Quinze 乱獲の影
Sideコット
『ええっとこの後は、スクールに行くつもりだよ』
『そっか。お世話になった先生に挨拶、という訳だね』
一通り話し終え、ぼくは最後にこの後の予定を話す。視線もその方向、ついこの間まで通っていたスクールを指す。その後、逸らした目線をお父さんに戻してから、こう答えた。
それにお父さんは、うんうん、と頷きながら応じる。彼なりにその意味を考え、こう返すのだった。
―――ええっと、お父さんが言ってたエーフィの事なんだけど、そのひと、コガネに住んでるんだって。詳しくはお父さんも聴いてないみたいなんだけど、そのひとのトレーナー、コガネ大学の教授さんなんだって。カナは一時、コガネ大学にしようか悩んでたみたいだから、もしかすると、その人に教えてもらってたかもしれない…。こう考えると、不思議だよね―――
『うん。じゃあ、そろそろ行くよ』
本当はもっと話したいけど、その気持ちを抑え、こう締めくくる。しばらく会えない、と思うとちょっと寂しくなったけど、それでもぼくは真っ直ぐ言い放った。
『いってらっしゃい。イグリー君、息子の事を、よろしく頼んだよ』
『おっ、おぅ。オイラに…』
それにお父さんは、にっこり笑いかけながら答えてくれる。そのままイグリーにも目を向け、朗らかに言う。ぼくと同じ温もりを、彼にも向けていた。
ぼくの予想通り、話をふられるとは思っていないイグリーは、一度驚きにも似た表情を見せる。とりあえず頷き、何とか続きを言おうとする。たぶん、『オイラに任せて』、そう言おうとしたのかもしれない。
でも、それが叶う事は無かった。何故なら…
「ほっ、本当に野生のリーフィアがいたのか」
「流石、幹部連中の情報だな」
ここにいるぼく達、お父さん、カナの誰のものでもない声が割り込んできたから。階段の方を背にしてたから見えなかったけど、声からして二人の男の人が、ズカズカと上がり込んでくる。前もって情報を得ていたらしく、真っ先にリーフィアに目を向け、こう言い放つのだった。
『んっ? なっ、何? 』
『リーフィア、って事は、お父さんに用があるんじゃないかな』
――びっ、びっくりした――
突然の来客に、イグリーだけじゃなくてぼくも、驚きでとびあがってしまう。変な声が声が出ちゃったけど、イグリーのそれでかき消されたから、ほかの人に聞こえる事は無かった。慌ててその方向に振り返ってから、辛うじてぼくはこう呟いた、鼓動がバクバク言ったままだけど…。
「おまけにイーブイ付きときた。とうとう俺達も
地佐昇格だな」
『ぼっ、ぼくも? 』
それに対し、二人組はぼくにも目を向ける。彼らはぼくの存在を確認するなり、嬉しそうに声をあげる。何のことかさっぱり分からないけど、彼らはまさかの報酬? に沸き立っていた。
二人組の身なりを説明すると、両方とも飾り文字がプリントされたお揃いの黒いシャツに身を包んでいる。腰にはそれぞれ一つずつボールがセットされているのを見ると、どうやらトレーナーらしい。
この後も何かを話していたみたいだけど、声が小さすぎて聞き取る事は出来なかった。
ここでぼくは、ずっと傍にいたカナに目を向ける。彼女にしては珍しく、腕を組んで何かを考えている様子。この光景に、ぼくはちょっとビックリした。けどとりあえず、勝手に動くわけにはいかないから、彼女の指示を待つことにした。
「なぁ、お嬢ちゃん。お嬢ちゃんのイーブイ、おじさん達にくれないかな」
「おじちゃん達が強く育ててあげるよ」
――なっ、何言ってるの? 交換ならまだ分かるけど、「くれないかな」ってどういう事? まっ、まさか、ぼくを「渡せ」って事? ――
彼らの話が決まったらしく、ぼくをチラッと見、こう訊いてくる。黒い笑みを浮かべながら、手を差し出し、一歩、また一歩と、カナの方に近づいていた。
――カナなら大丈夫だと思うけど、この人達の言う事は聴かないで、絶対に! ――
「もしかして…、ライトさんが言ってたのって、この事…? 」
彼女は、近くにいるぼく達にしか聞こえない声でこう呟く。
「pとzを合わせたようなロゴだ、って言ってたから…。絶対にそうだ!
コット、イグリー、この人達密猟者だよ! 」
『みっ、密猟者?』
――密猟者って、珍しい種族とかを見境なく捕まえてく人達の事だよね? その密猟者がこの人達って、どういうこと? ――
考え込んでいたカナは、何かを閃いたらしい。「あっ」と小さく漏らしてから、大声をあげる。そのままの声量で、戸惑うぼくたちはもちろん、その相手にも言い放った。
「最近ニュースで見かけるでしょ、トレーナーのポケモンが奪われてる、って。この人達の言った事でピンときたよ、この人達が犯人なんだって」
――それなら、ぼくも知ってるよ。エンジュとアサギとタンバで起きた、トレーナーが襲われた事件でしょ? エンジュなら近いけど、キキョウではまだなかったはずだよね。なら、何でこんな所に――
彼女の一言で、ぼくの中のモヤモヤが少し晴れたような気がした。それでもまだぼくは、首を横に捻る。
『かっ、カナも知ってたのかよ! 』
『エンジュの近くで大量に姿を消した、って聴いていたけど、まさかもうキキョウに来るなんて』
『おっ、お父さん、知ってたの? 』
――もっ、もしかして、知らなかったのって、ぼくだけ? ――
「ちっ、バレちゃあ仕方がない。奴らみたいにガキを襲うようなことはしたくは無かったが、仕方ないな」
「まぁいい。俺達、“プライズ”に逆らった事を、後悔させてやる! 」
「コット、イグリー、来るよ! 戦いに備えて! 」
ぼくがあたふたしている間に、事が勢いよく進んでいく。カナに正体を暴かれた彼らは、
潔く名乗る。言い終わるか終わらないか、際どいタイミングで、左手を腰の辺りに添える。そのまま目的のものを掴み、メンバーを出場させるべく前に投擲した。
それに抗うべく、カナも大声で指示を飛ばす。
『当然だよ! コット! コットのお父さんを守るためにも、戦おう、オイラ達が! 』
『えっ、あっ、うん』
先に決心していたイグリーは、彼女の檄を聴き取ると、二、三度羽ばたいて前に出る。すぐに振り返り、取り乱すぼくに対してこう言い放った。
それにぼくは、慌てて頷く。心の準備が終わらないまま、ぼくもぴょんと彼の傍に就いた。
「ドガース、イーブイに体当たりだ」
「ズバット、お前はポッポに翼で打つ」
先制攻撃を仕掛けたのは、相手サイド。二人ともほぼ同時に指示を出し、先手を打つ。
「イグリーは風起こし。相手を風で遠ざけて! コットは手助けでイグリーをサポートして! 」
遅れる事、ほんの数単語分。彼女もぼく達に指示を飛ばす。
『了解だ! 風起こし』
『あっ、うん。手助け』
相手との距離は、大体八メートル。まず初めに、イグリーが翼を羽ばたかせ、一メートルぐらい浮上する。その地点で翼にエネルギーを蓄え、技を発動させる準備をする。一瞬だけ淡い光を纏ったかと思うと、その瞬間、彼は思いっきり両翼を前後に振るう。すると、吹き飛ばされそうなほど強い風が吹きはじめ、迫る敵に向かっていった。
――ダブルバトル、初めてだけど、大丈夫かなぁ…――
一方のぼくは、一種の不安を覚えながら、こくりと頷く。考えても仕方がないから、とりあえずぼくは、その通りに動くことにした。まず初めに、右前足にエネルギーを蓄える。すると、その部分が少しだけ熱を帯びる。次に、効果を与える対象、イグリーを強く意識する。その状態でその足を下から上に振り上げ、エネルギーを解放する。刹那、イグリーの全身に薄い光が纏わりつき、すぐに消える。その直後、効果が発動したのか、彼が起こす風の勢いが増す、そんな気がした。
『くっ』
『これじゃあ、近づけねぇか』
対戦相手はこれに抗うも、徐々に押し返される。悔しそうにこうはき捨て、ぼく達を睨むのだった。
「今のうちに攻めるよ! イグリーはドガースにつつく。コットはスピードスターを撃ち続けて」
『そっか。ドガースもズバットも、空を飛べる種族。四足歩行のぼくは、地上から牽制した方がいいもんね。だからイグリー、頼んだよ! 』
『もちろんだよ。…オイラ達なら勝てる! コットの方こそ、後ろは任せたよ』
『スピードスター』
相手が怯んだ隙に、ぼく達は一気に攻めに転じる。ようやく状況を理解したぼくは、相手の種族を見るなり、こう分析する。スクールでチラッと習った事を参考にしながら、四肢に力を込めて走り始めた。
ぼくの声に頷くと、イグリーも一気に距離を詰める。両方の翼を大きく広げ、滑空する。さっき発動させた風がまだ残っていたので、彼の進むスピードは、二次関数みたいに増加していった。
彼が風に乗った段階で、ぼくは口元にエネルギーを蓄える。無属性に変換してから、喉に力を入れる。咳をするような感じでエネルギーを解放する事で、ぼくは全体攻撃である流星を解き放った。
――スピードスターは必中の技。相手は飛んでるから、体当たりは届かないけど、これなら、いける――
『これで勝負だ! つつく』
イグリーと相手のドガースの距離は、この時点で大体二メートル。イグリーは両方の翼を広げ、相手に迫っていた。彼は滑空する事で速度を増し、嘴から突っ込んでいた。
「…後はいつも通り任せたぞ。自爆で殲滅しろ」
『あいよ…』
「じっ、自爆? イグリー、避けて! 」
それに対し、相手のトレーナーも指示を出す。一度相方の方をチラッと見、小さく頷く。出した指示からは考えられない程冷静に、声をあげるのだった。
指示を受けたドガースも、至って慣れた様子で応える。ありったけのエネルギーを蓄えているらしく、丸い全身が強い光で覆われ始めた。
『うっ、嘘でしょぅ? 』
『イグリー!! 』
『プライズに刃向かった事、今に後悔させてやる! 』
しかし、スピードに乗るイグリーは、急には止まれない。彼は咄嗟に体を反らし、浮上しようとするが間に合わない。中途半端な体勢でぶつかってしまった。
ぼくは思わず、我を忘れて大声をあげる。この一瞬でどう助けようか、凄い速さで考える。
――…だめだ、何も思い浮かばない――
だけど、ぼくの頭の中を通り過ぎていくのは、何の打開策にもならない案ばかり…。
技を発動させた相手は、一瞬にやりと黒い笑みを浮かべる。そうかと思うと、ありたけのエネルギーを解放し…、
『
自爆!!』
敵味方関係なく吹き飛ばす、渾身の大技を発動させた。
『うわゎぁッ…! 』
「イグリー! 」
『くぅっ…。凄いいりょ…』
――イグリー!! ――
幸いにも、塔の木材には燃え移らなかった。が、どす黒い煙が辺りを支配し、様子を伺えなくしてしまう。その中で響く、味方の悲鳴。辺りに響く爆音、悲鳴のせいで、ぼくの頭の中に最悪の結果が過ってしまった。
でも、これだけでは終わらなかった。あれだけ大きい爆発だったから、それがきっかけで起きる爆風もかなり強い。当然、爆発の中心から三メートルぐらいの距離にいたぼくにも、容赦なく襲いかかる。身体の軽いぼくに、乱暴な風が殴りかかってくる。そのせいで、ぼくは距離にして十メートル、外に続く窓の冊子の傍まで吹き飛ばされてしまった。
『痛っ』
吹っ飛ばされたぼくは、勢い余って塔の壁に思いっきり打ちつけられてしまう。でもぼくは何とか耐え、前足と後ろ足、両方に力を入れて立ち上がる。ちょっと前が霞んできたけど、未だに黒煙が上がっている爆心地に目を向けた。
――イグリー、大丈夫かな…。心配だけど、今はまだバトル中。助けに行きたいけど、そっちに集中…――
「お前ら、よくやった。ハッサム、みねうちで終わらせろ」
『…えっ? 』
『雑魚が、頭に乗るな』
その事に気を取られて、ぼくは新手の接近に気付くことが出来なかった。どこからか指示が飛び、それによって何者かが動き始める。一瞬だけ煙が晴れたかと思うと、紅い影が物凄いスピードで迫ってくる。まばたき一回分にも満たない短い時間で、十何メートルあった間合いを詰めてくる。気がつくと、大きくて紅い影が目の前に佇んでいた。
『みねうち』
紅い影は、少し身を屈ませ、攻撃する体勢に入る。軽い動きで右の爪? 鋏? を下げ、思いっきり振り上げた。
『ぅっ…!』
振り上げられた鋏は、寸分違わず標的…、ぼくの下顎を捉える。振り抜かれた事によって、ぼくの小さな体は宙を舞う。
『つっ…、強…い』
――強い…。本当に、強い…。強いけど…、みねうちで、倒されるなんて…――
そのままぼくは、口を広げる窓のほうへと飛ばされてゆく。薄れていく意識の中で、相手の姿を、辛うじて確認する事ができた。でも、その相手は、退屈そうに、冷たい目で、ぼくを睨む…、それだけだった。
『…負け…た』
思いっきり殴られたから、そのままぼくは窓を通過する。遂には、四層目にあたる天守閣の外へと、放り出されてしまった。
『…っ』
――このまま落ちたら、タダでは済まないよね…。ぼく、どうなっちゃうんだろう――
為す術がないぼくの傍を、走馬灯が勢いよく駆け抜けていった。
Continue……