第六話 二つの型の違い
「……フロル」
「リツァさん、何でこ――」
「静かに。朝礼前にこっそり来てるから、静かにして」
「うっうん」
「私にはこのぐらいしか出来ないけど……」
「これって、惣菜パン? でもなんで? 」
「あんな残飯じゃろくに栄養も摂れないでしょ? だから食料の配給に来る前に食べちゃって」
「あっ、ありがとうございます」
―
――
「昨日は急ですまなかったが、今日から例の研究が再開する事になった」
「研究、ですか? 」
“大保管庫十七”で“AC612”ことベイリーフのフロルに会った翌日、私はいつものように課内の朝礼に出席する。昨日は急に休みになって無かったけど、朝礼は毎日就業前に行われてる。その時に諸連絡とか色んな事を課長のホムクスさんから伝えられるんだけど、今日は今までと少し違う感じがある。三課のメンバーが集まってるのは変わりないけど、何か今日は待ちに待ったような……、沸き立ってるような雰囲気がある気がする。だけど潜にゅ……、入社して十数日の私には何のことかさっぱり分からず、ただ首を傾げる事しかできなかった。
「そうだったわね、中止になったのはリツが来る前だったから知らないのよね」
首を傾げる私に、シャサさんが優しくこう伝えてくれる。研究だから例の生物兵器のことだと思うけど、生憎調査不足で心当たりが無い。一応昨日フロルから色々聞いてるけど、検体の種類とか、基本的な事ばかりだったからね……。
「三課は今まで検体の下処理をしてきたけど、元々は新型の研究開発をしてるのよ」
「新型? じゃあ昨日までとは少し違うのね? 」
「そうなるわ。詳しい事は作業しながら説明するわね」
今までがイレギュラーって事には驚いたけど、そういうことなら部署名が研究三課なのも納得できる。新型ってなると危険とかが多そうだけど、それよりも何で部外し……、新人の私が重要な部署に配属されたのか分からない。それはそれで“ルヴァン”の生物兵器の情報をいち早く掴めるから、願ったり叶ったりな状況だけど、それもちょっと考えものね……。
「シャサ、リツへの指導は任せた。だから今日は、2室は戻ってきた“SE01”、ナンバー01のデータ採取、1室は引き続きB型の製造を行ってもらいたい」
“SE01”って事は、例の脱走した検体が戻ってきた事になる。これはファルツェアさんから聞いたり実際に見たりした事から推測した事だけど、あの日見た有翼のイーブイの女の子は、マリーっていう名前の騎士団員。だけどどういう訳か騎士団に身を隠していて、何故か今日……か昨日の夜に“ルヴァン”に戻された。そうなると私の予想は、私も驚いたけど合っていた事になる。何故か昨日は、ファルツェアさんと連絡がとれなかったけど……。
「それでは今日も、頼んだぞ」
一応これからのために整理しておくと、マリーっていう騎士団員……、多分フロルの後輩にあたる彼女の正体は“SE01”。今は新型の探査型っていう事しか分からないけど……。
「リツ」
「はっ、はい! 」
考え事をしていたせいで、私はシャサさんに呼ばれた時に変な声をだしてしまう。いつの間にか朝礼は終わっていたらしく、集まっていた六時の位置から五時と七時の方に散り散りになっているところだった。私はこれから七時の“研究室三の二”に行く事になるけど、多分今日の事はシャサさんが一から教えてくれる事になってるんだと思う。
「今日は教える事が多いから、ついてきて」
「はい、お願いします」
それでいつも通りエネコロロの彼女の先導で、私も2室の方に足を踏み入れる。研究室の雰囲気には流石にもう慣れたけど、今日はまた違った情報を仕入……、新しい仕事を教えてくれるはず。だからある意味私は、胸を高鳴らせながらぺこりと頭を下げた。
「ベベとエアリがナンバー01を運んできてくれるから、その間に基本的な事を教えておくわね」
研究室の奥の方に入ると、他の課員達がせわしなく行き来してる。多分仕事の準備か何かだと思うけど、いつもと違う機材を運んだりしてるからちょっと新鮮。それに彼女の言うとおり、今いる課員の中にあの人とエアリっていう課員の姿が見えない気がする。だから彼女が言うには、“大保管庫十六”の方にマリーこと“SE01”っていう子を迎えに行ってるのかもしれない。
それでシャサさんが新しい情報を提きょ……、教えてくれるみたいだから、私はペンと側に置いてある裏紙をたぐり寄せる。テレキネシスを使ってももう驚かれたりしなくなったから、この二、三日はいつも通り紙とかも浮かせたりしている。
「一昨日までの検体とは少し違う、ってことは大丈夫かしら? 」
「ええ。確か新型が何とか、って言ってたわね」
「今までの検体は戦闘型っていって、本格的に前線で戦うようなモデルなのよ」
「戦うって、名前のままなのね」
彼女は本当に基礎の基礎から話し始めてくれたけど、このことは昨日フロルから聞いて知ってる。だけどシャサさんの中では知らない事になってるから、私はあえてそのことを知らないふりをする。多分この流れだと、検体の番号の事を話してくれると思う。
「その方がわかりやすいでしょ? だけど今日から研究する“SE01”は、全く別物の探査型。
探査型の自由進退化モデルが名前の由来、って感じね」
私の予想ははずれたけど、その代わりに新しい事を知る事が出来た。そう考えると戦闘型のACとかも、何か由来があるのかもしれない。
「へぇ……。だけどシャサ? その自由……何とかっていうのは――」
だけどその中でも、私はあることが引っかかってしまう。今日も“レコードクリスタル”は起動させてるけど、念のため紙とペンの方も走らせておくことにした。
「そこが肝心なんだけど、エーフィのリツは特に、イーブイに戻ったり他の種族にも進化してみたかった、って思った事は無いかしら? 」
「考えた事無いけど……、もし出来たら便利かもしれないわね」
イーブイ族の私にとっては魅力的な話しだけど、もし出来たとしても私は試さないと思う。確かに一時期はシャワーズとかリーフィアの方が良かったかな、って思ってた時もあったけど、私はエーフィになって後悔はしてない。だからって事で曖昧な返事をしたけど、とりあえず建前上は興味がある、って事にしておく。シャサさんはシャサさんで気持ちが高ぶっているのか、しっぽがいつも以上にせわしなく動いてるような気がする。
「やっぱりそう思うわよね? 進化自体はずいぶん昔に研究が済んでいたけど、退化の研究が成功するかもしれないのが、SE型。逃げ出す前のデータだけど、数値での理論上は退化可能。その可能性が一番高いのが、今から調べる“SE01”なのよ」
「……何かよく分からないけど、とにかく凄いのね」
理論とか何とかって言われて少し頭が痛くなってきたけど、要は“ルヴァン”が一番期待してる子って事だと思う。翼があるって事は今のところシャサさんからは聞いてないけど、フロルが知ってるってことは課員の中では常識になってるのかもしれない。そもそも探査型の事はよく知らないけど、その中でも“SE01”、マリーっていう子は特に優秀なのかもしれない。
「そのうち分かるようになるから、少しずつ覚えていけばいいわ。……と話してたら丁度来たわね」
「って事は、あれがそうなのね」
話を聞いて利間に結構時間が経っていたらしく、研究室の扉が開けられた音がした。私は背を向けていたから気づくのが遅れたけど、振り返ると丁度べべさんとサンドパンのエアリさんが入ってきたところだった。私の位置からだと、べべさんがイーブイを抱えて飛んで、エアリさんがその後で扉を閉めてるように見える。
「だけどシャサ? 普通のイーブイに見――」
「それが探査型と、戦闘甲型の特徴の一つ。余分に移植した部位を体の中に仕舞えるのよ」
普通のイーブイに見える、そう言おうとしたけど途中で遮られてしまう。多分私がこういうのを予想してたんだと思うけど、シャサさんは私が訊ききる前に答えてくれる。自由に出し入れできるとなると、もし街で紛れていても見つけるのは難しいかもしれない。そうして生物兵器が紛れてるって考えると凄く恐ろしいけど、こう思わせるのが“ルヴァン”の狙いかもしれない。今は眠ってるから余計にそう思うけど、言われるまで彼女が生物兵器だなんて絶対に分からない。分からない上に高性能となると、下手をするとコレを使われたらただじゃ済まないかもしれない。
「敵の中に侵入しやすそうね」
それでべべさんに連れられたマリーは、研究室奥の台の上に寝かせられる。そっと置かれたからのか熟睡してるからなのか……、どっちかは分からないけど、見た感じ起きる気配が全くない。
「それが探査型の売り、って感じね」
「……でシャサ? コレは一体何をして――」
完全に眠っているマリーを横目に、研究室内の課員は準備を進めていく。どれも同じように見えるけど、大きな機械だったり小さい機械だったり……、画面がついていたり色んな種類がある。私が無知……、というよりまだ教えてもらってないから、正直言ってさっぱり分からない。実験したりデータをとるための準備、ってことは何となく分かるけど……。
「何となく気づいてるかもしれないけど、データ採取の準備。今丁度始まったところだけど、センサーで読み取って――」
多分丁寧に説明してくれてるんだと思うけど、内容が専門的すぎてよく分からない。スキャンとかバイタルとか……、情報屋の私でも初めて聞く言葉ばかりで訳が分からなくなってしまう。こうなるんだったらもっとセレノムに来ていれば良かった、って後悔してる自分がいるけど、今更後悔しても遅いわよね……。だから呪文めいた専門用語の羅列を、私はただ合図値を打ちながら聞く事しか出来なかった。
続く