Cinq 不思議な友達
Sideコット
『あのさぁ、カナ、一つ気になる事があるんだけど、いいかな』
初めてのバトルは無残な結果に終わったけど、カナが励ましてくれたおかげで、何とか立ち直る事が出来た。家を出発してから色々あったけど、ぼく達はようやく生まれ育った町を旅立つことが出来た。期待を胸に突き進むぼく達が今いるのは、ワカバタウンから西に進んだ先にある、二十六番道路。
――二十番道路は、ワカバ出身の人間達の間では確か、旅立ちの道、って言われてたっけ――
見慣れてるはずの田舎道は午前の陽で明るく照らされ、いつも以上に眩しく感じられる。暖かい春風は東から西へと吹き抜け、まるでヨシノに向かうぼく達に、行く先を示しているかのよう。優しく吹く風が、ぼく達を優しく後押ししてくれていた。いつもはバスの中だったから分からなかったけど、道のわきに茂っている草は楽しげに揺れていて、心地いいハーモニーを奏でている。ぼくはノーマルタイプだから、どんな種類かまでは分からないけど、春風で踊る若葉のいい香りが、ぼくの鼻をくすぐっていた。
そんな気持ちい道を進むぼくは、ふと歩く向きを後ろに変える。足を止めずに彼女を見上げ、ぼくはこう話しかけた。
「ん? コット、どうしたの」
簡単な意味だから、文字を書かなくても、カナはぼくの言葉を何となく理解してくれた、はず。カナはぼくの声を聴くと、頭の上にハテナを浮かべながら、注意を向けてくれた。
おきたときはもういなかったんだけど、えれんくんたち、どうしたの?
――回復してもらってからもっとニド君と話したかったんだけど、いなかったんだよね。エレン君、何かせっかちそうだったから、もしかしたら、先に行っちゃったのかもしれないね――
自分に注意を向けてくれたから、ぼくは一度立ち止まる。そしてぼくは、回復してもらってから聞きたかった事を、彼女に訊ねた。すると彼女は、ぼくが書くスピードからちょっと遅れて、小声で読み上げていた。
「ええっとね、あの後でちょっとだけバトルのコツとかを教えてもらったんだよ。何かエレン君ね、クチバのスクールを主席で卒業したんだって! 凄くない?」
『しゅっ、主席って、一番、って事だよね』
――えっ、エレン君って、そんなに賢かったの? 全然そう見えなかったよ――
まさかの彼女の発言に、ぼくは思わず声を荒げてしまう。ぼくの声が突然で大きすぎたのか、近くでたわむれていた野生のオタチ達が、ぼくの方に一斉に振り向いていた。
「コットも、ビックリするよね。わたしもそうだもん。コット、それからエレン君ね、スクールのバトルでも優勝したんだって」
『バトルでも!? だっ、だから、あんなに強かったんだね』
――ニド君があんなに強かったのも、納得だよ。あんなに強かったら、進化の時も近いのかもしれない――
カナの言葉でぼくは何となく、自分の敗戦に納得がいった気がした。それと同時に、仲良くなったニド君が、雲の上の存在のようにも感じられた。
「それからね、もうちょっと聞きたいことがあったんだけど…、少し目を離した間に、いなくなっちゃってたんだよね。今思うと、エレン君って、不思議な子だったなぁー」
『いや、カナ、いなくなったって、ただ事じゃないで…』
「ねぇコット、エレン君のニドラン、どんな感じだった」
ただ事じゃないでしょ! そう言おうとしたけど、ぼくの声はエレン君の事でテンションが上がっているカナに遮られてしまった。いかにも興味津々って感じで、彼女はぼくにも問いかけてきた。
『えっ、ニド君? ニド君は…」
えれんくんとはせいはんたいで、のんびりしたかんじだったよ。
――何かあのふたりって、本当に真逆だったなぁー。両方がすごく極端だから、釣り合いが取れてるのかもしれないね――
彼女の急な話題の変更に戸惑ったけど、ぼくは何とかその答えを考え始める事ができた。ワカバとスクール以外で初めてできた友達の顔を思い浮かべながら、ぼくは空中にこう描いた。
「のんびり、してたの?」
『うん』
はなしかたも、すごくゆっくりだったよ。
ぼくは彼女の言葉にこう頷いてから、右前脚を再び躍らせた。文字という便利な手段が、声では伝わらないぼくたちの谷間に、アーチ状の橋を架けてくれた。
「…何か全然違うね、エレン君達って」
『やっぱりそう思うよね。ええっとカナ、これはちょっと考えすぎかもしれないんだけど』
――あともう一つ、エレン君について気になる事があるんだよね――
ぼくの言葉を読み取ったカナは、意味を理解してから考える。同じ事を思ったのか、カナはぼくに訊ねるように訊いてきた。それにぼくは、うんうん、と、二、三回頷きながら返事する。間髪を入れずに、ぼくは少しだけ気持ちがモヤモヤしながら、こう言葉を繋げた。
えれんくん、ぼくのこえにこたえてくれたきがする。
――それに、ニド君の声にもそう。あれは絶対にニド君の言葉に返事してた――
何やかんやで本人に聞けなかったことを、ぼくはパートナーに伝えた。すると彼女は、凄く驚いた表情で、「えっ」っと声をあげていた。
「こっ、コットの言葉に答えてた、って、さすがに考えすぎじゃない? だって人にはポケモンの言葉は分からないでしょ? コットは文字が分かるから出来るけど、ポケモンとは話せないのが普通だもんね。何か伝説のポケモンとは話せるみたいだけど」
――たっ、確かに、そうだよね。だってぼく達、ポケモンは文字なんて使わないし、発声方法も違う…。だから、もしそんな人間がいるんなら、会ってみたいよ――
ぼくはこんな淡い期待を抱きながら、彼女の言葉にこくりと頷く。一度浮かび始めた疑問が、彼女の言葉によって掻き消される。正論だったから、ぼくがこういう考えに辿りつくのに、あまり時間がかからなかった。
『訊く前にどんどん先に進んじゃって、結局聞けなかったんだけどね』
ぼくは、あははは、っと、砕けた笑いで、こう付け加えた。それと同時に、ぼくには、またふたりに会いたい! っという想いが強く芽生えた。
「やっぱりそうだよね」
彼女もぼくとおんなじ風に考えてたのか、「だよね」って、満面の笑みでこう言った。たぶん彼女も、現実ではありえない事を思っていたらしく、ぶんぶんと左右に首を振っていた。
――やっぱり、そうだよね。人間にぼく達の声からの言葉が理解できるなんて、あり得ないよね――
Continue……