Quatre-vingts-dix 水冷に吹きし妖艶なる風(第伍戦)
Sideアーシア
『気合いパンチ…! 』
『先取り、…気合いパンチ! 』
このバトル、どうなるんだろう…? ライトさんの昇格試験も四戦目、私はずっと観ているから分かるけれど、流れはあまり良くないとは思う。私はコルドさんには勝てたけれど、フルロ君、それとラフちゃんも負けてしまっている。そんな中今は、ラグナさんとユウキさんが戦っている第四戦目。私が見た感じだと、ラグナさんが少し有利、なのかな? 同じ技を使っているけれど、ユウキさんだけ、息が切れている。途中で会話も挟みながらだったけれど、そういう訳で、ユウキさんはこの一撃で決着をつけるつもりでいるらしい。右手に力を溜めながら、ラグナさんに跳びかかろうとしていた。
ラグナさんもすぐこれに反応して、ユウキさんに対抗する。ラグナさん自身は攻撃技を一つしか使わないけれど、それは先取りでカバーしているんだと思う。今さっきも発動させて、ユウキさんよりも一歩早く力を溜め終える。ラグナさんは四足の種族だから、どんな風にパンチをするのだろう、私は率直にそう思ったけど、ちゃんとかんがえていたみたい。高く跳躍しながら、爪を振り下ろすようなイメージで一撃を与えようとしていた。
『っ…、っく…』
『…っ! 』
「ラグナ! 」
『――! 』
『ラグナさん! 』
えっ、これって…。ユウキさんの拳、ラグナさんの右前足は、ちょうど地面から一メートルぐらいの高さでぶつかり合う。鈍い音がしたかと思うと、力が互角だったみたいで、一瞬動きが止まったように見えた気がする。かと思うと力のバランスが崩れて、二人の拳は砂の方向にズレる。その影響で二人はぶつかってしまい、そのまま技の威力も合わさって地面に叩きつけられてしまっていた。
「…引き分け? これって…」
そのようね。
『バトルで引き分けって、あるのですね』
「たまに、ね」
砂が乾いていたから舞い上がったけれど、少ししてそれが収まる。どうなったんだろう、そう思いながら結果に目を向けると、そこには倒れた二人…。ピカチュウの姿のユウキさんの上に、ラグナさんが覆い被さるようになって、二人とも気を失ってしまっていた。
『―――』
『…ライトさん、負け越しちゃってるけど、大丈夫です? 』
「…うん、たぶん。多分、大丈夫だよ」
そう、だよね。テトちゃんとティル君なら、大丈夫ですよね。トレーナーのユウキさんが倒れちゃったから、代わりにシルクさんがサイコキネシスで、彼を浮かせる。近くまで引き寄せて、そっと傍に寝かせてあげていた。
その間にライトさんも、気を失ったラグナさんをボールに戻す。私はこういう戦況だから、ラグナさんが控えているボールをライトさんがしまったタイミングで、こう訊ねてみる。二人を信頼してない訳じゃないけど、ライトさんが試験に合格するためには、テトちゃんとティル君、二人とも勝たないといけない。だけどシルクさん達の方にも、まだスーナさんとフライさんが残っている。タイプ相性のことを考えると、テトちゃんはスーナさん、ティル君はフライさんと戦うことになると思う。シルクさん達の方が後で出場することになってるから、多分確実、かな?
『そう、ですよね』
「うん」
そうね。…さぁライト、ここからは私が、ユウキに代わって続行するわね。
『はいです! 』
バトルって、最期まで何が起こるか分からないですからね。ライトさんの劣勢だけど、それでもまだ勝てるチャンスはある。だから気を取り直して、私達は短く言葉を交わし合う。そのままライトさんは、直接見ずに左手でボールを手に取る。控えているそれを投げ、その人物を出場させた。
――――
Sideテトラ
「テトラ、空中戦になるけど、お願い! 」
『うん! 』
『ライト達がテトラちゃんなら、ウチの出番だね♪ 』
ここまでどんな風になってるか分からないけど、全力で戦うだけだね! 次将を任された私は、ライトが投げたボールから勢いよく跳び出す。色違いとしての効果でキラッ、と散った光に包まれながら着地し、そのまま私はライトの方に振りかえる。包帯で巻かれた左側しか見えなかったけど、口元があまり緩んでなかったから、あまり良くない状況なんだと思う。相手はシルク達だから、苦戦するって事は分かってたけど…。
それで一歩遅れて、いつから出ていたのかは分からないけど、スワンナのスーナさんが軽く羽ばたいて前に出る。他にフライさんとシルクしか出てないから、あとのみんなは戦った後なのかもしれない。となると相性的に、私とフライさんだと、フライさんの方が圧倒的に不利。地震しかまともにダメージが通らないから、スーナさんにしたんだね、きっと。
『だってフライさんだと、私が有利になっちゃうしね』
『うん。それじゃあ、テトラちゃん、いくよ♪ 』
『もちろん! 』
『アクアリング! 』
言われなくても、そのつもりだよ! 向かい合った私達は、互いに言葉を交わし合う。スーナさんの事は良く知ってるし、スーナさんも私の事は熟知してるはず。まだ本気で戦った事は無いけど、戦法も知っている。スーナさんの特性は鋭い眼だから、私の戦法との相性は悪いけど、飛行タイプだから守りは弱い。それに対して、スーナさんはシルク達の中では一番素早くて、私はチーム内で一番の威力を出せる自信がある。だか私は、水のベールを纏ったスーナさんを警戒しつつ、一気に七メートルの距離を詰めはじめた。
『先手はもらうよ! ムーンフォース連射! 』
これで倒せるなんて思ってないけど、スタートは肝心だからね。二メートルぐらい走ったところで、私は左右のリボンにエネルギーを集中させ始める。いつものように丸く形成し、地面スレスレを滑空し始めたスーナさんを狙う。そこから二歩分駆け抜けてから、左右交互に、計六発の桃球を解き放つ。六角形の頂点を書くように撃ち、追加で口から一発、丁度六角形の真ん中を通り抜けるように放出した。
『冷凍ビーム♪ 簡単には当てさせないよ! 』
だけど当然、スーナさんは回避行動に移る。左右の翼で空気を打ちつける強さを変化させ、滑空する動きに捻りも効かせる。きりもみ回転で頂点の六発をスレスレでかわし、勢いをそのままに中心へと向かう。更に氷のブレスで凍らせ、長い嘴で弾き飛ばしていた。
『そんなこと、分かってるよ! もう一発! 』
『っ…! 』
『くっ…』
防がれる事は分かりきっていたから、私は気にせず次の一発を創り出す。左右のリボンを前に突き出し。そこで先端にフェアリータイプのエネルギーを凝縮していく。三十センチぐらいまで膨れ上がらせ、迫るスーナさんにあわせて振り上げた。
スーナさんも私に負けじと、攻撃を仕掛けてくる。両翼を後ろにまわしながら力を溜め、技を発動させずに前に、同時に打ちつける。私と全く同じタイミングで振り抜いたから、私もスーナさんも、互いの攻撃の反動で弾かれる。私は後ろに、スーナさんは私から見て斜め後ろの方へ…。
『ハイドロポンプ! 』
ハイドロポンプって事は、次はあの技かな? スーナさんは弾かれた勢いを利用して、空中に大きく浮上する。そのまま宙返りで旋回し、私の十メートル先に急降下してくる。十分に距離がある位置で発動させてきたから、当然私は左に跳んでそれを回避する。…だけどこの後でもスーナさんは連続で仕掛けてくるから、私も警戒しつつ、対抗するための準備に入った。
『ブレイブバード♪ 』
『そう来るのは分かってたよ、フラッシュ! 』
やっぱり、そう来たね? 私の予想通り、スーナさんはすぐに光を纏う。一気に加速して、中断したばかりの水流に突入する。水の勢いも乗せて突っ込んでくる戦法は、知り合った時からのスーナさんの十八番。…だけどスーナさんは、その流れから脱出し、私の方に軌道修正してきた。
昔とは少し違ったから驚いたけど、私はそれでも予定通りに準備した技を発動させる。右側に光の玉を作りだし、四メートルの所で、維持した状態で発光させる。だけどこのままだとまともに食らう事になるから、光らせるのと同時に左に跳ぶ。スーナさんの特性は鋭い眼だから、継続的に視界は奪えないけど、瞬間て…
『くぅっ…。ムーン…、フォース! 』
『っく…』
スーナさん、やっぱり、強いね…。私は左に跳んでかわそうとしたけど、読まれていたらしい。目を覆うほどの閃光の中でも、スーナさんは勘を頼りに軌道修正してくる。直撃は避けれたけど、体の右側を、スーナさんの左翼を掠める…。掠っただけなのに、突進ぐらいの痛さがあった。
だけど私はめげずに、即行で反撃する。瞬間的だと間に合わないから、薄桃色の弾丸を後ろに向けて撃ちだす。目で狙って撃たなかったから外れるかと思ったけど、スーナさんの短い声が聞こえたから、当たったんだと思う。
『…願い事…。スーナさん…、ここからが本番だよ! 』
『そう来ないと…、ね♪ 』
やっぱり、アクアリングが効いてるね、この感じ…。危うく意識が飛びそうになったけど、私は何とかそれを堪える。ちょっとだけふらついて隙ができたけど、幸いスーナさんがこのチャンスに攻めてくる事は無かった。だから私は、繋ぎ止めた意識のレベルを高め、祈りへと変えていく。即効性は無いけど、スーナさんもすぐには動けないみたいだから、多分大丈夫。体勢を立て直そうとしているスーナさんに向けて、力強く言い放った。
『…冷凍ビーム! 』
『ムーンフォース…! 』
…だけどもうすぐ効果が切れるはずだから、使われる前に決着をつけないと…。足元がフラフラするけど、すぐに回復できるから、私は構わずに駆けだす。今度は真っ直ぐにじゃなくて、半時計周りで、距離を維持するように…。八メートルの距離を保った状態だから、スーナさんは接近しようとしていたけど、遠距離攻撃に切り替えてきた。私とは逆回りになるようにブレスを放ち、私もろとも砂地を凍りつかせようとしてくる。だけどその直前、私は空からの光に照らされたから、その効果で体が軽くなる。軽く跳んでブレスをかわし、フェアリータイプの弾丸を七発解き放つ。更にその後を追うように進行方向を変え…。
『ブレイブ…、バード! 』
『そのつもりなら…、ギガインパクト! 』
全身にありったけの力を溜めながら駆け抜ける。スーナさんは何を思ったのか、いつもとは違って、ハイドロポンプを発動させずに淡い光を纏う。これは私の勝手な想像だけど、ハイドロポンプの中を突っ切る体力が残って無い…。それか、アクアリングを発動し直して、回復するまでの時間を稼げない…、そのどっちかだとは思う。それなら私も、スーナさんの渾身の一撃に真っ向から対抗する。まだ完全には回復出来てないけど、多分耐えられるとは思う。スーナさんはギリギリで守りは弱いけど、私はそれなりに余裕があって体が丈夫。それに私は、特性の効果でノーマルの威力が、フェアリータイプの技として強化される。だから…。
『うぅっ…』
『…っ、くぅっ…。これで…、どう? 』
相殺じゃなくて、圧し返せる。地面スレスレを低空飛行してきたから、私は一瞬立ち止まり、後ろ足に力を込め、一気に解放する。頭からスーナさんに突っ込んだから、もの凄い衝撃が私に襲いかかってくる。当然スーナさんにも大きなダメージが通ってるけど、特性の効果で私の威力の方が勝ったらしい。私だけは弾き返される事無く、進行方向に着地。スーナさんは派手に吹っ飛ばされ、砂まみれになってしまっていた。
『…まさかウチが…、テトラちゃんに競り負けるなんて…、思わな…、かった…、よ…』
『私も…、だよ』
そのままスーナさんは、何とか立ち上がろうとしていたけど、力が抜けて崩れ落ちてしまう。最後の方は囁くように呟き、静かに意識を手放してしまっていた。
Continue……