第七話 格子間の遭遇(Outside)
「……あっ、リツァさん」
「フロル、今日も持ってきたわ」
「ありがとうございます。それでリツァさん、何か分かったことは――」
「わかったというより、動きがあった、といった感じかしらね」
「動き? そうよ。私も最近初めて知ったんだけど、“ラクシア”が襲撃された」
「え……、うそ……」
「……それからもう一つ。中断されてたSEの実験が再開されたわ」
「……再開? それってどういう……」
「結論から言うと、SE01……、フロルの後輩が戻された」
「後輩? 私の?それってどいういう――」
―
――
「……うん、誰も居ないわね」
いつものようにロックを解除し、私は地下の研究エリアに足を踏み入れる。始業までまだまだ時間があるから、当然私以外社員は誰も居ない。だから廊下の照明も消されていて、非常灯だけが怪しく照らしてる。悪タイプなら見えるかもしれないけど、生憎私はエスパータイプ。ちゃんとした明かりが無いと見えないから、“レコードクリスタル”の機能を使うことにする。右の前足で水晶を握り、したいことを強く思い浮かべる……。そうすることで起動させ、薄暗い廊下を照らす。
それで一人廊下を進む私は、足音を忍ばせて目的の部屋へと向かう。今日は十七だけじゃなくて、十六にも潜入する。二回に分けて忍び込むつもりだけど、今回は夜勤の後だから“大保管庫十六”だけ。
「……よし、っと」
目的の保管庫まではこれたから、私は扉の鍵を解錠する。カードキーと普通の鍵の二種類が使えるけど、潜入する時に使うのは後者。シャサにダメ元で聞いてみたら、カードキーだと誰がいつ開けたのか記録が残るらしい。だからって事で、今使ってるのは後者。テレキネシスで浮かせ、そーっと鍵穴に差し込む。音が出ないか心配だったけど、慎重に開けたから何とかなった。
「やっぱりこの時間だと……、異様に静かね」
見えない力で扉を開け閉めし、私は深夜の保管庫への侵入に成功する。相変わらず中は無機質で、真っ暗だから異様に不気味に感じる。物音も寝息だけしか聞こえないから、下手すると耳鳴りもしてくるかもしれない。それにクリスタルの明かりで起こしてしまうとマズいから、見づらくなるけどクリスタルの出力を落とすことにした。
「……SE01、起きて」
だけど今私が話しかけた子、イーブイのSE01だけは別。その子が閉じ込められてる折の前まで行き、声を潜めて話しかける。他にもイーブイは四人いるけど、三回ぐらい見かけてるから見分けられるつもり。偶々鉄格子から一番近いところで寝てたから――。
「……」
ちょっとかわいそうだけど、クリスタルで彼女の目元を強く照らすことが出来た。
「……うぅっ……。誰……? 」
本当に申し訳ないけど、強く照らしたって事もあって彼女は目を覚ます。一瞬目を強く瞑り、うっすらと目を開けてくれる。眩しそうに右の前足で目元を隠し始めたから、ここで私はクリスタルの明かり一番弱くする。
「SE01……、いえ、マリー、って呼んだ方が良いかしら? 」
このぐらいの明かりなら慣れれば見えるから、私は彼女の本名を呼んでみることにする。
「え……、何で私の名前を……」
だけど彼女にとっては初対面のはずだから、当然驚きで声を荒らげてしまう。もし私が彼女なら、大声を上げて取り乱しちゃってるかもしれない。だけど私の場合と違って、驚いてはいるけど声は小さい。寝起きだからって言われると、何も言い返せないけど……。
「私は“ルヴァン”の社員じゃなくて、“リフェリア”の情報屋。あなたの味方よ」
「リフェリア……。でも何で……」
「少し前から潜入してるんだけど、そこにあなたが戻されてきた、って感じね」
まだ目が慣れてなくてよく見えないけど、多分彼女は驚いた表情をしてると思う。きっかけはリフェリス達から聞いたことだけど、それはあえて伏せておく。それから私が“騎士団”と繋がってることも、今のところは黙っておくつもり。彼女は騎士団の団員達……、ビアンカ達を守るために身を差し出した、ってファルツェアさんから聞いてるからね。
「だけど何で、私なんかの事を……」
「調査中に元騎士団の子から聞いた、って感じかしらね」
「騎士団……」
本当は順番が逆だけど、たいしてかわりないから問題ないと思う。元騎士団のっていうのはフロルの事だけど、時期的に考えても彼女は知らないは――
「もしかして……、フロルっていうチコリータだったりする……? 」
「え……」
聞き間違いかもしれないけど、私は彼女が言ったことに耳を疑ってしまう。何故なら知らないはずなのに、フロルの名前……、元々の種族まで言い当てられたから。身長差で私が見下ろす感じになってるけど、彼女の事を思わずハッと見てしまう。どこか落ち込んで見える気がするけど、確かに自信を持って訊いてきてる。だから余計に、私は事実と違って狼狽えてしまった。
「そう、だけど――」
「よかった……、ここにいたんだ……」
「だけどフロ――」
「そういえばエーフィさん――」
「リツって名乗ってるけど、リツァって呼んで」
フロルは改造されてしまっている、そう言おうとしたけど、マリーに遮られてしまう。多分何かを訊くつもり何だと思うけど、私を見るなり言葉に詰まってしまっている。この時やっと気づいたけど、そういえば私はまだ彼女に名乗って無い。だからって事で、偽名と本名、両方を教えてあげる事にした。
「うん。リツァさん、何で私なんかのために……、あぶないことするの? 」
「何でって言われたらちょっと困るけど……、情報屋だから、かしらね」
急に訊かれて少し困ったけど、私は何とか理由を探してみる。元々は興味本位で始めた調査だけど、流石にそれだと答えにならない気がする。だからといってマリーの事を調べるためって言うのも、かえって彼女に警戒されてしまうかもしれない。咄嗟に出た返事も、全然根拠になってないけど……。
「……あっ、そうだ。マリー、ちょっといいかしら? 」
「ん? 」
とここで私は、あることを思いつく。それには彼女の協力が不可欠だから、ダメ元だけどこう問いかけてみる。何の前触れも無く聞いちゃったってのもあるけど、彼女は当然不思議そうに首を傾げる。でも訊いてくれる体勢にはなったから、私はそのまま話し続ける事にした。
「確証は無いけど、私の言うとおりにしてくれないかしら? 」
「いいけど……、何で? 」
「マリー、あなたのためになる事だから、ね? 」
私の予想通り、イーブイの彼女は理由を尋ねてきた。さっきは何の考えも無しに返事したけど、今度はちゃんと調べてることだから、推測だけど根拠はある。そのために今まで調べてきた……、彼女が知ってないといけないことだから、包み隠さず話すことにする。もちろん、安心させるためににっこりと笑いかけてから、ね。
「わかった」
一瞬彼女は首を傾げたけど、すぐに頷いてくれる。だからって事で私は――。
「じゃあ、試しに目を瞑って、心を落ち着かせてくれるかしら? 」
事実に基づいた私の推測でしかないけど、自信を持ってマリーに指示した。
「……うん」
まだ私のことを信じてもらえてないのかもしれないけど、それでも彼女は言うとおりにしてくれる。何でしてもらえたのかは分からないけど、今まで私がここで見てきた子達のことを考えると、何となく理由は分かるような気がする。もし私が“ルヴァン”の生物兵器なら、実験されるよりこうして頼まれてする方が断然良い。
「次は……、好きな色を強く思い浮かべくれるかしら? 」
「すきな……色? 」
「そうよ」
属性をイメージしてもらうのが一番早いけど、マリーが属性を知ってるとは思えない。属性の概念は“リフェリア”ではよく知られてるけど、それは“リフェリア”育ちならばの話。マリーがどこの国の出身かは分からないけど、少なくとも“リフェリア”の出身ではないと思う。私もちらっとしか見てないから分からないけど、“リフェリア”の城門で見かけた時、彼女は技を使ってなかった。多分あれは生物兵器としての能力だと思うけど、あんは黒紫色のエネルギー体はどの属性とも違う。そう考えると、彼女の出身は他の三か国のどれか。これは潜入するようになって知ったことだけど、占領されてる“カリア王国”の人達も、私達と同じで技を知っている。残りの一カ国は分からないけど、シャサの出身の“セレノム王国”で技は知られてない。そう考えると、マリーは“セレノム王国”の出身って考えるのが自然かもしれない。
「だまされたと思って、やってみて? 」
「うん……」
話を元に戻すと、まだ半信半疑だけど、ひとまず彼女は頷いてくれる。この説明で上手くいくかは分からないけど、属性の概念を他国の人に伝えるなら、この方法が一番だと思ってる。それに騎士団のマリーなら、少なからず技を見たことがあるはず……。そう信じて、彼女の様子を見守る事にした。
「……」
「……! 」
すると私の推測があっていたのか、彼女の身に変化が起き始める。目を瞑っている彼女は、急に黒紫色の霧みたいなものに覆われ始める。かと思うとそれは膨れ上がり、私ぐらいの大きさになる。すぐに霧は雲散し、そこから目を閉じたままのマリーが姿を現す。だけど彼女は――。
「マリー、目を開けてみて」
「……あれ? 」
“自由進退化モデル”としての能力が作動したらしく、目線が私と同じぐらいになってる。マリーが何でこの姿を選んだのかは分からないけど、今の彼女の毛並みは、この闇に溶け込むような黒。何故か瞳は黒紫色をしてるけど、彼女はブラッキーへと姿を変えていた。
「私って、こんなに……えっ? ええっ? 」
目を開けた彼女は、この様子だと視界が高くなって戸惑ってると思う。それだけじゃなくて、彼女は自分の前足を見、驚きで取り乱してしまっている。とりあえず第一段階は成功したから――。
「そう。もう気づいたかもしれないけど、今のマリーはブラッキーになってるわ」
ありのままの彼女の状態を、そのまま教えてあげる事にした。
「うそ……、それじゃあ私……もう――」
「マリー、ビックリしてるかもしれないけど、次行くわよ」
当然彼女は戸惑ってるけど、ある意味これは想定内。シャサの話によると、進化させること自体は大分昔に完成している。現にフロルも無理矢理進化させられたみたいだから、強制進化は“ルヴァン”の十八番と言えるかもしれない。……確かに機械を使わずに進化出来てるから、私の目論みは成功と言えば成功。だけど本当の目的は、これじゃない。
「えっ……」
「さっきと同じように、今度は白色を強くイメージして」
本当の目的は、進化した状態で元に戻れるかどうか……。フロルの話だと、進化自体は成功してるけど、その逆はまだ成功していない。SE型はその試験モデルだって言ってたけど、理論とかデータの上では出来る数値は検出されてる、とも言っていた。どういうわけか、まだ一度も成功してないみたいだけど、その理由は私は分かってるつもりでいる。当然、シャサとか“ルヴァン”の社員には話すつもりは無いけど……。
「白を……? 」
「そうよ」
「……本当に、戻れるんだよね……? 」
「……ええ」
方法を教えはしたけど、これで成功するとは限らない。さっきは進化だったから、この方法では上手くいった。だけどその逆……、“ルヴァン”が成功していない退化だから、これで成功しないと大変なことになる。だって就労規則を破って、一人で勝手に実験をしたことになるからね。そもそも、この時間帯に出歩いてること自体が違反行為だけど……。
「……」
「……」
まだ気持ちは落ち着いてないみたいだけど、何故かマリーは私の言うことを聞いてくれる。元々ここの生物兵器だから、彼女も退化の成功例は無い、って知ってるはず。もしこれが失敗したら、それ相応の応報がある。私はただ罰則を受けるだけだと思うけど、マリーの場合はそうじゃない。実質失敗作って事になるから、マリーは廃棄処分になってしまう。そんなこと、私がさせないけど……。
「……」
「あっ……! 」
ずっと彼女の事を祈るように見守っていたけど、対に彼女に変化が現れる。さっきの逆再生をするような感じで、マリーは黒紫色の霧を纏う。今度は大きさが小さくなり、闇に紛れるように霧が消えていく……。
「……どう? 」
「……戻ってるわ、ええ、戻ってるわ! 」
彼女はまだ目を閉じたままだから、今の姿をすぐに教えてあげる。まさか成功するなんて思ってなかったけど、確かに彼女は今、元のイーブイの姿に戻ってる。だから私はついテンションが上がってしまい、若干声の大きさが上がってしまった。すぐにつぐんだから、大丈夫だとは思うけど……。
続く