Dix 歓喜
Sideコット
「お願い、モンスターボール! 」
カナはそう言いながら、赤と白の球体…、ぼくが大嫌いなモンスターボールを握る手に力を込める。それを大きく振りかぶり、力尽きる寸前のポッポめがけて投擲した。
ぼくはというと、色んな意味でドキドキしながら、目の前に目を向ける。ちょっと目が霞んで見にくいけど、ぼくはカナのソレが離れた瞬間、ごくん、と、唾を飲み込んだ。
コツン
それは見事に命中し、辺りに軽い音を響かせる。二つに分かれ、開いたかと思うと、そこから赤い光が放たれる。気絶寸前のポッポを包み込むと、一瞬のうちにボールの中に吸い込まれていった。
ここで、バトルの前とは別の緊張感が、辺りを支配する。好敵手が治まったそれが地面に落ちると、勢い余って、二、三回ぐらい弾む。バウンドが治まると、今度は真横に揺れ始める。
――ぼくには経験が無いけど、きっとボールの中で、必死に抵抗してるのかもしれないね――
ぼくはこんな風に考えながら、結果を見守る事にした。
コクッ
弾むのが治まったそれは、右に大きく傾き、すぐに戻る。
――あぁ…、何か、ぼくまで緊張してきた――
コクッ
今度は左に振れ、再び同じ位置に戻る。
――ちょっと揺れる幅が小さくなったのは、気のせい、かな――
コクンッ
三回目の揺れ。これは、さっきの二回とは違ったような気がした。振れる方向は、一回目と同じ、右。でも明らかに、その幅が小さい。あの感じからすると、たぶん一回目は三十度。でも、三回目は、五度ぐらい…。
カチッ
ボールの裂け目になる部分が、地面と平行になってから二秒後。一瞬の静寂を破り、何かが型にはまって固定されたような、軽い音が、昼前の林道に響き渡った。
「おわった…、の? 終わった、ん、だよね」
『動かないから…、そう、なのかな』
軽い音が響いてから、それはピクリとも動かなくなっていた。でも、実感が無いのか、カナは半信半疑のまま、その事を確かめようとする。一言一言絞り出すように、踏ん張っているぼくに問いかけてきた。
――うーん…、たぶん、いいとは思うけど、どうなんだろう――
そのぼくも実感が無く、首を傾げる事しか出来なかった。もしかしたらフェイントなのかもしれない、と感じたぼくは、倒れないように注意しながら、その方へと歩いていく。試しに、ぼくはそれを、右の前脚でつついてみた。しかし、その勢いでちょっと揺れただけで、特に変わった事は無かった。
――何も変わらないって事は、もう何も起こらない、って事なのかな? っていう事は、もしかして、もしかすると、やっぱり、そう言う事だよね――
しばらく待ってみても変化が無かったから、ぼくはこう考える。そしてこういう結論に至ると、ようやく実感した。
それからぼくは、嬉しさ、高揚感…、色んな想いに満たされながらカナの方に振りかえり…、
『カナ、カナ! やったよ! ぼく達、やったんだよ』
ポッポのあのこ、なかまになってくれたんだよ!
思うがままに、こう声をあげた。いても経ってもいられず、ぼくはカナの方に駆けよる。そして、興奮が冷め止まぬまま、右前脚で吉報を書き記した。
「本当? 本当に、そうなの」
『うん』
まだ実感が無いのか、カナは首を斜めに捻りながら、こう呟く。それにぼくは、彼女に跳びつきながら、大きく頷いた。
『カナ、本当だよ、本当なんだよ! 本当に、仲間になってくれたんだよ』
感情のままに跳びかかったぼくを、カナはしゃがんで受け止めてくれる。
嬉しさを真っ直ぐ伝えながら彼女の顔を見ると、その思いが手に取るように分かった気がした。
疑問に満たされていた彼女は、ぼくの想いに少しビックリする。何かに気付いたのか、「えっ」と小さな声を漏らす。それがきっかけで彼女のモヤモヤに亀裂が入ったらしく、眩しい光を放ちながら、一気に広がっていく。終いには、彼女の表情が今までにないくらいに明るく、弾けていた。
「やったんだ。わたし達、本当にやったんだね」
彼女も、ぼくを抱えたまま、嬉しそうに立ち上がる。そのまま歩き出し、彼が治まるボールをひょいと拾い上げる。心なしかその瞬間、木の間から、温かい光が沢山あふれ出したような気がした。
――仲間になってくれるって、こんなに嬉しいんだね――
Chapitre Un 〜芽生える若葉〜 Finit