Quinze 急げ!
Sideライト
「…もしかすると、巻き込まれてるかもしれない」
『その可能性は、十分高いな…』
「…とにかく、すぐにティル達と合流して、いくよ。最悪な結果にならないためにも」
技の調整の最中、塔から昇る黒煙を目撃したわたし達は、焦りながらもこう言葉を交わし合う。焦っているなりにある事を思い出したわたしは、その子の事を思い浮かべながら塔の天守閣に目を向ける。カナちゃん、どうか無事でいてよね! 届かないと分かっていながらも、わたしはそう心の中で叫ぶ。見る先をラグナとラフに戻し、わたしはすぐに現場…、の前に、ティルとテトラがいる二十メートル先に向けて走り始めるのだった。
当然、わたしと同じ思いに駆られているふたりも、慌てて続く。最年長のラグナは、見た感じでは平生を保っている。流石ラグナ、とは思ったけど、やはり彼も相当慌てているらしい。僅かではあったけど、彼の表情にその色が見え隠れしていた。
ラグナの特訓につき合っていた関係でメガ進化しているラフは、冷静なラグナとは対照的。見るからに爽快、とは言い難い汗を流し、わたし達の真上を滑空していく。この状態だと浮遊できるけど、彼女はいつもの癖で綿状の翼を素早く羽ばたかせている。やっぱりラフも、相当焦ってるね、そう推測するのに、ほとんど時間はかからなかった。
しかし現場の状況は、疾走するわたし達を待ってはくれない。
『
らっ、ライ姉! 上、見て! 』
「うえ? 上が…っ! 」
『こっ、これは…、本当にマズいな』
真っ先に状況の変化に気付いたのは、目線だけ黒煙に向けていたと思われる、メンバーでは最年少のラフ。彼女は何かに気付いたらしく、今まで以上に声を荒らげる。
彼女に促されたわたし、ラグナも、走る足を止めずに、その方をハッと見る。情報量が少なかったので、わたしの頭上には疑問符が浮かび上がる。でもそれはすぐに感嘆符に変貌を遂げ、駆けるわたしに思考を巡らせるのだった。
その、目線の先にあったのは、相変わらずの黒煙。でも、今回はそれだけではなかった。天守閣にある窓のうちの一つから、何かが飛び出す…。いや、飛ばされた、と言った方が正しいかもしれない。小さくて茶色い影が、そこから外へ放り出される、まさにその瞬間だった。
『あれは…、イーブイ、か? 』
『
イーブイ…? イーブイって、まっ、まさか、コット君? 』
ラフが気づいてから、駆ける歩数にしておよそ三歩分後。目を凝らしていたラグナが、茶色い影を何とか捉え、その名前を口にする。本人に訊かないと分からないけど、彼はおそらく、そのシルエットで判断したらしい。確かめるように唱え、ラフにも意見を求めるのだった。
その彼女はというと、彼の推測を受け、何かを考える。すると検索に引っかかったらしく、さらに声をあげる。結果、心当たりがあったらしい。そのイーブイのものと思われる名前を口にし、
慄くのだった。
コットっていうイーブイ? イーブイと言えば、カナちゃんが連れていたメンバーにもいたっけ? って事はまさか…。…ぜっ、絶対に、そうだよ! カナちゃん、センターで逢った時、「マダツボミの塔に行く」って言ってた。時間的に考えても、まだそこにいる可能性が高い。そんな状況で、塔から煙が上がって、イーブイが外に投げ出されている。火事か何かはまだ分からないけど、これだけは確実に言えてる…、事件に、巻き込まれてる、って。
なら、わたし達はどうする? 一秒でも早くティル達…、もう目の前にいるけど…、合流してから天守閣に向かわないといけない。でもそうしてると、投げ出されたイーブイを助けられない。…なら、姿を元に戻して、わたしが助けに行って、ラグナ達に後から来てもらう…? …いや、それじゃあダメだ。飛ぶスピードではラフよりわたしの方が早いけど、姿を戻す時間がロスタイムになる。なら、揃って天守閣に向かう? …いや、そんな事、間違ってもしたらダメだ。いくらポケモンの身体は人間よりも丈夫、って言っても、流石にあんな高い所から落ちたらタダでは済まない…。じゃあ、どうすればいい? 飛ばされたイーブイを助けれて、かつ一秒でも早く合流し、天守閣に向かう方法…。…そうだ、あの方法がある!
あれからさらに、四歩分、弧を描いて空を貫く影は、勢いを失い下降し始めていた。そのはるか下を駆けるわたしは、気がつくと、信じられない速さで自問自答を繰り返していた。ごくわずかな時間で答えを導き出したわたしは、それを伝えるべく、喉に力を込める。結論を短く要約し…、
「
ラフ! ラフはあのイーブイを助けに行って! ラグナはわたしについて来て! ティル達と合流するよ! 」
大声で指示を飛ばす。
『
最初からそのつもりだよ! 』
『ラフ、任せたぞ! 』
『
もちろんだよ。ラグ兄たちも、ね! 』
ラフ達も自分たちなりに考えていたらしく、二つ返事で応えてくれる。ラフは自信満々に声を響かせ、大きく頷く。ラグナからの激励を貰ってから、彼女は翼で思いっきり空気を叩く。同時に体を逸らす事で進行方向を変え、急上昇する。空を貫くように、直角に浮上していった。
ティル、テトラ、聞こえてるよね?
その間に、わたしも次の行動に移る。まず初めに、向けていた目線を正面に戻し、走る足に更に力を込める。直後、わたし達よりも塔の近くにいるはずの、ティルとテトラに、テレパシーで呼びかける。同じく使えるティルからの返事は、ない。それは、分かり切っていた。何故なら、いわゆる伝説の種族のわたしと、普通の種族のティルとでは、言葉を伝えられる距離が違うから。伝説の場合、個人差はあるけど、その距離は大体五十メートル。それに対し、エスパータイプは二十メートルが限界。
二十メートルなら、十分届くんじゃないか、読者の皆さんはそう思ったかもしれない。クドイかもしれないけど、状況は刻一刻と変化している。当然、少し離れた場所で技の調整をしていたふたりも、あの煙に気がついていたらしい。わたし達とほとんど変わらないタイミングで、彼らも行動を開始していたから、二十メートルでは届かなかった。
届かない、とは言ったけど、彼らとはあまり離れていない。今のわたし達の位置関係を言うと、三十メートルぐらい先に、ティルとテトラがいる。彼らも同じく、事件の現場に急行している。そのさらに五メートル先には、例の塔の入り口。立ち込める黒煙とは対照的に、整然と鎮座していた。
ラフは先に行ったから、ティル達もすぐに行って! わたしとラグナもすぐ追いつくから!
立て続けに、わたしは彼らに直接語りかける。分かってはいると思うけど、一応、念じる言葉に力を込め、手短にこう伝えるのだった。
『ライト、急ぐぞ! 』
「分かってるよ、そんなこと。だからラグナ…」
『わたしの背中に乗って! 』
焦りから、自然と返す言葉も荒くなってしまう。キツく言い過ぎたかな、そういう想いにも駆られる。でも、そんな事を考える暇なんて、一秒たりともない。この考えを頭の中から追い出し、わたしも更なる行動に移るのだった。
脚の力を緩めずに、わたしは元の姿を強くイメージする。するとわたし自身から強い光が発せられ、覆い尽くす。包み込んだわたしもろとも、形をかえていく。そのなかでわたしは、足の力を緩め、代わりに翼へとシフトさせる。光がおさまると、そこには本来の姿、ラティアスとしてのわたしが姿を現す。走っていた時の速度のまま、地面スレスレまで高度を落とした。
わたしの変化を確認し、隣を走っていたラグナは、ターン、と地面を蹴る。左斜め上に跳び、わたしの背中に着地する。そのままでは安定しないので、彼は前脚でしっかりしがみつき、安定させる。
最後に、この事を確認したわたしは、急激に進路を変える。見上げるように体を上に向け、軌道を上に向ける。先に向かったラフ同様、真っ直ぐ塔の頂上を目指した。
Continue……