Quatre-vingts-huit 激戦の成果
Sideコット
「すみません、今日ってジム戦、やってますか? 」
うーん、プライズの事があるから、どうなんだろう…? あの後一通り話してから、僕達はリーヴェルさんとフラムさんとは別れた。その時にはまだカナ達は戦ってたけど、リーヴェルさん達はフィフさん達と合流する予定だったらしい。リーベルさんは水の上を走って渡れるみたいだけど、フラムは無理だからフィフさんに浮かせてもらうんだとか…。
…でカナのバトルの方は、三対二で負けちゃったみたいだけど、メガ進化の方法は身につけれたみたい。最後まで残っていたのは、オークスじゃなくてヘクト。セイジさんもヘルガーだったから、歯が立たなかったんじゃないかな? その時にはイグリーもオークスもやられちゃってたし、控えの僕とネージュはリーヴェルさん達と話していてその場にいなかった。だから袋叩きは使えないし、火炎放射も同族だから効かない…。不意打ちっていう手もあるけど、悪タイプ同士だからあまりダメージは見込めない。…だから残りの毒々で長期戦に持ち込むつもりだったんだと思うけど、結果的に耐えられなかったのかもしれないね。
それで今日は、朝一で久しぶりのジムに挑戦。セイジさんにはまだ会えてないけど、部屋を出た時にはもういなかったから、もしかすると早いうちにもしかするとチョウジを発ったのかもしれない。だから今僕傍にいるのは、パートナーのカナだけ…。最近独断で戦ってばかりだから忘れそうになるけど、本来なら僕もカナの指示で動くのが普通。…けど僕はサンダースだけど、カナよりバトルの状況を判断して良い指示をだせる自信がある。それに人の言葉も話せるから、もしかするとトレーナーみたいな事をしてるのかもしれないね、僕って。
「丸一日経ってるから大丈夫だと思うけ…」
「…ん? 誰だ、こんな早い時間に…」
「ジムに挑戦したいんですけど、できますか? 」
目的地に着いたから、カナは自動扉が開いてから高らかに言い放つ。だけど中からの反応が無かったから、カナはしりすぼみになりながらもそのまま続けていた。一昨日のプライズの事件の事があるから心配だったけど、今朝センターで訊いて、やってる、って言ってたから、僕は彼女の方を見上げてこう呟く。大丈夫だと思うけど、そう言おうとした時、やっと奥の方から声が聴こえてきた。乱れた柔道着を着た男の人が奥から出てきて、欠伸を喉の奥に押し留めながらカナをぼんやりと見る。十時を過ぎてるから早くはないはずだけど、完全に目が覚めているカナはもう一度、要件を彼に伝えていた。
「あぁー…、ジムね…。挑戦するというのなら…、ふぁー…、請けるけど…」
こんな状態で、大丈夫なのかな…? 明らかに寝起きの彼は、今度は盛大な欠伸と共にこう答える。よく見たら寝癖が直ってないし、眠いのか目も殆ど開いてない…。旅立ったばかりのカナもこんな感じだったけど、流石にここまでではなかったと思う。
「それなら、お願いします! 」
「ぅんー…、それなんだけど、生憎ジムが改装工事中でね…、外ですることになるけど…、いいかな…? 」
「はい! コットもいいよね? 」
「うっ、うん。いいけど…」
外で戦う事はいいんだけど、やっぱり…。僕はいつでも戦えるから、彼女の問いかけにすぐに頷く。だけど僕は、バトル以前にジムの彼が気がかりで中途半端な返事しか出来なかった。何しろこの人はほぼ寝ているような状態だから、バトルなのにちゃんとした指示とか判断が出来ないと思う。こうなると、この人がジムリーダーなのかも怪しくなってきたけど…。
「それじゃあ…、その辺でしようか…」
「ええっとそれなら、わたしはこのくらい離れればいいですね? 」
「まぁそんなもんだね…」
ジムの入り口を背に立ったから、カナはそれに向かい合うように距離をとる。僕も慌ててそれに続いて、定位置、カナの左側に並ぶ。
「…ルールは、三対三のトリプルバトル。…だけど、そのうちの二体が倒れた時点で…、バトルは終了…。眠いから、これでいくよ…」
えっ、眠いからって…、そんないい加減なルールでいいの?
「はい! 」
「じゃあ…、タンバシティジム、ジムリーダー代理…、レンがお相手するよ」
「うん! トリプルバトルなら…、コット、ネージュ、ヘクト、お願い! 」
はぁ…、こうなったら、戦うしかないよね? 僕はこんな眠気でフラフラなジムリーダーに、思わずため息をついてしまう。この人が出て来てからずっと黙ってたけど、多分声に出して、はぁ、って言っちゃったと思う。だけどそんな相手の事を気にしてないのか、カナは何食わぬ顔で二つのボールを手に取り…。
『おぅ! コット、ネージュ、いくぜ! 』
『うっ、うん! 』
「向こうが心配だけど…、やるからには全力でいかないとね」
…こうなったら、開き直って闘うしかないよね? カナに指名された以上は戦わないといけないから、僕は気持ちを切り替えて一歩前に出る。それと同じタイミングで、ヘクトとネージュも気合十分、って言う感じで跳び出していた。
「サワムラー、エビワラー、カポエラー、適当に終わらせるよ」
『適当にって…』
『師匠が聞いたら絶対に説教モノだよな? 』
『…まっ、叱られるのはレンだけだから、いいんじゃない? 』
…何か苦労してるんだね、向こうも。自称ジムリーダー代理の彼も、自分のメンバーを出場させる。同時に投げられた三つのボールから跳び出し、ほぼ同じタイミングで砂を巻き上げる。エビワラーがため息交じりに呟き、カポエラーがヤバいよな、って言う感じでそれに続く。だけどサワムラーだけが、我関せずっていう感じで声をあげていた。
『格闘タイプ…、コット君はいいと思うけど、私とヘクト君で、大丈夫かな…? 』
『まぁ何とかなるんじゃねぇーの? んだけどネージュ? 逆境の方が燃えねぇーか? コットもそう思うよな? 』
「状況によると思うけど、三にんでカバーし合えば勝てると思うよ」
ネージュは自信なさそうだけど、ヘクトは相変わらずだね。相手の種族を確認していると、ネージュが自信なさそうに僕達に話しかけてくる。確かにネージュの言う通り、属性だけで考えると僕達の方が不利だと思う。ネージュは氷タイプだし、ヘクトはヘクトで悪タイプ…。だけど僕は、ヘクトの言葉を借りるけど、戦略次第では何とかなると思う。効果はいまひとつだけど、ヘクトは変則的な技を使えるし、ネージュと僕は有利なエスパータイプの技を発動させられる。毒状態にすることができるし、ネージュも混乱状態を付与する事が出来る。そして何より、これまで何回もプライズを相手に戦い続けてきた。だからどこまでいけるかは分からないけど、絶対にチョウジのジム戦の時よりは強くなってるはず。だから僕は、不安そうなネージュに自信を持ってもらうためにこう答えた。
『…さぁ、始めようか』
『当ったり前だ! 』
「君達のトレーナーが心配だけど、よろしくお願いします」
『まぁお手柔らかに頼むよ』
ジム戦は久しぶりだけど、負ける気がしないよ! 仲間内で話し終えた僕達は、お互いに向き合って言葉を交わしあう。僕がジムで戦うのは二回目だけど、フリーのバトルとはまた違った緊張感は嫌いじゃない。ジム戦の時はいつもトレーナー側? の視点で見てたけど、…やっぱり僕もポケモンなんだね。見るよりも戦う方が楽しい。だから僕は、気合十分っていう感じで声をあげるヘクト達に続いて、ぺこりと頭を下げてこう応えた。
『じゃあ早速、マッハパ…』
『先制技、利用させてもらぜ? 不意撃ち! 』
『なっ…っく』
ヘクト、カウンター攻撃が決まったね! 相手のエビワラーが真っ先に構え、瞬時に両手に力を溜める。先制技を発動させ、八メートルはある距離を一気に駆けてきた。目線からするとネージュを狙ってたんだと思うけど、その前にヘクトが、彼女の前に躍り出て行動を開始する。一瞬のうちに技を発動させ、頭の角を相手に向けるように体勢を低くする。数歩走って勢いをつけ、牽制技として相手が拳を振りかざす前にお腹の辺りを貫いた。
『まさか不意討ちを使えるとはね…。跳び膝蹴り! 』
『へっ、ヘクト君! 水の波動! 』
「チャージビーム! 」
『ネージュ、コット! すまん、助かった』
ふぅ、これでひとまず、防げたかな? 攻撃を命中させたヘクトに出来た隙を狙って、エビワラーを追いかけていたサワムラーが攻撃を仕掛けてきた。助走をつけて跳び上がり、その勢いも乗せてヘクトに蹴りかかってくる。ヘクトにとっては致命傷になりかねないから、僕とネージュが、ほぼ同時に守るために動き出す。ネージュは溜めたエネルギーを水の属性に変換し、音波を乗せて撃ちだす。対して僕は、サワムラー達の左に回り込んで、電気のブレスを一気に放出。空中で身動きがとれないはずのサワムラーを撃ち落とそうと、喉に力を込めた。
『…っ! 』
『俺を忘れてないよね? 高速スピン! 』
『忘れる訳ねぇーだろぅ? オヤジ直伝の熱風! 』
へっ、ヘクト? いつの間に使えるようになってたの? まず初めに、ネージュのリングがサワムラーの足を捉える。この感じだと追加効果までは発動しなかったと思うけど、この一発で跳び膝蹴りの発動をキャンセルできていた。一昨日まではここまでの威力は無かったから、多分ネージュも、一昨日の連戦で鍛えられたんだと思う。そこへ僕の光線が達して、無防備になっている相手を横方向に逸れさせる。
その間にもうひとりの相手、カポエラーが急接近して、エビワラーの横から蹴りかかろうとする。逆立ちした状態で回転し、ヘクトを連続で蹴り飛ばそうとしているらしい。
だけどこの時には、ヘクトも硬直から立ち直っていたらしい。エネルギーレベルを高め、それに炎の属性を纏わせる。いつものヘクトなら喉元に集中させ、火炎のブレスとして放出してるけど、僕の予想に反してそうはしていなかった。全身からエネルギーを解放し、焼けつくような突風を吹かせていた。
『熱っ…』
『くぅっ…! 』
密接してたって事もあって、エビワラーとカポエラーは耐え切れずに吹き飛ばされる。
『おいおい、嘘だろ? メガトンキック! 』
『コット、ネージュ! いつものアレ、いくぞ! 袋叩き! 』
『うっ、うん! 』
あれだけ吹き飛ばしたから、多分大丈夫だよね? もうひとりの相手、遠い所にいたサワムラーには届いていなかったから、治まったタイミングで駆けてくる。まだ五メートルぐらい距離があるから、その間にヘクトが手短に作戦を伝えてくれる。ヘクトのアレといえば
あれしか考えられないから、僕、それからネージュも、これだけで何の事を言ってるのかすぐに分かった。だから僕は、ヘクトから見て左斜め前に移動し、ネージュも正三角形を描く様な位置を陣取っていた。そして…。
『うぅっ…』
『ネージュ! 』
『うん! 』
駆けてきたサワムラ―に捨て身で突っ込み、ネージュの方に弾き飛ばす。その直後にヘクトは、バックステップで何メートルも下がっていた。
ネージュは勢いをつけて少し跳ね上がり、技の効果で悪タイプを纏った右の前鰭ではたいていた。
『コット君! 』
『ぐぁッ…! 』
「任せて! 』
『…ぅっ! 』
僕の方にパスしてきたから、狙いを定めてそれに応える。少し力を溜めながらサワムラ―を見定め、頭を下げて低い体勢になる。一メートルの距離になったところで頭を振り上げ、頭突きでサワムラーを空中に投げ出した。
『イグリー! 』
『順調みたいだね? 』
『ぅぐっ…! 』
僕が打ち上げた先に、イグリーが技の効果で飛び出す。ベストなタイミングで翼を打ちつけ、カナの目の前を狙って撃ち落とす。
『オークス! 』
『ちっ、イグリーからってのが気に食わねーが、これでトドメだ! 』
『――! 』
『そうは…、させない! 』
『ネージュ! 次は昨日話したアレだぁっ! 』
そこへ大きなオークスが出場し、地面スレスレで尻尾を力任せに振りまわす。だけどそれをさせまいと、ヘクトの熱風から立ち直ったエビワラーが殴りかかろうとする。ユウキさんのを見た事があるから分かるけど、多分あの構えは気合いパンチだと思う。技の効果で一時的に出場しているだけだけど、サワムラーに尻尾が命中する前に仕留めるつもりなんだと思う。
「目覚める…」
『向こうには…、行かせない! 見切り…、インファイト! 』
「見切り…、アシストパワー! 」
格闘タイプだから、やっぱり、使えるよね? 僕はエビワラーに対して牽制の氷球を放とうとしたけど、その間にカポエラーに割り込まれしまった。入られたのが撃ちだした直後だったから、十五センチぐらいのそれは真っ直カポエラーに向かっていく。その相手は僕の弾の速度、軌道を読み、スレスレで回避…。全身に力を溜めながら、一気に僕との距離を詰めてきた。
このままだとやられるから、僕は慌てて見切りを発動させる。一時的に運動能力を最大まで高め、一瞬のうちに両足に力を込め、解放する。右の拳で殴りかかってきたところで大きく跳び下がり、間一髪のところでそれをかわす…。すぐに潜在的な力に干渉し、エスパータイプの球体を相手の背後に出現させる。そして…。
「背後が空いてますよ! 」
『なっ…、ぐぁっ…! 』
十分に強化出来てないけど、遠隔射撃で連撃に対抗する。
「これで最後です、チャージビーム! 」
『―っ! 』
相手の体勢が崩れたから、その間に電気のブレスを準備する。完全な状態じゃないけど、それでも真正面に飛ばす事はできた。
『熱風! 』
『…吹雪! 』
『えっ…』
『うっ、嘘だろ…? 』
何か上手い具合にタイミングが合ったね…。見てないから分からないけど、カポエラーが飛ばされた先では、エビワラーひとりに対してネージュとヘクトが対峙していた。パッと見た感じ設置技を発動させたような痕跡があるから、もしかするとヘクトは毒々をはつどうさせたのかもしれない。僕がカポエラーを飛ばした時の配置は、エビワラーを挟みこむように、ヘクトが左、ネージュが右にいる。その状態で、ヘクトは焼け付く突風を、ネージュは凍てつく疾風を、ほぼ同時に発動させていた。
『ぁあッ…! 』
『ぐぅっ…。まさか…、こんなにあっさり…』
『俺達は密猟組織を相手に戦い続けてきたんだ、強いのは当然だろぅ? 』
僕もここまで上手くいくとは思わなかったけど…。ふたりの乱風に巻き込まれるような感じで、カポエラーにもそれが及ぶ。ふたりの高温と低温、ふたつの強風に吹かれた相手は、堪えきれずに意識を手放してしまっていた。
Continue……