Dix-huit 隠密行動
Sideライト
『下っ端とはいえこの数、骨が折れそうだな』
他のひとからは見られないわたしから指示を受けたラグナは、先を見据えながら、こう呟く。本人に聞かないと分からないけど、おそらく彼は目標までの距離、敵の数を数える。それでも駆ける足は止めず、ひたすら突き進む。時々放たれる特殊技をかわし、自分も撃ち返しながら、減りつつある敵勢を蹴散らしていた。
彼の斜め後ろを滑空するわたしはというと、自分に技が命中しないように、辺りへの警戒を強める。でもこれだけでは何のためにここに来たのか分からないので、ついさっき決めたことを行動に移す。姿を消しているので、さっきに引き続き“テレパシー”を使って指示を飛ばす。詳しい作戦や戦略を、ひとりひとりに伝えていった。
まず始めに、コットっていうイーブイを守ってくれているラフ。彼女には、引き続き彼を背中にのせて戦ってもらうことにしている。彼が何を使えるのか分からないので何とも言えないけど、彼にも余裕があれば特殊技で牽制してもらうつもり。スピードスターを使っているのを見かけたから、それで多少は何とかなると思う。彼にはラフも就いているから、技のコツとかの指導をしてもらうこともできる。あわよくば彼への指示も出してもらうことも可能だから、ラフの方はこれでいい、はず。
ラグナには、ちょと負担がかかるけど二局で行動してもらう。分身の方には、メインで戦っているラフ達の援護。数は四のまま、技で殲滅してもらう。ラフには上から戦ってもらっているから、彼らには地上から。通常攻撃と雷の牙を使い分けながら、接近戦を仕掛けてもらう。そして、本人の方は、下っ端に囲まれているカナちゃんとリーフィアの救出。今現在、わたしとそこへ’向かっている。でも彼自身は、技の意識を分身側に集中しているので、技を使うことは難しい。エネルギーの消費量も尋常じゃないので、出来れば使ってほしくない。精々、エネルギー無しで使える、通常攻撃ぐらい。
そこで一緒にいるわたしが、彼を援護する。技を発動させる位置さえ気をつければ、わたしの存在がバレる心配がない。むしろ不規則的に技を放てば、相手に頭数以上のにんずうがいると錯覚させることができる。結果的にわたしも、カナちゃん達の救出に向かうことになる。テトラが合流したら、フラッシュで目を眩ましている間に姿を変えて、トレーナーとして行動を開始する。
ティルとテトラのは、ラフに頼んであるから大丈夫。だから、わたしも行動を始めないとね。一通り指示し終えたわたしは、まだ辿りつかない仲間の顔を思い浮かべながら、自分にこう語りかける。下で駆けるラグナのペースにあわせながら滑空し、風になる。技を発動させる余裕が無い彼の代わりに、見られないわたしが辺りへの警戒を強める。いつでも攻撃を仕掛けられるように、技のイメージを膨らませ始めた。
『おおっと、ここから先は行かせねぇーぜ』
『行きたければ、アタイらを倒してからにしな』
『っく! ねこだましか』
指示を出し終えてからほんの数秒後、天守閣を駆けるラグナの前に、二つの陰が立ちはだかる。一つは声からして、雄のダーテング。彼は柱の物陰から様子を伺っていたらしく、奇襲を仕掛けてくる。吹き荒れる風と葉の勢いからすると、多分リーフストーム。不意を突くように解き放つと、山なりに跳躍しながら、ラグナとの距離を詰めてきていた。もう一つは、ダーテングとは反対側…、丁度ラグナの右斜め後ろから、奇襲を仕掛ける。すれ違い様にラグナの背中を引っ掻き、すぐに退避する。突然の事に対処できず、ラグナは思わず硬直してしまった。
「でかした! そのまま圧し切れ! 」
さらにその近くから、ダーテングのトレーナーと思われる下っ端が称賛を声を挙げる。
「あんたのパートナーは私、サポートをするのは当然じゃない」
これにねこだましを指示した人物、レパルダスのトレーナがー当たり前の様に返していた。
『二人組で潰す、という訳か』
不意打ちを食らったせいで身動きがとれないラグナは、その場で相手を見据え、こう呟く。依然として彼には高威力のリーフストームが迫っているが、全く慌てた素振りを見せていない。むしろ、何事もなかったかのように平然と、この状況を分析していた。
ここでわたしは、行動を開始する。彼に就いている間に溜めていたエネルギーを、口元に集める。それをわたしが苦手な、凍えるような氷のイメージを基に、その属性に変換する。同時に対象に狙いを定めながら高度を落とし、エネルギーを凝縮する。最後に硬直するラグナを追い抜きながら、氷のブレス…、冷凍ビームを発動させた。それはラグナのスレスレを一直線に突き進み…、
『なっ、何っ? いつの間に冷凍ビームを』
丸腰のラグナを狙う草嵐の先端を捉える。威力と相性で突風に抗い…、
『嘘だろ、俺のリーフストームが…、っぐ』
発動させた本人もろとも押し返す。わたしが放った冷気は風に吹かれる木の葉を凍てつかせ、威力を減退させる。それでも飽き足りず、一直線に突き抜け、発動者のダーテングに命中した。
その彼はよっぽど自信があったらしく、あり得ない、と言った様子で慄いている。最後まで言い切れないまま、派手に吹っ飛ばされていた。
『冷凍ビームですって? グラエナが使えるだなんで、聞いた事ないわ! アイアンテール』
通り過ぎてから正面にまわり込んでいたレパルダスはというと、相方が飛ばされた方を見、声を荒らげる。すぐにラグナに向き直り、信じられない、といったニュアンスを含ませながら、こうはき捨てる。直後、一気に駆け出し、軽く斜め上に跳ぶ。同時に尻尾を硬質化させ、首を縦に振る。その勢いで回転し、ラグナにそれを叩きつけようとしてきた。
『お前には一生理解できないだろうな』
この間に硬直から立ち直ったラグナも、これに対応すべく動き始める。相手のレパルダスが駆けだしたタイミングで、彼はねこだましによる硬直から解放される。すぐに四肢に力を込め、走り始める。五、六歩走ったところで前足に力を溜め、それらを前に伸ばし、狙いを定める。その状態で床を思いっきり押し込みながら、背を勢いよく逸らす。この行動は、人間で例えるなら、バク転、かもしれない。彼はおそらく、上から襲いかかる鋼鉄の鞭に、自身の尻尾で対抗する、そういう考えなのかもしれない。
ラグナ、防いだらすぐに避難して! わたしが仕留めるから!
このままだと、上を取られているラグナが不利になる。こう悟ったわたしは、宙返りで彼の背後に戻りながら、こう念じる。二百七十度回転した地点で、その言葉通り、技の準備に入った。
『くっ』
『同じ尻尾で対抗するなんて、考えたわね。でも、年の割にその判断、甘いわね』
『さぁ、それはどうかな』
その場で宙返りした彼は、狙い通りに頂点で相手の尻尾を捉える。だけど、そこは技対通常攻撃。彼は攻撃の威力で負け、若干床の方に押し込まれてしまう。それでも何とか…、いや、彼の狙い通り、ダメージの軽減に成功する。押し込まれたことで前足がつき、退避行動に移る。悪タイプらしく言葉で挑発してきた彼女に、同じく言葉で抗いながら、退避行動をとっていた。彼は前脚で着地した瞬間に、重心を前に移動させる。後で追いついてきた後ろ足で床を蹴り、その場から飛び退いた。
『どうもなにも、あんたしか…ぁっ! 』
『言っただろぅ? お前には一生分からないと』
この間にわたしは、口元にエネルギーの蓄積を終えていた。本当はミストボールで牽制したかった、けど、相手は二匹とも悪タイプ。だからわたしは、その次に使い慣れた属性のエネルギーに変換。ラグナを追撃しようとしているレパルダスに向けて、暗青色のブレス…、竜の波動を撃ちだした。
当然、このタイミングで襲われるとは思っていない相手は、何も知らずに着地する。ラグナの背中を狙い、駆けだそうとしたところに、わたしのそれがヒットした。彼女はたぶん、あなたしかいないじゃない、そう言おうとしたんだと思う。でもそれは叶わず、わたしのせいで遮られてしまっていた。
ラグナ、急ぐよ!
『言われなくともそのつもりだ。…だがライト、すまん。さっきのアイアンテールで集中が途切れた。だから、向こうをラフひとりだけにしてしまった。ラフなら問題ないと思うが…、悪の波動』
『なっ』
『くっ』
『一体どこか…』
右に飛び退いたラグナは、相手の状態を確認する事なく、進行を再開する。だけど彼は、若干耳を下に下げ、申し訳なさそうにこう呟く。減っていくエネルギー、感覚からこう結論を出し、簡潔に説明を始める。しかしその最中に、新手が四体現れてし待ったので、中断せざるを得なくなってしまった。彼は体中にエネルギーを分散させ、それを属性に変換する。今回は範囲を狭める事なく、広範囲に黒の波を解き放っていた。
相手の様子、波の色からすると、かなり威力を抑えていたらしい。ヒットした相手は、僅かにのけ反る、それだけだった。
そこでわたしが、ミストボールで追撃する。進行方向から左斜め前に、後ろ向きに飛びながら一発。すぐに真上に飛び、真上からもう一発…。こういう感じで、位置を適当に変えながら、複数の相手に当てていった。
『すまん、助かった。雷の牙』
ラグナの方こそ!
ラグナ、分身の方にエネルギーを流し込んでいたんだから、仕方ないよ。わたしはこう心の中で彼に言い、続けて念じる。その間にも彼は、決して走る速さを緩めず、何体かを蹴散らして…、いや、飛び越していった。身長差、数で飛び越せない時は、牙に電気を溜め、思いっきり噛みつく。時々稲妻を走らせながら、相手を蹴散らしていった。
Continue……