Vingt et deux 脱出
Sideライト
「この塔を脱出するよ」
「はっ、はい…」
自称幹部を名乗る相手とのバトルを終えたわたしは、すぐに人間の姿に変える。何の予告も無しに変えたから、カナちゃんを驚かせてしまった。その証拠に、彼女の声はかなり上ずっていた。それでもわたしは構わず彼女に駆け寄り、その手をとる。彼女の左手を右で引っ張りながら、外へと続く脱出口を目指した。
「らっ、ライトさん、ライトさんって飛べるポケモンだけど、走るのも速いんですね」
「飛んだほうが速いスピードを出せるんだけど、わたし達の種族は人間に姿を変えるから、それくらい当然でしょ。それに、ポケモンの運動能力を甘く見ないでほしいな」
急にわたしに腕を引っ張られる事になったカナちゃんは、戸惑いながらもこう尋ねてくる。二、三歩走ったところで引っ張る重さが軽くなったから、彼女も自分の力で走り始めたらしい。真後ろで床を蹴る音が、少しだけ大きくなっていた。
その彼女にわたしは、右目でチラッと彼女を見、こう答える。本能的に備わってるから…、って付け加えてから。さらにこう続ける。完全によそを向いて走っているけど、そこは問題ない。何故なら、今わたし達が走っているのは天守閣の壁沿い。カナちゃんが壁に背を向けるように走ってるから、ぶつかる事は無かった、正面にいたら話は別だけど…。
「それなら飛んだままの方が早く逃げれると思うんですけど、何で変身したんですか? 逃げるなら、階段の方に行かないといけないんですけど…」
まぁ、何にも言ってないから、こう思うのも仕方ないよね。階段を使って下に降りるのが普通だし…。視界の端と端で重なり合うと、彼女は頭の上の疑問符を言の葉に置き換える。それを二発連続で放ち、わたしに投げかけてくる。後半の方は階段の方に目を向け、その真意を聴こうとしていた。
「だってわたしって、人間って事になってるでしょ。今回はやむを得なかったけど、わたしの正体を知ってるのは、カナちゃんを入れて八人だけ」
カナちゃんには本当は明かすつもりは無かったけど、作戦ではそうするしかなかったからね…。それに、よく考えたら、それだけしかいないよね。…そのほとんどが有名人、大学の教授と画家、化学者とジムリーダー、それからカントーのリーグチャンピオン…。残りのうちの一人はそもそも、その中に入れていいのか分からないけど…。
「それからカナちゃん、階段は塞がれて通れないでしょ」
「えっ、あっ、本当だ…。全然気づきませんでした」
わたしもそのつもりだったけど、それは出来なかったんだよね…。走る足を止めずに、わたしは一つずつそれを止めていく。わたしもティル達が走ってるのを見るまで気付かなかったけど、とりあえずこう答えておく。逃げ道を塞がれた時点で予定が狂ったけど、そこは何とかなりそう…。走り始めた時に彼らが窓から飛び出すのが見えたから、頭の中で状況を整理しながらそう答えた。
「だから、そこの窓から…」
「窓って、跳び下りるんですか」
「うん」
「でもライトさん、ライトさんのポケモンで戦え…」
「大丈夫。先に下で待ってくれてるから」
こうなるのも無理ないけど、わたしのまさかの発言に、彼女は声を荒らげる。最後まで言い切れなかったけど、それだけで十分にその意味を伝える事になった。だから彼女は、当然のように頷くわたしに、切羽詰まった様子でこう迫ってくる。たぶん、闘えるポケモンはもういないですよね、って言おうとしていたんだと思う。だけどその前にわたしは、先に脱出したパートナーの事を思い浮かべながら、こう返事した。
「わたしのパートナー、マフォクシーのティルはエスパータイプ。サイコキネシスの使い方はわたしよりも上手いから、安心して」
この事は伝えてないけど、ティルなら気付いてくれるはず。確証はないけど、わたしは自信をもってこう続ける。途中で目線を前に向けたから分からないけど、多分かなちゃんは、まだ戸惑っていると思う。えっ、でも…、とわたしの背後から、風に紛れて疑問符を纏ったワードが漂い始めていた。
そうこうしている間に、わたし達は例の窓の前まで来ていた。改めて見てみると、外から見た時とはまた違った佇まい…。突入する前は、この窓は黒く、混沌へと導くかのようだった。確かに、中では限られたスペースで連戦がくる広げられていた。前者の黒に対して、今は白く輝いている。明るさの加減からだと思うけど、そこからは安息へと導く一筋の軌跡…、淡い光が差し込んでいる。そう錯覚させるほど、暖かく優しい光がわたし達を誘っていた。
「騙されたと思って、わたしを信じて! 」
「でも跳び下りるのとでは話が…、うわっ」
足に力を入れて跳び上がり、わたしは身を屈めた状態で窓の冊子に跳び乗る。もちろん、彼女の手を取ったまま。一度振り返りながらこう言い、彼女の決断を待つことにした。
だけどやっぱり、彼女は頭を縦には振ってくれなかった。こう思うのは仕方ないけど、彼女を待っていたら逃げられるものも逃げられなくなってしまう…。埒が明かないと悟ったわたしは、握ったままの右手で彼女を思いっきり引っ張り上げる。バランスを崩して落ちそうになったけど、そこは意地でも堪える。普通なら、片腕だけで人一人を引き上げる事は難しい。女子であるなら、尚更そうだ。だけどわたしは、その限りじゃない。ラティアスとしての身体能力が、それを可能としてくれていた。
「カナちゃん、手を放さないでね」
「まさかライトさん、本気で…、きゃぁっ! 」
今度は正面を見据えたまま、わたしはこう声をかける。同時に足に力を溜め、つま先を冊子の外側に掛ける。相変わらずカナちゃんはわたしを止めようとしていたけど、わたしは構わずに力を解放する。掛けていたつま先で思いっきり蹴り、天守閣からの脱出口へと跳びだした。
斜め上に向けて跳びだしたわたし達は、ほんの少しだけ空に向かう。でもそれはほんの一秒だけで、すぐに下へと落ち始める。弧を描く軌道に変わり、風も下から上へと吹き上げてくる。頂点から離れるごとに風は乱暴さを増し、わたしのロングヘアーをかき乱していった。
ティル、お願い!
まかせて!
硬いアスファルトの地面へと落ちながらそこへ目を向けると、そこには予想通りの光景…、あわせて四つの影が、互いの無事を確認し合っている所だった。一番小さい影は近くの彼を見上げ、何かを訊ね、その相手は気さくにそれに応じている。三つめは感謝の気持ちを伝えているらしい一つ目に、にっこりと笑いかけていた。残りの一つはというと、脱出作戦に対する衝撃が大きすぎたらしく、青い空を見上げ、茫然としていた。
そこでわたしは、その中のうちの一つ、パートナーのティルにこう語りかける。するとすぐに気づいてくれて、声無き言葉で承諾してくれる。頭の中に話しかけたから、彼は一切見上げる事は無かった。
『…、シルクには勝てないよ。…サイコキネシス』
「カナちゃん、ちょっと変な感じがするかもしれないけど、我慢してね」
「はっ、はい」
ここまでの間に、わたし達は手足を大きく広げ、大の字の体勢になっていた。三層目の真ん中ぐらいの高さまで落ちたタイミングで、わたしはカナちゃんの方をチラッと見る。案の定、彼女は目を硬く閉じ、落下の恐怖に耐えていた。そうかと思うと、正面から話し声が聞こえ始める。風の音でほとんど聞き取れなかったけど、辛うじて後半だけは認識する事ができた。だからわたしは、彼女にこう言葉を伝える。初めて体験するはずだから、驚かさないためにもこう伝えておいた。…もう十分、ビックリさせちゃってるけど…。
すると突然、わたし達に襲いかかる暴風の連撃がピタリと途絶える。それと同じように、刻一刻と迫る硬い地面も、進行を止める。ティルの技によって重力から解放され、わたし達は三層目と二層目ぐらいの位置でピタリと静止…。サイコキネシスによって、フワフワと空中に浮かされていた。
「あれ? 止まった」
「ティル、ありがとう。カナちゃんも、もう大丈夫だよ」
それからすぐに、わたし達はゆっくりと動き始める。…いや、ゆっくり下される、って言った方が正しいかもしれない。急に風の勢いが収まった事に、カナちゃんは不思議そうに声をあげる。恐る恐る目を開け、こくりと首を傾げていた。
ティル、急に頼んでごめんね。突然の無茶ぶりを聴いてくれたことに感謝し、それを言葉で伝える。やっぱりティルは頼りになるよ、と心の中で呟きながら、手を繋いでいる彼女にも声をかける。無事に脱出できたことを、やさしく伝えてあげた。
「本当、です…、コット! 無事だったんだね」
『うん』
地面から二メートルぐらいのところまで降ろしてもらったところで、彼女は自分のパートナーの事に気がついたらしい。たぶん本当ですね、って言おうとしていたけど、その途中でその彼の名前を呼んでいた。この時ようやく緊張の糸が解けたらしく、彼女の表情に光が戻っていた。地面に足がつくと、彼女はすぐに、イーブイの元に駆けだす。その彼も同じらしく、思うままに彼女の元に飛びつく。しゃがんだ彼女はその彼を優しく受け止め、互いの無事を確かめ合っていた。
この光景を見た時ようやう、肩にのしかかっていた重い何かが降りたような気がした。わたしの無理な頼みを聴いてくれた仲間達に感謝しつつ、わたしは彼女達の様子を優しく見守る事にした。
カナちゃん、密猟組織の騒動に巻き込んじゃって、ごめんね…。だけど、無事に脱出できて、よかった。今思うと無茶な事をしちゃったから、今日もラグナに叱られるんだろうなぁ…。でも、何とか成功したから、許してくれる、よね?
Chapitre Deux Des Light 〜草連の塔〜 Finit