Quatre-vingts-douze 最終課題
Sideライト
『地震…! 』
『マジカル…、シャイン! 』
このやりとりで、決まるかも…。わたし達の昇格試験も終盤にさしかかり、辛うじて勝機は見えてきている。ラフとフルロが負けちゃったけど、テトラとアーシアちゃんが勝って、二勝している状態。ラグナは引き分けだったけど、今戦ってくれているティルなら勝てるとは思う。フライの事は彼がナックラーの頃から知ってるけど、彼は正直言って強い。昔はフライとわたしはほぼ互角だったけど、今ではティルを含めて抜かれてしまっている。フライは技の同時出しが出来るし、ティルはティルで接近戦では負けなしだとわたしは思っている。カントーを旅していた頃からふたりは仲が良いから、ホウエンに行くまでの何か月間かに何回も一緒に特訓をしてるのを見た事がある。フライはティルのマジカルシャインを知らなかったみたいだけど、互いの手の内を知り尽くしてるから、正に最終戦に相応しいね。
それで今は、そのバトルも最終局面に差し掛かっている。フライが捻りを効かせながら迫るも弾かれ、ティルも両手の剣で斬りかかったけど圧し返される。そこでふたりはほぼ同じタイミングで、両者にとって弱点になる全体技を発動させた。
「くっ…、凄い光…」
『どっどうなりました? 』
ティル、耐えて! 炎から解放されたティルのステッキの先端から閃光が放たれたから、わたしは咄嗟に右目を閉じる。左はどのみち見えない…、というより開けようとすると凄く痛いから開けないんだけど、閉じている間に微かに地面が気がした。
「…また、引き分け…? 」
…そうね。どっちが先に倒れたのかは判別できないから…、そうなるわね。
…だよね。適当な頃合いを見て右目を開けると、そこには砂浜に突っ伏す二つの影…。砂まみれになっているティルと、うつ伏せで倒れているフライ。シルクのいう通り、目を閉じている間に何があったのかは分からないけど、少なくとも分かる範囲では、引き分けっていう事になる。だからわたしは、シルクに確認するようにこう呟いた。
『だけどシルクさん? それだと試験の結果は…、どうなるのです? 二勝二敗二分けですから…』
「だよね。負けてもないし、勝ち越してもないから…」
だって規定では、結果の合否を決める訳だから、勝ちと負けの数が同じだと…、判定できないよね。最初からみんなのバトルを応援してくれていたアーシアちゃんは、シルクの出した結論に対して首を傾げる。わたしもこう言う場合の事は聴いてないから、どうなるんだろう、こういう思いで満たされ始める。いても経ってもいられず、わたしもシルクにこう訊ねた。
困ったわね…。私達もまだ試験監督としては二回目だから…、ごめんなさい、分からな…。いや、まだ方法はあるわ!
「えっ、シルク? 方法って…、もう六にん全員戦い終わってるよね? 」
だからこういう結果が出たんだけど? わたし達の質問に、シルクは考えながらも答えてくれる。申し訳なさそうに話を続けようとしていたけど、何かを思いついたらしく、あっ、って言うみたいにパッと表情が明るくなる。彼女は下げかけていた視線を軽く上げ、溌剌とした様子で言葉を伝えてくれる。だけどわたしには彼女の考えが分からず、ただ訊き返すことしか出来なかった。
そうよ。六にん…、私とライト以外はね!
『シルクさんがって…、それだとちゃんと判定できないって、言ってましたよね? 』
ええ、確かに言ったわ。…だけどこれまでの六戦で結果が出なかった以上、やむを得ないわ。
「そう、だけど…」
心配しないで、ちゃんと考えがあるから!
考えって、どういう? いい案が浮かんだらしいシルクは、まずは私を真っ直ぐ見て伝えてくる。だけどそこにアーシアちゃんが、試験途中にシルクが言っていたことを繰り返す。シルクが戦うと正確な実力が判定できない、って言ってたはずだけど、そうなるとそれが破られる事になる。どうしようもないのは確かだけど…。
ライトだから課せる最終課題、と言ったところかしら? 一言で言うなら、“チカラ”を封じた私に勝つこと…。ライトとアーシアちゃんなら、これにどういう意味があるか、分かるわね?
「“チカラ”を封じるって…、まさか…」
そうよ。
“チカラ”を封じるって事は、そういう事だよね? 親友の一言で、わたしはすぐに彼女の言いたい事を察する事が出来た。だけどその事にわたしは、思わず言葉を失ってしまう。その内容は…。
“絆の従者の証”を外した状態の私と戦って、勝つことよ。
『そっそれだとシルクさん? シルクさんが闇に呑まれ…』
ええ。そのまま放っておくと、そうなるわ。…だけど私も正確な時間までは分からないけど、三十分…、三十分なら、辛うじて自我を保てるわ。…だからライトには、予備時間を抜いた二十五分間で、私に勝つ、それを合格条件とするわね。
「だけどシルク、それだとシルクが…」
心配、って言いたいんだと思うけど、それはお互い様じゃないかしら? …詳しい内容を説明すると、“証”を外した状態…、つまり“チカラ”の制御が徐々に効かなくなる私と戦ってもらうわ。伝説の種族…、じゃなくても今回のフラムさんの件を見ていれば分かると思うけど、制御を失った状態だから、もしかすると取り返しのつかない大怪我を負わせてしまうかもしれない…。…だから、今回の件のデモンストレーション、ってところね。
いやシルク、これとそれでは話が違うと思うんだけど? この感じだとアーシアちゃんもみたいだけど、どうなるか知っているわたし達は、当然彼女の試験内容に反論しようとする。だけどそれすら叶わず、彼女はまるで聞いていないかのように淡々と言葉を伝えてくる。表情自体は暗くはなく、何かを決心したような感じ…。声に出さなくても、力強さが伝わってきたような気がした。
『それだと失敗した時、シルクさんは…』
間接的に“死”ぬことになるわね。…だからライト、私からの最終課題に、失敗は許されないわ。一応頻繁にテレパシーで語りかけるようにはするけど、念のため、十五分を過ぎたあたりから、ライト以外の誰かと共闘する事を認めるわ。参考程度に言っておくと、単独で戦った場合だと、フライだけが辛うじて…、あと五秒遅かったら間に合わなかった、っていう時間で私に勝ってるわ。だから、私の足の骨を折ってでも、半殺しにしてでも…、
どんな手を使ってでも、私を気絶させて。
どんな手でも、って…。
それとアーシアちゃん、アーシアちゃんに二つ、頼みがあるわ。
『わっ私に、ですか? 』
ええ。一つ目は、時計を渡しておくから、五分ごとに時間を読み上げてくれないかしら?
『はっはいです』
それともう一つは…、出来ればそうなって欲しくないけど、制限時間の二十五分が経ったら、最大まで溜めたシャドーボールで気絶させてほしいわ。
アーシアちゃんの全力のシャドーボール…。それならもしかすると、シルクなら“証”が無くても耐えられないかもしれないね、きっと。実際に戦うことになるわたしに一通り伝い終えてから、シルクはアーシアちゃんに視線を向ける。アーシアちゃんは急に呼ばれてビックリしてたけど、何とか返事していた。シルクは彼女に説明しながら、近くに置いてある自分の荷物から小さな時計を取り出す。サイコキネシスで浮かせて、アーシアちゃんに渡していた。そのままシルクは語り続け、真剣な表情でわたしに目を向ける。そして…。
『―――』
見えない力で水色のスカーフに干渉し、結び目を解いていく…。完全に首元から外し、鞄の一番取り出しやすい場所に仕舞ってから…。
試験説明は以上よ。ライト、準備はいいわね?
「うっ、うん…」
『一応戦える、け…』
それじゃあ…、絆の名に賭けて…、エクワイルジョウト支部オーリックとして…、いくわよ!
『えっ、うっ、うん』
わたしはまだ心の準備が出来てない状態だったけど、彼女の一声で幕を開けた、決して失敗の許されない、一番の親友から課される最終試験が…。
Continue……