Soixante et treize きずな
Sideライト
「
…ここで散ってもらうわ! エンテイ! 聖なる炎で…」
…もう、だめだ…。救助活動の最中、不意を突かれて左目に大怪我を負ったわたし…。吹っ飛ばされた先で塀にもたれかかるように倒れるわたしは、為す術無くこの状況に身を任せるしかない。おまけに襲ってきたのが、憎悪の塊となっているプライズの代表、アルファと、完全に操られてしまっているエンテイ…。勝ち誇ったように冷酷な笑いを浮かべるアルファは、わたしを葬るために高らかに指示を出す。ここからは最期を覚悟して目を閉じたから知らないけど、赤黒い鎖、“服従の鎖”で囚われたエンテイは膨大なエネルギーを蓄え始める。わたしの左目に纏わりついている炎はずっと消えてくれないから、無意識のうちに何らかの“チカラ”を発動させているんだと思う。…だけどこの感じだと、制御できていない、そう感じさせるほどの…。
「…葬り去って…」
『…シャドーボール! 』
アルファ、あなたの思い通りにはさせないわ!
「ガァッ? 」
……あれ…? 走馬灯の中、天に召されるのを待っていたけど、いつまで経っても剛炎は襲ってこない。薄れる意識の中、恐る恐る右目を開けると、そこにはわたしが予想してなかった光景が広がっていた。どこからかは分からないけど、漆黒で巨大な球体が放たれ、寸分違わずエンテイに命中する。その影響で、エンテイが纏いかけていた炎が雲散し、技が中断…。そんな光景をぼんやりと眺めていると、聞き覚えのある…、いや、聞きたかった声が頭の中に響き渡る。その声の主は…。
「ちっ…」
この火災の主犯…
シル…、ク…?
わたしの親友であって師匠…、一言では表しきれない関係の、エーフィのシルク。燃え盛る炎でより一層映えている白衣の裾を靡かせながら、颯爽と物陰から跳び出してきた。瞳の色が蒼く輝いて見えるから、多分彼女は“チカラ”を発動させていると思う。これとテレパシーの声で、ようやく気付くことができた。
『この声は…、ライ…、らっ、ライト! 一体何があったのよ! 』
「テレパシーを使うエーフィ…、あのガキの
隷か…」
やっぱり…、シルクだ…。シルクが…、助けに…、来てくれたなら…。わたしが語りかける声に気付いてくれたらしく、彼女はわたしのほうに振りかえる。だけどその瞬間、わたしが置かれている状況が分かったらしく、血相を変えて駆け寄ってきてくれる。その時、シルクの目線ぐらいの高さに、蒼い光の線が一瞬見えた気がするけど…。
エンテイに…、やられ…
「まぁいいわ。例え誰だろうと、この私のエンテイの前では、
ひれ伏すしかないのよ! エンテイ、エーフィにオーバーヒート! 」
「グオォッ、ガァッ! 」
『っ! 水の波動、サイコキネシス! 』
アルファ! あなたって人は一体何をしたのか分かってるの?
感覚が麻痺してまともに喋れないから、わたしは何とか、シルクに状況を話そうとする。意識がもの凄く乱れて伝えにくいけど、この感じなら辛うじて届いているはず…。だけどその途中で、アルファが荒々しく大声をあげる。するとそれを受けて、エンテイが口元に燃え盛る火球を創り出す。わたしの左目を負傷させた時よりは大きくなさそうだから、多分この技じゃない…。
それにいち早く気付いたシルクは、わたしの前で咄嗟に向き直り、口元に圧縮した水を溜める。丁度その瞬間にエンテイが火球を放ってきたから、それに合わせてシルクも解き放つ。ほんの一、二秒しか溜めてないはずなのに、放ったリングは炎で照らされる暗闇を進むほどに大きくなっていく。エンテイのオーバーヒートと重なる時には、五十センチぐらいの大きさに膨れ上がっていた。
更にそれが重なると、シルクの水輪が急に収縮し始める。サイコキネシスで操っているらしく、炎を包み込むように小さくなる。文字通り消火されているらしく、火災の炎で照らされた赤っぽい蒸気が立ち上っていているような気がした。
「何って、ただ町を焼き、ラティアスを仕留めただけ…。それのどこが悪いと言うのかしら? 」
らっ…。あなたって人は…、
本当に最低ね! おまけに誰かの命…、まして私の親友を殺めようとしただなんて…、絶対に許さない! 「許さない? たかがエーフィ如きが、一回私のエンテイの攻撃を防いだぐらいで、粋がらないでほしいわね。…フッ、この私が、最低? …いいわ、この私を罵った罰として、
貴様から天に送ってやるわ! 」
しっ…、シルク…!
上等じゃない…、あなたにはリーフの時から腹が立ってたのよ。リーフはもちろん、エレン君、フラムさん…、
ライトの分まで私が相手になるわ! 「そう望むなら、望み通りにしてやるわ」
確かに、願ったり叶ったりな展開ね。第十八代目…、いえ、
エクワイルジョウト支部オーリック、化学者のシルクとして、あなたを捕えてみせるわ! 「
聖なる炎で消し去ってしまいなさい! 」
「
グオオォォーッ! 」
『水の波動…、ハイドロポンプ! 』
言いあいもそこそこに切り上げ、両者は同時に重撃を仕掛ける。エンテイはさっき発動し損ねた炎を纏い、それを真正面に向けて撃ちだす。三メートルぐらいの太さがありそうな炎柱を、シルクに向けて解き放つ。
それに対しシルクは、まずは水の波動を準備し、口元に水を蓄える。その状態で更にイメージを膨らませていき、別の技へシフトさせていく…。すぐにそれが終わったらしく、シルクは超高圧の水流をブレスとして解き放つ。でも…
「ふっ、何が私を捕えるよ…。そんな水遊びで私に勝てるとでもお思いで? 」
シルクの技が数十センチっていう事もあって、完全に水の方が圧されている…。
シルク…、このま…
『ハイドロポンプ、重ね掛け…! くっ…、これで…! 』
だけどシルクも、負けてはいない。口からブレスを放ちながらも、もう一度同じ技を発動させる。普通なら補助技じゃない限り無理だけど、シルクはそれをやってのける…。“チカラ”の効果で特殊技が強化されているからだと思うけど、それでも凄い…。その甲斐あって、シルクのブレスは二メートルぐらいまで太くなっていた。だけど相当無理をしているらしく、放っている音の中に苦しげな声が混ざっていた。
「中々やるようね。だが…、エンテイ! 」
「ガアァッ! 」
『なっ…』
シルク…!
赤と青は一度つり合い、後者が範囲を広めてきた。…だけどアルファが声をあげると、エンテイが短く吠える。すると見間違いかも…、いや、絶対に、炎柱が更に太くなる。壁と化した炎塊は、一気に激流を圧し返しはじめてしまった。
…シルク…、もういいよ…。わたしの事はいいから、シルクだけでも…、逃げ…
いいえ、逃げないわ!
でも…、ただでさえ無理してるのに…
それは承知の上よ! ここで逃げたら、ライトが命を落とす事になる。そんな事、私には出来ない…。だから…。
『ハイドロポンプ、三重掛け! くぅっ…! 』
シルクも負けじと、更なる対策をする。シルクの気持ちは嬉しいけど、ただでさえ今でもかなり無理をしていると思う。だけどシルクは、わたしの言う事を聴いてくれない。それどころか、更に同じ技を重ねていく…。炎で照らされているせいかもしれないけど、シルクの水の中に、ほんの一瞬、断続的に紅い何かが混ざってるような気がする…。
シルク…、そんな事したら…
ええ、確実に喉を潰す事になるわね。
もう…、やめて…! お願いだから! わたしのた…
寧ろ本望よ! 親友…、ライトの命を守れるのなら、
声の一つくらい、くれてやるわ!! シルク…。なけなしの力で語りかけても、もうわたしの訴えは届きそうにない。親友から返ってくる言葉には、ただならない決意が含まれていた。わたしの弱々しい語りとは正反対で、決心した親友の語りは、強く勇ましい。それを表すかのように、シルクの激流が、更に勢力を増したような気がした。
「…―っく…」
シルク…、シルクが…。
シルクがわたしの為に…。
シルクがわたしの為に、戦ってくれてるのに…。
わたしは…。
わたしは…、何をしているの…?
わたしは左目に傷を負って…、動けない状態…。
だけど動けない状態でも…。
何かできることはあるはず…。
…そう、そうだ。
そうだよ!
アレなら、今のわたしにでも…。
いや…、わたしにしか、出来ない…!
だから、わたしは…。
「……」
朦朧としているけど、それでもわたしは、何とか思考を巡らせる。自問自答を繰り返し、思案…。すると思ったより早く、考えが浮かんで来た。だからすぐにそれを実行するため、すり減っている意識を無理やり高めていく…。そうする事で光を纏い、ひとまず元の、ラティアスとしての姿に戻す。
『…シルク…、が…、――して…、くれてい―なら…! 』
体勢を起こした状態で塀にもたれかかっているわたしは、自分にこう言い聞かせる。本来の姿だからかもしれないけど、さっきよりは痛みはほんの少しマシになったような気がする…。だけど、覆っていた手が届かないから、熱風で傷が尋常じゃないぐらい痛んできたけど…。
…だけどわたしは、その考えを無理やり頭の中から追い出す。その状態でわたしは、なけなしの力をかき集め、精神を集中させていく。そうする事で、わたしは…。
Continue……