Soixante-dix-neuf 離島の激戦(艶月の闇)
Sideラグナ
「…みんなも、いくよ! 」
『ああ。でなければ抜け出した意味が無いだろう』
『…やはりな。…しっかしよくあの研究所を抜け出せたよなぁ』
『エクサ、俺を誰か忘れたとは言わせないぞ? 』
バトル自体はあまり得意ではないが、作戦や戦法立案は得意でいるつもりだ! 難なく目的地に辿りついた俺達は、先に交戦しているベータ…、いや、元同僚のセイジと合流する。向かう最中に作戦会議は済ませてあるので、着いて即行行動を開始する。標的の意表を突くことが出来たので、第一段階は成功。続く第二段階へと遷移した。
俺自身は始めから出ていたので、ライトのかけ声と共に駆け出し、大きく頷く。幹部時代の戦友の元に駆け付け、その彼にこう話しかける。昨日何年かぶりに再会した彼、ヘルガーのエクサは、今の段階ではまだ肩書き上は敵同士。だが組織を裏切った身であるため、利害の一致した共闘者と言えるだろう。
『お前は相変わらずだな。…ラグナ、わざわざ抜け出してきたからには、何か作戦があるのだろぅ? 』
『当然だ。全体としての作戦は敵の殲滅だが、俺達の役目はいわゆる時間稼ぎだ』
『ふっ…、時間稼ぎだぁ? この俺様を前に、随分と大層な事を言ってくれるじゃねぇーか! 』
…なるほどな。アイツが相手なら、セイジが苦戦するのも納得だな。ライトがアルファと口論している間、当然バトルは一時硬直状態になる。その間を利用し、俺は戦友に作戦の趣旨を手短に伝える。しかしその最中、敵の主戦力、アルファにとってのパートナーであるヒヒダルマが割って入ってくる。トレーナーがトレーナーなら、パートナーもパートナー…、昔からの自信過剰な態度で、俺達に言い放ってくる。大声で煩わしいが、これも昔からの奴の
性…。俺は適当に聞き流した。
『
時間稼ぎ、か…』
『
ああ。エクサ、確か熱風を使えたよな? 』
『
使えるが…、それではあまり…』
『どこのポニータの骨かと思えば、非情の闇か! 懐かしい! つまりこれはグリース時代の同窓会という訳か! 面白い! 』
…やはり煩いな。だが、好都合か。ヒヒダルマが独りで騒いでいるので、エクサは逆にこれを利用しようと考えたらしい。声を潜めて答えたため、俺もすぐにその意図を察し、同じように応じる。そのままの流れで、俺は彼に作戦の必須条件ともいえる技について尋ねる。当然首を傾げられたが、使えるのであれば問題ない。
『
ならエクサはしばらく、熱風を中心に発動させてくれ。俺はお前に合わせて動き、且つお前を守る』
『
俺を、か。…フッ、非情の闇と言われたラグナから、まさか守ると言われるとはな…』
『
組織を追放され、この四年間で俺は変われた。幹部時代の罪滅ぼしも、出来ているつもりだ…。エクワイルとして活動してきた一年半、これで身につけた術を存分に発揮させてもらうぞ! 影分身! 』
『来るなら来い! 俺様がまとめて葬り去ってやる! 』
『臨むところだぁっ! 』
作戦の伝達も済んだので、俺は潜めていた声を元に戻す。エクサは何かが可笑しいらしく、うっすらと笑みを浮かべていた。だが俺は気にすることなく、宣言と共に技を発動させる。分身を一体創り出し、それに向かわせた。
相手も俺の行動に応じ、荒々しく声をあげる。両手でバンバン、と派手な音を打ち鳴らし、正面から距離を詰めてきた。
『そういう作戦なら、熱…』
『先取り、…熱風! 』
『なるほどな。熱風! 』
雨の中では分が悪いが、補えば何とかなるだろう。俺に続き、エクサも行動を開始する。その場でエネルギーを全身に行き渡らせ、それに炎の属性を纏わせる。作戦通り動いてくれたので、俺は名目上は補助技である、先取りをエクサに対して発動する。技の発動段階のヘルガーに強く意識を向け、自分のエネルギーを作用させる。するとそのエネルギーを通して、本来は使えないはずの技のイメージが俺に流れ込んでくる。その通りにエネルギーを活性化させ、瞬時に解放する。すると本来の発動者よりも早く、焼けつく突風を発動させることに成功した。俺が発動させた熱風の対象はエクサだが、彼の特性は貰い火。これを利用して、戦友の火力を増強させるのが俺の狙い。ほんの数秒遅れて本人の突風も吹き始めたので、雨も降っているという事もあり、一気に蒸し暑さが辺りを支配する。この暑さはもしかすると、炎タイプで無ければ、慣れていないとのぼせるレベルかもしれない。
『炎技か。んなもん俺様に訊く訳がなだろうがぁっ! アームハンマー! 』
『フッ、甘いな。くっ』
『ちっ…』
分身に戦わせている間に、俺達はもう一度同じ手順を繰り返す。これで恐らく、エクサは雨の影響受けずに戦えるはず…。本音を言うともう一段階強化したいところだが、そうはいかなくなってしまう。ヒヒダルマに向かわせていた分身が、奴の鉄拳によって雲散させられてしまった。
『エクサ、いくぞ! 影分身』
『おぅ! 火炎放射』
『この雨で火炎放射を使うとか、お前らはバカか? 』
ひとまず、これで普段通りに戦えるな。エクサの増強も終えたので、俺達は一斉に駆け出す。俺は十歩駆けたところで分身を三体出現させ、エクサを守るような陣形をとる。彼の斜めの位置をとっているので、彼の炎を食らう心配はない。朱の直線が先行し、対象を狙わんと突き進んでいった。
『影分身』
『どれだけ出そうと、無駄だぁっ! 暴れる』
『ラグナ、左だ』
『分かってる』
想定内だ! エクサの火炎を、相手は左に避けたらしい。そのままの流れで、俺達との距離を詰めてきた。三メートルの位置で力を解放し、俺の分身もろをも吹き飛ばそうと物凄い勢いで襲いかかってきた。
しかし俺も、対策無しに対抗している訳ではない。追加で三体出現させ、既存の三体の配置を変える。俺自身はエクサの直近に移動し、六体の分身は相手との間に、横一直線に並ばせる。そうする事で壁として利用し、その間に相手との距離をとる。分身には威張るを発動させているので、まんまと俺の罠にかかってくれた。その代わりに時間を追うごとに消されていくが、その都度補充をすれば問題ない。混乱状態になっているはずなので、相手は普段通りの思考が働いていないだろう。
『ラグナ、やるな! …次は何をすればいい? 』
『次は―――』
ここまで来れば、後はアルファに気付かれないよう時間を稼ぐだけ…。俺はこの事をヘルガーの彼に伝え、任務遂行のために一芝居打つことにした。
――――
Sideテトラ
「…みんなも、いくよ! 」
『はいです! 』
『うん! 』
「お前ら、完膚無きまでに打ちのめしてやりなさい! 』
どういう状況かは分からないけど、戦闘、って事は確かかな? 色違い特有の効果と共に跳び出した私は、いつものように前足から着地する。雨が降ってる事には少しビックリしたけど、ひとまず私は辺りを見渡して状況を確認する。ボールから出てすぐに見た感じだと、相手トレーナー、アルファもメンバーフル出場だと思う。丁度今ラグナがヒヒダルマの方に走って行ったから、すぐにでも戦闘が始まると思う。
『テトちゃん、私達も…』
『地震! …小娘が、この私に盾突こうってのかい? 』
『相手が悪かったな! 』
『くっ…』
いっ、いきなり? シアちゃんが私の所に来てくれたから、多分作戦を伝えてくれようとしてたんだと思う。だけどそれをしてくれようとした矢先に、大柄な相手、オノノクスが思いっきり地面を踏み鳴らす。あまりに急な事だったから、私達は何も対処できず、まともに食らってしまう。もうひとりの相手、ランクルスもダメージを食らってるみたいだけど、両方ともあまり気にしている様子は無さそうだった。
『いっ、いきなり何するんですか! 』
『決まってるだろ? 先手を打っただけだ。…自己再生』
『という事は、奇襲? 仲間を考えないところを見ると、プライズのあんた達らしいけど』
牽制のつもり、かな? この威力なら…。不意の攻撃だったけど、相手も十分にエネルギーを溜めきれていなかったらしい。元々の耐久力もあって、殆どダメージは無かった。隣で何かが割れるような音がしたから、奇襲に対してシアちゃんは、咄嗟に守を発動させていたんだと思う。だけどシアちゃんも十分じゃなかったみたいだから、それだけで緑のシールドが崩れ落ちてしまっていた。
『ご名答。だが、これではそうもいかないだろうねぇ、アイアンテール! 』
『はっ、速い! フラッシュ! 』
なっ、なに? あの速さ? オノノクスって、あんなに素早い種族だったっけ? 感心したように声をあげたオノノクスは、自身の尻尾を硬質化させる。鋼タイプの技を発動させているから、多分狙いは私だと思う。だけどそう思った最中、相手は私の予想を上回る行動をして見せる。ほんの一瞬で間合いを詰め、私まで四メートルの位置まで駆け抜けてきた。このままだと危ない、こう感じた私は反射的にエネルギーをリボンに集中させ、一発光球を発光させる。同時に左に跳び退いたけど、あと一歩遅れていたらタダじゃあ済まなかったと思う。何故なら…。
『ちっ、外したか…』
『どうせスピードだけかと思ったけど…』
相手の尻尾に打ちつけられた砂が派手に舞い上がり、その部分が深く抉れていたから…。体格差もあるから、私は一瞬背筋が凍るような感覚に襲われてしまう。相性的には私の方が有利だけど、ここまで重いアイアンテールがあるなら、私の方も油断できない。竜の舞か何かで強化してるとは思うけ…。
『テトちゃん、伏せて! 』
『えっ、うん。…ムーンフォース! 』
『くっ、ドラゴンクロー』
シアちゃん、ごめん! オノノクスの状態について考えていると、右の方からシアちゃんの声が響いてきた。内心驚きながらそっちに目をやると、ちょうどその方向から三つの流星、シアちゃんのスピードスターが向かってきていた。星の進み方からすると、このままだと私も巻き添えを食らうことになる。だから慌てて体勢を低くし、その状態で四肢に力を溜める。瞬間的に開放する事で右に跳び、去り際に薄桃色の球を解き放つ。それはシアちゃんの星に続くように、目の前の巨体へと飛んでいく。だけど不安定な状態で発動させたから、狙いが定まらずにオノノクスの頭の方へ飛んでいく。そのせいで、私の弾丸は相手の紺の爪によって切り裂かれてしまった。
『なるほどな。先に図体のデカいコイツから倒す作戦か。気合弾っ! 』
『でっ、電光石火! 』
『フラッシュ連射! 』
これだけ発光させたら、流石に向こうもまともに狙えないよね? シアちゃんはシアちゃんで、ランクルスの攻撃を何とか回避できていたらしい。気弾を打ち込まれていたけど、素早い動きでそれを回避する。結果的にランクルスには背を向けることになってるけど、これは多分、狙いをオノノクスに変えたからだと思う。それならって事で私は、左右両方にエネルギーを蓄え、それを丸く形成する。シアちゃんが目の前を通過したタイミングで、それを勢いよく左右に突き出す。リボンの先から離さずに発光させる事で、私を中心に全方向に激しい光を放たせる。
『アシストパワーっ! 』
『ギガインパクト! 』
この隙に、一気に攻める! 私がオノノクスと対峙している間に、シアちゃんは自分を極限まで強化していたらしい。私自身も目を閉じているから分からないけど、この感じだと多分、気柱をオノノクスの足元に出現させていると思う。いつも通りなら二足で左に跳び退いているはずだから、私はそこに向けて一気に駆け出す。二メートルまで接近したところで目を開け、瞬時に狙いを定め、ありったけの力を蓄える。そして後ろ足で砂を思いっきり蹴り、オノノクスの腹の辺りに捨て身で突っ込んだ。
『ぐぅっ…』
『その隙、もらった! 気合…』
『守る! テトちゃんには、触れさせません! 』
私の特性の効果でフェアリータイプになるから、そびえ立つ巨体は数メートル吹っ飛ぶ。威力はみんなの中では一番大きい自信はあるけど、その代わりに反動で動けなくなるのがこの技の難点。その間隙だらけになっちゃうけど、今なら安心して効果が切れるのを待つことが出来る。ランクルスが私に向けて気弾を撃ちだしてきたけど、私を跳び越え、その間にシアちゃんが入る。両前足を前に突き出し、緑色の壁を出現させることでそれを防いでくれた。
『シアちゃん、ありがとう』
『どういたしまして。…テトちゃん』
『うん! 』
結構手ごたえがあったけど、まだ削りきれてないかなぁ…。身動きのとれない私を心配して、シアちゃんは横目でチラッと私を見る。そんな彼女に大丈夫だよ、って小さく笑いかけたら、同じように横目で応えてくれた。そうこうしている間に体が軽くなってきたから、シアちゃんの壁が消える前に立ちあがる。短く言葉を交わし合って、引き続き相手ふたりとの交戦を再開した。
Continue……