Qurtorze 黒煙
Sideライト
『ティル、かかってきて! 』
『じゃあ、遠慮なくいかせてもらうよ。火炎放射』
互いに向き合ってるふたりは、相手に向けて声をあげる。始めに呼びかけたテトラに答え、ティルは口の中に高温の炎を蓄え始めるのだった。
ここまでの事を整理すると、新人トレーナーのカナちゃんと別れたわたし達は、とりあえず今日泊まる部屋の予約。ここに着いてからするつもりだったからちょっと遅れたけど、昼の一時半という事もあって余裕で確保出来た。その次は、今回の旅の目的のうちの一つである、ジムへの挑戦。難なく突破して調査を再開しようと思ったけど、それは出来なかった。何故なら、今日は運悪く定休日。ジムの係員に訊いたところ、キキョウのスクールの卒業生の旅立ちを合わせるため、だそうだ。卒業したばかりの新人たち、全員にトレーナーカードが行き渡るのが明日だから、というのが理由らしい。確かに、さっき会ったカナちゃんは、まだ自分のトレーナーカードを持っていなかった。きっと明日になるのが待ち遠しいに違いない、わたしはこの時、こう思ったのだった。
で、この後どうしよう、という話になったので、ラグナの提案で技の調整をする事になった。真っ先に名乗りを上げたのが、テトラ。その相手にティルを指名したので、今の状況になった、という訳だ。
『あの様子だと、ティルは快調のようだな』
『テト姉も、良さそうだね』
話に戻ると、ふたりの組手を観たラグナとラフは、それぞれに評価する。ラグナはティルが放った炎の色、温度から推測し、こう呟く。ラフも、すぐに反応したテトラを見るなり『流石テト姉だよ』と、弾けた声を飛ばしていた。
「ふたりとも、今日のジム戦にあわせてたからね。…ティルとテトラはフットワークの確認とかをするみたいだけど、ラグナとラフはどうする? もし良かったら、わたしもつきあうけど」
わたしもこの後の調査のために、ミストボールとか竜の波動の射程を確認したいし。…みんな戦ってるから、わたしも思う存分体を動かしてスカッとしたい! って言うのが本音なんだけど。
わたしは気持ちよさそうに汗を流すふたりを観ながら、こう口を開く。後半部分からはラグナ達の方をチラッと見、提案を続ける。遠まわしに自分の気持ちを交えながら、こう尋ねてみた。
『うーん、私は、いいかな。別行動してる時に…、チッ…、アイツらと戦ったから。ラグ兄は? 』
ふと垣間見えた彼女の黒い一面を、わたしは見なかったことにした。
ラフは青い空を仰ぎ見ながら、少し考える。結論が出たらしく、パッとわたしの方に目を向ける。軽く頭を横にふりながら、こう答える。最後に、彼女の返事を待っていたラグナに、話題のバトンをパスするのだった。
『そうだな…。ならラフ、頼んでもいいか』
『うん、いいよ! 』
「ラフとだから…、空中戦の練習、だよね」
なら、わたしは必要ない、かな。強いて言うなら、監督ぐらいで…。
彼の答えに淡い期待を抱いたけど、答えを聴き、すぐに胸の奥に押し留める。ラフの方を見、返事を待っていたラグナに、わたしは予想を交えてこう言った。
ラフはラグナの頼みに快く答え、にっこりと笑顔を見せていた。その笑顔で、わたしの少し沈んだ気持ちが、どこかへと旅立っていく…、そんな気がした。
『じゃあライト、いつも通りお願いね』
「あっ、うん。そうだったね」
そういえば、ラフが相手になる時は、わたしがいないといけないんだったっけ。
彼女の言葉で、わたしはある事をハッと思い出す。その時に頓狂な声が出そうになったけど、間一髪こらえる。その後すぐに頷き、こう付け加えた。
「じゃあ、いくよ」
『うん』
一度わたしはラフに目を向けて、こう呼びかける。言わずとも分かっている彼女は、弾けた笑顔で答えてくれた。
笑顔を見せてくれたラフは、ここで気持ちを切り替える。引き締まった表情をしたかと思うと、その双眼をゆっくりと閉じ、意識を集中させ始めた。
わたしもこのタイミングで、彼女と同じ行動をする。心を無にし、極限まで精神を統一する。周りの音が聞こえるか聞こえないか、際どいぐらいの段階まで高めてから、意識をラフに向ける。ただ意識するのではなくて、強く…。ひたすらラフの事を、心の底から、想う。
すると彼女に、ある変化が表れ始めた。精神を高めている彼女は、何かと共鳴するかのように、激しい光に包まれる。空色と薄桃色に輝いたかと思うと、すぐに七色に変化する。虹色となった光は球体状となり、彼女を包み込む。再び閃光を放ったかと思うと、ガラスが割れたような音と共にそれが弾けた。
『
コットンガード! 』
光が弾けたその場には、普段とは異なる姿をしたラフ…、メガチルタリスとなった彼女。変化した感覚を確かめるように、翼や綿状の器官を羽ばたかせる。それが終わるとすぐに技を発動させ、それらの密度を高める。技名を唱えたその声は、拡声器を使った時の様に、エコーがかかっていた。
ここで解説をさせてもらうけど、メガ進化できるのは、メガバンクルとか、そういう類の道具を持ってるトレーナーのポケモンだけではない。一応トレーナーって事になってるけど、わたしはラティアス。だから、その方法も違ってくる。する側がメガストーンを持つのは変わりないけど、もう一方に何のアイテムも必要ない。その代りに、する側と心を一つにする事で、発動させることが出来る。…強い信頼関係で結ばれてることが、前提だけど。
『
ラグ兄、お待たせ! じゃあ、始めよっか』
『ああ。すまんな』
話に戻ると、自身の守備を固めた彼女は、ずっと待っていたラグナにこう言い放つ。気合十分、と言った様子で、辺りに声を響かせていた。
その彼女に、彼はそっと会釈する。相手になってもらうのだから待つのは当然だ、とでも言いたそうに、こくりと頷いていた。でもすぐに、彼も戦闘態勢に入る。種族上鋭い目つきが、さらにキツくなる。
『ラフ、いくぞ! 』
『
うん! 』
『影分身』
そして、彼のかけ声をきっかけに、ラフによるラグナのための特訓が幕を開けた。
最初に行動を開始したのは、いわゆる覚醒状態にあるラフ。彼女は両方の翼で空気を思いっきり叩きつけ、一気に浮上する。五メートルぐらい上昇すると、その場で浮遊し始めた。
遅れる事、コンマ三秒。ラグナは助走をつけて跳び上がり、すぐに技を発動させる。すると彼の足元に分身が一体現れる。それを本物のラグナは、踏み台にして更に上へと跳躍した。
『二体目! 』
続けて彼は、尻尾を勢いよく振る事で、空中で体を百八十度回転させる。残り三十度で反転、という所まで回ると、もう一度分身を出現させる。その背中に踏み込み、足場とする事で、跳ぶ軌道を変える…。この繰り返しで、彼はラフがいる空中へと跳び移っていった。
「ラグナ、いい感じだよ! 」
『
もう一度コットンガード』
『雷の牙』
しかしラフは、回避行動をとろうとしない。その代りに、既に上がっている耐久力を、更に底上げする。限界まで上昇させてから、迫るラグナの攻撃に備えた。
分身の上を跳び移るラグナは、ラフがいる位置まで螺旋状に接近する。高さを合わせてから、彼は狙いを定めて跳びかかる。平行距離で三メートルまで迫ると、最後の分身をありったけの力で踏み、大きく跳躍する。放物線を描いて跳ぶ彼は、頂点に達してから別の技を発動させる。自身の鋭い牙にエネルギーを蓄え、属性に変換する。するとそれは電気を帯び、バチバチと音をあげ始めた。
『
っく』
『影分身』
攻撃に備えるラフに噛みかかる彼は、相手の正面に狙いを定めている、たぶん。跳んだ勢いも乗せて、彼は標的に思いっきり噛みついた。
ここで、一切動かなかったラフが行動に移る。急所に当たるのを避けるため、右の翼を前に振りかざす。たぶん、迫るラグナを叩き落とそうとしているのだろう。横から振り抜き、彼の顔面を捉えた。が、無傷では済まなかったらしい。攻撃がヒットしたことを表すかのように、ラグナが噛みついた翼から、一筋の雷光が駆け抜けた。でも彼女は負けじと、命中させた翼を振り抜いた。
攻撃が成功したラグナは、すぐに口から彼女の翼を離す。さきと同じ要領で足場をつくり、真上に跳躍する。首を下に力強く振る事で、彼は宙返りを試みる。その結果、追撃しようとした彼女の左翼をかわす事に成功した。
『
ラグ兄、とりあえず、空中での移動は形になったんじゃない?』
『とりあえずは、な』
宙返りした彼は、敵対していた相手の背中に着地する。その事がきっかけで、戦闘の緊張が一気に解ける事となった。
ラグナの着地を背中で感じたラフは、力を抜き、後ろに振り返る。彼女なりに彼の様子を視ていたらしく、声からして笑顔で彼に伝えるのだった。
ラグナはというと、一応彼女の言葉に頷く。目的は果たせていたと思うけど、ほんの少しだけ、彼の表情はさえなかった。もしかすると、上手くいかなかった事もあったのかもしれない、わたしは、彼の様子からこう感じるのだった。
「でもラグナ、前よりは出来てたと思う…よ? ん? 」
軽い練習を終えて、地上へと戻ってくるふたりに、わたしは「お疲れ様」、と声をかける。まだ上の方にいる彼女達を見上げながら、わたしはこう評価、しようとした。でもこの時、わたしはある事に気付く。視界の端で捉えた違和感を確認するために、わたしは彼らから目線を逸らした。
『
ライ姉、どうしたの? 何か不思議そうな顔してるけど』
いち早くわたしに気付いたのは、ラグナを背中に乗せて降下してきたラフ。わたしの目線まで高度を落とすと、こくりと首を傾げながらわたしに訊いてきた。
「向こうの塔が、ちょっと揺れたような気がして…、気のせいだと思うけど」
『塔…、マダツボミの塔の事か? 』
「うん」
違和感でモヤモヤしているわたしは、絞り出すように言の葉を呟く。本当に、そうだったのかもしれない、そう思いながら、わたしはその方向、この町のランドマークである古塔に目を向けていた。
ここで、ラフの背中から跳び下りたラグナが、わたしに訊いてくる。彼も例の塔を見、その名前を呟く。
そんな名前だったと思う、と付け加えてから、わたしは彼の言葉に頷いた。
「やっぱり、そうだよね。黒い煙が上がってるだけで、特に変わった事は…」
そう、だよね。あれだけ高い塔だから、きっと風で撓ってるだけだったのかもしれない。一番上から黒い煙が上がり始めたけど、変なところはそれだけ…。
『
けっ、煙? それって、マズくない? 』
『ああ。確かに、マズいな。あの塔は確か、ジョウト地方の重要文化財。木製の塔で、火気厳禁のはずだ』
「なら何で? それなら炎タイプの技を使うのは禁止になってるはずだよね」
やっぱり、気のせいじゃなかった。
わたし達が目を向けている塔、マダツボミの塔の天守閣からは、離れたここからでも分かるほど、真っ黒な煙が上がっていた。それは風に流され、斜めに伸びてゆく。そこで何かが起きている、そうわたし達に感じさせるのに、ほとんど時間はかからなかった。
『そのはずだ』
『
あっ、そういえば、今思い出したんだけど…。ライト、ラグナも、さっきセンターで会った子、覚えてる? 』
「うっ、うん。今日旅立ったばかりだ、って言ってた女の子だよね」
『
うん、そうだよ。その子のメンバーから聴いたんだけど、『マダツボミの塔に行く』、って言ってたんだよ』
『ラフ、それは本当か? 』
『
うん。時間的にも多分、塔の中にいるはず』
「ならもしかすると、巻き込まれてるかもしれない」
『その可能性は、十分高いな…』
「…とにかく、すぐにティル達と合流して、いくよ。最悪な結果にならないためにも」
エスパータイプとしての勘が警告を発しているわたしは、ふたりに向けてこう言い放った。
Continue……