第二十話 02と06
「ルミエール、まだいける? 」
「俺はまだまだいけるよ。いけるけどマリー? 耳のケガは大丈夫? 」
「大分痛みも引いてきたから、平気」
私はどうにでもなるけど、ルミエールは戦わせない方が良いよね。
「えっ、もう? 」
「うん。……ルミエール、いくよ」
だけどこの数だと、そうも言ってられないよね。三課の方はいつも通りだったけど、他は放たれてるのかも……。だからやらないと……、“生物兵器”の私が……。
―
――
『リツァ、早く、行こう』
「ええ! 」
結局あの生き物が何だったのか分からないけど、私達はすぐに行動を開始する。気絶させたヒプニオの事も心配だけど、今回の私達はそうも言ってられない。だから私達は彼を部屋に寝かせてから、すぐに居住区画を後にする。今は私が表に出てるけど、トゥワイスに言われる前に一気に駆け出した。
『手加減無しで倒し、ちゃったけど、ヒプニオ、大丈夫、かな? 』
「分からないけど……、多分骨折ぐらいで済んでると思うわ」
と階段を踊り場まで駆け降りた辺りで、裏にいるトゥワイスがこんな風に訊ねてくる。彼の言うとおり私もやり過ぎたような気がするけど、そうでもしないと私達が殺られてたと思う。あの透明な生き物に取り憑かれてたとはいえ、あの目は本気で誰かを殺めるような……、完全な“狂化”処理が済んだ生物兵器並みとまでは言わないけど、そんなレベルだった。さっきは中途半端な“狂化”をせずに倒せたけど、もしかすると、正気のヒプニオが何とかあの生き物の支配に抗っていた……、私はそんな風に思ってる。都合の良い解釈だ、って言われたら何も言い返せないけど……。
「けどトゥワイス」
『ぅん? 』
「トゥワイスも感じたと思うけど、ヒプニオも何かしらの処理がされてたと思うのよ」
数秒で階段を一階まで降りれたから、私は角を曲がりながら話を続ける。ヒプニオと戦ってる時、普通の人とは考えられないぐらいに力が強かった。私はまだ本当の意味で生物兵器とは一戦を交えた事は無いけど、戦闘乙型の私達でも吐血するぐらい強い攻撃だった。今も私達の口元は血で赤く染まってると思うけど、まだ口の中が血の味がするから、生半可な傷じゃないような気もする。ただ当たり所が悪かった、って事も考えられるけど……。
『どうなん、だろう……。リツァの体だから比べ、られないけど、AB型と戦わせられた時、とか、性能試験で足を全、部切り落とされた時ぐらい痛かった、と思う』
トゥワイスはトゥワイスで考えてる事があったらしく、うーん、って呟いてから話してくれる。潜入してる時一度だけSE型の性能試験に立ち会った事があるけど、あれは試験って言うより拷問、って行った方が正しかったと思う。されてたのはマリーでも06でもなくて04だったけど、尻尾を切断されて泣き叫んでるのに、お構いなしに耳とか体も切り刻んでた……。今思い出しただけでも夢に出てきそうだけど、生前されてたトゥワイス、それからマリー達の事を思うと、ね……。
それで話している間に、私達は地下へと降りる隠し扉の前まで来る事が出来た。流石にもう電力が復旧してるから、私は自分のセキュリティカードでロックを解除しようとする。だけど――
「え……、これって……」
だけど見た限りでは、その必要は全く無さそう。何故ならその扉は――
『01、じゃないかな? 』
こちら側から奥の方に向けて、無理矢理ねじ曲げられるように破壊されていたから……。多分バツ型に切り込みを入れて無理矢理切り開いたんだと思うけど、扉の真ん中に大きな穴が開いてしまっている。あれだけ分厚い鉄板だったから、あの状況ではもしかすると、トゥワイスの言うとおりかもしれない。あの時マリーとルミエール君達と分かれてから、すぐに非常電源に切り替わってた。だから前室とココとの距離を考えると、どう考えてもマリー達の足では間に合いそうに無い。だからこれは私の勝手な想像だけど、マリーが気刀か何かで切り裂いてから、思いっきり体当たりして穴を開けたのかもしれない。
「分からないけど……、今は急ぎましょ? 」
けど今は考えてる時間も惜しいから、ぶんぶんと頭を振ってそういう考えを頭の外に追い出す。もし破壊されて無くてもロックは解除できたけど、折角だから私は裏にいる彼に呼びかけ、ピョンとその大穴を飛び越す。着地先がすぐ階段になってたから、危うく勢い余って転げ落ちそうになったけど……。
『うん。……そういえばリツァ? 』
「トゥワイス、どうかした? 」
それで私達はらせん状の階段を降りきり、研究区画に足を踏み入れる。ココに来るのは脱出した時以来だけど、今はあの時とは少し違う。今もどこかで戦闘が行われてるのか、少し離れたところから激しい衝撃音が聞こえてきてる。普通のポケモンの騎士団員達が戦ってるのが研究員か、せめて“AC型”って事を祈るしか無いけど……。で、また走るために四肢に力を込めたタイミングで、トゥワイスが私にふと話しかけてくる。
『リツァはこれか、ら、どんな風に攻める、つもり? 』
「そうね……。私の操作端末がある二課にはマリー達が行ってくれてる筈だから、“大保管庫十六”を通って三課に出てから、一課で暴れるつもりでいるわ」
だから私はその保管庫の扉に前足をかけてから、これからの事を少し考える。これといって決めてた訳じゃないから、私は覚えてる限りの配置、それからマリー達の特別任務のことを考えながら、それっぽい経路を組み立ててみる。彼女たちは二課の保管庫の方に向かってくれてるはずだから、ここで私達が行ってもあまり戦わずに追いつくかもしれない。そもそも乙型とまともに戦えるのが私達とマリーぐらいしかいないから、片方だけに偏らない方がいいような気がずる。だからって事で私は、保管庫に入りながら反時計回りの進み方を提案してみる。
『マリー達とは逆、方向だ――ん? 』
この感じだとトゥワイスは納得してくれたけど、彼……と私は、この通路にあったナニカに目を奪われてしまう。
「これって……」
丁度02達が閉じ込められてた檻の前だけど、そこには気を失い倒れているナゲツケザルと、バラバラに切断された生物兵器らしき肉片……。それもまだまだ新しく、真っ赤に染まってる床は乾いてない。それにその肉片自体は、その種族を考えると耳と足の数は“丙型”かもしれない。
『兵器の死骸、だよね? 』
「そうよね。ってことは……、マリーかしら? 」
“大保管庫”を通るのが一番の近道だから、そう考えるのが普通だと思う。それに近道だけじゃなくて、ここを抜けた先には操作端末がしまってある倉庫に抜ける事が出来る。通路ごとの保管庫が中で繋がってるから、マリー達は多分この通路から入って、フロルの操作端末を回収してると思う。だか――
「マリー……?1 01なら少し前に出て行ったよ」
とこんな真夜中なのに起きていたらしく、檻の中のイーブイのうちの一人、オレンジ色の瞳の06が私達に話しかけてくる。よく考えたらここで戦闘があったみたいだから、嫌でもたたき起こされそうな気もするけど……。それで一部始終を見ていたのか、06はここで会った事を話し始めてくれる。
「マリーが? 」
「うん。ええっとキミって、研究員のエーフィだよね? 最近見なかったけど……」
『ええっとリツァ? この、イーブイは? 多分僕達と同じ“SE型”だと思う、けど……』
この感じだと彼は私だって気づいてくれてるらしく、潜入してた時と同じように話しかけてくれる。一応彼とも何回か話した事はあるけど、それは研究員の立場として……。結局私は捕まって生物兵器に改造されたけど、彼は当然その事を知らない。それに06が作られた時期、トゥワイスが死んだ時の事を考えると、二人はこれが初対面のはず。偶々同じタイミングで質問されたから、私はこの檻の前で立ち止まって――
「捕まって改造されたから、元、だけどね。目と尻尾を見たら分かると思うけど、今の私は“AB588”。それからトゥワイス。トゥワイスは初めて会うと思うけど、彼は“SE06”。トゥワイスのデータを元に作られたらしいわ」
一人ずつに返事していく。トゥワイスにはただ独り言みたいに呟く事になるけど、そうしないと返事できないから仕方ないと思ってる。流石にもう慣れたけど……。
「目と、尻尾? 何か片方だけ緑色だけど、それと関係あるの? 」
「ええ。偶々――」
「僕の思念が移った尻尾、がリツァに移植され、たからね」
続けて06に話してたけど、何を思ったのか、トゥワイスは話してる最中だけど彼が私と入れ替わる。裏に引き戻されたから話せなくなったけど、代わりに彼が自分で話し始めてくれる。
「こっ、声が変わった? 」
「リツァの機能、でね。今はリツァの体だからAB型、だけど、解体、される前の僕もSE型、なんだよ」
「えっ、SE型? ってことはもしかして……、キミが01が言ってた“SE02”? 」
急に表に出てる人格? が変わったから、06は当然驚いて声をあげてしまう。トゥワイスは彼に丁寧に説明してくれてはいるけど、06の方は驚きすぎてそれどころでは無さそう。多分マリーから聞いたんだと思うけど、06の中ではトゥワイスはもうこの世にはいない事になってるはず。だから一通り話を聞いた後で、06は再三彼に問いかけていた。
「そう、だよ。解体され、て僕は尻尾と思念だけになった、けど。……それで君の事も、01、から聞いてるよ。君が06、なんだよね? 」
「うん」
こうして面と向き合ってみて気づいたけど、トゥワイスと06、声が凄く似てる気がする。どっちも男の子って言う事もあるけど、解体されたトゥワイスを元に06が作られた、っていうのも納得できる気がする。
『こうして聞いてみると、本当に二人って似てるわね』
「ってことはあのエーフィは02で、02はエーフィ……? 」
「そう、だよ。僕は退化の実験で失敗した、けど、解体された時、はエーフィ、だった」
それでトゥワイスはずっと気になってたからなのか、彼と話せて嬉しいみたいで、三本生えてる尻尾の全てをぶんぶんと振ってる。
「それで僕は解体され、たんだけど、機能を使って思念、を尻尾に移して、ね。僕の尻尾、がリツァ……、この体の持ち主に移植され、たって感じ。だから僕、はリツァの一部、になったって感、じかな? 」
「そうなんだ……」
それで時間を忘れて自分の事を話すトゥワイスは、一度後ろを向いて三本の尻尾を06に見せる。それからすぐに右の尻尾だけを高く掲げてるから、トゥワイスはその尻尾が自分の物だ、って教えてるつもりなんだと思う。だけどそんな事より、私は――
『トゥワイス、そろろそ行きましょ? 』
彼は元々の目的を忘れて良そうだったから、痺れを切らせて話しかける。トゥワイスの気持ちも分からなくも無いけど、出来れば私はすぐにでも“狂化”した生物兵器を殲滅しに行きたい。
「えっ、あっ……、うん。……あっそう、だ! 06、僕達と一緒、に来ない? 」
「え? 」
『えっ? 』
私の思いが通じて、トゥワイスは一言付け加えてからこの場を発とうとする。だけど何かを思いついたらしく、彼はすぐに引き返して06にこう提案する。06――、もちろん私も予想外の事だったから、揃って声をあげてしまう。もし私が表に出ていたら、06と私の声は重なっていたかもしれない。
「06、僕達、と一緒に来て欲しい、んだよ」
「ぼっ、僕と? でも何で」
『06をって……、トゥワイス、どういうこと? 』
だから私、それから06も、揃って彼を問い詰める。すると彼は一切迷う事無く――
「06は01から聞いて、るかもしれないけど、今は一人でも多く戦える、人が欲しい。01は騎士団、って言う団体、に入ってる、んだけど、倒せても丙型ぐらい、までだと思う。だから今乙型を倒せ、るのは、SE型の01と、AB型の僕達、だけ。だから06が手伝って、くれたら嬉しい、んだけど、どうかな? 」
「……」
『そういう事ね? 』
するとすぐに訳を話してくれたから、06はともかく、私は何となくトゥワイスが何を考えてるのか分かった気がする。06がトゥワイスにとって分身みたいなもっていうこともそうだけど、彼は研究員洗脳を解くためにも、少しでも戦力を増やそうとしてくれているんだと思う。確かに彼の言うとおり、今のところ私達とマリーしか、私と同じ型のAB型を破壊する事が出来ない。破壊すると言っても首を切り落とせば済む話だけど、生物兵器相手ではそれまでが大変。不良品とはいえ私もそのうちの一機だけど、異常なぐらいに強化されてるから、普通に戦ったら力負けする。私自身はどうなるか分からないけど、向こうは“狂化”されていて、相手を殺めることしか考えなくなる――。
「……それなら02? 01から聞いたんだけど、進化と退化のし方、教えてくれる? 」
殺す事しか考えないから、当然足を切断されても腕を切り落とされても、構わず襲いかかってくる。そこが恐ろしくもあるけど、中途半端をはいえ“狂化”できる私も、ある意味では同じ……。
戦力を増やす事以外にも、06にも手伝ってもらう利点はあると思う。06もマリーとトゥワイスと同じSE型だから、二人みたいに特殊な能力が使える可能性が高い。潜入中06の試験に立ち会えなかったから分からないけど、少なくとも“自由進退化”の能力は生まれつき持っているはず――。
「それなら……、リツァに聞く、といいよ。じゃあ06、少し離れ、てて。今壊す、から」
私が裏で一人で考えてる間に、話がまとまっていたらしい。私の体を借りているトゥワイスは、何歩か後ろに下がり、三本生えてる尻尾を高く掲げる。彼はそこに気を集中させて、三つ叉の刃を三つ作り出す。それに合わせて檻の中の06も柵から離れたから――
「うん」
「06、いくよ」
右から左に開店するような感じで、三本の尻尾を大きく振りかざす。左の前足をジクにしてその場で回転し、その勢いを乗せて黒緑色の気刃を三つ、鉄格子に向けて解き放つ。回転しながら飛んでいく三つ叉のそれは、隣り合った三本の鉄パイプへと飛んでいく。するとそれらは天井の方に命中し、切れ味がかなり鋭かったのか、鉄パイプに弾かれる事なく、飛び続ける。
「もう一発! 」
三つの刃が天井に刺さったのを見届ける事なく、トゥワイスはもう一回同じ事をする。だけど次に彼が狙ったのは、同じパイプの地面スレスレの位置。これだけ簡単に切れるのを見ると、正直に言って本当に鉄格子が鉄で出来てるのか疑わしくなってくる。だけど完全に切断されて鉄パイプが倒れた時に、カラン、って甲高い金属音が響いたから、当たり前だけど本当に金属製なんだって、再確認する事は出来た。
「話には聞いてたけど、僕の“気爪”とどっちが強いのかな? 」
「分からない、けど、僕のデータで作られ、てるから、同じぐらい、なんじゃないかな? 」
それでイーブイ一人が余裕で通れるぐらいの空間が出来たから、そこからぴょん、って軽く跳んで06が出てきてくれる。そんな彼はへぇー、って言う感じで呟いてるから、もしかするとマリーが戻されてた時、試験か何かで組み合って試した事があるのかもしれない。
「なのかな? 」
「そういえば06? 06は気爪以外に何、の機能が使え、るの? 」
「僕の機能? まだ一つだけ分かってないんだけど、“自由進退化”以外に翼生やして飛ぶ事は出来るよ。02は? 」
「僕は生きてる時、は浮遊したり、思念を誰かに植え付けたり、できたよ。この二つはもう使え、ないんだけど、催眠と体の所有権、を入れ替える事は僕とリツァ、の両方が、出来る。……でリツァは戦闘乙型、だから、完全、じゃないけど“狂化”出来るんだよ」
それで06が自由の身になったって事で、二人はそれぞれが使える能力を教え合っていた。まさか私のまで話してくれるなんて思わなかったけど……。
続く