Quatre 到着
Sideライト
『カントーとジョウトは陸続きだって聞いてたけど、まさかここまで時間がかかるとは思ってなかったよ』
「本当にそうだね。お蔭で時間感覚が狂いそうだったよ」
偶然甲板で鉢合わせになった少年達とのバトルが終わってから数分後、広い海原を突き進むフェリーは目的地へとたどり着いた。船着き場はクチバとかミナモみたいに堂々とした出で立ちではなく、どちらかと言うと、トウカやマサラ…、小さな町のそれの方が近い…、かな? 二階建ての建屋に続く桟橋を歩くわたしは、バトルの直後でまだ体温が下がり切ってないパートナーに、こう話しかけられた。ティルはバトル…、ではなく、丸一日を費やした船での移動に対して、疲労困憊といった様子。それでも彼は、そんな事を表には出さず、こう呟いた。
確かに、そうだよね。わたしもそうだって思ってたから…。船酔いしたのも、そのせいかな? バトルで気が紛れたから、何とかなったけど…。
わたしはこう振り返りながら、ははは…、っと、軽い苦笑いを浮かべる。エスパータイプらしくわたしの心情を悟ったのか、ティルも『だよね』と言いながら答えてくれた。その後、一二秒の間隔が空き、今度は二つの笑いが小さな港町に幾多にも反響した。
『だよね。でも、甲板でバトルが出来たのが、せめてもの救いかな』
「そうだね。テトラ、ラグナ、ラフ、お待たせ」
そうこうしているうちに短い桟橋を渡りきり、乗り場の建屋も通り抜ける。ティルは歩くわたしと向き合い、後ろ向きで歩きながら、こう言った。向きをそのままに、彼は後ろに右手をのばし、扉に手をかける。歩くスピードを緩めずに、直接目で確かめずにそれを開け放った。すると外からの春風が一気に流れ込み、彼の体毛を
弄びながら駆け抜けていく。そのままわたしともすれ違い、船の上程ではないけど、わたしのロングヘアーが派手に舞い上がった。
彼が開けてくれた扉をくぐり、わたしは一度頷きながら、浅く深呼吸する。春の期待と楽しみが晴れ渡る温もりと混ざり合い、新天地についたばかりのわたしを、より一層奮い立たせてくれた。そのままわたしは、腰のベルトに装着しているボールを手にとり、ずっと控えてもらっている仲間たちを出してあげた。
『ここがヨシノシティ?』
『そうみたいだよ』
『何かトウカと似てるね』
『小さな港町だから、自ずとそうなるな』
テトラ、ラグナ、ラフも、遅くなってごめんね。本当はもっと早く出してあげるつもりだったんだけど…。
わたしは彼女達に、心の中でこう謝った。その間にも、仲間たちはボールから飛び出し思い思いに語り合っていた。まず初めに、着いた実感が無いのか、ラフがこくりと首を傾げながらこう呟く。それに、一足先に出ていたティルがこう答えた。ティルとほぼ同じタイミングで、テトラがこの町に対する感想を、一通り見渡してから漏らす。それにラグナが、『納得だな』とでも言いたそうに、彼女の言葉に頷いていた。
「だよね。そう言えばラグナ?」
『ん、ライト、どうした』
「ラグナって、大分昔にここに来た事があるんだよね」
確か、前にそう言ってたような気がする…。だから、この町の事とか、何か知ってるかも。
わたしは以前聞いたラグナの言葉を思い出し、彼にこう呼びかける。すぐに反応してくれて、わたしを見上げながらこう訊き返した。その彼にわたしは、カイナとは違った潮風に淡い期待を乗せながら、こう訊ねた。
『ああ。確かに俺は組織にいた頃、ジョウトには来たことがある』
『ええっと、まだ下っ端の時、って言ってたっけ』
『ああそうだ』
ラグナは頷き、わたしの問いにすぐ答えてくれた。その時の事を鮮明に覚えていたのか、彼が言った言葉には、強い断定の意味が含まれていた。
それに、ラフがこう質問を重ね、彼の方に目を向けた。ラグナは感傷に浸ってそうな表情をしながら、再び頷いた。しかし彼は、わたしの予想に反して、その首を横に振りながら、言葉を連ねた。
『だが…、俺が来たのは、もっと進んだ先にある、アサギシティだ。だからライト、聞き間違いじゃないのか』
「そうだっけ?」
『そのはずだよ。だってラグナ、その時に渦巻島に行ったって言ってたでしょ、ライト?』
ラグナが言ってたのって、アサギだったっけ? うーんと、ちょっとそこまで覚えてないかな…。
彼はそう言い、再びわたしを見上げる。その言葉を聞き、記憶を辿っているわたしに、テトラがこう言う。彼女は、一度ラグナに『そうでしょ?』って目線で訊ねる。無言のメッセージを受け取った彼はと言うと、彼女の方をチラッと見、小さく頷いた。その後すぐに、テトラは『ねっ?』って言いながら、視線をわたしの方へと戻していた。
「そう、なのかな」
『ライ姉、しっかりー』
『きっと船酔いのせいだね』
「かもね。あははは…」
きっと、そうだね。酔ったせいで記憶が曖昧になってたんだ!…うん、そうだ、そうしておこう!
茶々をいれるラフとティルに、わたしは何とか笑って誤魔化した。自分にもそう言い聞かせ、船酔いに全ての責任を押し付けた。その瞬間、わたしたちは再び朗らかな笑いに包まれた。
だってそうだよね? 船酔いって、毒状態程ではないけど辛い…。見積りを誤ったわたしが悪いんだけど、元々飛べるわたしには酔い止めなんて必要ないんだから、多めに見てもらえるよね? わたし、ラティアスだし。
『ライトー、もう来てたんだね』
「はぁ、はぁ…、つっ、ツバキ…、待ってよ」
『あっ、この声は…!』
と、そこに、船着き場を背にしているわたしの背後から、一つの声が響き渡った。その声は大空に鎮座する太陽にも負けないような輝きを放ち、我先にと飛び出してきた。その後ろを、トレーナーと思われる一人の少女、わたしより三つ年下の彼女が追いかける。彼女はゼェゼェ息を切らせながら、悲鳴にも似た声をあげていた。
活発な彼女の声に呼ばれて振り返ると…、
「ツバキ! うん、十分ぐらい前にね。ユウカちゃん、お疲れ様」
弾けんばかりの笑顔と共に走ってくる、メスのジュカインと、今にも倒れそうな足取りで必死に追いかける、使い込んだスケッチブックを抱えた彼女…、わたし親友のツバキとユウカちゃん。前者は扉を蹴破る勢いで開け放ち、手を振り、後者は、辛うじて追いつくと、膝に手をつき、荒く型で息をしていた。
「あっ…、ありが、とう。はぁ、はぁ…、ライトちゃんも、はぁ、今、はぁ…、着いたところ、はぁ…、なん、だね」
『ユウカちゃん、そんなんで大丈夫なの?』
『ひとまず、息を整えたらどうだ?』
「うん。とりあえずユウカちゃん、落ち着こっか。ラグナとラフも心配してるし」
切れ切れに話す彼女を見たふたりは、直接は伝わらないけど、こう話しかける。ラフは相変わらず毒舌気味に覗き込み、ラグナは一切取り乱すことなく、冷静にアドバイスしていた。
ユウカちゃん、相変わらずだよね。ポケモンと人間は身体能力に結構差があるけど、ツバキとユウカちゃんは特に離れてるもんね…。
わたしはそんな彼女に同情しながら、優しく語りかける。フルマラソンを完走した直後みたいな彼女に、わたしは肩を貸してあげながら、ふたりの言った事を簡単に伝えた。
『ツバキ、とりあえず、ユウカさんの様子を見ながら走った方がいいんじゃない?』
『あーごめんごめん。すっかり忘れてたよ!』
『でも、いつもの事だから、いいんじゃない? 走る練習にもなるし』
『私はこのくらいの刺激があった方が、いいと思うけど』
『だが、運動音痴なユウカには堪えるんじゃないか』
『それもそうだね!』
ちょっとみんな、ユウカちゃんには聞こえないからって、言いすぎじゃない? これもいつもの事だけど…。
最初にティルがユウカを見ながらこう言い、当事者のツバキに目を向ける。その彼女は平謝りでこう会釈する、…が全然反省している様子は無かった。
これもふたりの信頼関係があってこそだから、わたしもそこまで気にしてないけど。
彼女に続いて、テトラも便乗し、ラフは『それならコーチは私が引き受けるよ!』っと付け加えた。最後にラグナがこう付け加え、パートナーのツバキが締めくくった。
みんなのいう通り、ユウカちゃんはもう少し体力をつけた方がいいね。わたしは陰ながら応援してるよ!
Continue……