Huit 風への誘い
Sideコット
――ええっと、さっきの事を整理すると、シャワーズのニトルさん達と、トレーナーのユウカさんは、ホウエン地方から仕事でジョウトに来ている。仕事と言っても画家としての創作活動がほとんどで、各地を旅して、色んな風景とかポケモン達を描いていく予定。ジョウトでは、まだ来たばかりだから仕方ないけど、ユウカさんは、ホウエンではそれなりに名の知れた画家、らしい。それからもう一つ。ユウカさんは画家であるのと同時に、トレーナーでもある。メスで、ジュカインっていう種族のツバキさんが言うには、四年前にトレーナーになって、今ではホウエンとカロス、その両方のリーグを突破した実績がある。前者が先でその時からメンバーは、パートナーのツバキさんと、オスでシャワーズのニトルさん、ボスゴドラっていう種族の彼。それから、途中で姿が見えなくなっちゃったけど、たぶんドラゴンタイプが一匹…。この四匹だけみたい。あと、その中でも、パートナーのツバキさんは、ぼくと一緒で文字が書ける。だから、ツバキさんがみんなの代わりに言葉を伝えてるらしい――
カナの前を歩くぼくは、さっき知り合った腕利きトレーナーの事を思い出しながら、こう整理する。同時に、凄く話しやすかった彼らの姿を思い浮かべる。雲の様にフワフワと浮かんできたそのイメージは、『また会って、色んなことを聴きたい』という、強い思いをも連れてきてくれた。
ちなみに、今ぼく達がいるのは、小さな港があるヨシノシティではなく、そこと次の町とを結ぶ、三十番道路。旅立ちの道とは、また違った印象をぼく達に与えていた。まず、二十九番道路と決定的に違うのが、道の広さ。そこは田舎らしく自然豊かだっだけど、ここはそうとも言えない。起点のヨシノシティを出発すると、この道はある分岐点にさしかかる。
一つは、旅立ちの道とは大して変わらない、自然の道。昔からの林道という感じで、吹き抜ける風の囁きが心地いい。自然という事もあって、野生のポケモン達を多く見かける。野生を見かける、ということはもちろん、カナと同じ、トレーナーの姿も度々目に入る。相手こそ違うけど、色んな所で熱いバトルが繰り広げられていた。
――もちろん、ぼくもバトルを楽しんでるよ。トレーナー就きのひととはまだ自信が無いから、野生のひと相手だけど――
もう一つは、その東側に位置する、生活道。さっきの道とは違って、道路はしっかりと舗装されている。行き交っているのはその周辺で暮らす人々だけでなく、整備されている場所らしく、バスやトラックみたいな、人間の技術の結晶とも言える乗り物。道の真ん中を、巣作りをするオニドリルの様に、絶え間なく行き交っていた。その両脇には、歩いていく人のために造られた、歩道。バスが通っているけど人通りは多く、ヨシノの港みたいな賑わいを見せていた。詳しくは分からないけど、トレーナーの姿は疎ら。だから、野生のひと達はあまり見かけない。
それら二本の街道のうち、ぼく達が使ってるのは、西側の前者。林で暮らしているオタチやコラッタ達の楽しそうな声が、色んな所から聞こえてきていた。
『ねぇカナ、ちょっと頼みたいことがあるんだけど、いい? 』
「ん? コット、どうしたの? 」
そんな穏やかな風が吹きぬける中、ぼくは徐に立ち止まる。カナがついてきている後ろに振りかえり、見上げながらこう彼女に声をかけた。
そんなぼくの行動に、カナはすぐに反応してくれた。背が低いぼくのために、彼女も一度立ち止まる。その場でしゃがみ、両腕を膝にかけてこう答えた。
パートナーが聴く…、いや、見る体勢に入ってくれたのを確認したぼくは、右の前脚を少し高く上げる。それを上下、左右にふることで、昼前の空に文字を描いていった。
そろそろなかまがほしい!
ニトルさん達と会って感じた事を、ぼくは文字に乗せて書き記す。その文字はぼくの無意識のうちに、力強く、そしていつも以上に大きくなっていた。
「うん、そうだよね」
『でしょ? だって、ぼくだけだとタイプも偏っちゃうし、カナもぼくだけだと大変でしょ? 』
――誰か仲間がいたほうが、絶対に楽しいし、いつでもバトルの練習もできるもんね――
ぼくの想いを読み取ってくれたカナは、笑顔を浮かべて大きく頷いてくれた。その笑顔につられるように、ぼくからも弾けた声が躍り出る。気のせいかもしれないけど、昼前の林道の温度が、少しだけ暖かくなったように感じられた。
なかまになってもらうなら、ひこうたいぷがいい!
続けてぼくはこう描き、希望を彼女に伝える。今度はぼくの後ろから、草の香りが乗った風が通り抜け、ぼくのフサフサの毛を撫でていった。
「飛行タイプだね? うん、飛行タイプ、いいかもね! 」
『大きい種族ならカナも乗せてもらえると思うし、今日見たあのポケモンだって、飛行タイプかもしれないもんね』
立て続けに描かれるぼくの言葉に、カナは満面の笑みで賛成してくれた。しゃがんでいた彼女は徐に立ち上がり、頷きながら視線を前に向けていた。
一方のぼくは、相変わらず分からないけど、今朝見たポケモンに思いを馳せる。それと同時に、楽しそうに駆けていった彼女を追いかけ、こう声をあげた。
――――
Sideコット
「ねぇコット、あのポケモン、良くない? 」
今日旅立ったばかりのカナに提案してから数分後、ぼくたちは林道の脇の茂みに足を踏み入れていた。生い茂る草の高さは、大体二十センチぐらい。背が小さいぼくでも、視界が緑一色に染められることがなく、しっかりと辺りを探ることが出来ていた。無造作に生える雑草とは違い、道路わきの木々は高く、青々と茂っている。所々に別の種類が混ざっているのか、空色や薄い桃色の木の実がたわわに実っていた。
頭上を占める緑が地面の土と勢力を争っている中で、何かを見つけたのか、カナはある一点を指さして大声をあげていた。
彼女が指さす方を見上げてみると、そこには一匹のポケモン。手ごろな枝にとまって、おいしそうなオレンの実を啄んでいた。
『ポッポだね。ポッポなら…』
――あの種族なら、いいかもね! だってポッポは飛行タイプ。それに、進化したら大きくてカッコイい種族になるもんね――
ぼくはそのポケモン…、オスのポッポを見つけ、こう声をあげた。『ポッポなら、良いいんじゃない? 』ぼくは大きく頷いてから、こう言おうとした。でも、
「なら、早速ゲットしないとね! お願い、当たって、モンスターボール! 」
『えっ、ええっ!? ちょっ、ちょっとカナ、待って! 』
言葉としては伝わらないぼくの声は、あっけなく彼女のそれに遮られてしまった。「待ってました」と言わんばかりに声を荒げた彼女は、器用にも直接目で見ずに鞄を漁る。見事に目的の赤と白の球体…、ぼくが大っ嫌いなモンスターボール、それが、彼女の右手に握られていた。ぼくを追い抜いた彼女は、それを五メートル先の枝にとまっているポッポを狙い、投擲していた。
当然彼女の行動に驚いたぼくは、慌てて声をあげる。しかし、彼女にぼくの鳴き声は届く事は無かった。
カナの手元から離れたそれは、綺麗な弧を描いて飛んでゆく…。
『っん! なっ、なんだ? いきな…』
赤と白のボールは、他の何物にも妨害される事なく、標的を捉える。
突然の事に驚いた彼は、あまりの事に声をあげる。抵抗する暇もなく、彼はそれから発せられた赤い光に包まれた。まばたきするかしないかの短い間に、彼はその光と同化すると、瞬く間に吸い込まれてしまった。
彼を入れたモンスターボールは、そのまま真っ直ぐ地面に落ちてゆく。勢いが余っていたのか、それは地につくと、二、三回弾んでいた。
ボンッ!
バウンドが治まったそれは、そう音をあげて真っ二つに開く。そこから同じ光がもれた事で、彼は脱出する事に成功していた。
――ごっ、ごめん! 急にこんな事をしちゃって――
『いっ、いきなり何なんだよ! 』
もちろん彼は、文字通り豆鉄砲をくらったように取り乱す。その矛先は、パートナーであるぼくに向けられることとなった。
『急にこうなっちゃってビックリしたよね? ごめんね』
そんな彼に、ぼくはぺこりと頭を下げる。彼女の代わりに、申し訳ない、と思いながら、こう謝った。
『驚いたの何も、折角見つけたたオレンの実が…』
「だめなら、もう一回! 」
『かっ、カナ! だから、待ってよ! 』
怒りを顕わにする彼は、両方の翼を羽ばたかせることで、溢れる感情を発散させる。大事な食事を邪魔されたことで、彼の感情は頂点に達しつつあった。
しかし、ピークに達する前に、彼女のそれが再び投げられる。二つ目のそれは、彼が慌てて羽ばたいた事により、茶色い地面を捉えていた。
「何で当たらないの…? もう一度…」
『だから待ってよ! 体当たり』
「うわっ! 」
――だからカナ、それじゃあいつまで経っても仲間になってもらえないよ――
初めての事で分かっていないパートナーに、ぼくは心の中でしかりつける。その思いが声にも出てしまう。また同じことをしかねないと悟ったぼくは、そんな彼女に呆れながら、彼女の方に向き直る。そして、ぼくは彼女の懐に力任せに突っ込んだ。
『こっ、今度は何? 』
ばとるでつかれさせないとつかまらないって、ならったのに、わすれたの?
次々に襲いかかる奇妙な光景に、彼の感情は疑問で満たされている、はず。横目で見た彼は、訳が分からずあたふたしていた。
ぼくはというと、仰向けに倒れたカナの上に乗っかる。そしてその場で、彼女に言い聞かせるように、こう素早く書き記した。書き終えたぼくはそんな彼女に呆れ、一つのため息をつく。そして、彼女の反応を待つことなく、そこからぴょんと跳び下りた。
『ぼく達、今日旅立ったばっかりでね…。そんな事より、旅とか、してみない?』
『たっ、旅って、いきなり何を…。もしかしてキミは、トレーナーの? 』
『うん』
倒れるパートナーの事は放っておいて、ぼくは彼に話しかける。ダメもとでこう提案し、彼の様子を伺った。
そんなぼくに、ポッポの彼は一度首を傾げる。ちょっとだけ考えた後、意味が分かったのか、こう返してきた。
それに、ぼくは大きく頷いた。
『一緒に色んな所に行ったり、色んな相手とバトルしたり…。とにかく、楽しい事が一杯あるから、一緒にしてみようよ! 』
仲間になってくれるかもしれない彼に対して、自然と声のトーンが上がる。期待に胸を膨らませながら、ぼくはこう誘ってみた。
『楽しいこと、かぁー。行ってみよう、かな』
『えっ、本当に? 』
――っていう事は、もしかして――
ぼくに誘われている彼の心は、少なからず揺らいでいる様子…。斜め上の方に視線を泳がせながら、こう呟いていた。
『でも…』
『でも…?』
しかしその彼は、次の瞬間言葉を濁す。当然ぼくはその意味が分からず、そっくり繰り返して疑問符を浮かべた。
『キミについて行くけど、オイラに勝てたらな! 』
彼はそう言い放つと、鋭い目つきでぼくを睨む。敵意をむき出しにして、飛びかかってきた。
『きみがそのつもりなら、ぼくだって、遠慮なくいかせてもらうよ! 』
売り言葉に買い言葉。ぼくも気持ちを戦闘に切り替える。そして、全身に力を込め、一気に駆け出した。
――まだ回数は少ないけど、ここまでで勝ってきている。ニトルさん達にコツとかを教えてもらって、練習もしたんだから、負けないよ! ――
Continue……