第八話 まる、さんかく、ほし
『――うむ。それでマリーも無事という訳か』
「ええ。フロルも、今のところは問題ないわ」
『そうか。ドロップにも伝えておくとしよう』
「助かるわ。……それじゃあファルツェアさん、そろそろ調――」
『あぁリツァ、少し待ってくれたまえ』
「えっ、ええ。けどファルツェアさんからって、珍しいわね。って事は、“ラクシア”の――」
『まぁそう慌てるな。……“Hydle”、情報屋ならこれを聞いて何か分かるかね? 』
「ハイ……ドル……? 初めて聞くわね……。“リフェリア”の歴史も調べたことはあるけど、初耳ね」
『流石に情報屋でも知らないか。これは私の生家に古くから伝わる、“魔法”だ』
「まっ、“魔法”? でっ、でも何で“魔法”を……」
『調査報酬の前払い、と思ってくれたまえ』
「報酬、って――」
―
――
「……誰もいないわね」
“大保管庫十六”でマリーと会って数日後。私はいつもと変わらず終業後の研究エリアに潜入する。夜中に規則を犯して忍び込んでいる生活が続いているせいか、心なしか小さな明かりだけでも多少は見えるようになってきた気がする。足音を立てないようにつま先立ちで歩き、耳をピンと立てて気配を探る。ちょうど中心の環状の区画に来れたから、通路の角から顔をのぞかせ、足早に目的の扉へと急ぐ。
ちなみにあの日の会ったSE01こと騎士団員のマリーは、何回か練習して進化と退化の方法を身につけてくれた。成功したことでつい興奮してしまったけど、私としては順調に計画が進んでいると思う。フロルとの話も進んでマリーも能力を身につけてくれた……。それに私も粗方情報を引き出せたから、そろそろ引き際だとも思ってる。強いて言うなら、脱出経路を確保できてない、って事ぐらいだけど……。
「“Hydle”」
既に地下には降りてるから、私はある文句を小声で唱える。すると首から提げているセキュリティカード、それから“記録水晶”が跡形も無く消え去る。この文句は一昨日ぐらいに、ファルツェアさんから教えてもらった“魔法”の一つ。唱えると身につけいえいる物のうち、好きな物を見えない場所に仕舞う事が出来るらしい。だけど完全に消し去る事はできないらしく、“魔法”で消している間、その物の重さが自分の体重に足されるらしい。
「ええっと、八、三、二、二、五――」
それで物音を立てずに歩く私は、そのうちの一つの外側の扉、“情報室六”の前で立ち止まる。七時の位置の外周側にあるから、この部屋は私の職場、“研究室三の二”で扱うデータ全般を管理している。他の区画の情報室に入ってもいいけど、生憎潜入するためのパスワードを私は知らない。今入力している“情報室六”のパスワードも、シャサが入力しているところを記録し、後で“レコードクリスタル”見返して覚えたもの。十五桁もあるから、覚えるのが大変だったけど……。
「――〇、七、三、三、二……」
扉の側に設置されている端末の画面をタッチし、解除用のパスワードを入力する。ピッピッピッ……、っていう音が異様に耳につくけど、十分に人気がないか確認したから、多分大丈夫。息を潜めてたらアウトだけど、考えすぎかしらね……?
「……開いた」
十五桁のパスワードを入力し終え、辺りに錠が外れる音が反響する。この瞬間が一番緊張するけど、しばらく待ってみても物音一つ聞こえない。だから私はホッと肩をなで下ろし、そーっと解錠された扉を開ける。侵入してからゆっくり扉に前足をかけ――
「これで大丈夫ね」
近くの机に置いてあったボールペンをテレキネシスで浮かせる。それを閉まりかけている扉に噛ませ、完全にロックされないように細工をする。この方法は、潜入前に利フェリスから教えてもらったこと。場合によってはオートロック、って言う機能があるから、こういうことをしないと閉じ込められることがあるらしい。……確かにその通りで、“ルヴァン”で認証が必要な扉は、全部この機能が採用されていた。
それで無事“情報室六”に侵入できたって事で、私は足早にパソコンの方に向かう。パソコン自体潜入してから初めて使ったけど、これも情報提供も――、指導役のシャサから教えてもらった。だからその通りに起動させていき――。
「これね? 」
目的のデータファイルを展開する。エーフィって言う種族は物を掴むのは不向きだけど、私はこの何週間で練習してきたつもり。種族上他よりも前足の指が少ないけど、それでも何とかカーソルを操作する。マウス、っていう小さな機械を右の前足で動かし、見えない力で固定してから右前足で押さえるようにしてクリックする……。すると画面上に、いくつかのリストが表示された。
「ええっとこれは……、名簿、かしら? 」
何のリスト化は分からないけど、一人一人の名前が書かれたリストが表示される。びっしりと書かれた表には、習得している技術とか……、業務でこなせる技術とかが一覧で見る事ができるらしい。私が見た限りでは、習得している項目には丸、そうじゃない部分は空欄、そんなような気がする。この情報は私が探していたものじゃないけど、やっぱり業務の事だから気になってしまう。
「私のは……、やっぱりそうよね」
下にスクロールしていくと、私はリストの一番下に自分の名前を見つける事ができた。自分の欄は私の予想通り、空欄の箇所がかなり多い。まだ入社して数週間だから、って言われたらそれまでだけど、目に見えて自分の出来なさをたたきつけられたような気がして、少しへこむ……。だけを潜入で沈んでるわけにもいかないから、ぶんぶんと頭を振ってその考えを追い出す。
「……ん? これは何かしら? 」
とふと私は、ある項目が目にとまる。何気なく目に入っただけだけど、他の項目とは少し違ったから、余計に目にとまったのかも知れない。何でかは分からないけど、他の項目とは違い、丸だけじゃなくて三角、星も欄に記入されている。一応空欄もあるけど、項目だけは、目立つように薄い赤で塗りつぶされている。その塗りつぶされていたのが私の欄だけだったから、余計に……。
「ホムクスさんが星で、シャサが三角……。……あら? ヒプニオさんと所長も、三課の所属だったのかしら? 」
一通り目を通した感じだと、星が一番少なくて、三角が次。その残りの殆どが丸で埋め尽くされてるけど、備考欄が無くてどういう意味かはさっぱり分からない。最初は管理職が特権のマークかと思ったけど、星と三角の数は少ないけど、他の一般の社員の欄にもつけられている。星がついてるのは所長とホムクスさんだけで、三角はシャサと他何人か……。そのうちの何人かは、確か新人の指導権は持ってなかったような気がするけど……。
「……あれ? 」
見間違いかもしれないけど、私を含めた全員分の欄のうち、一人だけ違う事に気づく。
「ベベさんの――」
私の次に若いらしいベベさんの欄にだけ、斜線でマスが消されている。本当にどういう意味があるのか――
「おい貴様! ここで何している? 」
「っ? 」
斜線がどういう意味か考えようとしたけど、その瞬間私が最も恐れていた事が起こってしまう。いつバレたのか全く分からないけど、四人ぐらいが一斉に私がいる“情報室六”に入ってくる。あまりに急な事で、私はその方にハッと視線をあげる。懐中電灯で照らされて見えなかったけど、この声は聞いた事がある。……だけどそんな事を考える暇なんて、私にはなさそう。規則に反してここに来てるから、今すぐにでも逃げないと大変な事になる。
「あ、アイアンテール! 」
慌ててその場から跳びだし、なんとかして逃亡を図ろうとする。護身用に習得した技を発動させ、その効果でしっぽを硬質化させる。だけど今私がいるこの位置からでは、少なくとも三人は気絶させないといけない。部屋の真ん中の机を挟んで奥側に私はいるけど、その左右から挟むように一人ずつ、唯一ある部屋の出口に二人、退路を塞ぐように立ち塞がっている……。だけど私は、左側から駆け抜け――
「悪気は無いの……、ごめんなさい」
「うっ! 」
大きく跳びかかって体をひねる。そうする事で尻尾を振りかざし、一人に思いっきりたたきつける。その甲斐あって一人の頭に命中し、軽い脳しんとうを起こさせる。
「リツ、君には期待していたが、がっかりだ」
「え……くぅっ……! 」
一人を気絶させ着地したけど、そこで私は取り押さえられてしまう。種族上取り押さえてくる手はぷにぷにしてるけど、異常なぐらい強くて浮かせようとしても力負けしてしまう。私の首筋を力任せに押さえつけ、残念そうに呟くその人は……。
「ホムクス……さん? 」
私の直接の上司である、ランクルスの彼。押さえる力が強すぎてそれどころじゃ無いけど、横目で見た限りでは、仕事中には見たことが無い険しい表情をしてる。その顔が凄く怖くて怯んだけど、それ以上に、私は見つかった事へのショックが大きい。あれだけ気をつけていたのに……。
「リツ、お前は隠れて行動していたつもりのようだが、我々“ルヴァン”を侮ったようだな」
「侮る……? それってどういう……」
「ここ数日は泳がせていたが、“大保管庫”に侵入し何を企んでいる? 」
「何をって……、言える訳……ないじゃない……」
私の中で完全にキャラ崩壊が起きているけど、ホムクスさんは勝ち誇ったように問いかけてくる。ドスが効いてて圧が凄いけど……、上司だけど、ここで屈する訳にはいかない。痛みを堪えて抗おうとはしてるけど、全く歯が立たなくて身動きすらとれない。せめて――
「……言おうがお前の末路は変わらんがな。……やれ」
「っ! 」
せめて黙秘だけは貫こうとしたけど、ホムクスさんにとってはどうでもいいのかも知れない。他の二人に何かを指示し、一瞬手の力を緩めてくれる。またとないチャンスだからすぐに逃げようとしたけど、そんなに甘くは無かった。間髪を開けずに、突然私は首筋に刺すような激しい痛みに襲われる。
「……っくぅっ……。何……で……分……――」
一体何なのか探ろうとしたけど、それよりも早く、私は強烈な睡魔に襲われる。何とか耐えて逃げだそうとはしてるけど、多分私は睡眠薬か何かを打ち込まれたのかもしれない。急激に重くなった瞼を押し上げる事が……できず、そのまま……私……は……――
続……――