第二話 確信
「あら、もうこんな時間? 」
あれから何時間経ったか分からないけど、マリルリの彼女と話しながら使い方を教えてもらっていた。一応秘匿事項だからって事で、場所を二階の食堂に移してすることになった。だけど開発者のファルツェアさんがいないって事もあって、殆ど手探りの状態になってしまったけど……。けど何とか通信機能、それからメインの記録機能の使い方は覚えたつもりだから、これで最低限のことはできると思う。
そんなわけで一通り終わって時計に目を向けてみると、予想以上に時間が経過していて思わず声を上げてしまう。私はてっきり小一時間ぐらいしか経ってないと思っていたけど、時計の短針は五と六の間を指し、長針も真下を向いている。確か私がここに来たのが昼過ぎだったから、三時間以上かかったことになるわね。
「ほっ、ほんとね。けどお陰で何とか使えると思うわ」
「ならよかったわ。けどリツァちゃん? この後どうするつもり? 」
「そうね……。ひとまずいけるところまで行ってみるわ」
彼女も想定外だったらしく、私と同じように慌ててしまっている。私はいわばフリーの身だからどうって事ないけど、受付担当の彼女はそうじゃない。確か彼女のほかにツタージャいたと思うけど、それでもやっぱり申し訳ない。何か今日は謝ってばかりな気がするけど、ひとまず私は彼女の問いに対して思考を巡らせる。本当は今日中にもキルトノ入りするつもりだったけど、こうなったら仕方ないわね……。
「となると、岸辺辺りまでね? 」
「ええ。それじゃあ……」
仕方ないけど早く調べたいから、私は一度彼女にぺこりと頭を下げる。自分のために時間を使わせた後ろめたさがある、って言われたらそれまでだけど、逃げるようにして窓の方まで歩いて行く。提げている鞄を肩から外してから窓のサッシに前足をかけ……。
「リツァちゃん、そっちは……」
「テレキネシス。平気よ」
鞄を技で浮かせてから、そこへ跳び移る。すると私が乗ったことで力が加わり、エレベーターみたいに下降し始めた。
「よしっと」
二階からだからすぐ地面まで降りる事ができ、一メートルぐらいの高さになったところでぴょんと跳び降りる。着地したときに足を少し屈めることで、衝撃を逃がすことも忘れずにね。
「さぁて、今からなら海辺の方まで行けるかしら? 」
テレキネシスを解除してから鞄を提げ直し、私は目的地の方に向けて歩き……じゃなくて走り始める。本当なら今日中に海を越えるつもりだったから、少しでも遅れを取り戻すためにも、ね。
「リフェリスと会えたら、もう少――あら? あれって」
走りながら淡い期待を抱き始めた自分がいるけど、本当にリフェリスか、チルタリスのウールに乗せてもらえたら大分巻き返せる。だから飛べない種族は情報屋に向かない、って言われたらそれまでだけど。
で、そんなことを考えながら走っていたけど、街を出てすぐあたりである光景が目に入る。それは……。
「あのときの二人? でっ、でもあれって……」
何人かが入り乱れて戦っている、まさにその瞬間だった。それで戦っている何人かのうち、二人に私は見覚えがある。状況からして味方同士だと思うけど、一人は攻撃を恐れて身を屈めているピカチュウと、その前で攻撃を受け止めるイーブイ。これだけなら私は驚かないけど、そうじゃなかったから私は言葉を失ってしまう。何故なら……。
「……翼? 」
もふもふの首元から、あるはずがない一対の黒紫色の翼が生えていたから……。それも技みたいにエネルギー体とかじゃなくて、ぱっと見しっかりと実体があると思う。飛翔する音が辺りの空気を震わせ、その行動で抜け落ちた羽根が辺りにはらはらと漂う。私は見つからないようとっさに物陰に隠れたけど、異形とも言える彼女の姿にピンとくる。
「もしかしてあの子が、キルトノから逃げ出したっていう……」
確かに今の状況では情報不足だけど、それでも私は確信せざると得なくなってしまう。キルトノには人体実験をしている施設があって、実験施設から検体のイーブイが逃げ出した。ということは今目の前の状況を見る限りでは、その二つの情報は同じ施設。検体は人体実験されたイーブイってことになる。そう考えないと種族上あり得ないし、情報との辻褄が合わなくなる。本音を言うとすぐにでも本人に話を聞きたいところだけど、この状況ではどう考えても無理。なら私が加勢して戦いを終わらせる、それが一番だけど、これも不可能。一応護身用の攻撃技を使えはするけど、慣れてないから足手まとになる。だか――。
「あれ? リツァ、こんな所で何し――」
「静かにして。訳は後で話すから、今はここから離れましょ」
だからって事で後ろ髪を引かれながらも立ち去ろうとしたけど、それよりも早く私の背後に誰かが舞い降りる。すぐにリフェリスって分かったけど、何も知らないから遠慮なく話しかけられた。だから私は慌てて彼のセリフを遮り、戦闘に巻き込まれないうちにこう提案する。
「離れるって、何――」
「テレキネシス。いいから、早く! 」
けどオオスバメの彼が食い下がらなかったから、私は無理矢理彼を浮かせて説き伏せた。
「だから何で――」
「怪我して飛べなくなりたくないでしょ? だからよ」
「けっ、怪我? 」
「そうよ。騎士団の誰かが戦ってる最中だったから。……そうだ。リフェリス、このままキルトノまで連れてってくれないかしら? 」
彼を浮かせたまま私は走り、戦場からある程度の距離をとる。多分百二、三十メートルぐらいは離れれたと思うから、そこで技を解除して彼を下ろす。すぐに約束通り訳を話したけど、ここで私はふとあることを思いつく。例の実験体のことで頭がいっぱいだったから、ついうっかりしてたけど……。
「いいけど、まさか本気で例のこと調べるつもりじゃないよね? 」
「ええ、そのまさかよ。さっき申請してきたところだから」
「……後には引けない、って事だね。いつものことだけど」
彼は一応了承してくれはしたけど、この様子だと乗り気じゃなさそう。本当にそうだったらしく、彼はため息を一つつきながら、でも渋々私を背中に乗せてくれる。種族上の体格差で、私が彼の首元にしがみつく感じになっちゃってるけど。
「助かるわ」
「いつもこうだからね。……で例のことなんだけど、ウールはこの件から手を引く、って言ってたよ」
「ウールが? 彼なら乗ってくれる、って思ったのに、意外ね」
「意外だけど、もし俺がウールでも、今回だけは調査しないと思う」
大きな翼を羽ばたかせて飛び立ってくれてから、彼は昨日以来の近況報告をしてくれる。昨日分かれてから一緒に調査しよう、って話を合わせていたけど、この様子だと彼も乗り気じゃないのかもしれない。好奇心の塊みたいなウールがそう言うなんて思いもしなかったけど、彼は彼で何か考えがあってのことなんだと思う。
「リフェリスも? 」
「うん。もう一回聞くけど、本当に調べるんだね? 」
「ええ、本気よ? あれから凄いネタを掴めた、ってのもあるけど、私が今まで途中で投げ出したこと、あったかしら? 」
「ないね」
念のため、って感じで聞いてきたから、彼は私のことを止めようとしてるんだと思う。だけど私にもそれなりの信念、って言うものがあるから、彼からは見えないけど首を横に振る。そもそも日が沈みかけて薄暗くなってきてるけど、この体勢だと明るさなんて関係ないと思う。調査を途中でやめないのは辞退できない状態に自らしてるから、って言われると何も言い返せないけど……。
「そこまで言うなら……、リツァ。今回だけは覚悟した方がいいと思うよ? 」
「覚悟? 」
「うん。単刀直入に言うと、下手すると国際問題になりかねないよ」
「国際問題……」
「そう。それも例の施設、調べたら秘密裏に生物兵器の研究をしてるみたいなんだよ」
彼にしがみついてるから表情は分からないけど、多分彼は真剣な顔をして語ってくれていると思う。さっきの戦闘を見たから余計そう感じてるけど、彼の言うとおりリフェリアだけの問題じゃ済まなくなると思ってる。さっきの翼を持ったイーブイも例の水晶を持ってるのが見えたから、多分彼女も騎士団の一員。騎士団自体が把握してるかは分からないけど、多分彼女は例の研究所から逃げ出した検体。今聞いたリフェリスの情報と合わせると、要はそういうことになる。
「改めて思うけど、兵器だなんて物騒ね。騎士団に申請もしちゃったから、私一人でも調べるけど」
本当に物騒で最悪戦争にもなりかねないけど、私だって今回は少し状況が違う。秘匿情報が凄く多いけど、騎士団のサポートがある。完成したばかりの試作品らしいけど、ファルツェアさんと連絡できる手段、それから掴んだ情報をデータとして送ることだってできる。だから私は、今回も掴んだ情報は離さない、離すわけにはいけない。最後までやり遂げる、私がそう、決めたんだから……。
続く