第十話 帰るべき場所
「――フロル! 」
「うわっ! びっ、びっくりした……。ドロップ、寝てる人もいるんだから、静かに入ってきてよね? 」
「ごっ、ごめん……。だけどビアンカ、フロルがここにいる、って聞いたんだけど」
「うん、いるにはいるよ。……だけどドロップ、覚悟してよ」
「覚悟? まさか死んだなんて……」
「ううん、ちゃんと生きてるよ」
「んなら問題ないよ。それで、フロルは? 」
「……そこだよ」
「そこっ……」
「やっぱり、信じれないよね? 」
「……」
「ぼくも詳しくは分からないんだけど、眠らさ――」
「……こんなんにされてるけど、この寝顔……、やっぱりフロルだ……」
―
――
「……っ、うぅ……」
「マリー! よかった……」
私はふと、ちかくにある気配で目を覚ます。“ルヴァン”の“大保管庫”にしては床が柔らかすぎるけど、ひとまず私はゆっくりと目を開けて見る。すると真っ先に目に入ったのが、心配そうに私の事を見ているピカチュウ。廊下出逢った時は話せなかったけど、会えただけでも凄く嬉しかった。あんなに怒ったルミエールは見た事無いけど、そんなに私なんかの事を想ってくれてた、って分かった気がする。だから嬉しくもあったけど、生物兵器の……、02を殺した私がそんな事を思ったらいけない。探査型だけど生物兵器の私は、誰かを殺すためだけに創られた存在だから……。
だからルミエール達には逃げてもらおうと思ったのに、何故か彼が目の前にいる。まだ頭がボーっとするけど、少なくとも何かがあった、これだけはハッキリと分かる。あのとき“ルヴァン”の代表もいたから、もしかするとルミエール達も捕まったのかもしれない。……だからみんなが捕まったのは、全部私のせい。私があの日脱走しなかったら、ルミエール達は捕まらなかった、02は死ななかった……。
「ルミエール……」
茶色い前足で目をこすりながら、私は体を起こして伏せてみる。今やっと意識がハッキリしてきたけど、私が寝かされていたのは、堅いコンクリートじゃなくて柔らかいベッドの上。それに周りを一通り見回してみると、鉄格子と切れかけの電球、それから壊れかけの換気扇が無い。広さはここの方が狭いけど、鉄格子は無くて窓から光が差し込んでる。明るいから朝か昼だと思うけど、この感じ、凄く懐かしい気がする。
「もしかして、ここって……」
“ルヴァン”じゃない、そう思った私は、ルミエールにこう訊ねてみる。少しの間過ごした場所だから、本当は訊かなくても分かってる。だけど私なんかがここにいる権利は無いから、出来れば“ルヴァン”のどこかであってほしい、っていうつもりで訊いてみた。
「うん! 騎士団のギルドだよ」
「……」
だけど返ってきたのは、私がわかりきっていた事。生物兵器の私にベッドなんて待遇が良すぎるから、最初から騎士団……、それも私とルミエールの部屋だって分かってきた。分かってたけど、私はみんなを守るために、この街を出たはず。……出たはずなのに、何故か“ラクシア”にいる。私なんかが、この街にいたらいけないのに……。私がいたら、またみんなが傷つくのに……。
「何で……」
「俺が頼んで助けたんだ! 」
「……だけどルミエール。私、生物兵器なんだよ……? 私がいたから、待ちが襲われたのに――」
「そんな事無いよ! マリーは何も悪くないよ! 」
「……え? 」
助けてもらったのは嬉しいけど、それ以上に凄く申し訳ない。本当に何で助けられたのか分からないけど、このままだとまたあの日の事が繰り返される。だから助けなくても良かったのに、そう言おうとしたんだけど、その前にルミエールに遮られてしまう。私とは違ってまっすぐ目を見てきて、明るくこう言ってくれている。それはそれで私の事を想ってくれてる、って思えて嬉しいけど、やっぱり……。
それで私のせいで襲われた、ルミエールにもう一度言おうとしても、今度は強めの声で阻止されてしまう。凄くまっすぐな言葉で力強かったから、私は思わず彼の顔をハッと見、訊き返してしまった。
「悪いのは“ルヴァン”だ。全部“ルヴァン”が悪いんだ! だからマリー! マリーは――」
「でも、私が……、私がここに来たから……、ここに来たからみんなが傷ついた。
私なんかが普通になりたいって思ったから! みんなが傷ついた! だから全部私のせい。生物兵器なんだから恨まれないといけな――」
私は必死に否定しれくるルミエールに、耐えられず声を荒らげてしまう。つい感情的に声をあげちゃったけど、それだけルミエールが言う事は間違ってる。そもそも私みたいに歪な生き物は、この世界に存在したらいけない。檻の中に閉じ込めて、外の世界に出られないようにしないといけない。
管理されてずっと監視されていないといけない。
データを取ってそれから破棄されないといけない。
解体されて跡形もなく消え去らないといけない 普通なんて望んだらいけない 存在したらいけない 死なないとい―― 「
マリー! 」
「っ! 」
感情に身を任せて訴えてたけど、私は急に、頬の痛みに襲われてしまう。一瞬何が起きたのか分からないけど、パチン、って言う音の後右を向かされていたから、ルミエールにビンタされた、ってすぐに分かった。だけどまさか叩かれるなんて夢にも思わなかったから、私は彼に向き直り、ただ呆然と見つめる事しか出来なくなってしまう。
「そんな事言わないでよ! “ラクシア”のみんなは誰もマリーの事を恨んでなんかない! 傷ついてなんかない! マリーに
助けられたんだよ! それに生物兵器なのは分かってる。……分かってるけど、生物兵器かなんて関係ない! マリーはマリーしかいないんだから……。
俺のパートナーは、マリーしかいないんだから! 」
「ルミエール……」
私の頬を叩いたルミエールは、声を大にして訴えかけてくる。その目は本気で……、だけど涙ぐんでいて、心の底から言い放ってるような気がする。いきなり大声を出したからビックリしたけど……、やっぱり彼の言う事が信じられない。ルミエールは知らないかもしれないけど、私は02……。ずっと味方でいてくれた彼を殺してしまった。……残虐な兵器なのに、私が誰かを……、街のみんなを助けたはずがない……。合わせて六機作られた兵器のうちの一つでしかないから、代わりなんていくらでも作れるのに……。それから昨日だって、私が存在したからルミエール……、それから団長も危険にさらしてしまった。だから私は、ルミエールのパートナーな――
「……マリー、来て! 」
「えっ? ええっ? 」
私の肩に手を添えて訴えかけてきていたルミエールは、急にその手を私の右前足に持ち替える。一瞬の事だったから振り払えれなかったけど、そんな私の事は気にせず、ルミエールは握ったまま走り始める。無理矢理引っ張られるような感じだから、私はぴょんぴょんとよろけるような感じになってしまう。本当に何を考えてるのか分からないけど、ルミエールは生物兵器の私を外に連れ出そうとしてるのかもしれない。階段を駆け下り一階のロビーを通りかかると――。
「あら、マリー! 目が覚めたのね? 」
「元気そうで何よりです」
受付のマリルリと、クールなツタージャの彼女が優しく声をかけてくる。その目は憎悪に満ちたものじゃなくて、何故か暖かい……、優しいものなような気がする。
そのまま彼は、建屋の外へと私を連れ出す。あの日から何日経ったのか分からないけど、外は襲撃の前とは大分変わってしまっている。……だけど破壊し尽くされてボロボロにはなっていなくて、瓦礫もどこにも見当たらない。流石に建物は元通りになってないけど、仮設みたいな感じで簡素な小屋がいくつも並んでいる。
「おっ、ルミエール! 」
「今日も任務かい? 」
「ううん、今日はお休みです」
街も絶望で沈み込んでいなくて、明るく活気に満ちあふれている。人の往来も依然と同じぐらいあって、襲撃前の日常が戻っているような気がする。すると駆け抜ける私達に気づいたのか、露天で商店を営んでるキノガッサの夫婦が話しかけてくる。それでもルミエールは止まらなかったけど、すれ違い際に短く、そして明るく言葉を返している。答えてもらった夫婦も威勢が良くて、旦那さんは軽く手を上げて会釈している。奥さんもふふっ、と笑顔をこぼしているから、私はある意味驚かされてしまった。
「……あっ、マリーさんだ! 」
「ほんとだ! 」
「マリーさーん! 」
「えっ……? 」
更にルミエールに連れられて走っていると、今度は街の子供達とすれ違う。この子ども達は依頼主の子供達だけど、依頼が終わった後でも何度か会ってた。この子達は私のことに気づくと、Uターンして私達を走って追いかけてくる。横目で見てみると、その子達はニコニコした笑顔を向けてきている。それも、あんな事があった後なのに……。
「マリーさん、おかえりなさい! 」
「えっ、あっ……」
「ぼく達、ずっと帰ってくるって信じてたんだよ! 」
「しっ、信じて、って……」
「マリーさん、また一緒に遊んでお話聞かせてね! 」
「うっ、うん……」
この子達は私を罵倒するどころか、キラキラとした笑顔で私に話しかけてくる。私の事はこの子達の父さんとかお母さんとかから聞いてそうなのに、それでもいつもの感じで話しかけてきてくれる。本当に予想外だったから、嬉しかったけど中途半端な返事しか出来なかった。このまま放っておくと着いてきそうだったけど、流石に体力がもたなかったらしく、手を振りながら減速していった。
「るっ、ルミエール? 何が起きてるの? 」
「ねっ、言ったでしょ? 」
私はいても経ってもいられず、前足を引っ張っているルミエールを問いただしてみる。だけど帰ってきたのは、いかにも当然、っていう満足そうな笑顔だけ。一瞬夢なんじゃないかって想ったけど、さっき挫きそうになった左後ろ足が痛いから、現実なんだと思う。
「“ラクシア”にマリーを恨んでる人なんて、一人もいない。みんなマリーが生物兵器って知ってるけど、騎士団のマリーの方がもっと知ってる。だから生物兵器でも、マリーは騎士団のマリーなんだよ」
「ルミエール……」
いままでずっと走ってきたけど、どの人も……誰も……、みんな、私に白い目を向けてこなかった。それどころか、みんな私の事を迎え入れてくれている。優しく声をかけてくれる。「おかえり」って言ってくれる……。適当なところでゆっくり減速して、止まってからルミエールは私に向き合ってくれる。私の両方の前足をそれぞれの手で握って、一言ずつ話を聞かせてくれる。その表情は太陽みたいに暖かくて、暗闇にいる私を暖かく照らしてくれているような気がしてくる……。
「私……、私……っ! 」
そんな優しい顔で、優しい言葉を言ってもらって、私から暖かい何かが溢れてくる。目頭が熱くなってきて、何故か私の両目から暖かい雫がこぼれ落ちてくる。ルミエールの左手を放して拭っても、何故か全然止まってくれない。……だけど拭けば拭くほど、さっき言ってくれた言葉が身にしみてくる……。
「私……、ここにいて……、っいいんだね? 」
拭って止まるどころか、余計に止まらなくなってきてる。もう私がどうかなっちゃったのかもしれないけど、考えれば考えるほど、暖かな光があふれ出してくる……。私は必要の無い存在だって思ってたけど……、本当はこの街のみんな……、誰もが私の帰りを待ってくれていた……。
生物兵器でSE01の私じゃなくて、“リフェリア王国”の“騎士団”に所属している、マリーっていう私を……。
「そんなの、居ていいに決まってるよ! 」
私はあふれる何かを抑えきれなくなり、寄りかかるようにして
大切なひとに前足を首筋にまわす。
「ルミエール……」
「マリー、おかえり」
「……ただいま。……っぅわあぁぁぁっ」
もう私はパートナーの優しい、包み込んでくれるような声に我慢できず、町中なのに大声をあげて泣かずにはいられなくなってしまった。
続く