Vingt 遠近両刀
Sideコット
『スピードスターで援護してくれる? 』
ラフさんが飛んでいた方を見ているティルさんは、その方向を変えずにぼくに訊いてくる。それはまるで、ぼくの状態を知っているような、確認するような…、そんな感じ。それにぼくは、半ば流されるように頷き、返事する。予想通りだったらしく、今度はぼくの方を見下ろし、こう頼んできた。
『うん! 足手まといになるかもしれないけど、スピードスターなら』
彼の問いに、ぼくはこう頷く。自信は無かったけど、何故かそう思う。あんなに強かったラフさんの仲間なんだから、きっとティルさんが何とかしてくれる。そう感じたぼくは、力強くこう答えた。
『じゃあ、頼んだよ』
『うん、スピードスター』
――ティルさんはどのくらい強いのか分からないけど、きっと大丈夫だよね――
スピードスター以外に、体当たり、手助け、それから砂かけも使えるけど、とりあえずぼくはこう答える。ティルさんの方を見上げて言うと、彼は口角を緩めて頷いてくれた。彼はぼくの方に落としていた視線を戻すと、力強くこう言い放っていた。
ぼくは彼の言葉に首を縦に振ると、早速技を発動させる準備に入る。これはあとで気づいた事だけど、発動にかかる時間が短くなっている。ラフさんの背中の上で何回も発動させていたから、きっとそれに慣れたのかもしれない。口元に少しだけエネルギーを集中させると、すぐに発射する前のエネルギー塊が出来上がっていた。
その時のティルさんはと言うと、戦っている最中の相手、怒り狂ったハッサムに意識を向ける。何をしているのかぼくには分からないけど、きっと彼なりに考えがあるのかもしれない。ただひたすら、紅い敵を目で追っていた。
『っ? 誰だ』
『コット君、その調子だよ』
『もう一発! 』
――横から割り込むのはちょっとセコい気がするけど、今は仕方ない、よね――
ぼくはちょっと負い目を感じながらも、溜まった無属性のエネルギーを発射する。するとそれは三つに分かれ、星型になる。かと思うとそれは軌道を変え、敵に向けて飛んでいく。ダメージはほとんど無かったみたいだけど、驚かせる、っていう意味では十分な威力を発揮した。だからぼくは、立て続けに同じ技を発動させる。さっきは一秒ぐらいで発射したから、今度はもう少し長い間溜めてみる事にした。
『チッ、雑魚が…、出しゃばるな!
鎌鼬』
『なっ、しまっ…』
ぼくの奇襲が、相手の逆鱗に触れてしまったらしい。紅い影は、鬼のような形相でぼくの方を睨んできた。ちょっと怖かったけど、今はそんな事を思っている場合じゃない。恐怖、っていう感情を無理やり頭の奥の方に押し込んで、溜めていた二発目を発動させた。それは十センチぐらい進むと、すぐに分裂する。しかも、今度は三つよりも多い。四つの流星が、勢いよく空気をかき分け始めた。
怒りの矛先をぼくに変えたハッサムは、前もって溜めていた技を向けてくる。右の鎌を前に振りかざすと、何かが放たれる。遅れて気付いたぼくがそれを見ると、それはまるで刃物のよう。透明な刃物が、ぼくめがけて飛んできた。
――かっ、鎌鼬なんて…。あんな上級技、ぼくが食らったら――
今のぼくとアレの距離は、大体十メートル。あわててぼくは、それをかわすための行動に移ろうとする。そうしようとしたけど、間に合いそうにない。参戦して早々脱落、ぼくはこういう事を確信してしまった。
更に悪い事は重なる。ぼくとハッサムの間に、運悪くラグナさんがいた。彼は丁度高く跳躍し、雷の牙を発動させる、まさにその瞬間だった。非情にもそれは彼に、まともに命中…、
『えっ、きっ、消えた? 』
命中しなかった。彼は透明な刃が身体に触れると、霧みたいになってしまう。かと思うと、まるでそこに何もなかったかのように、跡形もなく消えてしまった。
『影分身か。あの野郎…』
『なっ、何で、ラグナさんが…、うわっ』
『ティル君! サイコキネシス』
何で消えたの? ぼくは思わず、こう声を荒らげそうになった。でもぼくには、驚く時間さえ、与えてはくれなかった。何故なら、空気と化したラグナさんをはねのけた、無色の刃が迫る…。この一瞬で、ぼくの三メートル手前まで迫っていたからだ。
ぼくは思わず、硬く目を瞑ってしまう。あぁ、やられた、二メートルまで迫った段階で、ぼくはこう悟ってしまった。
『…あれ? 』
だけど、命中したことによるダメージはいつま経っても襲ってこない。
――ぼくって、攻撃、食らったはずだよね――
こう思ったぼくは、恐る恐る目を開けた。するとそこには…、
『てぃっ、ティルさん? 』
『コット君、戦闘中は絶対に目を離したらダメだよ』
『くっ、もう一匹いたのか』
ぼくを飛び越し、華麗に着地したティルさん。彼はぼくの目の前に立ったけど、見た感じ攻撃を食らった様子はない。頓狂な声を上げながら首を傾げ、彼のさらに先に目を向ける。この時ようやく、何でぼくにダメージが無いのか理解する事が出来た。
目を瞑っている間に聞こえてきた事を含めて考えると、たぶん、透明な刃をティルさんが見えない力で拘束する。その力で刃の軌道を無理やりねじ曲げ、ぼくに当たるのを防ぐ。さらにその状態で放物線を描き、進行方向をUターンさせる。そのまま紅い影に撃ち返し、反撃を成功させていた。
『うっ、うん』
『だがもう一匹いようと、貴様等に勝ち目は無い。愚民如きに、俺に触れる事は出来ないからな! 辻切り』
『さぁ、それはどうかな』
『ティルさん、危ない』
確か鎌鼬はノーマルタイプの技だから、鋼タイプのハッサムにはほとんど効果はない。だから、ダメージを全く気にせず、距離を詰めてきていた。おまけに相手は、次の攻撃の準備を始めている。見た感じ、両方の腕に力を蓄え、間合いを計っている。その腕を後ろにかざし、滑空してきていた。
声を荒らげながら迫られているのも関わらず、ティルさんは全く動じていない。この時に視界の端で何かが光ったような気がしたけど、それにも気づいていないらしい。一メートル前に立つティルさんを下から見上げるぼくは、こう声をあげずにはいられなかった。
――おまけにティルさんって、サイコキネシス使ってたから、エスパータイプだよね? 辻切りは悪タイプだから、かわさないと大変なことになっちゃうよ――
『きみぐらいのスピードなら、集中さえすればついていけるよ』
『なっ、消え…、くっ』
『えっ、今、何が起きたの』
余裕の表情で相手に迎え撃つ彼は、徐に脇のあたりに手をのばす。かと思うと、ぼくが気づいた時には、相手のハッサムは既に天守閣の天井に叩きつけられていた。
『サイコキネシス』
『くっ』
訳が分からないまま、彼は攻撃を続ける。どこから持ってきたのかは分からないけど、彼は手に持っている木の枝を、相手に向けて投げる。かと思うと、それに技をかけ、意のままに操り始める。天井から落ちてきた相手の上まで移動させ、それを振りかざす。すると空気との摩擦で朱い曲線が描かれ、堕ちゆく敵を掠める。朱い曲線はすぐに姿を消し、残すのはそれが放出したと思われる熱のみとなる。その時ようやく、ぼくにはそれが炎であると分かったのだった。
これでも十分凄かったけど、彼はまだ攻撃の手を止めない。
『エスパータイプのくせに、俺に…』
『悪いけど、俺は炎、エスパータイプ。ここでは炎技は使えないけど、かえってそれがハンデになったかもしれないね』
あの様子だと、相手は腰を痛めたのかもしれない。ダメージはあまり食らってなかったけど、そこの痛みで顔を歪めていた。
劣勢ににもかかわらず、相手は上から目線でこう呟く。だけどティルさんは全く気にせず、冷静に受け答えする。一度両足に力を込めたかと思うと、彼はすぐに真上に跳ぶ。一メートルぐらい飛んだかと思うと、彼は両腕を左向きに振り、その反動で回転する。かと思うと、彼は空中で右足を屈め、勢いよく振り抜く。それは丁度落ちてきたハッサムを的確に捉え、天守閣の真ん中ほ方に吹き飛ばす。更にその先にはティルさんが操る木の枝が待ち構えていて、狙ったように紅の影を叩き落としていた。
『ゥグッ…。グァッ…。貴様、何をした…』
『未来予知…、きみが分身のラグナと話している間に、発動させてもらったよ』
『未来…、予知…、か』
――未来予知って事は、もしかして、あの時に発動させたのかな――
枝の攻撃を受け、床に叩きつけられた相手は、言葉にならない声をあげる。すぐに立ち上がろうとしていたけど、ハッサムは急に頭を抱え、バタッ、と前に倒れる。
勝ちを確信したティルさんは着地した後、崩れ落ちた敵に向き直る。一言一言語りながら歩み寄り、目の前の紅に淡々と説明をする。語り終えた直後、敵対していた相手はこれだけを言い残し、意識を手放した。
『ふぅ、とりあえず、倒せたかな』
『凄い…。ティルさん、ティルさんって、色んな技を使えるんですね』
――何かティルさん、楽勝って感じで戦ってた…。炎タイプの技を使えないっていうのがハンデだ、って言ってたから、全力で戦ってないね、絶対に――
勝利を確認したティルさんは一度、辺りをキョロキョロと見渡す。近くに敵がいない事を確認すると、たぶん張り巡らせていた緊張を解く。でも何故か不完全燃焼って感じで、彼はこう呟いていた。
午前中のシャワーズのニトルさんのものとは、また違ったハイレベルなバトルに、ぼくはテンションが上がっていた。興奮が冷め止まぬまま、ぼくは彼の元に駆け寄る。半ば憧れにも似た感情を抱きながら、ぼくはこんな感じで彼に声をかけた。
『何種類かの属性の技を使うのは、バトルの基本だからね。…でも、俺がさっき使ったのは二つだけ。ひょっとするとコット君、俺は格闘タイプの技を使える、って思ってるんじゃないかな』
『えっ、違うの』
――でもさっき、相手を蹴ってたよね。けたぐりだと思うんだけど、そうじゃないの? ――
ぼくの問いに、ティルさんは表情を緩めながら答えてくれた。ニド君と戦った時もそうだったから、まさにその通りだ、とぼくは思った。でもぼくのこの感情は、すぐに驚きと疑問に変貌を遂げてしまう。予想外だったっていう事もそうだけど、ぼくは心を読まれたことに対して声を荒らげれしまった。
『うん。俺が使った技は、サイコキネシスと未来予知だけ。後は俺達ポケモンの、生物としての攻撃、かな』
『生物として…、の…、って、どういうこと』
『人間で例えるなら、拳で殴ったり、足で蹴ったり…、って感じかな』
最初の二つは分かったけど、ぼくは後の方の訳が分からなかった。スクールでの授業はそれなりに聞いてはいたけど、それでもどういうことか想像する事さえ出来なかった。
首を傾げるぼくに、ティルさんはこう説明してくれる。この時ようやく、ぼくは彼が言った意味をイメージする事が出来た。
『エネルギーを使わないから、本当は技とは言えないんだけどね』
手短に説明してくれたティルさんは、その後にこう補足を加える。ハハハ…、って明るい笑いを浮かべながら、思い出したようにお疲れ様、と付け加えていた。
――ほとんどティルさん達が戦ってたから、ぼくが出来てたのかは分からないけど…、まぁ、いっか――
Continue……