Quatre-vingts-onze 爪龍を断つ業炎の剣(第陸戦)
Sideティル
「…ティル、相手はフライだけど、絶対に勝つよ! 」
『うん。ここまでの結果は分からないけど、フライ君、今日は負けないよ! 』
『ボクも最初からそのつもりだよ』
そういえばフライ君と戦うのは、あの時以来だったかな? ボールから飛び出した俺は、対峙することになるシルクとフライ君に目を向ける。ユウキさんがピカチュウの姿で寝かされているから、少なくとも一勝はしているんだと思う。だけど俺を出場させたライトの声のトーンからすると、後がない…、何となくそんな気がしてきた。横目でチラッと見てみたけど、若干表情に焦りの色が出ていた。
それで俺がこう言い放つと、フライ君が背中の翼を羽ばたかせて一歩前に出る。もちろん俺もそうだけど、早く戦いたくてうずうずしている、そう俺には見えた。フライ君はシルク達のメンバーの中では最年少だけど、シルクに次ぐ実力の持ち主だって事は良く知っている。それにこれはリーフさんから聴いた話だけど、メンバーの中で“チカラ”を封じたシルクの全力に勝てたのは、フライ君だけなんだとか。
『もちろん! …火炎放射! 』
『そうこないとね! 目覚めるパワー! 』
フライ君と戦ったのは少し前だけど、あの時よりは強くなれているはず…。だから、今日は絶対に、ライトのためにも、俺が勝つ! バトル前の雑談を程々に切り上げて、俺はフライ君に向けて真っ先に駆けだす。喉元に炎のエネルギーを蓄え、喉に力を込めてそれを放出する。それもただ炎をはくだけでなく、反時計回りに砂浜を駆け抜け、その中心を狙いながら…。牽制のつもりだから、普段の三割ぐらいに留めておいた。
ほんの一瞬遅れて、フライ君も行動を開始する。彼は翼で大気を軽く叩き、前のめりの体勢になって滑空してくる。手元に黒いエネルギー体を創り出しながら、俺の動きに合わせて旋回してくる。加速して俺の火炎から逃れながら、俺を狙って四発撃ちだしてきた。
『サイコキネシス! 』
『今度はボクからいくよ! ドラゴンクロー! 』
なるほどね、今日は最初から接近戦でいく作戦なんだね? 滑空するフライ君に背後をとられそうになったから、俺は軽く跳び尻尾を勢いよく横に振り抜く。その勢いを利用して反転し、着地後はバックステップで距離をとる。その途中で口を閉じ、すぐに超能力を発動させる。そうする事で自身の炎を拘束し、炎の塊をとして手繰り寄せた。
フライ君も風を切る速度を上げ、俺に迫ってくる。砂から一メートルぐらいの高さを維持しながら、手元に暗青色のオーラを纏わせる。炎、エスパータイプの俺にとって相性的は普通だけど、フライ君の場合はそれだけで終わらない。だけど今回は単発で攻撃するつもりらしく、その手を進行方向と逆方向に構えていた。
『っ! ティル君、属性の形態変化を出来る様になったんだね? 』
『ジョウトに来てから戦いっ放しだったからね、いつの間にかサイコキネシスの感度があがってた、って感じだよ』
フライ君が斬りかかってくる前に、俺は懐からステッキを取り出し、拘束している炎を先端に纏わせる。その状態で炎のエネルギーに干渉し、炎そのものとしての形を変えていく。一昨日まではここまで上手く出来なかったけど、昨日ライトの“チカラ”も混ぜ込んだからかな? 今日が今までで一番上手く出来たと思う。炎のエネルギーを実体化、硬質化させ、刃渡り一メートルぐらいの刀を生成した。
その状態で俺は、右手の爪で斬りかかってきたフライ君に対抗する。俺から見て左上から斜め右下に向けて斬りかかってきているから、両手で持つ炎刀を左に構える。刀身が右斜め上向きになるように構え、フライ君の斬撃を受けとめる。
更に左でも連続で切り裂こうとしてきたから、俺はさっきとは左右対称になるように構え、受け止める。今度は柄の中心を軸にするように時計回りに振り上げ、フライ君の爪を払いのける。そうした事もあり、フライ君は後ろに弾き返されていた。
『ストーンエッジ! 』
『逃がさないよ! 』
フライ君は弾かれながらも、その状態で技を発動させる。俺を返り討ちにするつもりらしく、俺と彼の間に岩を幾つか出現させる。俺が追撃のために右上から斜め左下に斬り下ろしたタイミングで、その岩石で突き上げた。
フライ君のカウンター攻撃で、俺の一太刀は圧し返されてしまう。幸い前に刃先だけに岩石が当たったから、俺自身がダメージを被る事は無かった。だけど殺陣の間合いから外れられたから、俺は槍投げの要領で炎の太刀を投擲する。サイコキネシスは維持し続けているから、操って浮上する岩石にあたらないよう軌道修正しながら…。
『くっ…、目覚めるパワー! 』
岩の突き上げが治まったところで、俺は退避したフライ君の後を追う。八メートルは距離が開いているから、詰める間は操る刀に戦わせる。フライ君は三メートルぐらいの高さまで浮上したから、俺はその刀で斬り上げる。流石にこれは予想出来なかったらしく、赤熱した刃に切り裂かれていた。
だけどこれだけでは、十分にダメージを与える事はできない…。彼はすぐに状態を立て直し、左右両方の手に黒い球体を作り出す。それを右、左、右…、の順に六発放ち、地上にいる俺を狙い撃ちだしてきた。
『空中に逃げても無駄だよ! 』
この一太刀で刃が消滅したから、柄代わりのステッキを俺の方に手繰り寄せる。そのついでに打ちつけ、俺に向かってくる黒球を打ち消していく。目覚めるパワーは使うひとによって属性が変わるけど、威力は低いとはいえフライ君のそれは脅威になる…。彼の目覚めるパワーは、数ある属性のうちの悪タイプ。だから一発でも当たれば、かなりのダメージが入る。だから俺は、フライ君の方を見上げながら軌道を読み、打ち消しきれなかった黒き雨を回避する。すり足で右後ろ、左後ろに下がり、四発目をかわしたところで真上に跳ぶ。
『…空中戦はライトと何回かした事がある。だか…』
踏み切った足が砂から離れたタイミングで、俺は手繰り寄せていたステッキを左手でキャッチ。超能力を解除し、すぐにエネルギーを活性化させていく。ステッキを右手に持ち換え、未来予知を密かに発動させながら振り上…。
『地震…! 』
『えっ…、くぅっ…! 』
『だけどこれだと、真下からは近づけないでしょ? 』
こっ、こんな使い方って、アリ? ステッキで振り上げようとしたけど、俺はフライ君の反撃に遭ってしまう。彼は長い尻尾を手前に上げ、瞬間的に真下に振り抜く。そうする事で空気を思いっきり叩き、衝撃波を発生させる。エネルギーを解放しながら打ちつけたらしく、真下の俺に襲いかかってきた衝撃には地面の属性が含まれているような気がする。予想外の攻撃だったから、俺はそれをまともに食らってしまった。
『…っ! 』
『くっ…! ドラゴンクロ―、目覚めるパワー…! 』
腰から砂浜に落ちた俺は、弱点属性を食らった事もあって受け身を取る事が出来なかった。衝撃が直接来た事もあり、思わず咳き込んでしまった。
その間にフライ君にも、予め仕組んでおいた念波に顔を歪める。だけど彼は何とか耐え、高度を更に二メートルほど上げる。五メートルの高さになったところですぐに折り返し、両手にドラゴンタイプのオーラを纏わせながら急降下してくる。それだけでなく、同時にもう一つの技を発動させ、暗青色を黒に染め上げていた。
『…マジカルシャイン! 』
『ぐぅっ…。…ティル君、いつの間に…、フェアリータイプの技を…』
『テトラとラフに…、教えてもらってね…』
このままだとやられる、本能的にそう感じた俺は、即行でエネルギーレベルを高めていく。右手を通してステッキに流し込み、高く掲げながらフェアリータイプに変換して解放する。目を閉じた瞬間に閃光が放たれ、同時に衝撃波が辺りに広がっていく。目が眩んでいる間に右に転がり、その場から立ち退いた。
『そっか…、ふたりとも、…フェアリータイプ、だしね…。ドラゴンクロー…! 』
『…火炎放射』
『目覚めるパワー…』
『サイコキネシス』
多分この殺陣で、決着がつくかな…。地面に墜ちて砂まみれになったフライ君は、ふらつきながらもすぐに立ち上がる。何回か羽ばたいて浮上し、手元に変換された黒いオーラを纏わせながら滑空してくる。
俺も負けじと炎を吹き、瞬時に見えない力で拘束する。今度はステッキにだけでなくて、何も持っていない左手にもそれを纏わせる。慣れない使い方をしているから、左手が熱い。だけど俺自身の技だから、多少はマシなのかもしれない…。左右の双刀を構え、限界が近そうなフライ君に対抗する。
『…! 』
『っ…! 』
距離が近かった事もあって、俺達はすぐに刃を向け合う。彼は右爪を振り下ろし、俺は右の短刀で斬り上げる。力は、互角…。互いが互いの斬撃で、若干後ろに弾かれる。
『うっ…!』
『くぅっ…』
弾かれてもめげず、立て続けに次の一撃を与える。俺は一歩前に踏み出し、左下に構えた状態の右手を斜めに振り上げ、その勢いで回転する。彼も接近し直し、頭から宙返りする事で尻尾を打ちつけてくる。
『…っく! 』
『…これで…! 』
『最後…! 』
力関係が拮抗し、両者の回転が停止する。だから俺は一歩下がり、フライ君も少しだけ飛び下がる。すぐに跳びかかり、俺はクロスさせた状態から外側に切り開く。フライ君も俺に迫り直し、黒いオーラを纏った両爪を先頭に、きりもみ回転で距離を詰める。三度俺達は相手を圧し返し…。
『地震…! 』
『マジカル…、シャイン! 』
互いの弱点属性となる技を、全く同じタイミングで発動させた。その結果は…。
Continue……