Soixante et douze 冷炎再襲
Sideライト
「ひとまず、この辺の避難は終わった…、のかな」
見た感じ誰も残って無さそうだから、大丈夫そうだね。どれだけ時間が経ったのかは分からないけど、救助活動をしているわたしは燃え盛る町の中、辺りをキョロキョロと見渡す。わたしが受け持っているのは火元からも近い南東部だから、殆どの建物が倒壊してしまっている。最初は熱と建材が焼ける臭いでむせ返りそうになってたけど、鼻が慣れたのか嗅覚が麻痺してるのか…、どっちかは分からないけど、全然気にならなくなっている。暑さに関しては、わたしはラティアスだから他の人よりは強いと思うけど、やっぱり暑いものは暑い…。口の中がカラカラで、早く水分を摂りたい、そう強く求め始めてきている。砂漠育ちのフライは平気かもしれないけど…。
「…よし。報告しに行って、センターの人達の方…」
中央部の方が人口が多いみたいだから、報告を兼ねて手伝いに行った方が良いよね? 人口の少ない町の端の方を担当していたっていう事もあって、目に入る範囲では粗方避難させ終えたらしい。建材が燃える音で聞きづらいけど、ひとまず逃げ遅れた人の気配は感じられない。そう感じたわたしは、ひとまずふぅ、と一息。だけどすぐに気持ちを入れ替え、背を向けていた人口密しゅ…
「
グオオオォォォッ! 」
「えっ…」
いっ、いつの間に? でっ、でも、一体どこから…。町の中心に向き直って歩き出そうとしたけど、その前に、どこからかとてつもない咆哮が轟く…。言葉にならない大声に驚いて、わたしはその方に振り向く。声の大きさ的に、それほど離れていない場所から聞こえてきているのかもしれない。わたしはふとそう思ったけど、呑気にそんな事を考えている場合じゃない、九十度ぐらい振り返ったタイミングで、わたしは嫌でもこう気付かされる。このタイミングで、わたしは視界の左端に赤々と燃える何か…。最初は倒壊しても燃え続けている住宅かと思ったけど、そうじゃない。振り向くスピードよりも速く、わたしに向かってきている。この時初めて迫る業炎に気付けたけど、既に表面が一メートル半のところまで近づいてきている…。
この瞬間から、まるで時の流れが止まった、そして他人事のように感じられた。
一メートル、あまりに急な展開に、わたしは短く声をあげてしまう。
七十センチ…。
「嘘でしょ…」
慌てて腰に力を入れ、体の捻り運動を止める…。
三十センチ…。
「―――! 」
踏ん張った左足の指に力を込め、思いっきり後ろに蹴ろうとする。けど…。
「
―――っぁっ!! 」
時既に遅し…。
気付いたのが遅すぎ、焼け付くような、引き裂くような…、今まで経験した事の無い熱さがわたしを襲う。炎が放たれたのがわたしの真後ろ…、振り返ったから左側だけど、ちょうど目の辺りに炎の中心がヒットする。あまりの強さに、わたしは無残に吹っ飛ばされる。何メートル、何回地面に叩きつけられたのかは、分からない…。焼け残った塀にぶつかるまで、弾力のあるゴムボールのように飛ばされるしかなかった。
「ぁ――っ、…っく――…」
っく…、眼…、が…。
「ぅっ――…」
熱…、い…。
「っ―…」
「ちっ…、仕留め損ねたか…」
…、だ…、れ…? あまりに痛さに、わたしは硬く両目を閉じる…。それだけでなくて、無意識に左手で、炎が着弾した左目を覆い、強く握る…。押さえている左手にも熱は感じるから、もしかするとまだ炎は纏わりついているのかもしれない…。全身を強打した影響で息は詰まってるけど、辛うじて呼吸は出来ている。痛みは…、酷過ぎて全然分からない…。一応生きてるみたいだけど、もしわたしがラティアスじゃなかったら、今頃天に召されていたかもしれない…。薄れる意識の中でこう考えていると、燃える音に紛れて、こんな声が聞こえてきたような気がした。
「流石ラティアスと言ったところね。…エンテイ、こん…」
「
まさ…、か…」
この声は…、まさか…、アルファ…?
…忘れもしないよ…、この声…、この気配は…。気のせいかと思ったけど、今度はハッキリと聴きとることができた。相変わらずの上から目線の言い方に、朦朧としながらもわたしはハッと気がつく。確信しながら声を振り絞ろうとしたけど、致命傷を負った影響なのか、殆どでない…。だから極限まで意識を高め、無事な右目だけをゆっくり開けながら、辛うじてテレパシーでその相手に語りかけた。
「やっと気づいたようね」
まさか…、この火災は…。
「そうよ! この
私が、やってやったのよ! 」
なん…、で…。
「貴様如きに語る気なんてこれっぽっちもないが…、所詮死に損ないのラティアス…。…いいわ、冥途の土産に、この私直々に教えてやるわ! …目的はただ一つ、この私を裏切ったリーグ協会を潰す…、そのためよ! 」
リーグ…、を…?
「そうよ。…ソウリュウではトップだったこの私が、ジムリーダーに就くはずだった…。…だがあの市長、シャガのクソ爺ぃ…、あいつが就きやがった! おまけにナンバーワンの私を追放…。これほどの屈辱は無いわ…。…グリースに入り、期を伺ったが、無駄…。腹癒せにホワイトフォレストを焼き払ったが、治まらない…。英雄伝説の当事者になろうとはしたが、それもあの学者のガキ共のせいで潰えた…。…ただ、アイツの粗暴で組織が割れたのは好都合だったわね。分裂した混乱に乗じて組織の情報を根こそぎ持ちだした私は、伝承を片っ端から調べた…。その時に見つけたのが、これ…。どこかの組織が残した、“感情”、“意思”、“知識”の三神から抽出したという“遺伝子の楔”…。これを改良したのが、この“服従の鎖”。…これのために、面倒な組織を立ち上げた甲斐があったわね…。
…ここからは、貴様等、エクワイルが知る通り。…第一段階として、エンテイ、行く行くはホウオウを手中に収め従わせる…。ホウオウの捕獲には失敗したが、エンテイが想定以上の性能を持っていたのは良い誤算ね。…だが完全に従わせ、強化するために、貴様らラティアスが持つ、“心の雫”が必要となった。…まさかガンマの馬鹿が残した情報が役立つとは思わなかったわね…。アイツの資料で、一発で分かったわ。従わせてからは当然、リーグを潰す為に動く。その見せしめ、足掛かりとして、このクソ田舎を焼き払い、利用してやったのよ! 」
みせ…、しめ…、で…。
見せしめ、恨みだけでって…、まさか、個人の欲望、それだけのために…。淡々と語る憎悪の塊と化したアルファの話しに、わたしは絶句してしまう。話の中に、リーフ、それからユウキ君達が関わってくる事もあったから、尚更…。左目の事でそれどころじゃないって言うのもあるけど、わたしはただ、これを聴きとることしか出来なかった。
「そうよ。…お蔭で、無事に成功したわ。…次はジョウトの八つのジム、そのついでにアサギのリーグ。…そして最後に、
全国のリーグ、この私を裏切ったリーグ連盟を、私のエンテイの炎で燃やし尽くしてやるのよ! エンテイ! 」
「
ガアアァァッ! 」
「―――っ! 」
くっ…! 野心に満ちたアルファは、冷酷な笑みを浮かべながら高らかに言い放つ。…狂気、そんな言葉がすぐに浮かぶほどの笑い声を、彼女はあげる。更に彼女は、どこかから小さな機械を取り出し、それを起動させる。すると赤黒い鎖が延びたかと思うと、すぐ近くの瓦礫の山から鼓膜を破りそうな声量の咆哮…。その声の主、完全に体、精神の自由を奪われた炎の帝が姿を現した。
「グオォォッ! 」
「…ラティアス、貴様には学者のガキへの見せしめとして、
ここで散ってもらうわ! 」
…! こっ…、こんな時に…、体に力が…、入らない…!
「
エンテイ! 」
…このままだとわたし…、ダメかも…。
「
聖なる…」
…カナちゃん、コット君…、ごめん…。ティル、テトラ、ラグナ、ラフ、フルロ、アーシアちゃん、わたしがいなくなっても…。…ユウキ君、オルト、スーナ、リーフ、コルド…、また会って、話したかったなぁ…。
…シルク…、フライ…、無理しないで、って言ったのに…。…これじゃあ、もう…、あの笑顔を…、見れないんだろうなぁ…。もっと沢山話して、色んな所に行って、過ごしていきたかったのに…。
万事休す、こう悟ったわたしの脳裏に、みんなの顔が浮かんでくる。…これが走馬灯なんだ…、最期の時を覚悟したわたしは、浮かんだみんなに心の中で呟く。この後の事は大方想像ができるから、わたしはその前に、無事な右目を再び閉じ、その瞬間を待つことにした。
みんな、本当に、ごめん―――。
Continue……