Quatre-vingts-neuf 秘密
Sideコット
「ネージュ、出てきて! 」
『うっ、うん』
何かあっさり終わっちゃったけど、あれで良かったのかな…? ひとまず七か所目のジム戦は、カナの圧勝で幕を閉じた。相手の人のやる気が無かった、っていう事もあるかもしれないけど、僕はこのジム戦にあまり手ごたえを感じていなかった。ジム戦ならもう少し苦戦しても良いはずだけど、僕達の方が不利なのに予想以上の短時間で終わって
しまっていた。プライズとのバトルで鍛えられたんじゃないの、そう言われたら何も言い返せなくなっちゃうけど…。
それで、不満はあったけど一応ジム戦は終わったから、ふたりを回復してもらうために一旦センターへ。それからは僕とカナのふたりだけだけど、これからの事を少しだけ話し合った。本音を言うとすぐに帰ってヨシノの方を手伝いたいって思ったけど、やっぱり距離が距離だから時間がかかってしまう。だからって事で、折角ジョウトの西側に来てるから先にアサギのジムに挑戦しよう、って事になった。
だから僕達は、アサギに向けて進むために島の北部へ…。波打ち際まで歩いて行って、そこから海を渡るつもり。タンバからアサギへの定期便もあるけど、折角だから自力で海を越えるっていうことになってる。乗船料も節約できるから、カナは控えているネージュを海の方に出してあげていた。
「ネージュ、ジム戦お疲れ様。すごく良かったよ」
『ほっ、本当に? だけど、私は全力を出し切れなかった、というか…』
「全力で戦えなかった、って。確かに、ジムリーダーじゃなかったからかもしれないけど、僕もちょっと物足りなかったかな…」
チャージビームで最大まで溜める前に終わっちゃったから…。この感じだと、ネージュも不完全燃焼のままジム戦を終えることになったんだと思う。ルール上はふたり
倒せば勝ちって事になってたけど、結局はネージュの吹雪とヘクトの熱風で残りのふたりも同時に倒れていた。ネージュは多分こういう意味で言ったんだと思ったから、僕はカナにネージュが言った事を通訳する。ネージュを遮る事になっちゃったけど、ネージュの表情を見た感じだと、多分僕が伝えた事はあってると思う。
「やっぱり? …だけどそれって、コットネージュ、ヘクトも、強くなったって事なんじゃないかな? 」
『わっ、私達が…? 』
「そうなのかな? あまり実感ないけど…」
「そうだよ」
そう言われても、あまりね…。こうして褒めてくれるのは嬉しいけど、僕はいまいちピンときていない。多分ネージュもだと思うけど、そういう訳で僕は中途半端な返事しか出来なかった。それに対してカナは、僕達が強くなってるのを実感できているらしい。だから言ってくれる言葉に、かなりの力がこもってるような気がした。
「だって、あれだけプライズと戦ったんだよ? わたし達は幹部とは戦わなかったけど、みんな倒れずに戦い抜けた。…それによく考えてみて? わたし達はこういう旅をしてきたけど、組織を相手に戦う事って、あまり無いって思わない? それにわたし達って、普通なら絶対に会えない伝説のポケモンに沢山会ってるんだよ? ライトさんは例外化もしれないけど、エンテイにスイクン、ホウオウとユウキさんのコバルオン。それからライトさんとエレン君のル…」
言われてみればそうだけど…。いまいち納得できてない僕達に、カナは今まであった事を例に力説してくる。確かにカナの言う通り、僕達は普通の人が経験出来ないような事を沢山していると思う。伝説の種族に会えてる事もそうだけど、僕達は旅を通して結構な回数プライズを相手に戦ってきた。ネージュと会ったのも密猟者関係の出来事だったし、僕が人の言葉を話せるようになったのも、元はといえばプライズと戦っていたから…。プライズとの戦闘に巻き込まれたからティルさん達とここまで仲良くなれた気がするし、フィフさんはもちろん、ユウキさん達とも知り合えた。結局はエレン君達のメンバーだったけど、ワカバを旅立ったあの日に見…
「――! 」
「……ニアロ! 」
「逃がすかぁっ! 」
「えっ、なっ、何? 」
「あっ、あれって…」
何、この音? 凄く近くでしたけど…! カナが力のこもった言葉で説いていると、あまり遠くない空の方でいきなり大きな衝撃音がした。それにビックリして僕、カナ、それからネージュも、その音がした南東の方をハッと見る。するとそこには、どんな種族かまでは分からないけど、集団に襲われている一つの影…。空を飛ぶ方法を失ったのか、追われている側のトレーナーが真っ逆さまに海に堕ちていく、ちょうどその瞬間だった。
最初は何が何だか分からなかったけど、堕ちているトレーナーが出場させたメンバーを一目見て、僕は一瞬で何が起きているのか分かった。分かったというより“つながった”って言った方が正しいかもしれないけど、そのトレーナーが出場させたのは、ジョウト伝説の種族うちの一匹の、ルギア…。ルギアっていう事は、そのトレーナーは絶対にエレン君で間違いない。昨日リーヴェルさんから聴いたから知ってるけど、多分追ってる側はプロテージ、っていう組織だと思う。
「エレン君だよね? 」
「うん、絶対にそうだよ! コット、ネージュ! 」
「僕はそのつもりだよ! 」
『うっ、うん。 あの人達は…、うん! 』
カナに言われなくても、最初から助けに行くつもりだよ! カナもすぐに分かったらしく、確信をもって僕達に言い放つ。それから空中で対峙するルギアを見据えながら、カナは僕達に手短に指示を出す。僕は僕だけでも泳いでいくつもりだったから、間髪を入れずに大きく頷く。ネージュは少し時間差があったけど、何かを思い出したらしく、すぐに同意してくれていた。
だから僕達は、すぐにネージュの背中に跳び乗ってその方へと向かう。合うのは鈴の塔以来だけど、大切な友達のピンチに助けに入らない理由はない。ネージュも僕達の気持ちを察してくれているのか、いつも以上に水をかき分けて泳ぐスピードが上がってる気がする。そこで僕は、もうすぐ射程に入りそうだから、口元にエネルギーを凝縮して…。
『エアロブラスト! 』
「目覚めるパワー! エレン君! 』
『水の波動! 』
氷の属性に変換して三発解き放つ。ネージュも準備していたらしく、一番飛距離の長い水のリングを上空に向けて飛ばす。戦ってる本人には当たらなかったけど、飛び交ってる特殊技だけは打ち消す事はできた。
「えっかっカナちゃん? 」
「エレン君! 何があった…」
「あとではなすからちからをかして! 」
「えっ、うん! ヤライ…」
『いいや、こうしてきみと話すのは初めてだけど、僕はルギアのニアロ。…ごめんね、巻き込んじゃって。…ウェザーボール! 』
「うっ、ううん。僕達、こういうの、慣れてるから気にしないで! チャージビーム! 」
えっ、ルギア…、本物? エレン君のメンバーにルギアがいるのは知ってたけど、僕はてっきりヤライさんが化けているのかと思ってた。だけどそうじゃなくて、今回はルギア本人…、ニアロっていう彼自身だった。彼はエレン君を乗せた状態で二メートルぐらいの高さを維持して飛んでいるけど、そのままの体勢で僕に返事する。敵に対峙するように後ろ向きで飛びながら、僕にこう話しかけてきた。
だけど正直言って、僕達はもうこういう事はプライズとの一件で慣れちゃってる。だから心配しないで、っていう感じで彼に強く言い放つ。だけどその間に相手が攻撃してきたから、ニアロさんは白い球体、僕は電気のブレスを同時に放って応戦した。
「ちっ…、ガキがもう一人増えたか…。まぁいい、お前ら、完膚無きまでに打ちのめせ! 」
「えっ、エレン君! …そうだ! エレン君、一旦あの島に隠れよう? それに陸ならみんなで戦え…」
「あのしまは…うん! できればこうしたくなかったけどすいちゅうからにげよう。そのほうがじかんをかせげるかもしれないよ」
カナ、向こうに見えるあの島だね? カナは進行方向に何かを見つけたらしく、その方を指さしてエレン君に提案する。僕もチラッとその方を見てみると、何百メートルも離れたその先に小さな島を見つけることができた。その島に逃げてそこで戦えば、僕はもちろんヘクトにオークス、イグリーは今すぐにでも戦えるけど、みんなで対抗する事が出来る。
「えっ、水中って…。エレン君、エレン君達に水タイプ、いないよ…」
いいえ、僕はエスパー、飛行タイプだけど、“チカラ”で自由に水中でも行動する事が出来ます。
「だっ、だけどニアロさん、水中を進むって…、僕とカナ…、エレン君も、そんなに長く息を止めれないで…」
『そっ、そうだよね? 私は水タイプだから大丈夫だけど、コット君は電気タイプだし、カナとエレン君は人げ…』
「ううんそこはしんぱいしないで。カナちゃんとコットくんはニアロの“チカラ”でなんとかなるしオイラもみずタイプだからちゃんといきができるよ」
「えっ、エレン君が? エレン君がって、どういうことなの? 」
きっ、聴き間違いじゃなかった? って事は、エレン君、本当にそう言ったって事だよね? 僕達は迫る密猟者に応戦しながら、互いに言葉を交わし合う。その途中でエレン君が水中を進む案を提案したから、その事を中心に言い合いになってしまう。ニアロさんの種族、ルギアは確か潜水ポケモンだったと思うから分からなくも無いけど、ひとまず彼は何とかなるとは思う。エスパータイプだから、僕の勝手な想像だけど、サイコキネシスか何かで水を避けて、僕達が息が出来る様にしてくれる、エレン君が言ってるのは、こういう事だと思う。…だけどその後にエレン君が言った事が、僕は全く訳が分からなかった。
「いままではなしたことなかったけどオイラはカントーとジョウトのてんきにかんするでんせつのとうじしゃ…。さんじゅうななだいめの“雨水の防人”。だからほかのひととはちがって“チカラ”でポケモンになれる。つかえるわざにせいやくがあるけどオイラがなれるしゅぞくはブイゼルとシキジカのにしゅるい。だから…」
『アクアジェット! ニアロ! 』
『うん! 』
「えっ…、うわっ…! 」
「きゃぁっ! 」
『コット君、カナさん! 』
えっ、うっ、嘘でしょ? えっ、エレン君が? 相変わらず早口だけど、彼の言葉はちゃんと聴きとることができた。仲間にルギア…、ニアロさんがいるから何となくは分かってたつもりだったけど、彼の能力は僕の予想を超えていた。ライトさんは元々ラティアスっていう種族だから違うけど、ポケモンになれるって事は、ユウキさんと同じ、ってことになる。その言葉通り、エレン君はこれだけを言い切るとユウキさんのそれと同じように姿を歪ませる。ユウキさんよりは時間がかかってたけど、それでも短い時間で変化が終わる。言っていた二つの種族のうち、ブイゼルの姿になったエレン君は水を纏ってニアロさんの背中から跳び下りる。かと思うと、彼はそのまま僕に跳びかかり、両手で僕の腰のあたりを掴む。そのまま海に飛び込み、僕を抱えたまま水中を泳ぎ始めた。
直接見た訳じゃないけど、多分ニアロさんは、尻尾でカナを背中に乗せてエレン君に続く。この瞬間に何かを発動させたらしく、カナ、それから僕の顔の辺りに、一つずつの大きな泡を創りだす。そのお陰で息は出来るけど、あまりの事に僕はただ驚く事しか出来なかった。ネージュも後ろから追いかけて来てくれていると思うけど、多分彼女も、開いた口が塞がっていないと思う。それくらいに、一瞬のうちに事が大きすぎて唖然とする事しか出来なかった。
Continue……