第五話 囚われの騎士団員
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「やっと繋がった……。ファルツェアさん、聞こえてるかしら? 」
『うむ、こんな遅い時間で驚いたが、何かあったのかね? 』
「それは申し訳ないわ。……で、一昨日辺りから送ってるデータの事だけど――」
『すべて確認した。例の研究所の件と見受けられるが――』
「ええ、それであってるわ。リフェリスっていうオオスバメからどこまで聞いてるか分からないけど、噂は本当だったわ」
『そうか……』
「それもまだ調べ始めたばかりだけど、研究所ってのは名ばかりで、生物兵器の製造工場になってるかもしれないのよ」
『兵器……。まさかとは思うが、“セレノム王国”は戦争でもする気なのか――』
「流石にそれは考えすぎだと思うわ。……それよりも命をただの道具としか思ってない。潜入してみて感じたけど、“ルヴァン”は倫理的には完全にアウトね。神にでもなったつもりかもしれないけど、ひとの体に――」
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「やっ、休み? 」
「そうよ。私もさっき知らされたばかりだけど――」
“ルヴァン社”に潜入し始めてから数日。私はエネコロロのシャサさんから色々な情報を引き出……、仕事を教えてもらった。最初は見学と研修から始まって、三日目には実際に作業をすることになった。“ルヴァン社”は知識よりも手で覚える方に重きを置いているらしく、細かい事は実際に作業をしながら教えてもらっていた。……教わってはいたけれど、正直に言ってその内容がえげつなくて今でも慣れれてないわね。シャサさんとかホムクスさんはすぐ慣れるって言ってるけど、本当にどうかしてるわ……。
どういう内容かは追って話すとして、今日も私は仕事場の研究室へ……。セキュリティの認証を済ませて地下に下りたところだけど、集合時間前って事で人影はまだ疎ら。っていうより直線の廊下にはシャサさんしかいないけど、私の事が目に入るなりある事を告げる。その内容は……。
「昨日の夜急に出張が決まってね、社員の殆どが社外に出てるのよ」
情報提きょ……、仕事仲間の大半が出社してないって言う事。そういえば言われて今気づいたけど、三課棟のフリースペースがいつも以上に静かだったような気がする。
「しゅっ、出張? そんな事昨日は一言も言ってなかったはずよね? 」
「ええ、確かに言ってなかったわ。だけど一課と二課も同じみたいで、残った誰に聞いても、理由は知らないらしいわ」
出張とかだったら事前に知らされるはずだから、正直言って凄く怪しい。残った社員に見回りとかを任すつもりなのかもしれないけど、それでもここのセキュリティシステムを過信しすぎなような気がする。潜入中の私にとってはまたとないチャンスだと思うけど、監視の目が少ないといつ誰が何をしていても気づく事ができない。もし私が会社の上層部なら、そんな無警戒な事はしないわね、絶対に。
「誰も、って……」
「はぁ……。どうしようもないのが現状ね。だから何をしていても構わないけど、検体に食事でも与えてから、基本は
上で待機で頼んだわ」
「……わかったわ」
彼女もいきなりの事で唖然としているらしく、私にも聞こえるぐらい大きなため息をつく。朝一だけど相当参ってるらしく、疲労の色が色濃く出てるような気がする。一応彼女はベテランの職員だけど、私と同じで一技術員って事に変わりない。責任者がいないから、いくらベテランでも操業できないんだと思う。ほんとお手上げよ、って小さくつぶやきながら、彼女は重い足取りで上り階段の方へと歩いていく。その後ろ姿を、私は建前上は気の毒と思いながら見送る事にした。
「さぁて……」
廊下に私以外誰もいなくなったって事もあって、辺りはしーんと静まりかえる。いつも機械音とかがするから違和感があるけど、もしかすると私はこのときをずっと待ってたのかもしれない。確かに毎日の業務でも色んな情報を引き出……仕事を教えてもらえるけど、入社十数日の留学生にはうわべだけ……。うわべだけでも十分に大問題だと私は思ってるけど、誰もいないなら自由に調べる事ができる。だからって事で私は、念のため誰もいない事を確認してから、気持ちを仕事から本業の調査に切り替えた。
「まずはこうして、っと」
まずは手始めに、首から紐で提げている水晶に右の前足を伸ばす。いつもは兄から貰った誕生日プレゼントって言って誤魔化してるけど、透明のソレはファルツェアさんから貰った“レコードクリスタル”。軽く握ると一瞬輝き、すぐに何事も無かったかのように光が収まる。リフェリアの騎士団の“記録水晶”も同じ使い方みたいだけど、詳しい原理は国家機密で教えてもらっていない。だけどファルツェアさんが言うには、起動させる事で私自身が見た事、聞いた事が直接記録されていくらしい。一応記録の編集機能とかもあるって言ってたけど、まだ慣れてなくて使いこなせてないのが現状ね……。
「誰かがしてるかもしれないけど」
記録に必要な事はしたから、今度は階段の側の引き戸に手をかける。そこをゆっくりと開けると、中には乱雑に置かれた食料の数々。自分では初めてココを開けたけど、地上の購買部とか食堂、その廃棄口の出口になっているらしい。
「……テレキネシス」
朝イチから気分が下がるけど、残飯と言えそうなそれらを見えない力で浮かせる。パタンと何も考えずに閉めてから、回れ右をして歩き始めた。
「いつも思うけど、検体だからって言って流石にこれは酷いわよね……。っと、まずはこの部屋からだったわね」
本当に見てるだけでも気が滅入るけど、“ルヴァン”は検た……、生物兵器として改造している命を生命だって考えてないと思う。実験体にされているひとだって生きているのに、こんな廃棄するような食べ物を与えてるなんて考えられない。丁度今“大保管庫十六”に入ったところだけど、私が見た限りでは保管庫なんて生ぬるいものじゃない。防音処理か何かがされて音は外に漏れないけど、この研究所の“大保管庫”の実体は――。
「おっ、やっとメシの時間か」
「早く寄越せ! 」
「腹減ったー」
獣を閉じ込める監獄そのもの……。気分が悪くなって途中で数えるのを諦めたけど、冷たく堅いコンクリートに鉄格子がずらりと並んでる。牢獄一つで四畳分ぐらいしか広さがないのに、その中には決まって五、六にんずつ閉じ込められてる。実験体って事で番号が振られているらしく、格子には同じ数だけタグが提げられてる。丁度私は今イーブイがまとめて閉じ込められてる檻の前にいるけど、そこには赤で“SE01”、残りが青で“SE03”から“SE06”と書かれたタグが提げられてる。他とは違って、何故かタグの数とにんずうが合わないけど……。
「……」
「いつもと違うけど、サンキュー」
「んだけど03、エーフィだなんて――」
「流石に別の奴だろうよ、社員証提げてるだろぅ? 」
何か話し声がするけど、私は聞き流しながら……、無心で食料を分け与えていく。見た目からして四にんとも十代前半だと思うけど、冷暖房もろくに効いてない劣悪な環境なのに何の文句も聞いた事がない。私自身も訊いた事が無いけど、初めからこういう環境しか知らないような……、そんな感じがある。私の勝手な想像だけど……。
「次は……」
気分が底まで沈んだ状態で、私は一通りこの保か……、監獄で食料を配り終える。小食の私でも一人分は全然足りないけど、これぐらいの配分じゃないと全員に行き渡らない。素人目では“十六室”は何も変わらない普通の子達ばかりだけど、少なくとも三課の他の“大保管庫”は違う。その殆どが十代ぐらいの子供で、イーブイとその進化系が他よりも多い気がするけど……。
それでさっきよりも減った食りょ……、残飯を浮かせたままの私は、“大保管庫十六”をでて隣の保管庫へと向かう。“小保管庫”にはまだ入った事は無いけど、シャサさんが言うには検体の中でも特に小さいものがまとめて納められているらしい。“大保管庫”自体も研きゅ……、改造の段階で分けてるみたいだけど、さっきの十六は下処理とか試作段階の子達が収容されている、って言ってた。隣……、今扉を開けた十七とその隣の十八は本当の意味での生物兵器が監禁されてる。
「本当にここだけは……、入るだけでも嫌になるわね」
さっきの十六とは違って、今はいった十七はあり得ないぐらい静まりかえってる。……いや制御されて騒げない状態の子が過半数、って言った方が正しいかもしれないわね。監獄の造りは隣の“大保管庫十六”と変わらないけど、違ってるのは収容されてるその子達の見た目、そのもの……。見ていてその悲惨さには目を背けたくなるけど、そうと分かって潜入してるから、私は無理矢理その子達に目を向ける。本当の意味で改造されてるっていうのは、この子達の事なのかもしれない。
「はぁ……」
十六の子の見た目は普通だったけど、再三言うけどここは違う。“レコードクリスタル”で記録してるから後で嫌でも見返すことになるけど、十七と十八の子達は
歪な見た目をしてる……。中でも大分マシな子で説明するなら、余分に尻尾を移植されたり、頭の角を余計に生やされたり……、そんな感じ。“ルヴァン”はサザンドラとかドードリオとか……、そういう種族の真似事のつもりなのかもしれないけど、頭の数が多い子も偶にいる。中には違う種族の一部分を移植されて、キメラ同然の姿にされてる子もいるけど……。
「……あれ、きみのそれって……」
「ひゃっ……」
極力何も考えないようにしながら食料を配っていたけど、私は何の前触れも無く誰かに話しかけられる。この状況からすると実験体の誰かって事に違いは無いけど、予想外すぎて私は思わず声を上げてしまう。声質的に女の子だと思うけど、ちゃんと話ができるって事は、その子は
まだ完全に改造が終わってないんだと思う。驚きながらその方に目を向けてみると……。
「もしかして“記録水晶”? 」
そこには姿が大分マシなベイリーフ。頭の葉っぱが普通の同族と違って同じ向きで二つあるけど、それ以外はどこにも異常は無さそう。彼女は伏せた状態で話しかけてきたけど、意外すぎる内容で思わず耳を疑ってしまった。
「ええっと、“AC612”でいいのかしら? 今何て……」
「その水晶って、騎士団の“記録水晶”だよね? 」
「それい近い代物だけど……、何で知って――」
何故ならベイリーフの彼女が口にしたのは、“リフェリア王国”の騎士団しか知らない事だったから。まさか“ルヴァン”でこれを聞くなんて夢にも思わなかったけど、私はつい鉄格子越しに逆質問してしまう。
「こんな姿にされちゃったけど、私もリフェリアの騎士団員だったから……」
「きっ、騎士団? 」
「うん。きみも水晶持ってるから、そうなんでしょ? 」
「今は“ルヴァン”に潜入中の情報屋だけど、リフェリアの騎士団に一番近い情報屋、って言う意味ではそうなのかもしれないわね」
今ここに本物の職員がいたら大事になるけど、私は思わずその子に自分の正体を話す。もしかしたらココの事を詳しく知れるかもしれない、多分そう思ったからだと思うけど、気づくと私はそう口にしていた。その時“AC612”、ベイリーフの彼女は驚いたような顔をしていたけど、私がリフェリア側って分かると安心したように表情を緩めてくれた。
「そうなんだ……。リツさん、でいいんだよね? 」
「ううん。リツは偽名で、本当の名前はリツァ。で、あなたは……」
「無理矢理進化させられたけど、チコリータだったフロル」
「フロル……、その名前、どこかで聞いたような……」
割とすぐに彼女は名前を教えてくれたけど、私は以前にソレを聞いたような気がする。いつだったかは覚えてないけど、割と最近同業者から――。
「思い出したわ」
頭の葉っぱが二つある彼女の事は、確か同業者のウールから聞いたと思う。五ヶ月ぐらい前だったと思うけど、“ラクシア”から東にある小さな村で騎士団のチコリータの行方が分からなくなった。その女の子の名前が、フロルだったような気がする。
「五ヶ月ぐらい前に行方不明になった子よね? 」
「五ヶ月……、もうそんなに経ってたんだ。そこから幼なじみのドロップと一緒に“カリア王国”に帰国しようとしたんだけど、そこで私だけ捕まって――」
彼女の話によると、待ち合わせ場所の船着き場で拉致されて、そのまま“ルヴァン”に連れてこられてしまったらしい。彼女……、フロルはすぐに逃げようとしたけど、 例の生物兵器にやられてそれが適わなかった。その時遺留品で“記録水晶”が見つかったらしいから、多分彼女は身一つで拉致された。それで生物兵器に改造されてしまい、今日のこの時までずっと閉じ込められていたんだとか。
「それでリツァさん。わたしみたいな“ルヴァン”の生物兵器にも色々種類があるって、知ってる? 」
「番号の頭文字が違うからそんな気はしてたけど、それは初耳ね」
彼女は今日までの経緯を話してくれてから、意外な事を教えてくれる。“レコードクリスタル”は起動させっぱなしだから問題ないけど、これから話してくれる事はメモ必須だと思う。彼女の二つの葉っぱは虚しく空を掻いてるけど、潜入中の私にとってはその逆。フロルには凄く辛い事だと思うけど……。
「番号の前にAとかCって付いてるでしょ? あれが生物兵器の種類のコード。大きく分けると二つあるんだけど、わたしのAは戦闘型。グレードがAからCの三段階で、その中でも私のCは一番下の丙型。初めて聞いた時は凄くショックだったんだけど……、わたしは安上がりで使い捨ての量産型みたい……」
包み隠さず話してくれてはいるけど相当辛いらしく、彼女の表情は凄く暗い。頭の葉っぱも二つとも下を向いていて、その度合いが手に取るように分かるような気がする。
「一つ上のBが、汎用タイプの乙型。わたしが今までで見た感じだけど、しっぽとか角が余分に二本あるのが特徴かな。わたしも詳しくは分からないんだけど、多分丙型よりも性能はいいんだと思う」
フロルに教えてもらって初めて気づいたけど、番号の前にABって付いてる子は決まって尻尾とかが三本あったような気がする。
「それから一番上のAAが、戦闘甲型。乙型と丙型は首元に生態チップが埋め込まれてるんだけど、甲型にはそれが無いみたい」
「作業でする時としない時があったけど、そういうことだったのね……」
このことだけは、私はシャサに教えて貰ってた。作業で実際にしたって言った方が正しいんだけど、何回か首元に埋め込まない時があった。詳しくはまだ引き出……、教えて貰ってないけど、生物兵器を制御するための何かなような気がする。上位互換の甲型にはソレが無いのが謎だけど……。
「うん。そのチップで能力とかを強制的に作動させられるんだけど、一度それで眠らされたらもう自我は戻らない……。次に目が覚めた時には、全部忘れて兵器として、死ぬまで暴れ続けるみたい……」
わたしは眠らされるのを待ってる段階だから、いつまでこうしていられるのか分からないけど、彼女は凄く悲しそうに、小さな声でそう呟く。
「……そういえば最初にSって付く子も見かけたけど、それは――」
「わたしは会った事が無いんだけど、探査型。昨日眠らされた“AC598”、ブロスターから聞いたんだけど、私達乙丙の戦闘型と違って特別な能力がある、って言ってたかな。S型は甲型がベースになってるみたいで、敵の探索とか奇襲が得意なタイプみたい。……そういえば最近そのS型がひとり逃げ出した、って聞いたんだけど、確か“SE01”だったかな? 翼を自由に出し入れできるイーブイで、性能試験も性格の項目以外は高得点、って聞いてるけど……」
翼があるイーブイ……。ということはもしかすると、あの日“ラクシア”で見かけたあの子のことかもしれない。騎士団に所属してるみたいだけど、時期と特徴が完全に一致する。リフェリスから聞いた、“ルヴァン”から脱走した検体もイーブイで、フロルが教えてくれた事もイーブイ。それに“SE01”って言う番号も、ついさっき“大保管庫十六”で見かけたばかり。そうなるとタグと閉じ込められてる子の数が合わないのも、脱走したのなら納得できる。
一気に色んな事を知りすぎて流石に頭が痛くなってくるけど、あの時見かけたあのイーブイは“ルヴァン”の生物兵器。探査型の“SE01”で、ココから逃げ出した今は“リフェリア王国”の騎士団に身を隠してる。それでもし騎士団にいる事がバレたら、それこそ国際問題……、最悪戦争にだってなりかねない。戦争っていうのは考えすぎかもしれないけど……。
続く