Sept 遠くて近い存在
Sideコット
『凄い…、凄すぎるよ』
「ちょっ、ちょっとコット! 待って」
――本当に、凄いよ! だって、シャワーズって電気タイプに圧勝だったんだよ! 技だって、一つしか使ってないのに――
ぼく達が観戦していたバトルが終わり、いつの間にか集まっていた人達は色んな方向に散り散りになっていった。だから、今ここにいるのは、ぼくとカナ、それから、絵を描いていたトレーナーと、戦ってたシャワーズと、その仲間達。賑わっていたセンターの前は、気付いたら普段の日常に戻っていた。
そんな中、ぼくはバトルの興奮が冷め止まぬまま、こう感想をもらす。そしてこう言いながら、我慢できず、四肢に力を込め、駆けだした。その少し後ろを、カナが慌てて追いかけてきた。
『さっきのバトル、凄かったよ』
『えっ、僕の? 』
『うん! 』
声の届くところまできたぼくは、その彼に向けて大声をあげる。ちょっとした憧れをも抱きながら、ぼくはこう話しかけた。
その彼はというと、急に話しかけられたことで、少し驚いていた。それでも彼はぼくの方に振りかえってくれた。
『だってさっきの相手って、電気タイプでしょ? なのに簡単に勝ったって、凄いよ』
『いやいや、僕はまだまだだよ』
――それでも凄いよ――
大きく頷いたぼくは、湧きあがる気持ちをそのままに、言葉を繋げる。進化先の一つという事もあって、ぼくの彼への好奇心が次第に高まる…。彼の謙遜を聞いた瞬間、ぼくの興味が最高点に高まったような気がした。
その彼はこう言いながら、右の前脚をあげる。それを顔の前あたりで左右に振る事で、否定の意味を示す…、そんな気がした。
『でもすご…』
「コット、だめでしょ? ええっと、ごめんなさい。わたしのイーブイが…」
「ううん、気にしないで」
凄いよ! 感動が溢れるぼくは、立て続けにこう言おうとした。けど、その途中でカナに拾い上げられてしまい、言い切る事ができなかった。
その彼女は、抱えているぼくを注意する。ぼくの反応を待たずに、多分、前にいる彼のトレーナーに視線を移す。抱えたまま深々と頭を下げ、ぼくの意に反して謝っていた。
――こういう時だけ無駄にしっかりするんだから…。こういう時だけじゃなくて、いつもがこうだと良いのに――
いらないタイミングでこうなる彼女に、ぼくは心の中で不満を顕わにする。カナにはぼくの表情は見えてないと思うけど、不満から、ぼくのほっぺが若干膨らんでいた。
でも、ぼくの予想に反して、そのトレーナーは首を横に振る。予想外に反応に、ぼくとカナが、揃って『えっ』と声をあげた。それは午前の町に響き渡り、何重にも波打っていった。
「きみのイーブイもニトル…、わたしのシャワーズに興味を持ってるみたいだし。そうだよね、ニトル」
『うん。ツバキ、僕もかまわないよ、って伝えてくれる』
『オッケー』
二トルも、構わないよ、だって。
『えっ、きみって、字が書けるの? 』
その彼女は、抱えられているぼくに、一度視線を落とす。それをまたカナに戻し、こう笑顔で言った。まだあどけなさが残る彼女は、すぐ近くにいるシャワーズの彼に、こう訊ねた。
ニトルっていう彼は、彼女の方を見上げ、笑顔で頷く。その目線を、今度は自身のトレーナーを挟んで反対側にいる、彼女にこう言った。何ていう種族なのかは分からないけど、全体的に緑色の彼女は、彼の頼みに二つ返事で頷いていた。すると彼女は、トレーナーとの間に、こんな風に文字を描いた。
文字を読めるぼくは、その彼女の行動に驚愕した。自分しか書けるポケモンがいない、って思ってたから、思わず声を荒げてしまった。
『実はそうなんだよ。僕達の中で字が書けるのがツバキだけだから、僕達の言葉を訳してもらってるんだよ』
『通訳、みたいな感じ? 』
『そういうこと! 折角文字が分かるんだから、パートナーの私が伝えないとね! 』
――何かテンション高いなー、このひと――
驚きと共に質問するぼくに、ニトルっていう彼はこう答える。当たり前のように話す彼は、色んな感情に支配されているぼくに、優しく語りかけてくれた。
その彼に、ぼくはこんな感じでまとめ、こう訊いてみる。すると彼が口を開く前に、彼女が答えた。異様なテンションで頷き、胸を張りながらこう言い放った。
『やっぱり、そうだよね。まだぼく以外に誰もいないんだけど、ぼくも字が書けるから、そうした方がいいよね』
――だって、折角文字が分かるんだから、ね! ぼく達、ポケモンの言葉は、人には鳴き声にしか聞こえないんだから――
種族名が分からない彼女の勢いに若干圧倒されながらも、こくりと頷く。それからカナに抱えられたままのぼくは、跳び下りる事なく、こう言葉を繋いだ。その時ぼくは、ニトルっていう彼にだけでなく、ツバキっていう彼女にも親近感を覚えた、気がした。
『へぇー、君も字が書けるんだね』
『うん』
『パートナーみたいだし、私と同じだね! 』
ぼくの言葉に、ニトルさんは見上げながら声をあげる。その目線をチラッとツバキさんの方に向け、すぐに戻す。その表情には、何かの決意を含んでいるような…、そんな気がした。
抱かれているせいで視線が高いぼくは、彼の言葉に首を縦に振る。続けて話そうとしたけど、その前にツバキさんに先を越されてしまった。
その彼女はというと、見るからに嬉しそうにこう言い放つ。相変わらずテンションは高いけど、満面の笑みでこう答えていた。
――ニトルさんのバトルしか見てないけど、きっとツバキさんも強いんだろうなぁー。…でも何でだろう? 何でかは分からないけど、遠い存在って感じがしない…。むしろ、凄く近く感じて、話しやすい…。本当に、何でだろうね――
ぼくは、ええっと、その…、何ともいえない感情に満たされながら、二匹の言葉を聞いていた。それと同時に、ぼくにはある疑問も芽生え始めていた。
『そうみたいだね。…ええっと、ツバキさんとニトルさん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いい? 』
湧き出した疑問と共に、ぼくは言の葉を紡ぐ。仲良くなれそうな二トルさん、ツバキさんの順番に視線を流す。その時ぼくは、カナが話に夢中になっていて、抱えている手の力が緩んでいることに気付く。そこでぼくは、彼女の腕を前脚で押し、何とか抜け出す。そこからぴょん、と跳び下りて、こう声をかけた。
『私達で良かったら、いいよ! 』
『バトルの事でもぼく達の事でも…、何でも訊いて』
彼らはぼくの言葉に、快く答えてくれた。その事が、ぼくには凄く嬉しくも感じられた。
『んじゃあまずは…、ニトルさんとツバキさんって、もうおとなだったりするの? バトルだって凄く強かった…』
『ううん、私達、みんな違うよ』
『えっ』
――えっ、違うの? ――
率直に感じた疑問を投げかけたぼくは、真っ直ぐな眼差しでこう問いかける。ツバキさんには予想だけど、バトルの凄さを思い出しながらこう訊ねた。『バトルも強かったし、そうなのかなぁーって思って』って言おうとしたけど、それは首を横に振る二トルさんに遮られてしまった。さらに予想だにしない発言もあって、ぼくは思わず変な声をあげてしまった。
『確かに私達のトレーナー…、ユウカは画家として活動してるけど、そうじゃないんだよ』
『ちっ、違うって、どういうこと』
『ツバキとユウカは同い年で十八、ぼくもまだ十七だから』
『じゅっ、十七って、ぼくと四つしか違わなかったの』
――そんなに近かったの? まっ、まさかぼくと四年しか変わらないなんて、思ってもいなかったよ――
『そうなんだよ』
『でもぼく達はまだまだだよ。ぼく達の友達なんだけど…、三年前だからその時はまだ十一歳かな。その子もトレーナー就きのポケモンなんだけど、その時にカントーのリーグを勝ち抜いてるんだよ』
『じゅっ、十一って…』
――十一歳って言ったら、ぼくとカナがまだスクールに通ってるぐらいだよ? …ん、でも待って! 三年前で十一って事は…、カナと同い年だよね? そんな時にもうリーグで勝ってるなんて――
次々にふりかかる驚きに、ぼくはとうとう押しつぶされてしまった。後で聞いた話だけど、ジュカインっていう種族のツバキさんは、漲るテンションと共にこう言い放つ。二トルさんも、ツバキさん程ではないけど、溌剌とした様子でこう言っていた。
――ちょっ、ちょっと、ビックリした事が多すぎて訳が分からないよ…。だっ、だから、ちょっとだけ、整理させてくれる…? ――
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