Vingt et une 時間稼ぎ
Sideライト
「これから起こる事は、誰にも言わないでね。もちろん、コット君とか、カナちゃんのメンバーにも」
意を決したわたしは、正面を向いたままカナちゃんに語りかける。彼女をプライズの魔の手から護るため、ティル達が脱出する時間を稼ぐために…。どれだけ時間を作れるかは分からないけど、ここはわたしがやるしかない。もう一度自分に言い聞かせ、心を鎮めながら目を閉じた。
「なっ、何だ? 」
「ライトさん? 」
全身の力を抜き、元の姿をイメージすると、すぐにわたしは激しい光に包まれる。一秒もかからない間に、わたし自身もそれと同化する。やがてわたしはついていた足を放し、変化に身を委ねる。浮き上がるのを実感すると同時に、五感が冴えわたってくる。そうかと思うと光は治まり、わたしは本来の自分、ラティアスとして姿を現した。
『…よし、と』
「らっ、ライトさん…、本当に、ポケモンだったんだ」
そう。これが、本当のわたし。数が少ないから知らないと思うけど、わたしはラティアスっていうポケモンなんだよ。
直接見てないから分からないけど、たぶんカナちゃんは、わたしの変化を息を呑んで見守っていた。…いや、ただ見ることしか出来なかった、と言った方が正しいかもしれない。元の姿に戻してから五、六秒してからやっと声を絞り出していたから、たぶんそう。唖然とした様子で、恐る恐るこう尋ねてきた。
それにわたしは、声では鳴き声としてしか認識されないから、テレパシーで返事する。チラッと後ろを見ながら、こくりと頷く。そもそもわたし達はジョウトにはいないはずの種族だから、予想も含めてこう続ける。案の定知らなかったらしく、彼女は知らないです…、と絞り出すように呟いていた。
「テレパシー…、って事は、あの時の声って、ライトさん、だったんですか」
そうだよ。あの時は嘘ついちゃったけど、そういうこと。
「ならライトさんって、エスパータイプ、なんですか」
ユウカちゃんに初めて正体を明かした時も、確かこんな感じだったっけ。懐かしいなぁ。非現実的な事が目の前で起きて混乱しているカナちゃんは、それでもわたしにこう訊いてくる。混乱、というよりは疑問、という感情が彼女を支配しているらしい。親友に明かした時の事を思い出しているわたしに、その感情を連続で投げかけてきていた。
そんなわたしは、彼女に若干の負い目を感じつつ、こう答える。今度は完全に彼女の方を向き、体勢を起こす。投げられたハテナをキャッチし、ふわりをそれを投げ返した。
半分正解、かな。わたしはエスパータイプであって、ドラゴンタイプでもある。…そもそも伝説の種族だから、エスパータイプじゃなくても使えるんだけどね。
「伝説…」
正確にはそれに準じた種族だけど、まぁ、いいよね? 同じようなものだし。正面を向いて語りかけるわたしは、手短だけど自分の種族の事をこう語り終える。自分で言うのもあれだけど…、って謙遜の意味も含めてにっこりを笑い、ねっ、と付け加えた。
相変わらず彼女は開いた口が塞がってないけど、わたしは構わずに元見ていた方に向き直る。気持ちを戦闘に切り替え、自称幹部の密猟者を思いっきり睨みつけた。
さぁ、こんなに珍しい種族のわたしを捕まえなくてもいいんですか。でも残念ながら、わたしはエクワイルのメンバー…。わたしはいわゆる野生ですけど、エクワイルからマークされる事になりますよ。
「…っ! マークされる? そんな事、関係ないな。地佐の俺でも知らないポケモン。される前に、望み通り捕まえてやるよ。せいぜい後悔するんだな。クロバット、遠慮はいらん。捕まえろ」
マークされる、じゃなくて、本当はもうマークしているんだけど…。これだけ言えば、挑発にはなるかな、きっと。わたしはあえて低めの声で、相手に直接語りかける。相手は急に話しかけられることになったので、一瞬ハッと驚きの声をあげる。でもすぐに我に返り、高笑いと共に食いついてきた。
見事に罠にかかってくれたことに満足していると、どうやら相手は戦う気になったらしい。これまで出していない二つのうち、左の奥のボールを手に取る。それを手前に投擲し、自身のメンバーを出場させた。
「ライトさん、もしかして、闘うんですか」
もちろんそのつもりだよ。普段は人間の姿でいるけど、そもそもわたしは一匹のポケモン。バトルには自信があるから、簡単にはやられはしないよ!
ティルには抜かれたけど、今でもわたしは二番手を維持している。気分転換に組み手で実力も試していた…。だから、思う様にはさせないよ! 人間としてのわたししか知らないカナちゃんは、当然こう声を荒らげる。この声の調子からすると、わたしはそれほど経験を積んでいない、そう思っているのかもしれない。だからわたしは、自信と共に言葉を強めてこう語った。
『確かに、見た事ない種族…。これは高値で売れそうだ』
『トレーナーがトレーナーなら、メンバーもメンバーだね…』
やっぱり、トレーナーとポケモンって、似るね、悪い意味でも。分かりきってはいたけど、わたしはため息を一ついた。それは終盤を迎えた戦場に放たれ、他の空気に紛れていった。
『お前のような希少種を品に商売しているんだ、金の事を考えるのは当然だろう、鋼の翼』
相手のクロバットは、まさに金の亡者、といった感じ。儲けの事しか考えてないらしく、眼に円のマークが浮かんでいるかのよう…。こんな風にわたしを品定めしながら、相手は技を発動させる。翼を硬質化させ、わたしとの距離を一気に詰めてきた。その距離、だいたい五メートル。
『他事ばかり考えてると、当たるものも当たらないよ』
それに対し、わたしは冷静に相手との間合いを計る。何の技も発動させずに、同じく滑空し始める。風を切る音を全身で感じながら、タイミングを探る。一メートルまで迫った所で右に体を捻り、きりもみ回転で相手とすれ違った。
『ちっ、かわされたか。…だが、これはどうだ、スピードスター』
相手は一発で仕留めるつもりだったらしく、悔しそうに舌打ちする。だがすぐに旋回し、わたしと向き直る。エネルギーを翼に集め、それを具現化させる。放たれるとすぐに六つに分裂し、流星となってわたしに襲いかかってきた。
『スピードスターが六個…、なるほどね。なら、ミストボール』
スピードスターって事は、確実に命中させて、じわじわと削っていくつもりだね。一回転したわたしは、捻りを翼から胴に変える。そうすることで軌道を右に逸らし、時計回りで向きを変える。相手が次の行動をするのを待ってから、相手の作戦を予想する。流星の個数から実力を判断。それを基に手元にエネルギーを蓄え、自分の属性に変換してから撃ちだした。その数、左右あわせて四。
『なに、たった四つか大口を叩いた割に、その程度か』
それらはわたしの予想通り、ちょうど真ん中の位置で衝突する。少し派手な衝撃音をあげ、小爆発を起こす。互いに威力を余すことなく、相殺する事となった。
加減したとはいえ、相手の流星が数で勝っている。わたしから見て、左斜め上に一つ、右方向に一つ、それぞれ残ってしまった。立ち込める煙から抜け出し、わたしに迫りつつあった。
そんな状況だったけど、わたしは別の方向に目を向けていた。わたしが見ていた先は、別の局面に接している仲間達がいる場所。コット君とリーフィアを逃がしてくれている、ティルとテトラ…。ここまでの間に、彼らはこの状況を説明していたらしい。わたしが見た時は、脱出のために行動を開始する、まさにその瞬間だった。ティル達はおそらく、天守閣の窓から飛び降りるつもりらしい。何故かはわからないけど、リーフィアだけが、ティルの超能力でフワフワと浮いていた。
『あの感じだと、もう少しで脱出できるかな…、竜の波動』
彼らの様子からこう察したわたしは、ほんの数秒放していた視線を元に戻す。この間に煙は晴れ、流星も目の前まで迫っていた。そこでわたしは咄嗟にエネルギーを蓄え、技の準備に入る。体勢を起こした状態で後ろに飛び下がり、気休め程度に距離を稼ぐ。その間にエネルギーを口元で具現化させ、竜属性のブレスとして解き放った。
『くっ』
『ハッ、ざまぁ見ろ。よそ見するからダメージを食らうんだ』
中途半端な状態だったので、完全に打ち消す事は出来なかった。右から飛んできた星は消滅させられたけど、左のは威力を減退させるだけに終わる。すぐに技を遮断したせい、って言うのもあるけど、スピードが落ちた流星が、首元に命中してしまった。
思い通りに言ったことに、相手は満足しているらしい。わたしが上げた声を聴くと、鼻で笑っている。わたしが怯んだ隙に距離を詰めればいいのに、クロバットは見下すように嘲笑っていた。
『…おかげで、君の実力が大体分かったよ』
『あぁ、そうだろう? 俺の方が遙かに…』
『ミストボール連射』
確かに地佐を語るだけの事はあるけど、まだまだかなぁ…。流星の数で粗方予想は出来ていた。だけどこれがきっかけで、相手の実力がどの位か、正確に測る事が出来た。わたしは余裕の表情を浮かべる相手に対し、こう返事をする。同時に手元ヘエネルギーを集中させ、攻撃を仕掛ける準備に入った。
やはり詰が甘い相手は、相変わらず次の行動を起こそうとしない。トレーナーからの指示が出ていたけど、それを聴いている様子が無い。実際には無いけど、わたしには彼の鼻が、ダーテングのように高くなっているように見えてしまった。
これはチャンスだと思い、わたしは相手に先を越される前に、行動を開始する。溜めいていたエネルギーを、超属性に変換する。それを丸く形成し、三発連続で撃ちだした。それもただ真っ直ぐに発射するのではなく、回転をかけて…。最初の一発目は直線的だけど、二発目は右に、三発目は左にカーブを描く様に。わたしの計算だと、軌道が交差するのは、相手がいる辺り…。三方向から囲む様に、同時に接するはずだ。
『なっ、まだ話している最中…』
『悪いけど、これで決めさせてもらうよ。冷凍ビーム』
殆ど予備動作無しで撃ちだしたから、相手は驚きで声を荒らげている。その隙にわたしは、相手の回避する方向を先読みし、斜め上に向けて風を切る。山なりに飛びながら、さっきのブレスとは別の属性に変換する。油断すると口の中が凍りそうになるけど、それでもわたしは、相手の斜め上からそれを放出する。
距離が八メートルぐらい離れいたから、その間に相手は辛うじて反応する事が出来ていた。わたしの予想に反して、相手はその場から飛び下がっていた。
『っ! 何っ』
『かわしても無駄だよ』
予想が外れたけど、この行動は想定内。ターゲットがいない純白の弾丸は、予定された地点で衝突する。その衝撃が邪魔になり、多分相手からわたしの位置は確認しる事が出来ない。だからわたしは、氷のブレスを放出したまま、ほんの少しだけ上を向く。そうする事で、軌道を修正する。その甲斐あって、薄水色のそれは正確に相手を捉えた。
『クッ…、話の途中に…』
『卑怯だ、って言いたいんだね。でも女の子…、しかも新人トレーナーのメンバーを拉致しようとしたひと達が、言えた事かな』
そもそも、バトルに集中してないから…。わたしの一撃が命中した相手は、耐え切れずに墜落…。きっと言いたいことがあったのだと思うけど、わたしに先を越されたため、それも叶わない。床に落ちた瞬間、ウッ、と声をあげ、そのまま意識を手放してしまっていた。
「ちっ、やられたか…。まぁいい。俺にはまだ切り札がある。…ハッサム、いい加減戻ってくるんだ。このポケモンを完膚なきまでに打ちのめせ」
「ライトさん、本当に、勝っちゃった」
自称上級隊員の相手は、悔しそうに舌打ちする。だけどすぐに立ち直り、気を失ったクロバットをボールに戻す。すぐに次のメンバーを出すのかを思ったけど、それをしようとしない。既にボールから出ているらしく、明後日の方向に大声をあげていた。
一方のカナちゃんは、色んな意味で言葉を失っている様子。唖然とした様子で、言葉を絞り出していた。
「…なっ、何故来ない! ハッサム、早く来るんだ」
カナちゃん、今のうちに逃げるよ!
「でっ、でもライトさん、相手はまだ居るって…」
ううん、さっき戦ってる時に確認したんだけど、向こうはもう戦えるメンバーはいないよ。
だけど、例のハッサムが飛んでくる様子はない。そんな筈はない、きっと相手はこう思っているのだろう。明らかに動揺した様子で、視線を色んな方向に乱射していた。
その隙にわたしは、保護対象の新人トレーナーに語りかける。新手が現れない理由を知っているわたしは、冷静にこう呼びかける。当然知らないカナちゃんは、まだ居るって言ってましたよ、そう反論しようとする。だけどわたしはそれに応じず、こう返す。彼女に向き直り、ほら、と別の方向を指さした。
「…本当だ。ハッサム、あれだと戦えそうにないですね」
その先には、確かに例の種族の姿…。だけど、かなりふらついていて、立っているのもおぼつかない様子。戦っている時に見た時、彼は確か倒れていた。だからきっと、目を覚ましたばかりなのかもしれない。
でしょ。だから、新手が来ない今のうちに…
「この塔から脱出するよ」
トレーナーの方も、ちゃんとした考えが働いてないかもしれないね、この様子だと…。取り乱す相手トレーナーを見たわたしは、こう思った。だからわたしは、その隙に姿を変えるため、眩い光を纏う。すぐに人間としての姿で向き直り、こう呼びかける。彼女とは三メートルぐらい離れていたので、駆け寄る意味も含め、足に力を込め始めた。
「はっ、はい…」
急に姿を変えたから、彼女は小さく驚く。そんな彼女のことはあまり気にせず、わたしは戸惑いに満たされている左手を、右手で握る。そのまま彼女の腕を引っ張り、天守閣の反対側を目指して走り始めた。…もちろん、ここから脱出するために…。
Continue……