Treize 色違いの苦悩
Sideコット
『…って事は、ニトルさんが言ってた友達って、ラフさんだったの? 』
『ニトル君の事を知ってるとは思わなかったけど、そうだよ』
相変わらずぼくは疑問で満たされてるけど、そのまま思った事を訊ねてみた。その時に青い二匹もビックリした顔をしたけど、テトラっていう彼女はこう答えてくれた。笑顔で言う彼女は、もう一匹の仲間を見、『だよね? 』と声をかけていた。
『うん。何か話に尾ひれが付いちゃってるけど』
声をかけられた彼女、チルタリスっていう種族のラフさんは、首を縦に振って大きく頷く。その後、聴いているぼくたちにも聞こえる声で、ボソッと大きな独り言をつぶやいた。
――さっき聞いた話なんだけど、ラフさん達は今日、ホウエン地方から来たばかりみたい。ジョウトにはぼく達と同じで、ジム巡りをしに来たらしい。ジムを巡るのは三年ぶりみたいで、ラフさんのトレーナーの仕事にも関わってる事らしい。…ジム巡りが仕事って、どういう事なんだろうね? ぼくには分かんないけど、ジムといえばバトルだから、もしかするとその関係、かな。ぼくが知ってるのはジムの審判とかリーグ協会の役員。この二つは関係なかったはずだから、本当になんだろう――
『まぁ、それは仕方ないよ』
『オイラは直接聴いてないんだけど、本当はどうなの? 』
――イグリー、それ、ぼくも気になるよ――
青いニンフィアのテトラさんは、そう言いながら苦笑いを浮かべる。本当に『仕方ない』って感じで、首元から伸びているヒラヒラを風に靡かせていた。
こう思ったぼくは、その意味を彼女達に訊こうとした。でもその前に、イグリーに先を越されてしまった。彼はぼくと同じで、頭の上にハテナを浮かべている。不思議そうに首を傾げながら、こう訊いていた。
『うーんとね、本当は私達、ギリギリだったの』
『えっ、でもニトルさん、『ラフさん達はリーグを勝ち抜いた』って言ってたけど…』
『普通に勝ったのはティル兄…、そこにいるマフォクシーだけなんだよ』
テトラっていう彼女は、上の方を見上げながら考える。その時の事を思い出したのか、一瞬だけ悔しそうな顔をした、ような気がした。
それにぼくは、『そんな筈はない』って言う意味を込めて、こう声をあげる。つい数時間前に聴いた事だから間違いない、そう確信していたから、自信を持ってそう言った。
でもラフさんは、『ううん』って言いながら首を横にふる。近くで話しているカナの傍にいる、大きくてフサフサの体毛を持った彼に目を向ける。視線で示してからぼくの方に向き直り、こう続けた。
――カナを受けとめたあのひと、マフォクシーっていう種族なんだー。初めて知ったよ。ジョウトにいる種族はほとんど知ってるつもりだから、もしかするとホウエンにしかいない種族なのかもしれないね――
ラフさんが目を向けた彼を見てから、ぼくはこんな風に思った。ぼくと同じでフサフサの毛を持つ彼に親近感を感じながら、ぼくは独り、彼についてこのように推測した。
『それから、私とそこにいるグラエナ…、ラグナはチャンピオン戦で引き分け』
『私は負けちゃったんだよ。あとちょっとの所まで追い込んだんだけど、とんぼ返りされてね』
『とんぼ返りって確か、攻撃してすぐに逃げれる技だったような…』
『それって、イグリーも使える技だよね』
テトラさんは続けてこう言い、横目でその人を見る。その彼はというと、何の話をしてるのかは分からないけど、ティルっていう彼と会話に明け暮れている様子…。楽し気に話す声が、ここまで聞こえてきていた。
彼女に続いて、ラフさんも口を開く。朗らかに話す彼女は、明るい表情を崩さずにぼく達に話す。でも、空耳かもしれないけど、微かに彼女の嘴から舌打ちのような音が聞こえたような気がした。
決め手と思われる技名を聴いたイグリーは、語尾を濁してこう言う。うろ覚えだったらしく、自信がなさそうにしていた。そこにぼくが、助け船を出してあげる。スクール知った事を基にこう言い、イグリーの方をパッと見た。
『うん、そうだよ。私が戦った相手はピジョット…、きみの進化系だったからね』
『おっ、オイラの? 』
『そうだよ。確か、カントー出身、って言ってたかな』
――カントーかぁー。小さい時に一回だけ行ったことあったっけ――
ラフさんはそう言うと、にっこりと笑いかけながらイグリーの方を見る。よく聞こえなかったけど、その時彼女は、小さい声で何かを呟いていた。
急に視線を向けられたイグリーはというと、豆鉄砲をくらった時みたいな、驚きの声をあげる。心なしか、彼のトサカ? が少しだけ逆立ったような気がした。
『カントーなの? 』
『うん。そう言えば、テト姉もカントーの出身だったよね』
『そうだけど…』
『あれ? ホウエンから来た、って言ってたけど、ホウエンの出身じゃなかったの? 』
――さっき、そう言ってたはずだよね――
ラフさんがこう言ったのを聴いて、ぼくはふと疑問に思う。何かを言おうとしたテトラさんの言葉を遮って、ぼくはその彼女を見る。そして、率直に感じた疑問を、ありのままに彼女に伝えた。
『実は、そうなんだよ。ラフとラグナとライトはそうなんだけど、私とティルは違うの』
『ティルって…、あのひとのこと? 』
『うん。私達のトレーナー、ライトが制覇したのはホウエンじゃなくて、カントー。その時からのパートナーがティルで、最初のメンバーが私。そう言えばあの時、助けてくれたシルクに攻撃しようとしちゃったんだっけ。懐かしいなぁー』
そう言う彼女は、当時の事を思い出している様子。懐かしそうに上を見上げ、独り言のように呟いていた。
『シルク? 誰なの、そのポケモン? 』
その彼女に、イグリーが不思議そうに首を傾げ、こう訊ねる。
――名前知ってるぐらいだから、テトラさんの知りあいだとは思うけど、本当に誰なんだろう。ぼくも気になるよ――
『他人不信だった私を変えてくれた、ジョウト出身のエーフィ。トレーナー就きのポケモンなんだけど、その時だけライトと旅してたみたいなの。しばらく会って無いんだけど、その時から凄く強くてね、私の憧れの存在でもあるの』
『テト姉だけじゃなくて、私も、かな。シルクお姉ちゃん達には私もお世話になったし』
『結局みんなそうだもんね。…で、話に戻るけど、コット君、って言ったっけ? 』
『えっ、うっ、うん』
――ぼっ、ぼくがどうかしたの? ――
突然話を振られて、ぼくは思わず頓狂な声をあげてしまう。シルクっていうエーフィも気になったけど、それ以上にぼくが話題に上がった事への驚きが勝っていた。
『イーブイの君なら気付いてるんじゃないかな? 私は普通のニンフィアと違う…、色違いだ、ってこと』
『いっ、色違いだったの? 』
『うん。やっぱり、そうだったんだね。イグリは知らないと思うけど、ニンフィアっていう種族は、本当はテトラさんでいうと青いところがピンク色なんだよ』
――何か違うなー、って思ってたけど、気のせいじゃなかったんだね。これでハッキリしたよ――
『さすが、だね』
『色違いって珍しいから、モテたんじゃないの? 』
『トレーナーにとっては、ね。でも人気があるのは、人間の間だけ。野生では、そうはいかないの』
『えっ、どういう事? 』
『野生だとね、真逆なの。色違いは目立つし珍しいから、すぐに狙われるの。おまけに普通のポケモンからすると、妬みとか僻みの対象にされる…。何十万匹に一匹しかいないみたいだから、そうなるよね。中でも、私が野生の時にいたトキワの森のスピアーの群れは酷かったよ。会うたびに集団で襲われたからね…。例えるなら、群れバトルを挑んだけど、相手の実力が上過ぎた、って感じかな。で、そんな中で出逢ったのが、旅立ったばかりのライトとティル。それから、旅に同行してたシルク。その時も群れに襲われててね、気絶する寸前で助けられた。その時倒してくれたのがシルクで、たった一匹でスピアー二十匹を相手してた。…あれから私も強くなったけど、流石に今も二十匹は無理だね』
『にっ…、二十匹って…』
――二十匹も同時に相手したって…、そのエーフィ、何者なの? それにエーフィってエスパータイプだから、虫タイプのスピアーとは相性が悪いはずだよね――
テトラさんの生い立ちもそうだけど、ぼくは二十、という数字に思わず唖然としてしまう。テトラさん達と会ってから驚きっぱなし…。だからぼくと、多分イグリーも、開いた口が塞がらなかった、ずっと。
『その時はまだ私は野生だったんだけど、そうみたいだよ。…今はどうか分からないんだけど、三年前は、シルクお姉ちゃんのトレーナーは三か所のリーグを制覇してたっけ』
『イッシュとホウエン、それからカントーだったはずだから、そのはずだよ。…だから、今頃はもう一か所ぐらい制覇してるんじゃないかな』
――シルクっていうエーフィも凄いけど、そのトレーナーも凄い…。三ヶ所も制覇したなんて…、そんな人、いたんだね――
今度は、ぼく達とは違いすぎる次元の話に、言葉を失ってしまった。
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