Sept 五匹目のメンバー
Sideライト
「テトラ、わたし達もそろそろ行こっか」
『うん』
ヨシノに着いてユウカちゃんと再会したわたし達は、互いの目的が済んだ、という事もあり、一度別れた。別れたと言っても、小さな港町を後にしたのは、わたし達だけ。ユウカちゃん達は、センターで回復してもらった後、ヨシノの風景や、ポケモン達の様子を絵に描いていくつもりらしい。別れる時、彼女は一度ボールにメンバーを戻してから、その建物の中に入っていった。
それからのわたし達は、技の調整をしていたティル達と合流し、港町を出発。ユウカちゃん達から貰った情報を元に、自分達の調査を開始した。しかし、今、わたしと行動しているのは、テトラ…、彼女だけ。ラグナの提案で二班に分けて行動する事になったため、ティル、ラグナ、ラフは傍にいない。相性、実力、飛べるかどうか…。色んな事を考えたうえで、この組み合わせになった。
そんな中、一足先に東側の道へと向かった彼らに遅れを取るまいと、わたしとテトラは西側に向けて歩き出す。南側へと向かい始めた太陽を背にしながら、わたしは彼女にこう呼びかけた。すると彼女は、わたしの向けて笑顔で頷いてくれた。
『競争じゃないけど、待ち合わせに遅れる訳にはいかないもんね』
「そうだね。時間は十分にあるけど、遅れ過ぎも良くないから」
センターの人によると、ヨシノとキキョウの間は、バスを使っても三十分はかかるみたい…。テトラを乗せて飛んだら話は別だけど、わたし達は歩きなんだから、尚更だよね。そもそも飛んだら調査にならないし。
テトラは一瞬だけ、東側の道…、舗装された道路の方をチラッと見てから、私の方へ視線を上げる。たぶん、そこにいるであろうティル達の事を意識しながら、こう言った。それにわたしは、左腕の時計に視線を落とし、時間を確認する。待ち合わせ時間を目で確認しながら、彼女の言葉に答えた。
『あの時はラフが道に迷って、エライ事になったもんね、責めるつもりはないけど』
うん、確かに、そうだよね。これも個性だから否定するつもりはないけど、ラフは初めて会った四年前から、超が付くほどの方向音痴。今は差し支えないけど、飛行タイプで方向音痴、っていうのは、致命傷かな…。
テトラはこの三年間であった事を思い出し、こう呟く。でも最後は『これ、重要だから』とでも言いたそうに、語尾を強めていた。それにわたしは、「あははは…」と小さな苦笑いでしか、応える事が出来なかった。
何しろ、わたしにも前科があるからね…。初めてヤマブキに行った時、道に迷ってラグナにこっぴどく叱られたっけ? 懐かしいなぁ。
「まぁ、ラフだからね、仕方ないよ」
『うぅんと、そうだね』
そんな考えをわたしは頭の片隅に押し込み、半ば笑い気味にこう付け加えた。するとテトラは、わたしに返す言葉を考えているのか、少しだけ目線を青空に向ける。でも何も浮かばなかったのか、弾けた笑いでその後を繋げていた。それにつられるように、わたしも笑い声をあげる…。二つの楽し気な声が、午前の青空に幾多にも響き渡っていった。
…ん? 今、誰かがくしゃみをしたような…。気のせい、かな。
『そういえばライト、一つ気になるんだけど、いいかな』
「いいけど、急にどうしたの」
揃って声をあげて笑っていると、テトラは、あっ、と何かを思い出したように言う。一般的なニンフィアとは違って青い彼女は、見上げていた視線をわたしの双眼に変え、徐にこう訊ねてきた。その彼女に、わたしは一度、首を横に捻る。前半を少し伸ばした言葉に疑問を乗せ、テトラにこう聞き返した。
『ティル達なら分かるんだけど、どうして私達がこっちに来たのかなー、って思って』
テトラがこう思うのも、無理ないかな。だって、わたし達がいるのは、舗装されてて交通量の多い東側じゃなくて、昔からの、舗装されていない西側…。このに住む野生のポケモン達のために残された、いわゆる旧街道だから。元々わたし達は調査で来てるんだから、生活道の東を選ぶのが、一般的。だから、テトラには何でわたしがこっちの道を選んだのか分からなかったのかもね。
頭の上に疑問符を浮かべる彼女の表情から、わたしはこんな風に予想する。東と西との違いを頭の中で見比べながら、わたしは「そういえば、何でこっちにしたのか、言ってなかったね」と答える。わたしが提案した、という事もあってその理由が分からない彼女は、『で、何なの』と、不思議そうに首を再び傾げていた。
「ティル達を見てたら、わたしも戦いたくなってね。生活道よりも旧街道の方が、ポケモンもトレーナーも多いでしょ? そもそも、わたしはラティアス。扱いとしては野生だけど、わたしは五匹目のメンバー。ポケモンなんだから、戦いたいんだよ」
だって、いくらわたしが人間に姿を変えられると言っても、ポケモンなのには変わりない…。ティルには抜かれちゃったけど、伝説として、負けてられないからね!
わたしは一人のトレーナーとしてではなく、一匹のラティアスとして、自分の想いをぶつけた。自然とわたしの言葉には力が宿り、心からの声として、午前の春風に解き放たれていった。
「それに西側の道なら、背が高い茂みもあるし、ちょっと逸れたら、林が広がってる。だから、姿を変えるにはもってこいでしょ」
わたしは『うんうん』と頷きながら訊いてくれている彼女に、こう付け加える。慎重な彼女に、わたしは「ねっ」と、明るく主張した。
『そっか、うん、そうだね。あそこの茂みなら、良さそう。…もし見つかりそうになったら私のフラッシュで何とかするから、ねっ』
「ありがと、テトラ」
ティルの強さ、ラグナの分析、ラフの行動力、それからテトラの慎重さも、頼りにしてるよ! 何かみんなに、頼ってばっかりだけど…。
わたしの説明を聴いたテトラは、わたしの言葉に二つ返事で頷いてくれた。刹那、辺りをキョロキョロと見渡し、木々や草花の高さを確かめる…、たぶん。良さげな場所が見つかったのか、彼女は一度『あっ』と声をあげる。すると彼女は、『もしもの時は任せて』と言いたそうに、自信満々に言い放った。見つけてくれた場所を、彼女は右側の触手で指し、わたしに教えてくれた。
彼女が指さす方に目をやると、深く茂った翠…。生活道から正反対の方向っていう事もあり、何本もの高い木がそびえ立ち、青々と茂っている。その足元には比較的背の低い、いわばむしられる事なく立派に茂った雑草が、窮屈そうに
犇めきあっていた。
まさに、身を隠すのには、丁度いいね。テトラ、助かったよ。
僅かな時間で場所を探してくれたテトラに、わたしは真っ直ぐ感謝を伝える。すると彼女は少し照れくさそうにしていた。それでも彼女は、わたしの考えてることを多分察してくれて、目で答えてくれた。
「じゃあ、いってくるよ」
『うん。私が見張ってるから』
安心して! 自信満々な彼女は、こうも言ってくれてるような気がした。頼れる彼女の言葉に、わたしは「うん」と大きく頷く。周りの事を彼女に託して、わたしは青々と茂る雑木林をかき分けていった。
「テトラ、お願いね」
『うん、任せて! 』
無造作に生えすぎて鬱陶しいけど、わたしはその中から彼女に声をかける。すると彼女は、背中で元気よく答えてくれた。
本当はここまでする事は無いと思うんだけど、念のため、だね、テトラが言うには。
おそらく集中し、彼女はわたしの為に辺りへの警戒心を強める。彼女の緊張のためか、わたしには少しだけ木々が騒めいたような錯覚を覚えた。
そんな違和感をわたしは頭の外へと追い出し、目を閉じる。意識を集中させ、本来のわたしの姿を思い浮かべる。
「フラッシュ連射!」
するとわたしは激しい光に包まれた。それにあわせて、テトラも技を発動させる。触手にエネルギーを凝縮させ、どうしても発せられてしまう光を誤魔化してくれた。
その間に、わたし自身は自らの光に包まれる。やがてわたしはその光と同化し、一瞬だけ実体が無くなる。光は少し浮き上がりながら形を変える。かたちが安定した瞬間、わたしに生物としての実体が戻る。そうこうしているうちに、光が次第に弱くなり、最終的には収まっていった。
吹き抜ける風の音、木々の囁き、若葉の香り…。本来の姿に戻したことで、わたしの五感は冴えわたり、色んな意味で解き放たれた。
普通の人間よりは感じられるけど、手に取るように伝わってくる自然の息吹に、わたしは二、三秒身を委ねる。すると今年芽吹いたと思われる新芽の爽やかな香りが、わたしの鼻をくすぐっていった。その後、閉じていた瞼をゆっくりと開ける。人間の姿だった時よりも目線が高くなり、重力から解放されたのを確認する。それから、首を前に伸ばすようなイメージで、前に意識を向ける。雑草が掠って草まみれになったけど、わたしは茂る雑木林から一気に飛び出した。
飛び出したわたしの姿は、ごく一般的なラティアス。背の高さは、平均…、とは言っても、わたしは自分以外に二匹しか知らないから、その中でだけど、平均よりも少し小さい、百三十五センチ。ショルダーバッグの紐を、右の翼に引っ掻ける、背中、胴へと通す。そこから通した紐を左の、人間でいう脇に通し、物を入れる部分を身体に密着させる。こんな風にバッグを提げたわたしは、感覚を確かめるように、両翼を羽ばたかせた。
『テトラ、お待たせ』
『やっぱりライトはラティアスの姿じゃないとね!』
元の姿に戻し、開放的になったわたしは、高らかに声をあげる。するとテトラは辺りへの警戒を解き、弾ける笑顔で迎えてくれた。
人間の姿もいいけど、やっぱり元の姿が一番だよ!
Continue……