De Lien Dixieme 取捨選択
Sideシルク
ライト、しっかりして! ライト!
うっ、嘘よね…? 駆けつけた先でエンテイと交戦していたものの、三重に発動させても拮抗して押しきることができなかった。状況が変わらなかったから、捨て身で突っ込んで射程を短く、水量を多くしようかとも考えた。…でも分かってはいたけど、無理をしているせいか、口の中が生体錯体分子特有の味で満たされている。痛みも酷くなってきていて、今ではその感覚が無くなる段階まで来ている…。だけどそうも言ってられないから、更に送り込むエネルギー量を増幅させよう、そうしようとしたその時、急に聖なる炎の威力が弱まった。一瞬訳が分からなかったけど、すぐにライトが助太刀してくれたためだと知ることができた。その結果大ダメージを与えることは出来たけど、その代わりにライトも倒れてしまった。横目で見た限りでは、ライトが発動させたのは、多分“チカラ”の“癒しの波動”…。元々左目に大火傷を負った、かなり衰弱していたということもあって、コルド達が来てくれたタイミングで気を失ってしまっていた。
『…遅かったか』
『シルクさん! この方は…』
姿が違って分からないかも知れないけど、メガ進化したライトよ!
『こっ、この方が、ライトさん? 』
私も初めて見たけど、状況的に考えても、そのはず…。撤退したアルファを逃がすまいと吹雪を発動させたスイクン、リーヴェルさんは悔しそうにこう吐き捨てる。直接は見てないから分からないけど、この感じだとおそらく、逃がしてしまったんだと思う。一方コルドは、前足でライトをライトを揺すっている私に気づいたらしく、すぐに来てくれる。当然と言えば当然だけど、見知らぬ種族、それも重傷を負った彼女を目にし、コルドは慌てながらも首をかしげる。彼自身は逃げ遅れたひとの身元を訊くためにいいかけたんだと思うけど、それを聴く前に、私がテレパシーで遮る。気を失ってもまだ解けていない状態だから、彼は信じられない、といった様子で頓狂な声をあげてしまっていた。
『…っ! 』
そうよ! …だけど見ての通り、状況は良くはないわ。詳しい経緯は分からないけど、少なくとも、人間の姿で聖なる炎を食らっているわね…。
『ということは、フラムさんが…』
ええ…。私が着いた時には、既に衰弱している状態だったわ。左目に炎が纏わりついていたから…
『チカラを、無理やり使わされているな』
『ちっ、チカラを、ですか? 』
ただでさえ威力が規格外だったのに? コルドに質問されたから、私はすぐに、ライトについて知っている事を話す。いつものクセで口で話そうとしたけど、激痛が走ったらすぐに止める。思わず顔を歪めてしまったけど、それでも何とかテレパシーで伝える事はできた。だから、降りしきる雨…、多分リーヴェルさんのチカラだと思うけど、その音でかき消されてはいないはず。逆にコルドと彼の声は聴きとりにくかったけど…。
『ベータとか言う輩からコルドは聴いていると思うが、町の炎が技では消えなかったのはそのためだ』
技では、消えない? りっ、リーヴェルさん…、もしそれを…、制御できていないものを受けたら…。
どおりで、私の単発のハイドロポンプだけだと、競り負けたのね。アルファを逃して眉間にしわを寄せているリーヴェルさんは、湧き出す感情を抑えながらも、淡々と話し始める。これは私の勝手な想像だけど、彼の話しからすると、フラムさんのチカラで発生させた炎は、リーヴェルさんの“雨”でしか消火できない、そう言う事だと思う。そうなると次に浮かぶのは、例の炎を食らったライトの容態。嫌な予感がしてきたけど、それはある意味、私も似たような状況に跳び込んでいるようなもの。だから私は、自分の喉への判断材料っていう意味も含めて、威厳のある彼にこう尋ねる事にした。
『無傷では、済まないだろうな。それが未制御となると…、すまん、俺でも想像出来ん。受けたのが目となると…、軽くて失明、最悪の場合、取り返すのつかない事になるかもしれないな…』
嘘…、嘘よね! 取り返しがつかないだなんて…!
『…残念ながら、本当です。必要が無いと思って今まで話したことが無かったのですが、伝説の種族はまず、チカラの制御のし方から学ぶんです』
『貴女もコルドの仲間、当事者なら知っていると思うが、伝説の種族は程度には差があるが、唯一の存在であるが故に強力だ。
一度そのコントロールを失えば、一般のひとであれば重傷は免れられない。人間が食らうとなると…、・・・と言う事だ』
そっ…、そんな…。出来れば信じたくはないけど、彼らが言う事には、納得がいく気がする。私も一度だけ、“従者の証”を奪われ…、つまり制御を失った事がある。間一髪で取り戻せたけど、あの時私は、あと一歩のところで自我を失う段階まで言っていた。それと並行して、エネルギーの強さのコントロールも出来なくなっていた。…だから私は、身に覚えがあるから、神妙な様子で語ってくれているふたりに、何も伝える事が出来なくなってしまっていた。
『…ですがシルクさん? シルクさんが着いた時にはまだ、ライトさんの意識はあったんですよね? …シルクさん? 』
『っ…? 』
えっ、ええ。朦朧としていたとはいえ、まだしっかりと意識があったわ。ライトが気を失ったのは多分、瀕死な上にメガ進化した状態で“癒しの波動”を発動させたから、負荷に耐えられなかった…、そう言う事だとお…。
確証は無いけど、おそらくは…。考え事をしていたせいで、私はすぐにはコルドの問いかけには答える事が出来なかった。一応聞いてはいたけど、そのせいで声でえっ、って言ってしまったから、その瞬間再び激痛が私を襲う。痛いけどそうも言ってられない状況だから、私は無理やり平生を装い、平然と言葉を伝える。殆ど私の想像でし…。
「スイクン、コバルオン、住民はどこに避難させている? 」
えっ、あっ…、ワカバの方です。時間的にも、そろそろ全員避難し終えている頃、かと…。
べっ、ベータ? なっ、何でベータがコルド達と…?
嘘よね? 何でベータが? 私が言葉を伝えている最中、雨の音に紛れて第三者の声が紛れ込んできた。半ば驚きながらそっちに振りかえると、そこにはいるはずのない人物…。プライズの幹部であるベータが、血相を変えてこっちに走ってきている所だった。おまけに彼は、実質の上司であるアルファではなく、ヨシノの町民の事を尋ねてきた。更にコルドが若干驚きながらも当然のように答えていたので、思わずとび上がってしまった。
『俺も俄かには信じられないが、ここの出身だそうだ』
『なのでいわば、彼からの要望で一時停戦中という状態です』
てっ、停戦…?
はい。何故かは分かりませんが、その証拠にアルファ、それからフラムさんを解放する方法まで教えてもらっています! …あっ、セイジさん! チーゴの実、いくつ持っていますか?
「チーゴの実…? 何故そん…」
もしかしたらライトさん…、ラティアスの傷をどうにかできるかもしれません!
チーゴの実…、あっ、そっか! その手があったわね! リーヴェルさんは納得できていないみたいだけど、もし私が彼の立場なら、多分受け入れていると思う。敵であるなら、自ら最高機密を教えるはずが無い。おまけにアルファの事まで話してくれているらしいから、恐らく彼は本気、そう私なら判断する。現に今もそう思ったから…。
だけどその最中に、コルドは何かを思いついたらしい。声でも短く言い、参戦した幹部にこう提案する。初めは彼はもちろん、私も訳が分からなかったけど、続けてしてくれた説明ですぐに分かる事が出来た。
ですからセイジさん、チーゴの実、何個持っていますか?
「…三個、だが…」
『シルクさん、三個で何とかなりそうですか? 』
三個…。
正直言って、三個でどうにかなるかは、私にも分からないわ…。ユウキの学生時代に生物学を学んでいたら分かったと思うけど、火傷の程度が分からないから、何ともいえないわね…。…だけど、気休め程度の応急措置なら、何とか…。
経験でしか判断が出来ないけど、もし私の症例なら、三個と、追加でパイルの実、それから回復の薬があれば、軽い喉の抑制薬なら生成できる。ライトなら、何とも言えないけど、もし命に別条がなければ、イトケの実二個と元気の塊があれば、何とかなるかもしれない。だけどもし前者を選ぶと、ライトの事はそっちのけになる。もし後者を選ぶと、私の喉の回復は絶望的…。そうではあるけど、主成分の原料であるチーゴの実の数が足りないとなると…。
どちらか一方を、諦めなければならない だけど私は、最初からどっちにするか、決めている。もちろん、その選択に悔いはない。当然私は…。
イトケの実二個と元気の塊が一個あれば、応急措置ならできるかもしれないわ。
私は自分の声を捨て、ライトを選ぶ! イトケの実は私が持ってるから、元気の塊さえあれば、何とかなるかもしれないわ!
「元気の塊なら、問題ない」
そうと決めた…、いえ、ハイドロポンプを三十に発動させた時から決心していた私は、迷うことなくこう言葉を念じる。もちろん私自身の事は何一つ言ってないから、この選択は誰にも知られないはず…。
訊ねたらすぐ答えてくれたから、私はすぐに行動に移る。リーヴェルさんの豪雨でびしょ濡れになってるけど、どのみち水に溶解させる行程があるから、好都合。だから私は、少し離れた場所に置き去った鞄に意識を向け、サイコキネシスで手繰り寄せる。そこから必要な物を取り出し、ライトのための措置剤の合成を開始した。
Continue……