Vingt et un 脱出作戦
Sideコット
『まぁ、ざっとこんな感じかな』
『あんな一瞬で、そんな事をしてたなんて…』
――ティルさん、早すぎて全然分からなかったよ――
ティルさんが戦っている間に、いつの間にかあんなにいた密猟者のポケモン達は、ほとんど居なくなっていた。強いて言うなら、さっきティルさんが倒したハッサムぐらい…。近くにトレーナーがいないためか、気を失って横たわったままだった。他にも組織の人達がいるけど、次のメンバーを出してこない。だからたぶん、もう戦えるメンバーがいないのかもしれない。することが無くなったみたいだから、そのうちの何人かは階段の方に逃げ出していた。
こんな状況だから、まだまだバトル初心者のぼくでも、もう戦闘は起きないって事が分かった。だからぼくはこのタイミングで、気になっていたことを彼に訊いてみた。ダメ元だったけどティルさんは、テトラ達と合流するまで待たないといけないから、その間でならいいよ、って言ってくれた。快く、そしてぼくでも分かるように説明してくれた。
簡単にまとめると、ハッサムに距離を詰められた時、彼はすぐに身を屈めたらしい。同時に胸の辺りに隠し持っていた木の枝を手にとり、それを振り上げる。枝がハッサムの鋏に命中、技を発動させてなかったみたいだけど、力で勝って天井に飛ばせたみたい。
――あとこれは初めて知った事だけど、ティルさんが持っていた木の枝…、あれはカモネギのネギと同じようなも、って言ってた。本来マフォクシーっていう種族は、その枝で炎をおこして攻撃するみたいだけど、ティルさんはそれが性に合わないらしい。だから彼は、それを剣道の竹刀みたいに使って攻撃してるんだって! 人間のスポーツをバトルに使ってるのも驚いたけど、それをあんな速さでしてたんだから、本当に凄いよ――
『今思うと俺は昔、せっかちだった…』
『ティル、こっちの方は…、終わってるみたいだね』
『ぅん、あっ、うん』
気さくで話しやすい彼はたぶん、ぼくが次に訊こうとしたいた事を予想していたらしい。ぼくが質問するよりも先に、彼は話しを進め始める。見事に心を読まれたから、流石エスパータイプだなぁー、って思いながら、彼の話を聴くとこにする。今日はもう数えきれないくらいビックリしてるから、もうこの事に驚く事は無かった。
もしかするとティルさんは、せっかちだったからね、そう言おうとしていたのかもしれない。でもそれは聞き覚えのある一つの声に遮られてしまっていた。丁度ティルさんは真後ろから話しかけられていたから、近づいていることに気付かなかったらしい。小さく頓狂な声をあげ、その方に振りかえっていた。
『リーフィアを避難させてきたみたいだから、向こうも問題なさそうだね』
『うん…、とりあえずはね』
ティルさんで隠れて見えなかったから、ぼくは二、三歩右斜め前に出る。その甲斐あってぼくはようやく、この声の主、それから連れられてきたもう一つの影を確認する事が出来た。
一つは、普通ならピンクのところが青くなっている、色違いのニンフィア。テトラさんはあたりをキョロキョロと見渡し、ここの状況を探っている。すぐに掴めたらしく、ティルさんの方を見上げてこう言っていた。この後で同じく、その彼にも同じような事を訊かれる。何故か一瞬暗い表情になっていたけど、すぐにそれは消え、大きく頷いていた。
そしてもう一つは、今まで余裕が無くて安否の確認が出来なかった彼…。全速力で走って来たらしく、雄のリーフィアが、ゼェゼェと肩で息をしていた。
『おっ、お父さん! 無事だったんだね』
『コット、保護されて、いるとは、聞いていたけど、本当に、助かっていたんだ』
『うん! ラフさ…、チルタリスさんとマフォクシーのティルさんに助けてもらったんだよ』
――本当に、良かった、捕まってなくて――
そのリーフィアが、僕にとって唯一の存在、実の父親であると分かるのにほとんど時間はかからなかった。彼がお父さんだと分かったぼくは、抑えるものも抑えられず、自然と身体が動き出す。気付いた時には、彼の元に駆けだし、思いっきり飛びついていた。
お父さんもぼくの安否を確認できて、安心したらしい。不安一色だったその表情に、まるで雲が晴れた空の様に光が戻っていく。走ってきた直後だから仕方ないけど、彼は切れ切れに言葉を紡いでいる。駆け寄ったぼくの頭を、右の前足で優しく撫でてくれた。
それにぼくは、撫でてもらったまま大きく頷く。一歩下がってから、お父さんの顔を見、ティルさんの方に振りかえる。ラフさんはいないけど、その彼を目で指して、こう付け加えた。
――ラフさんがいないのは、もしかすると別の場所にいるカナと、テトラさん達のトレーナーといるからかもしれないね――
『このひと達に…。野生の僕だけでなくて、息子も助けて頂いて、ありがとうございます』
『いえいえ、直接助けたのは俺達じゃないけど、偶々近くにいただけですから』
『えっ、息子って事は、フェ―ルさんって…』
『うん、このリーフィア、ぼくのお父さんだから』
ぼくに言われたお父さんは、二匹の方をニ、三度見、こう呟く。床に頭が付きそうなくらい深々と下げ、感謝の気持ちを伝えていた。
ティルさんは、お父さんの深い一例に戸惑いつつも、何とか応えている。手を身体の前で平行に何往復かさせている。それがぼくには、彼が謙遜しているかのように見えた。
彼の反応に割り込む様に、テトラさんが声を荒らげる。たぶんここに来るまでに訊いたんだと思うけど、お父さんの名前を言いながら、ハッとその方を向いていた。そこでぼくは、お父さんを挟んで隣にいる彼女に、明るくこう言う。隣の彼をチラッと見ながら、ねっ、と声をあげてみた。この時には息も整ってきたみたいで、お父さんは小さく、そして優しく頷いてくれた。
『何か雰囲気が似てると思ったけど、やっぱりそうだったんだね』
『うん』
『お父さん、かぁー。もう長い間会ってないな…。っと、今はのんびり話してる場合じゃなかったんだ』
『えっ、てっ、テトラさん、どうしたの』
――びっ、ビックリした…――
ぼくとお父さんを見比べていたティルさんは、なるほどね、と腕を組みながら頷く。どこが似てるのか、ぼくには思い当たるところは無いけど、どうやらそうらしい。母さん似のぼくは、とりあえずこう返事しておいた。
一方のテトラさんは、自分のお父さんの事を思い浮かべているらしい。元気かなぁ、って呟きながら見上げている。でもすぐに何かを思い出したらしく、急に声を荒らげる。よっぽど大切な事だったらしく、彼女の口調はかなり早口にになっていた。
『ライト達が時間を稼いでくれてるから、早く脱出しないと』
『ライトって…、テトラさん達のトレーナーのこと? 』
――時間を稼いでくれてるって事は、戦ってるのはラフさんと、グラエナのラグナさんだね、きっと――
ハッと声をあげるテトラさんは、結構焦った様子でこう言い放つ。時々その方向にチラチラと目を向けながら、手短に説明している。ぼくはその方を見てないから分からないから、こんな風に予想しながらテトラさんに訊いてみた。すると彼女は、内心焦りつつも、うん、と首を縦に振ってくれた。
『詳しくは聴いてないけど…、戦って私達が離脱する時間をつくるって言ってたよ』
『それなら、はやく下に降りないといけないですね』
『でもお父さん、誰もメンバーは出てないけど、どうするの? 階段の周りに沢山いるし…』
――時間を作ってくれてるなら、早く動き始めたほうが良いよね――
本当に詳しく聴いてないみたいで、彼女は途中で言葉を詰まらせている。何かを考えていたけど、何も浮かばなかったらしく、口調を早めてこう言っていた。
それに真っ先に答えたのは、ぼくのお父さん。何故か人で混み合っている階段の方を見ながら、こう提案する。お父さんはこう言っているけど、ぼくは上手くこの塔から脱出できるとは思わなかった。何故なら、今のぼく達の近くにトレーナーはいない。密猟者が一人とか二人なら大丈夫だと思う。だけど、壁の真ん中の方にある階段の傍に、一種の群れが出来ている。ここから見た感じだと、十四、五人ぐらいが下層への入り口をとり囲んでいる。強行突破しても、下のフロアで待ち伏せされているかもしれない。袋の中のコラッタ…、まさにそういう状態だとぼくは思った。
『うーん…、攻撃して道を切り開くわけには…』
『ならティル? そこの窓から飛び降りるのは、どうかな』
『えっ、てっ、テトラさん、本気? 』
『いくら逃げ場がないからと言って、それは無謀すぎるよ。飛行タイプかドラゴンタイプが沢山いるならともかく、僕達では自殺行為だ』
――うん、ぼくもそう思うよ。ラフさんは飛行タイプだけど、ここにはいないから――
ティルさんは腕を組み、作戦を考えてたみたい。一応思いついて言いはじめたけど、一歩早く考えついていたらしいテトラさんに遮られてしまっていた。
そのテトラさんはというと、一度ティルさんの方を見てから、首元のヒラヒラで別の方を指す。左側のソレで示されたのは、結構前にぼくが投げ出された、外へと続く小窓。三メートル四方で、ガラスがはめられていないそれの先には、下の階の瓦屋根しかない。彼女が提案したことが、ぼくには全く信じられなかった。
途中で割り込まれたティルさんは何かを考え始めたけど、お父さんはその案に真っ向から反論する。この塔の構造とか高さを一番知っているのはもちろん、ここに住みついているお父さん。いつもは穏やかだけど、初めて聞くぐらいの強い口調で、こう抗議し始めた。
『天守閣はだいたい…』
『うん、もちろん本気だよ。ティルのサイコキネシスで降ろしてもらえば、安全に脱出できるでしょ』
『あっ、そっか。それなら、大丈夫そうだね』
『サイコキネシス? でもきみは見た感じ炎…』
『ううん、ティルさんの種族は炎・エスパータイプ。ちゃんとサイコキネシスも使ってたから』
――テトラさん、その手があったね! ハッサムの鎌鼬をねじ曲げたティルさんなら、できそうだよ。…お父さんは、まだ納得してないみたいだけど――
理論的に抗うお父さんの事は構わず、テトラさんは当然、という感じで大きく頷く。技を発動してもらう事になる本人、ティルさんを見ながら、彼女は根拠となる方法を言っていく。その時ぼくはこう思い、何とかなりそうだと感じた。ティルさんは僕よりも先だったみたいだけど、電気にも似たような何かが、頭の中を駆け巡った。
唯一ティルさんの事を知らないお父さんは、未だにその立場を譲ろうとしない。ぼくの中でキャラ崩壊が起きている彼は、いいや待てよ、って言ってこの場を制止する。たぶん、炎タイプだから無理、って言おうとしていんだと思う。だけど、彼の戦いを知っているぼくに阻止された、ぼくはそんなつもりは無いんだけど。
『テトラが言うんなら、いけそうだね。…コット君、走るのは得意? 』
『えっ、うん。スクールにいた時はよくかけっこして遊んでたから、自信があるよ』
――友達の中ではいつも一番だったから、走るのは得意だよ――
よっぽどテトラさんの事を信頼しているらしく、ティルさんはこの作戦の成功を確信したみたい。ぼくが見た感じでは、一切の迷いが無くなったようだった。それから何を思ったのか、急にぼくの方に視線を降ろし、こう訊いてくる。変な声を出しちゃったけど、ぼくはもちろん、って自信を込めて頷いた。
『いや、だから…』
『じゃあ、あの窓まで走るよ。サイコキネシス』
『うん』
――お父さんって、こんなに頑固だったんだ…。でもこうしないと、先に進めなさそうだよね――
納得していないお父さんは、劣勢だと感じつつも、主張を続ける。でも問答無用でティルさんに止められてしまい、見えない力で浮かされていた。
彼のかけ声で、お父さんを抜いたぼく達は同時に窓の方を向く。前足と後ろ足、両方に力を込め、塔から脱出すべく走りだした。
――今更だけど、自分に技をかけられないティルさんは、どうやって降りるんだろう――
Continue……