Soixante et quinze 失ったもの、得たもの
Sideライト
「…、詳しくは調べてみないと分からないけど、恐らくは…」
「そう、ですか…」
……、ぅぅっ…。…ここは…、どこなんだろう…。誰かの声が、聞こえるけど…。
『嘘…、嘘、だよね? 』
…そういえば、わたしって、どうなったんだっけ…? 閉じた瞳の暗闇の中で、わたしはふと意識を取り戻す。聴覚がまだあまり機能していなくてよく分からないけど、わたしの近くで誰かが喋っているような気がする。
「ライトさん…」
まだ頭がボーっとするけど、ひとまずわたしは、何とか今まであった事を思い出そうとする。
『僕も心配ですけど、恐らく山は越えていると思います』
この声は…、コルド? 機能していない頭で考えてみる…。確かヨシノで火災に遭って、それの救助活動をしていた。その途中でアルファ、それからエンテイと鉢合わせになって、不意打ちを食らった…。それからは…、ええっと…、何があったんだっけ…?
『多分、そのはずだよ。ボクも詳しくは分からないけど、シルクが作った薬だから、多少はマシだと思うけど…』
『俺達の傷を癒したぐらいだ…、俺自身も、そうであると信じたい』
ええっとこの声は…、フライ? もうひとりは、分からないけど…。それに、シルク…。…あっ、そうだ! 思い出した! エンテイの不意打ちを食らって、死にそうになってた時に、シルクが駆けつけてくれたんだ! その直後に、シルクがハイドロポンプで助けてくれたんだよ! それで確か…。
『…っく! 』
「…っ! ライトさん、ライトさん! 」
『…良かった…、ライト、無事だったんだね! 』
うっ…! 目が…! わたしの中で記憶が戻った瞬間、急に現実に引き戻される。意識が覚醒した事で、感覚の全てが元に戻る。その影響で、わたしは左目に刺すような強烈な痛みに突如襲われる。思わず声をあげてしまったけど、結果的にそれがわたしの目覚めを知らせることになった。
『…この声は…、カナちゃん…? それに…、フライ…? 』
「ライトさん! 分かりま…」
ライト! 良かった! 手遅れかと思ったけど、本当に…、
本当に…、生きててよかったわ! 『シルクぅっ…! 』
カナちゃん、分かるよ、ちゃんと。必死な呼びかけに、わたしはすぐに答えようとする。だけどほんのすこし早く、わたしの頭の中、多分ここにいるみんなにもだと思うけど、親友の声が響き渡る。わたしを助けてくれた親友の顔が早く見たい、そう強く思ったわたしは、すぐに閉じていた目を開けようとする。だけど瞼をほんの少し動かしただけで、また左目に激痛が駆け抜ける。ソレで思わず、わたしは無意識に硬く閉じてしまった。だけど右目だけで、一瞬だけ周りの状況だけは見る事はできた。
この感じだと多分、わたしは元のラティアスの姿のまま、ベッドか何かの上に寝かされているんだと思う。体に力が入らなくて正面、やや右側しか見えなかったけど、そこには前足をベッドに置いて体を支えているコット君と、この中では幼馴染みって言えそうなフライゴン、フライの姿が目に入った。
『らっ、ライトさん! 大丈夫ですか? 』
『この声は…、アーシアちゃんだね…? …左目が凄く痛いけど、それ以外は…』
強いて言うなら体に力が入らないけど、これはチカラを使った代償だから、仕方ないのかな…。短く声をあげてしまったから、今度はブラッキーのアーシアちゃんが心配そうに声をかけてくれる。そんな彼女に返事するため、今度こそ目を開ける。さっきは両方を開けようとしていたくなったから、今度は右目だけ…。すると今回は、痛みで閉じずに済んだ。
何とか右目は開けることが出来たから、小さく頷きながら周りに目を向ける。左は全然分からないけど、今わたしがいるのは、多分どこかの部屋…。わたしの記憶が正しければ、わたしが運ばれたのはワカバタウンのどこかだと思う。コット君、フライ、それからテトラとラグナ、アーシアちゃんと知らない誰かの後ろに、本棚が見える…。薬品じゃなくて紙のにおいが少しするから、センターみたいな所じゃないとは思うけど…。
左目…、その左目なん…
『シルク…、そうだ! シルク! シルクの喉は大丈夫なの? 絶対に無理してるから、無傷じゃないよね、絶対に』
そう…、そうだよ! あの時はシルク、喉に負担がかかるのに、ハイドロポンプを三重に発動させてたよね? 右側に目を向けている間に、シルクがそっちの方にまわり込んできてくれた。目元が少し赤くなって、その周りの短毛が濡れているから、きっと涙を流して泣いていたんだと思う。昔から涙もろいから、シルクらしいと言えばシルクらしいけど…。
だけど彼女の姿が目に入った途端、わたしは物凄く大事な、絶対に忘れてはいけない事を思い出す。そうなると訊かずにはいられなくなり、すぐに声をあげる。急に大声をあげたから、少し頭がクラッとしたけど…。
「ライトさん、その事もなんだけど…」
ええ、無事じゃなかったわ。
『ぶっ、無事じゃないって…』
だけどライトを失う事に比べたら、声を失った事ぐらい、どうって事無いわ!
『そっ、そんな…。シルク、わたしのせいで…』
ライトのせいだなんて、私は全然思ってないわ! 元から私の喉は、いつダメになってもおかしくない状態だった…。だからライト、私はただ喉の発作がずっと続くようなものだから、ねっ?
フライから聴いてはいたけど、それとこれでは話が違うよね? コット君の言葉を遮った彼女は、伝えてきた内容とは正反対の表情をしている…。わたしはそれどころじゃないと思うけど、彼女は声は出してはいないけど、満面の笑みでわたしに語りかけてくる。わたしのせいで喋れなくなったんだから、その笑顔を見るのが辛い…。わたしに心配をかけないように、無理してるんじゃないか…、そう思わずにはいられなくなってしまった。
『シルク…』
それに三年前、私も助けてもらったんだから…。ライトに恩返しができたんだから、むしろ願ったり叶ったりよ!
『シルク…! 』
三年前…、あの時の事かな? 彼女からこう伝わってきた瞬間、わたしの中で何かが
解れた気がする。確かにあの時は、今とは立場が逆だったのかもしれない。あの時シルクは、精神が崩壊していて、もの凄く心配だった。それにシルクを救うためなら、何だってする、したい…。こう強く思った事を、今でも覚えている。もしかするとあの時のわたしみたいに、シルクが想ってくれた…。こう感じた瞬間、わたしはついに抑えていたものを堪えきれなくなる…。無事な右目から、大粒の光が溢れ出してくる。そんなわたしに、親友の彼女はベッドに跳び乗り、左の前足で首元を優しく撫でてくれた。
「…何があったのかは分からないけど、フィフさん、凄く心配していましたから…。フィフさんも限界のはずだった…」
「ええっと、水を差す用で申し訳ないんだけど、ラティアス…、いや、カナちゃんの師匠、って言った方が良いのかな? 」
えっ、あっ、はい…。
シルクの気持ち、よく分かるなぁ…。シルクとの確かな絆を感じていると、この様子を見ていたサンダースのコット君が小さく呟く。わたしが気を失っている間の事を、絞り出すように話してくれようとしている。だけどその途中で、この場のどこかにいたと思う、わたしが知らない痩せ型の男の人が割って入ってくる。彼は多分右側にいるカナちゃんの方をチラッと見ながら、痺れを切らせたように話し始めた。
「あいつの横暴で取り返しのつかない事になるところだったが…、ライト、と言ったか…。心して聴いてほしい」
なっ、何でベー…
「きみの左目なんだけど…、…凄く言いづらいけど…。…最善は尽くしたけど…、…申し訳ない。きみの左目は…」
えっ? 何でベータがここにいるの?恐る恐る口を開いたのは、予想外の人物。わたしを殺めようとしたアルファの部下のはずの、ベータ…。コット君から意味不明な行動をしてる幹部がいるって聴いてたけど、それでもわたしは驚いてしまった。訳が分からないから訊き返そうとしたけど、ほんの少しの差で言い出しっぺに遮られてしまう。その彼は言うのを躊躇っているらしく、何度も言葉を濁す。…だけど遂に意を決したらしく、ゆっくりと口を開いた。
「…きみの左目は…、もう、見えるようになることは…」
そんな気はしていました。わたしは左目を、失明したんだって。
そう、なのよ…。
エンテイの聖なる炎を食らった時から、もう助からないって思ってたよ。…そもそも、一度は諦めた命が助かったんだから、それだけで十分だよ。
『だけどシルク、命があるだけで十分だよ。それに顔に火傷があるって、ユウキ君と同じ…。あっ、ユウキ君は右頬だから逆かな? わたしは左目だから』
『ライト…』
こうなる事はどこかで分かってた気がしたから、わたしはすんなり聞き入れる事が出来た。そもそもわたしの命は助からない、そう思っていたから、左目の視力を無くしただけで済んだのなら、軽い方だと思う。だからわたしは、ちょっと無理やりにだけど、話題を変える。四年来の友達との共通点を挙げ、心配させまいととびっきりの笑顔を作って見せる事にした。
Chapitre Dix Des Light 〜オワリハジマリ〜 Finit……