Onze ポッポの彼
Sideコット
「お預かりしたポケモンはみんな、元気になりましたよ」
「はい! ありがとうございました」
『ハピナスさんも、ありがとうございます』
『どういたしまして。色んな街にあるから、また利用してちょうだいね』
ポッポのあの子が仲間になってくれた後、ぼく達はすぐにキキョウシティに向かった。嬉しさで忘れてたけど、ぼくも倒れる寸前だった。一通り落ち着いたらその事を思い出して…、それからは、ちょっと記憶が飛んでる。だから多分、気を失ってたんだと思う。
――で、次に気付いた時には、どこかの建物の中。傷薬とか消毒液のにおいがしたから、そこがセンターの中だって、すぐに分かった。これは後から聴いた話なんだけど、回復してもらう時、カナがぼくのことをちゃんと言ってくれてたみたい。目が覚めた時にはもうボールの外に出てたから、ちょっと安心したよ。それから、ぼくの事を看てくれてたセンターのハピナスさんに連れて来てもらって、今に至る、って感じかな。…あっ、そうそう。これもハピナスさんが言ってた事なんだけど、センターで回復してもらうには、ボールの中に入ってなくてもいいみたい。何か、たまに野生のポケモンも運ばれてくる事もあるみたいで、そうしないと手当ができないから、だって。…だから、ヨシノで怒ったぼく、あれはムダだったのかなぁー、って…。ちょっとカナには悪いことをしちゃったかもしれないね――
それからは、カナが受付に来て、ポッポのあの子が入ってるボールを受けとる。彼女はぺこりと頭を下げ、その人に感謝の言葉を伝えていた。
受付の方まで連れてきてもらったぼくは、一度、ハピナスさんの方に向き直る。こう言ってからお辞儀をすると、彼女はにっこりと笑って、こう言ってくれた。
「ええっと、わたし、今日旅立ったばかりなんですけど、ウツギ博士から届いてますか? キキョウのセンターで渡してもらえる、って聴いたんですけど」
頭を上げた彼女は、続けてこう訊ねる。一通り言い終えた後、カナは受け取ったボールを腰にセットする。その手を鞄の方まで移動させ、中をゴソゴソと漁り始めた。
『かっ、カナ? トレーナーカードは明日にならないとできない、って言ってたと…』
「あったあった。わたし、ワカバから来たカナって言うんですけど、ありますか」
――まさかとは思ってたけど、やっぱり、忘れてるね、この感じだと――
目的の物を探し当てた彼女は、徐に一つのクリアファイルを取り出す。研究所のロゴが入ったそれをカウンターに置くと、こう訊ねていた。
その光景に、ぼくは思わず『またかぁ』と、ため息をもらしてしまう。半ば呆れながらもこう呟く。それからぼくは辺りをキョロキョロ見渡し、踏み台を捜し始める。運よくカウンターの傍にイスがあったので、そこにぴょんと飛び乗り、カナの方を見上げた。
「博士から聴いているわ。…でも、ごめんなさいね。今日預かってたのはキキョウの子の物だけで、ヨシノとワカバからはまだ届いてないのよ」
「そうですか…。じゃあ、また明日来ます」
ぼくは声をあげ、カナに注意を向けてもらおうとした。でも、喉に力を入れて発声しようとした直前に、受付の人に先を越されてしまった。
その人は、ぼくからは見えないけど、手元にあると思われるメモに視線を落とす。すぐに正面を向き、申し訳なさそうにこう言うのだった。
カナは一瞬暗い顔をした。でも、「なら仕方ないよね」って小さい声で呟いてから、こう言う。少し手早く書類を片付けてから、もう一度ぺこりと頭を下げていた。
「コット、そろそろいくよ」
『あぅ、あっ、うん』
すぐにパッと笑顔を見せ、カナはぼくにこう呼びかける。一方のぼくは、中途半端に出しかけていたので、変な声を発してしまう。慌てて口を噤み、とりあえず頷いた。
――明日にしかもらえないから、また出直しだね。トレーナーカードは身分証明書みたいなものだから、確かこれが無いとジムに挑戦できないんだっけ? 確か、スクールでそう聴いたような気がする…。…あっ、そうだ。あの事も伝えないと――
『でも、ちょっと待って』
もう一つ大切な事を思い出したぼくは、もう一度声をあげて彼女を呼び止める。それに気づいてくれて、カナは「どうしたの」と、注意を向けてくれた。
その事を確認すると、ぼくは一度、イスの上から跳び下りる。受付の前だと邪魔になるから、すこし離れた所に場所を変えた。そして、いつもの様に右前脚を上げ、空中に文字を描いてゆく。
なかまになってくれたポッポのあのこを、だしてあげたほうがいいんじゃない
「ええっと、うん、そうだね。ポッポ、お待たせ! 」
彼女はぼくが描く文字に合わせて、読み上げていく…。すぐに意味を察したのか、前半を書き上げた段階で、行動に移っていた。さっきセットした二つ目のボールに手をかけ、それを握る。小さく投擲しながら、彼を外に出してあげていた。
そこからは、収まる時とは違い、白い光が発せられる。それが雲散すると、一匹のポッポが姿を現した。
『…まさか、逆転されるとは思わなかったよ』
『きみのほうこそ。練習してたから自信はあったけど、あの時は流石にヤバいと思ったよ』
ボールから飛び出した彼は、『ハハハ』と笑みを浮かべながら、こう言う。余韻に浸っているみたいで、爽やかな表情をしていた。
その彼に、ぼくも笑顔でこう答える。白熱したバトルを思い出しながら、右前脚をさし出した。
――この子とのバトル、ぼくがしてきた中で一番楽しかったかもしれないよ――
『ぼくは見ての通り、イーブイのコット。これからよろしくね』
――この子は戦う前から『仲間になる』って言ってくれてたから、理由を聞かなくても大丈夫そうだね――
さし出したぼくは、彼にこう自己紹介した。出してから、握り返す前脚も手も無かったよね、って気付いたけど、それは杞憂に終わった。彼は片足立ちになり、右のそれを前に出す。右足でぼくの足を握ってくれて、握手を交わした。
――へぇー、飛行タイプの種族って、こうやって握手をするんだね。知らなかったよ――
彼の方法に、ぼくは密かに感動を覚えるのだった。
『うん、よろしく! オイラはポッポのイグリー。好きな木の実はオレン。カゴのみもいいかな。コット、こちらこそよろしく! 』
ポッポの彼、イグリーは大らかにこう言い放つ。自ら好みの木の実を言ってくれ、親し気に自己紹介してくれた。
『うん。イグリー、もしぼく達のトレーナー、カナに伝えたいことがあったら、ぼくに言って! 』
『ん? コットに? 何で? 』
続けてぼくは、彼にこう言う。ぼくと同じで文字が書ける、っていうジュカインのツバキさんの事を思い浮かべながら、こう頼んでみた。
当然イグリーは、訳が分からない、と言った様子。頭の上にハテナを浮かべながら、首を傾げていた。
――ぼく達の言葉は人間には分からない、っていうのが普通だから、こう思うのも無理ないよね――
『実はぼく、人間が使ってる文字、ちょっとだけ書けるんだよ。だから、筆談、っていう方法を使えば、カナとも話せるんだよ』
『もっ、文字…? 人間と話すって…、コット、そんな夢みたいな事、本当にできるの』
『うん。まぁ、見てて』
好きな木の実を言ってくれた、っていうのもあるけど、ぼくはその代わりに、自分の特技を教える。その事が信じられない、という様子で、イグリーは芸人みたいなリアクションで、声を荒らげていた。
彼の様子にぼくは、ちょっとだけ優越感に浸る。でもすぐにそれを頭の隅に追いやって、行動に移った。一度カナの方を見上げ、呼びかける。ずっと見守ってたと思うから、すぐに文を書き始めた。
ポッポのこのこ、イグリーっていうなまえなんだって
ぼくは試しに、彼が見る横で、こう描く。さっき知った事を彼女に伝えるために、スラスラと書き記していった。
「へぇー、イグリーっていうんだー。わたしはカナ、よろしくね」
『えっ、あっ、本当に…』
『ねっ! 』
もちろんカナは、いつも通りに文を読みとってくれる。意味を理解すると、イグリーの方に視線を移し、にっこりとこう言っていた。
まさか意味が伝わると思っていないイグリーは、文字通り豆鉄砲をくらったような表情になる。訳が分からないまま頷き、彼女の言葉に答えていた。
――仲間が増えるたびに、イグリーみたいはビックリした表情、見れるのかな。案外、おもしろいかも――
その一方で、ぼくは密かにこう感じるのだった。
Continue……