第九話 実験の最中に
「父さん! 父さんがダメって言っても、俺は行くから! 」
「何度言ったら分かるんだ! 気持ちは分かるが、相手はあの――」
「おやフィナル? こんな朝早くから親子喧嘩かね? 」
「ファルツェアか。ルミ――」
「話は聞かせてもらったが……、フィナルの隊のイーブイだな」
「はい! 俺は助けに行きたい、って何度も言ってるんだけど、父さんが許してくれないんだ」
「だから何度も、言ってるだろう。気持ちは分かるが今はいける状態じゃないと……」
「分かってるよ、分かってるけど……」
「ならこういうのはどうだ? 俺からの任務で、“ルヴァン”に潜入する。そこでエーフィの行方を探るついでに、マリーを救出する。どうかね? 」
「だっ、だがファルツェア――」
「言いたい事は分かっている。危険だと言いたいんだな? 危険な事は重々承知だが、これを見てくれるかね? 」
「……ファルツェアさん、何なんですか? 」
「“ルヴァン”の設計図だ」
「……えっ? 」
―
――
「SE01、来い」
「……」
リツァさんに機能の事を教えてもらって数日後、私は久しぶりに呼び出される。呼び出された理由は、当然実験。そうじゃない限り、私達生物兵器は檻の中から出られない。だから今呼び出されたのも、この理由に決まってる。珍しくベベじゃなくて、ランクルスが来たけど……。だからって事で私は、無表情で立ち上がり、檻の出口の方に歩いて行く。後ろで03達が何か騒いでるけど、無視して檻の中をあとにする。暴れないように鎖付きの首輪を着けられたけど、私にそんな気なんて、ない。
多分聞いても何も変わらないと思うけど、あの日の後二、三日ぐらいは、リツァさんが私の所に来てくれた。人殺しの私なんかにそんな資格は無いけど、リツァさんは私を逃がすつもりらしい。いつ調べたのか分からないけど、ここの全体図とか……、私が知らない事まで知ってた。そのうちの一つが、私の機能の事。リツァさんが勝手に考えた事だったみたいだけど、そのお陰で02が失敗した“退化”に成功した。そもそも無理矢理させられない進化も聞いた事無いけど、この事は職員……、リツァさん以外は誰一人知らない。
「……」
鎖を引かれて歩かされる私は、無言でランクルスについて行く。キツく絞められてるから苦しいけど、いつもの事だから何とも思わない。むしろこの程度で音を上げてたら、今頃03達の嫌がらせで潰れていたと思う。結果的に02を殺した私には、お似合いの話だと思うけど……。
「……」
一切言葉を交わす事無く、私は研究室の一つに連れて行かれる。いつもの通路から見て左の方だから、これからする事は私の研究。性能テストか何かをさせられるんだと思うけど、多分結果はいつもと同じ。性格試験以外はいつもトップだけど、正直言ってどうでもいい。“退化”して見せたらどうなるか分からないけど、するつもりなんて無い。嫌だけど、無理矢理進化させられて解体されるのはもっと嫌……。解体されるとそれっきりだから、今のまま……、03達にボコボコにされる方が良い。そうして苦しまないと、02に顔向けできないから……。
「入れ」
「……」
言われるままに研究室につれてかれた私は、部屋の真ん中で首輪を外される。もう見慣れたからなんとも思わないけど、近くには何かの機械とか、モニターが沢山置かれている。どれも実験とかでデータをとるための機械で、コードの先には電極が付けられている物もある。それを私の前足とか……、体中に貼りつけて、機能を使ったときの反応を数値化する。これがいつもの、実験方法。
「……あれ? 」
だけど今日は、何かが違う気がする。いつも置いてあるのは同じ機械だけど、今日は何故か見慣れないものばかり……。あまり使われてないらしく、少し埃っぽいきがするけど……。そんな不慣れな光景に、私は思わず首をかしげてしまった。
「SE01。今日から次の段階に入るわ」
「……次の? 」
私が連れてこられる前に準備が終わっていたのか、何人かいる研究員のうちの一人、昔からいるエネコロロが場を仕切り始める。脱走する前よりも大分
窶れてる気がするけど、この人はもっと、明るくてハキハキした声だったような気がする。目の下にくまも出来てるから、もしかすると殆ど眠れてないのかもしれない。
「ええ。今からするのは、メインの“進退化”。SE01、あなたなら成功する、って信じてるわ」
「……」
“進退化”って言われて、私は思わずビクッとしてしまう。この実験が目的で私達SE型が
創られたけど、この実験に失敗して02が解体された。03が言う事だから嘘かもしれないけど、02は“退化”の段階で失敗した。……リツァさんの見解だからなんとも言えないけど、話かすると、02はいつも通り無理矢理進化させられた。自力でしてたらどうなってたのか分からないけど、死んだ今、何を言っても02は戻ってこない……。
だけど02が失敗した実験をさせられるって事で、私はそれどころではなくなってしまう。このまま行くと多分、私も失敗して解体……。02と同じように、体中をバラバラにされて殺される。
「だから……。……準備、初めて」
だけど私の事なんかお構いなしに、エネコロロは他の研究員に声をかける。いつもと違って覇気が無いけど、他の課員が気にしてる様子はあまりないような気がする。いつもの私ならされるがまま……、言われたとおりに実験されるけど、今日だけは、事情が違う。今までは何も知らない状態だったけど、今はリツァさんに教えてもらって知ってる。だから――。
「……待って」
私も驚いたけど、短く一言、声をあげる。私に電極を付けようとしている研究員の手を払いのけ――
「進化なら、出来るから」
短く一言、こう呟く。同時に私は、目を瞑って教えてもらったことを試してみる。まずはじめに、意味ないかもしれないけど心を落ち着かせてみる。これに何の意味があるのか分からないけど、落ち着かせなかったら出来なかったから、多分何かあるんだと思う。次に私は、適当な色を強く思い浮かべる。だけど何でも良いわけじゃ無いらしく、リツァさんが言うには、赤、青、黄色、紫、黒、緑、水色、ピンクの八色と、戻る時は白だけらしい……。
「……ええっ? 」
何か周りがざわつき始めた気がするけど、私は気にせずイメージし続ける。他の色は試した事が無いけど、私が思い浮かべるのは黒。暗い檻の中にずっと閉じ込められてる私にぴったりだから、一人で練習する時はいつもコレ。ブラッキーっていう種族みたいだけど……。
「……ほら」
目を開けると私は、その色に対応する種族に姿を変えている。視界も高くなってるから、自力での“進化”は成功。ブラッキーに姿を変えた私は――。
「何っ? 侵入者? 嘘だろぅ? 」
「そっ、それが本当なんだ! 課長……! 」
騒いでるのには気づいてたけど、この様子だと私に対して、じゃないと思う。研究室の誰もが慌ててる様子で、私の事なんて誰一人気にしていない。こんな事今まで無かったから……、じゃなくてあったらいけない事だけど、多分私が起こしてる。生物兵器が脱走するなんてあったらいけない事だから、見たわけじゃないけど騒ぎになってたはず。最近起きたばかりなのに、今も騒然としてるけど……。
「やむを得ん。出荷待ちの“AC610”から“AC614”を放て」
「えっ……ええっ? 」
今やっと状況が分かってきたけど、仕切っていたエネコロロは放心状態。もう何がなんだか分からない、っていう感じになってる。それとは対象的に、責任者のランクルスは声を張り上げ、騒然としてる研究室内に指示を出す。他の研究員達は右往左往してるけど、中には動じず冷静に外に出て行く人もいた。
「シャサ! お前は情報室を守れ! 絶対に近づかせるな! 」
「……えっ、ええ」
今やっと我に返ったらしく、エネコロロはハッと声をあげる。半ば叱られるような感じだったけど、エネコロロは慌てて研究室から出て行った。
「……、SE01、お前も戦え」
「え……」
「実践を想定した性能テストだ」
正気を失いかけてるエネコロロを見送ってから、ランクルスはこんなことを言ってくる。正直に言ってこんな時にも実験をする気なんて、どうかしてると思う。……だけど逆らったら逆らったで、何をされるか分からない。だから私は――
「……」
「そうだ、それでいい」
何も考えず、黒くなった両足で歩き始めた。
多分後からランクルスもついてきてると思うけど、気分が乗らないって事もあって、歩いて研究室を出て行く。初めて自分で出たけど、出た先の廊下は研究員達でごった返している。後で扉が閉まる音がしたけど――
「ホムクス、ここの状況はどうなっている? 」
「カルカナ……。三課は指示済み。“AC610”から“AC614”までを配備済みだ」
通路に出たタイミングで、通路の奥の方から誰かが歩いてくる。私は話しかけられ……というよりは声が聞こえて初めて気づいたけど、声をかけてきたのは一人のルカリオ……。私は実験中に何回か見た事があるけど、確かこのルカリオが、この研究所の責任者だったと思う。若干焦ったような感じはあるけど、部下? のランクルスに落ち着いて状況を尋ねていた。
「流石手が早いな……。んだが、そのブラッキーは」
「SE01、“自由進化”が成功し、性能テストに入るところだ」
「……」
あわよくば戦わなくても良いかな、って思ってたけど、責任者が来たって事は、嫌でも戦わないといけなくなる。前に実験中にこのルカリオが来た時も、予定には無かったけど無理矢理02と戦わせられた。機能も強制的に使わされて、ケガもさせちゃった……。だから多分今回も、誰か……、侵入してきた人たちを、殺すまで戦わされそうな気がする。だから本当に、ここには来ないで……。お願いだから……。
「SE01か。ならホムクス、お前は通用口の守りを固めろ」
「そこで挟み撃ちだな」
相当血の気が立ってるらしく、ルカリオ……、それかランクルスも、戦う気でいるらしい。指示されたランクルスはふわりと浮き上がり、通用口がある方に飛んでいく。残された私はルカリオに覧られることになり……。
「SE01。侵入者を半殺しにし、生け捕りにしろ」
「……! うん……」
ランクルスもランクルスだけど、その上司のルカリオはもっと酷い……。誰かを殺すなんてこと、間違っても言ったらいけないけど、そもそも私達はそのために作られた生物兵器。A型よりも戦闘能力は低めだけど、それでも普通の人なら簡単に殺めてしまう。だから“騎士団”の任務で戦った時は、実は加減するのが凄く大変だった。機能は盗賊の時以外使わなかったけど、それでも骨折させたり……、軽くても臓器を傷つけたりしちゃってると思う。
……だけど研究所に戻された今は、私に人としての権利なんて無い。そもそも02を殺した私なんかに、普通に生きる資格なんて無い。だから殺戮生物の私には、ここで実験されて死んでいくのがお似合い。だけ――
「……来る。SE01、構えろ」
ずっと目を閉じていたルカリオは、フッと目を開けて呟く。私は何も考えずに側にいたけど、急だったから少しビックリしてしまう。出来れば戦いたくなかったけど、言われてみれば遠くの方が騒がしくなってきた気がする。
「……うん」
ここまで来ると戦いは避けられないから、私は身構――
「ブラッキーとルカリオ……。父さん、ここは俺が……」
「え……」
身構えはしたけど、私は前から走ってきた人物、施設への侵入者に言葉を失ってしまう。全部で三人いるけど、なぜならその四人は――。
「うそ……、何で……。何でルミエールが……」
“リフェリア王国”の“騎士団”、私のパートナーになってくれたピカチュウと、そのお父さんで騎士団長のライチュウ、それから右目に亀裂が入ったフライゴンだったから……。知らない人ならこうはならなかったけど、私にとってこの人達……、特にルミエールは、02と同じで守りたい大切な人。“騎士団”のみんなを守るために研究所に戻ったのに、これだと意味が無い……。それに折角守れたって思ったのに、このままだと、私が……。
「ほぅ、貴様らが件の侵入者か。ここをどこだと思――」
「マリーを……イーブイを返してよ! 」
「イーブイ……さぁ何のことだ? 」
ルカリオが何かを言おうとしてたけど、ルミエールは怒りに身を任せて言い放つ。そんなに私の事を思ってくれてて少し嬉しいけど、出来ればこのルカリオを刺激してほしくない。そのイーブイは私の事だけど、今は機能で姿を変えて、ブラッキーになってる。だから当然だと思うけど、ルミエール達三人は、私の事に全然気づいてない。
「とぼけないでくれるかね? 私達はこちらの調べはとっくについている。彼女のうちの団員の一人でね、私の気が穏やかなうちに帰してもらおうか」
確か元副団長だったと思うけど、フライゴンの彼も、静かな怒りを露わにしている。静かだけど左目が鋭くて、威圧感もかなりある。本当に戦いたくないけど、そう思っていても萎縮してしまう。
「返す、か。侵入しておいて、奪うの間違いじゃないのか? 」
「なら力尽くで取り返すまでだ。ファルツェア……」
「あぁ」
「父さん、俺も……」
「ルミエール、気持ちは分かるが下がっていろ。マリーを助けるんだろ? 」
「……! 」
私の思いとは裏腹に、三人は身構えて戦闘態勢をとる。特にルミエールは戦う気満々だけど、団長が彼を制する。左腕を彼の前に差し出し、それを行動で止めているように見える気がする。
「できるものならしてみるがいい。出来たところで、逃がさないがな? ……殺れ」
「……」
「臨むところだ! 」
けどルミエールのことを横目で見ると、フィナルさんは私めがけて走ってきた。
「これも団員を連れ戻すためだ。悪く思うなよ? 」
フィナルさんは握りこぶしを作りながら、私の方に走ってくる。このままだと攻撃されるけど、出来れば私は傷つけたくない。……だけど戦わずにいると、このルカリオに後で何をされるか分からない。気を失うまで実証実験をさせられるかもしれないし、失敗作って決められて解体されるかもしれない……。だから本当は戦いたくなかったけど、私は攻撃を回避するために、首元にありったけの力を込める。そうすることで仕舞っていた翼を解放し、天井スレスレまで大きく羽ばたいた。
「黒紫の翼……? 」
「私がいる事を忘れていないかね? ドラゴンクロー! 」
タイミングを見計らったように、フライゴンが私の方に滑空してくる。通路が狭くて戦いにくそうだけど、戦いたくない私にとっては、かえって好都合。だけどこのことがルカリオにバレたくもないから、私は空いた手元に黒紫色の気塊を作り出す。刃物状に形成し、紺色のオーラを纏った爪を受け止める。
「これは……、貴女は生物兵器のよ――」
「
……逃げて」
「っ! 」
受け止めた私は、そのときに小声で……、フライゴンにだけ聞こえるように呟く。一瞬驚きで声をあげそうになってたけど、バレるわけにも行かないから、すぐに右前足のそれで弾く。
「十万ボルト! 」
「……! くぅっ……! 」
その間にフィナルさんが、私に向けて電気を放ってくる。彼は本気で私を倒す気らしく、離れたここでも毛先がしびれてくる。だから流石にマズいと思って、私は翼で空気を叩き、その場から立ち退く。……だけど反応が一歩遅れ、左の翼に電撃が直撃……、そのまま床に墜落してしまった。
「ちっ……。性能試験の結果が悪く出たか……」
「街を襲った生物兵器……、ここで――」
落ちた私にトドメを刺すつもりらしく、フィナルさんは電気を纏って駆けだしてくる。見た感じだとあの電気は、さっきのよりも強力……。流石に私でも、何もしなかったらただじゃ済まないような気がする。だからもう一度黒紫色の刃を作り出し――
「なっ……! 」
それでフィナルさんを受け止める。やっと密接出来たから――
「
団長、私を気絶させて、今すぐルミエール達と逃げて……。お願いだから……」
「……っ! この声……まさか……」
ルカリオには聞かれないように耳打ちする。フィナルさんとは一対一で話した事があるから、流石にこれで気づいてくれたらしい。凄く短かったけど、敵のブラッキーが私だって分かって、驚きで声を荒らげる。
「
お願い……」
「……すまない」
これだけで分かってくれたらしく、フィナルさんは――
「……っ! 」
握りこぶしをつくり、思いっきり私のお腹を狙って振り上げる。小さく一言呟いてたから、多分すべてを察してくれたんだと思う。遠くの方にエーフィとエネコロロが見えた気がするけど、望み通り殴られて宙を舞った私は、そのまま天井にたたきつけられて意識を手放した。
続く