい。そのうちの一軒が騎士団のOBが営んでるんだけど、そこが私の一番のお気に入り。ルミエールにつれてってもらった店しか分からないけど、“ラクシア”の街で一番、って思ってる。
「……だけど店は大丈夫なの? 」
「仮の建屋だけど、ちゃんとやってるよ」
お腹が減って待ちきれなくなったから、私達はその店に向けて歩き始める。ここからだと大分離れてるけど、今からでも営業時間には十分に間に合うと思う。……だけど心配なのが、店自体が営業しているか、ってこと。すぐにルミエールが教えてくれたけど、元々この街は“ルヴァン”……ベベ達に破壊されていた。だけどルミエールによるとやってるみたいだから、心配するまでもなかったのかもしれない。
「本当に? 」
「うん! ……あれ? あれって――」
久しぶりのご飯にわくわくしながら、私達は行きつけの飲食店に向かい始める。ルミエールがどの店につれてってくれるのか分からないけど、この方向は多分、ルミエールが気に入ってるファミレスだと思う。私もその店は好きだけ――
「あっ、きみは昨日の! 」
好きな店に行こうとしてたけど、その途中で何人かとばったり出くわす。そのうちの一人は初めてだけど、他の二人は割とよく知っている。初めての人がいるから私の事がどう思われてるのか分からないけど、一人目は――
「ルミエール! 昨日はお疲れ様だね! 」
ルミエールが話しかけた、ヒバニーの彼。彼も私達の友達の一人だけど、騎士団専属のお医者さんのビアンカ。ビアンカは私達を見つけると、彼……、とルミエールもお互いの方に走っていく。手を取り合って話し、凄く楽しそうにしてる。ビアンカは昨日“ルヴァン”には来てなかったけど、もしかしたらルミエール達が戻った後、話で聞いていたのかもしれない。
「うん! 」
「ええっとあなたは確か昨日の……、ルミエール、君? 」
それからもう一人は、ビアンカの後で私達に目を向けている、何故か尻尾が三本もあるエーフィ。何で尻尾が三本になってるのか分からないけど、この人は“ルヴァン”に戻されてた時に会った事がある。
「そうだよ」
「マリーも、元気そうで安心したよ」
「うっ、うん」
今ビアンカに久しぶりに話しかけられたけど、彼女は“リフェリア”の情報屋。会った時は“ルヴァン”の研究員の一人だったけど、そのときすぐに正体を教えてくれた。それに正体だけじゃなくて、いつ調べたのか分からないけど進化と退化の方法も教えてくれた。だから多分、何故か尻尾が三本も生えているエーフィの彼女が教えてくれなかったら、今頃02と同じで解体されてたと思う。その彼女とは――。
「マリーも、元に戻ったみたいね」
「この声……、もしかしてリツァさん? 」
「ええ、私よ」
二、三回会っただけで全く来てくれなくなった。来てくれたのはいつも夜中だったけど、あれは“ルヴァン”では規則違反になってたはず。だけどそんな危険を犯してまで、リツァさんは私に機能の事を教えてくれた。だからもしかすると、ある意味彼女も私の恩人なのかもしれない。そんな感じのリツァさんは、ホッとした感じで頷いてくれる。三本の尻尾が風に揺れてるけど、それ以外は“ルヴァン”で会った時と変わらない。そうなると何で尻尾が三本になってるのか気になるけど、“ルヴァン”にいたから、何となく嫌な予感がする。
「“大保管庫十六”の外で会うのは初めてだけど、元気そうで良かったわ」
「私も……。二、三回会っただけで来なくなったから、心配だったけど……」
「その事に関しては、ごめんなさい」
私も凄く安心したけど、会えなかった事をリツァさんはかなり気にしてたみたい。にっこりと笑顔を見せてくれてたけど、このことを言うと申し訳なさそうに頭を下げる。だけどリツァさんも無事なら、それはそれでいいのかな? 本当に何で尻尾が三本になってるのか分からないけど……。
「心配かけたわね」
「ううん。私もリツァさんが教えてくれたから、“進化”させられずに済んだと思う」
「進化……? そういえば昨日、マリーってブラッキーだったよね」
本当にリツァさんのお陰だから、感謝しても仕切れないと思う。そのお陰で研究所の代表の目もごまかせたから、本当にリツァさんの存在は大きいと思う。
それで私が言った言葉が気になったらしく、ルミエールはふと首を傾げる。昨日助けに来てくれた時は、偶々私の実験中だった。だからブラッキーに姿を変えていて、首元の翼も外に出してた。翼だけは、一回だけルミエールの前で出した事あるけど……。
「マリーの能力でね。……それよりもマリー? 私よりも会いたいひとがいるんじゃないかしら? 」
「会いたい……ひと? 」
「そうよ」
リツァさんは何かを思いついたらしく、短く声をあげてから私に訊いてくる。会いたいと言えばドロップの事が浮かぶけど、彼ならギルドに戻れば会えると思う。だからドロップ以外に心当たりがなくて、私は首を傾げて訊き返す事しか出来ない。すぐにリツァさんににっこり笑って返されたけど……。
「あっ、そっか! 」
「すぐに分かると思うわ」
この感じだとビアンカは知ってるのかもしれないけど、私……、それからルミエールも、意味が分からず首を傾げる。凄く影が薄いけど、リツァさんの知り合いのオオスバメも不思議そうにしてる。
リツァさんは頭の上にハテナを浮かべてる私達のことを気にせず、急に目を閉じ始める。何をする機なのかは分からないけど、私が見た感じだと、私が機能を使う時と似てるような気がする。
「……リツァ、そういう事、だったんだね」
「え……」
少しすると終わったらしく、リツァさんはふぅ、って一息つく。だけどその後で出た声は、リツァさんの高い声じゃなかった。リツァさんは女の人のはずなのに、出てたのは男の声。……けどそれ以前に、もう二度と聞けないって思ってた声だから、目の前で起きた事が信じられなくなってしまう。
「こっ、声が変わった? 」
「その目……、それにこの声――」
目を開けたリツァさんは、まっすぐ私に視線を落とす。だけどその目はいつもと違って、濃い緑色になってる。そういう事も会って、私はリツァさんが私の知り合い……、それも逃がしてくれた恩人、死んだって思っていた彼だって確信する。本当に嬉しくなって、私はまた、涙ぐんでしまう。溢れる感情を思いっきり解き放ちながら――
「02……。本当に、02なんだね? 」
「うん、僕、だよ。僕は尻尾だけになった、けど、会いたかったよ! 」
「私もだよ! 」
解体されたはずの02に跳びつく。体はリツァさんのはずだけど、このしゃべり方、雰囲気、それから緑色の目は、間違いなく02そのもの……。何でリツァさんが02になったのか分からないけど、もしかしたら尻尾が三本になってる事と関係があるのかもしれない。だけどそんな事より、ただただ02と敢えて、嬉しい。嬉しすぎて、何て言ったら良いのか分からない。跳びついた私を受け止め、私が上に乗っかっちゃったけど、02も涙を流して喜んでくれている。
「本当に……ほんとに、私も会いたかった! 」
私達はお互いの前足を執り合って、二度と叶わないって思ってた再会を喜び合った。
続く