Quatre-vingts-huit 浜辺に響く闘志の唄(第参戦)
Sideラフ
「ラフ、状況を立て直すよ! 」
『だって相手はユウキお兄ちゃん達だしね』
「オルト、このままいくよ」
『ああ。…ラフ、こうして戦うのは初めてだな』
『うん! 』
そういえばそうだね。ここまで何回勝ってるのか分からないけど、私はいつも通りボールから飛び出す。二、三回羽ばたいて余った勢いを緩め、左右の足、同時に地面につける。私達の中では私が一番昔からユウキお兄ちゃん達の事は知ってるけど、実際に戦った回数は殆どないね、確か。ライトがユウキお兄ちゃん達と旅してた時だから、大分昔だね。
どんなルールなのかは聴いてないけど、私に一歩遅れて、ボールからコジョンドの彼、オルトお兄ちゃんが出場する。オルトお兄ちゃんは凄くクールで物静かだけど、ヒマワキシティで群れからはぐれて、迷子になってた所を保護してくれた時から、一番優しくしてくれている。ああ見えて結構面倒見がいいし、手先が一番器用だから、意外だよね…。…兎に角、オルトお兄ちゃんが無愛想だけど話しかけてきたから、私は笑顔で大きく頷いた。
『今思えば、ラフと出逢ったのは四年前か。あの時は記録的な大雨だったな』
『そうだよね。そういえばあの時、私って群れからはぐれて独りで泣いてたっけ? 懐かしいよ』
『だな』
あの時の事は、今でも鮮明に覚えてるよ。それにあの時に私を見つけてくれてなかったら、私はこうしてライト達と旅してなかったんだよね? オルトお兄ちゃんもあの日の事を思い出しているらしく、懐かしそうに呟く。オルトお兄ちゃんはあまり感情を表には出さないタイプだけど、今回ばかりは口元が若干緩んでる気がする。私がこう言うと、オルトお兄ちゃんはフッ、と小さく笑みをこぼしていた。
『うん。…オルトお兄ちゃん、そろそろ始めよっか』
『ああ…! 』
オルトお兄ちゃん、全力でいくから、本気で戦ってよね! このまま雑談に華を咲かせる訳にもいかないから、私は適当なタイミングで話を切り上げる。もっと話したい、こういう思いもあるけど、一応試験だしこの後にも予定があるから、早めに始めた方がいいとも思う。だから私は、七メートルぐらい先にいるオルトお兄ちゃんを真っ直ぐ見、こう言い放つ。するとお兄ちゃんも、やる気十分、っていう感じで大きく頷いてくれた。
『じゃあ、ライト! いつものお願い! 』
「うん、あれだね? 」
本気で行くからには、私もその準備をしないとね! 揚々と言い放った私は、後ろで話を聞いていると思う、ライトの方を横目でチラッと見る。短く合図を送ると、いつもの事だからこれだけで分かってくれた。それから私はすぐに目を閉じ、意識を高め、体の奥底の方にある何かを活性化させる…。ライトとの繋がりをソレに共鳴させ…、ある程度の所で一気に解放。すると私は、紺と薄桃色の光に包まれる。一定の所まで膨れ上がり、バリンッ、とガラスが割れるような音と共に雲散する…。
『
オルトお兄ちゃん、手加減なんてしないでよね! 』
『当然だ! でなければ試験にならないだろう』
いつもとは違う姿、メガ進化した私は、フワフワと浮きながらこう言い放つ。私のチルタリスナイトもオルトお兄ちゃんから貰ったものだから、その時から宝物みたいに大切にしている。私は何十回もメガ進化自体はしてるけど、オルトお兄ちゃんの前でするのは初めて…。だから、嬉しいけど、ちょっと緊張するね、やっぱり。パッと見た感じ、オルトお兄ちゃんは珍しくテンションが上がってるように見える。腕試しだ、とでも言うような感じで、力強く言い放っていた。
『
だよね! コットンガード! 』
『跳び跳ねる! 』
早速、バトル開始だね! 私の一声で、オルトお兄ちゃんも行動を開始する。種族上有利な空中戦に持ち込むために、私は四メートルぐらい浮上する。お兄ちゃんは跳びあがる技を使えるけど、それでも少しだけラグが発生する。予想通りに跳び跳ねるで大きく跳躍してきたけど、その間に私は、フワフワな飾り羽の密度を高めていく。
『
お兄ちゃん達って、コルドお兄ちゃん以外はみんな空中戦が得意だったよね? ムーンフォース! 』
『よく覚えていたな? 波動弾連射! 』
うっかり忘れてたけど、そういえばそうだったっけ? 今更だけど、私はこの事をふと思い出す。一応射程内だけど、私は守備力を高めたから、構わず跳び上がってきたオルトお兄ちゃんとの距離を詰める。フリーになった両翼を前に出し、そこにエネルギーを集めていく。即座に薄桃色の球体を創り出し、二発連続で撃ちだした。
当然空中戦が得意なオルトお兄ちゃんも、即座に攻勢に移る。跳んだ勢いをつけてから、跳び下りる段階をキャンセルする。最高点に達するかしないかのタイミングで、体の右側に両手を構え、そこに青いエネルギー体を生成する。一発真っ直ぐ打ち込んできたけど、私はその後の放ち方に、思わず息を呑んでしまう。両手で撃ったのはその一発だけで、二発目以降は片手で、上手投げで何十発も、私をとり囲むような軌道で発射してくる。一言で言うなら、隙間が無い、そんな感じ…。
『
オルトお兄ちゃん、私の体のタフさは知ってるよね? 』
だけど私は、構わずその包囲網に突っ込んでいく。オルトお兄ちゃんが落ち始めたから、私もそれに合わせて急降下する。斜め下方向に二メートル降下したところで被弾したけど、相性の関係もあって全然痛くない。オルトお兄ちゃんより早く地面スレスレまで降下し、弧を描く様に急浮上…。落下点の下に潜り込み、喉元に竜のエネルギーを蓄えてから…。
『
龍の波動! 』
『やはりそう来たか、跳び膝蹴り! 』
青空に滴下された白滴、オルトお兄ちゃんに向けて、ブレスとして放出する。コジョンドっていう種族は飛べないから、当然技でも発動させない限り、かわす術はない。
だけとやっぱり、オルトお兄ちゃんは冷静に対処してくる。私の行動は予想済みだったのか、右足を屈め、力を蓄える。私が地面から二メートル、お兄ちゃんが五メートルの所で、力を解放してくる。蹴り下ろすようにブレスに立ち向かい、捨て身で抗ってきた。
『
っく…、流石お兄ちゃんだよ。その辺の雑魚とは一味違うね』
『これでもメンバーではシルクに次ぐ古株、当然だ! 』
重力も味方に付けたのか、オルトお兄ちゃんの方が私のブレスを蹴り返す。紺の帯を裂くように蹴り込んできて、そのままの勢いで私の顔面を蹴り飛ばす。蹴り落された私は、そのまま砂浜に思いっきり叩きつけられる。流石に今度は、痛かった。息が詰まり、思わずむせ返ってしまった。
その間にオルトお兄ちゃんは、地面に墜ちた私に追撃を仕掛けてくる。さっきの蹴りで技の効果が終わったから、今度は空中で前転する姿勢になる。クルンと一回転し、体勢を立て直している私を狙ってかかとを振り下ろしてくる。それに私は、右の翼を振り上げる事で対処する事にした。
『
コットンガード! 接近戦…』
『忘れかけているかもしれないが、俺は格闘タイプ。ラフが遠距離で戦うように、俺も接近戦に持ち込むのは当然の話だ』
できればこうなって欲しくなかったけど…。私の脳天を蹴り落したオルトお兄ちゃんは、その反動で軌道を変える。宙返りをしてから着地し、二メートル先から一気に距離を詰めてくる。電光石火には勝てないと思うけど、そもそも地上で戦う種族だから、それなりのスピードが出てる。密接した位置まで来ると、右手元のヒラヒラを振り上げ、原始的な攻撃を仕掛けてきた。
『
…っ! 』
そのままの勢いで、左手のそれも右斜め上に振り上げる。振りあげた勢いを利用し、左足を軸にその場で四回転する。一発一発は痛くは無いけど、これだけ連続で叩かれると流石に堪える…。舞う様な動きで、オルトお兄ちゃんは一気に攻めてきた。それなら…。
『
それなら〜、私にも〜、考えがあるよ〜。動けなくさえすれば〜、攻撃なんて出来なくなるんだからね〜』
『なっ…』
オルトお兄ちゃんが演舞なら、私は歌唱力で対抗する。喉にエネルギーを行き渡らせて、力を込めながら言の葉を紡いでいく。即興で歌詞を捜索し、間近で舞い踊るオルトお兄ちゃんに謡い聴かせる。歌うっていう技は離れた場所だと、他の雑音とかがまざうから効果が薄くなるけど、密接してるから、関係なくなる。純粋に歌だけを聴かせられるから、その分成功率が高くなる。
補助技で予備動作が殆どないから、オルトお兄ちゃんは一瞬驚いた顔をする。しまった、って表情で語ったけど、ここまで聴いたら最後、技の効果で夢のセカイに誘われることになる。咄嗟に回転を止め、跳び下がろうとしてたけど、手遅れ。下がろうとしたタイミングで、オルトお兄ちゃんはパタン、とその場に倒れ込む。微かに息をあげ、眠りに堕ちることになった。
『
オルトお兄ちゃん、悪いけど、これで終わりだよ! ムーンフォース連射! 』
『…っ! 』
一応倒れてることになってるけど、厳密には眠ってるだけで、まだバトルは終わっていない。すぐに両翼にエネルギーを凝縮し、薄桃色の
弾丸を四発発射する。オルトお兄ちゃんは眠ってるから、当然この攻撃をかわす事が出来ない。一メートルっていう近距離で、弱点属性をまともに食らうしか…。
『…起死…、回生…! 』
『
えっ、も…、くぅっ…! 』
ちょっ、ちょっと待って…! 起きるの、早すぎない? 五発目を準備しようとしたところで、オルトお兄ちゃんは急に動き出す。私の想定ではもう少し長く寝てるはずだったけど、お兄ちゃんは意表を突いて跳ね起きる。両手で地面を押す勢いで起き上がり、その流れで一気に距離を詰めてくる。正直言って意識が朦朧としてるみたいだけど、オルトお兄ちゃんは右手を上げ、斜め左下に思いっきり振り下ろす。何かの技を発動させながら…、というより、技じゃなくてチカラないんじゃないの? って勘違いしてしまいそうな鈍い衝撃が、油断していた私の中を、左翼伝いに駆け抜けた。
『俺も…、ラフの前では…、ハァ…、見せた事が…、なかったが…、背水の陣…、とでも言おうか…。ここからが…、俺の…、本当の…、バトルだ…』
『
っく…』
うっ、嘘でしょ? あれだけダメージを与えたのに、まだ動けるの? 相性的には有利なはずだけど、限界まで削りきったらしく、私まで頭がクラクラしてきた。流石と言えば流石だけど、こうなるはずじゃあなかった。すぐに空に退避しようとしたけど、オルトお兄ちゃんの反撃で左翼が痺れて、上手く浮上できない…。オルトお兄ちゃんはオルトお兄ちゃんで、フラついてるけど構わずに向かってくる。足元がおぼつかないせいか、逆にそれが進路を読み辛くさせていた。
『
ムーンフォース…! 』
『波動…、弾…! 』
『
うっ…! 』
えっ、この状況で、当たらないなんて…。若干目の前が霞んでいるせいかもしれないけど、五発撃ちだした薄桃色の弾丸は地面しか捉えない。千鳥足、って言ったら手っ取り早いかもしれないけど、フラフラと蛇行して、オルトお兄ちゃんは私の五発を回避する。それだけで無くて、オルトお兄ちゃんはエネルギーを凝縮し、三発の蒼球を私に飛ばしてくる。行動の自由を失った私は、それを素直にうける事しか出来なかった。
『跳び…、膝…、蹴り…! 』
『
っ…っく…』
限界のはずなのに私に跳びかかり、左足で右に向けて振り抜く。
『トドメ…、の…、起死回生…! 』
『
っあぁッ…! 』
回転の勢いを止めず、右手と左手、両方のヒラヒラで連続で顔面叩く…。私は何もする事が出来ず、二発目のそれで思いっきりフッ飛ばされる。海の方に飛ばされたから、そのせいで派手な水飛沫があがる。出来れば反撃をしたかったけど、力が入らず、そのまま脱力…。海底に沈むように、私は意識を手放してしまった。
Continue……