Cinq 夢現の笛
Sideライト
「どう?落ち着いた」
「うん、とりあえずは大丈夫、かな」
ユウカちゃんと合流してから数分後、このままここにいるのもアレだから、って事で、船着き場からセンターの前に移動した。その頃にはユウカちゃんの息も整ったみたいで、普段通りのテンポに戻っている。通行の邪魔にならない広い場所、という事もあって、最初から出ているティル達、ツバキはもちろん、ユウカちゃんのメンバーでボスゴドラのクロム君、シャワーズのニトル君、ボーマンダのフィルト君、みんな揃っている。そのうち、わたし達の傍にいるのが、テトラとニトル君。あとのみんなは、センターの横で世間話を兼ねた技の調整をしているため、いない。
わたしとユウカちゃん、ツバキだけじゃなくて、他のみんなも仲がいいんだよ。ラグナは別だけど、だいたい一つか二つぐらいしか変わらない。それにホウエンでは一緒に行動してたから、尚更絆が深まってるってワケ。
あっ、そうそう。実はユウカちゃんもわたしと同じで、エクワイルの一員。ユウカちゃん達は二年前にカロス地方に行ってたみたいで、そこで声をかけられたって言ってたよ。そこでもリーグを制覇したみたいだから、わたしよりも一つ上の階級の、“アージェント”だね。
『なら、大丈夫そうだね』
『だね』
「うん。ユウカちゃん、任務の事を聞く前に、一つだけ渡したいものがあるんだけど、いいかな?」
「渡したいもの?」
彼女の様子を見ながら、まずニトル君が声をあげ、続いてテトラが頷いた。その後でわたしが口を開き、襟元の銀色のバッヂが輝く彼女にこう訊ねた。
本当はホウエンでの任務の時に渡すつもりだったんだけど、持ってくるのを忘れちゃってね…。おまけにラグナにも叱られちゃったから、今度こそはね。
わたしがこう回想している間、わたしの突然の頼みに、ユウカちゃんは当然首を傾げる。その直後に、目的の物が何なのか知っているテトラは、『あぁ、あれの事だね?』って言いながら、わたしの方へ視線を送ってくれた。
「いいけど、何なの?」
「ユウカちゃんなら信頼できるし、上手く使ってくれると思うから、ね」
「わたしが?」
「うん」
わたしはそう言いながら、鞄の中に入れてきた例の物を漁り始める。疑問を正面からぶつけてきた彼女に対しては、その方を見ずに、大きく頷いて答えた。
うーんと、どこにしまったっけぇー…。ええっと…、あっ、あったあった!
鞄を肩から提げたまま漁るわたしは、その目的のモノを探り当てた。それを手にとり、他の道具に引っかからないように注意しながら引き抜いた。
「笛?」
「うん」
『眠り状態を治してくれる、ポケモンの笛か何か?』
『ううん、そんなありきたりなものじゃないよ』
わたしが取り出したのは、長さが十五センチぐらいの、木製の縦笛。傷や汚れは殆ど無く、ほぼ新品といっても過言ではない。わたしが出したそれを見たニトル君は、彼自身の記憶の中から近いものを探し出し、名前を口にする。しかし彼の予想ははずれてしまい、首を横に振るテトラに、やんわりと否定されてしまった。
確かに、それも笛には変わりないけど、わたしが渡したいこれは、そんなんじゃない。もっと大切で、貴重なものだから…。
「“夢現の笛”って言う笛なんだよ」
「むげんの、ふえ…?」
その物の名前を、わたしはゆっくりと、正確に読み上げる。手に持ってるそれを見せながら、彼女を見、こう言った。恐らく聞いた事の無い…、いや、知るはずの無いその名前を、彼女は頭の上に疑問符を浮かべながら、ぺラップのように繰り返した。
「うん。一言でいうと、わたし達、ラティアスかラティオスを呼び出せる宝具。世界でわたし達の数だけしかない、貴重な楽器なんだよ」
表情からして、多分疑問の輪廻に囚われれている親友に、手短に説明する。事の重大さを伝えるために、わたしはあえて真顔で、彼女の目を真っ直ぐ見ながら、淡々と言った。
「宝具…、そんな大切なものを、わたしに…? わたしが持っちゃって、いいの?」
もちろん、宝具、っていう単語を耳にしたユウカちゃんは、平然と話すわたしに、恐る恐る訊ねる。
「うん。わたし達の風習…、習性、なのかな? それでは、心から信頼できる人間にこの笛、“夢現の笛”を渡すことになってるんだよ」
『信頼できる? 信頼関係なら、ティル君じゃだめなの』
「うん。わたしも最初はそう考えたんだけど、構造上ムリなんだよ」
『ちょっと前にライトから聞いたんだけど、呼ぶためには笛の穴を七個以上塞がないといけないんだって』
テトラ、補足、ありがとね。
「そうみたいなんだよ。…ええっと、ニトル君に聞かれたんだけど、これは人間にしか使えないの」
本当はティルにも使えたら一番いいんだけどね…。
「って事は、ポケモンには無理なんだね」
「うん。何でかは体の造りの違いから話さないといけないんだけど、人間とポケモンって、指の数が違うでしょ?」
「指の、数? でも何で指の本数が関係あるの」
「見てもらったほうが早いかな」
矢継ぎ早に解説を進めるわたしは、ずっと手に持っている笛を、横に一回まわしながら、彼女に手渡す。受け取った彼女は、不思議そうにそれを眺める。右、左、前…、色んな方向に変えながら、その理由を探ろうとしていた。
「うん。…裏の穴が一個多いぐらいしか、変わった所は無いんだけど」
「そこが、ポイントなんだよ。縦笛を吹くのに、元々裏の真ん中の穴はないでしょ?」
「うん」
わたしがその場所を教えると、ユウカちゃんは、その通りに笛を動かす。目で見て確認すると、彼女はこくりと頷いた。
「誰の笛かで変わるんだけど、少なくとも裏の二つは絶対に塞がないといけないの。表の方は、右手と左手、あわせて五個以上いるんだよ。それにユウカちゃん、よく考えてみて。わたしは人間に姿を変えれるようになって初めて知ったんだけど、ポケモンの指って、だいたい三本、多くても四本でしょ? もし足りても、長さが短かったり、人間では親指にあたる部分が無かったり…、種族によってバラバラなんだよ。だから、わたし達、ポケモンには使えないんじゃないかな」
これはあくまでわたしの勘だけど、多分これであってるはず。まず四足歩行する種族は、前脚で持つのは凄く大変だし、持てたとしても指の長さが足りない。飛行タイプとかみたいに、腕にあたる部分が翼になってる種族は、考えなくても分かる。元々腕がない種族は論外。二足歩行する種族は、そのほとんどが、指の本数が足りないから、使うことが出来ない。わたしのラティアスと、異性のラティオスは、指が短い上に本数も足りない。そもそも、自分がそうなのに、同族を呼ぶ必要なんてあるの? って話。
自然な流れで“夢現の笛”を手渡せたわたしは、使い方を兼ねてこう説明する。推測も混じっちゃったけど、何とか彼女に解説する事が出来た。
これだけ言えば、分かってもらえたかな?
Continue……