Chance Des Infinitude〜ムゲンの可能性〜 - Chapitre Dix De Cot 〜故郷〜
Soixante-dix-sept 急患
  Sideコット



 「…ほれふらい(これくらい)ふぁれは(あれば)、大丈夫ですか? 」
 「ええっと…、うん、大丈夫そうだね。ありがとう」
 そっか、なら良かった。フィフさんと別れてから大分経っても、僕達は救護活動に専念していた。イグリーとヘクト、それからネージュとカナとオークスとは全然話せてないから分からないけど、母さんと一緒に行動していた僕はまず、町中にヨシノの事を伝えに行った。流石にあれだけ大きな火事だから、僕が詳しく話さなくてもすぐに協力してもらう事が出来た。僕が人の言葉を話せるって事の説明は置いておくとして、小さい町だからあまり時間を使わずに伝えきることが出来た。その後僕は母さんと別れて、救護本部…、って言ったらいいのかな? 研究所前に設置された仮設の本部で、ウツギさんの手伝いをしていた。町中のひと達にも協力してもらっていたから、僕の仕事は人とポケモンとの間の通訳。結局筆談をしていた時と変わらないけど、やっぱり前足で書かなくていいから、凄く効率が良かったよ。情報の共有もスムーズに出来ているから、平行してやってる物資の運搬も、滞りなく行えていた。
 その最中僕は、町の南と東側を往復して最後の荷物を運び終える。取っ手の付いた籠に包帯とか消毒液を詰めてもらって、それを口で咥えて運んでいた。咥えながらだったから上手く喋れなかったけど、何となくは伝わっているはず。だけど大切な事だから、僕はすぐに咥えていた籠を下に下す。ちゃんと喋ったのは一言だけになっちゃったけど、ひとまず僕はウツギさんの方を見上げて言い切る。こんな喋り方だったけど、それでも何とか分かってもらう事はできたらしい。僕が置いた籠を拾い上げ、中の物を確認しながら答えてくれた。
 「よかった。…ウツギさん、ここに戻ってくる途中で聞いたんですけど、ヨシノの人達は殆ど避難し終えたみたいです」
 「僕もそれは聴いてるよ。観光客も…」

  コット君、ティル君! 聞こえてたらでいいから、よく聴いて!

 「あっ、この声は…! 」
 「コット、声…」
 フィフさん! っていう事は、何とか助けれたんだね? 見上げたままの僕は、すぐに得た情報をウツギさんに伝える。だけど僕が言う前に既に、この事は知っていたらしい。あぁそれね、って言う感じで、ウツギさんは頷いていた。そのまま彼は、何かを言おうとする。だけどその途中で、僕の頭の中に誰かの声響き渡る。すぐに誰なのか分かったけど、これは多分ウツギさん、それからここにいる他の人達には聞こえてないと思う。僕が思わず呟いた声に、ウツギさんは不思議そうに首を傾げていた。
 「テレパシーです! 手短に言うと、テレパシーを使えるエーフィが…」

  今すぐ、医療の知識がある人を探して! そしてその人と一緒に、町の西側に来て!

 「えっ、町の西に? 」
 医療…、って事は、医者を連れてきてほしいって事だよね? 僕からフィフさんに返事が出来ないから仕方ないけど、従兄弟の彼女はそのまま、そして切羽詰まった様子で話を続ける。フィフさんが焦ってるって事にもビックリしたけど、それで事態の重要性が分かった気もする。詳しい事は全く分からないけど、少なくとも、フィフさんはライトさん達を助けに行った先で重症の誰かを保護したんだと思う。手短に用件だけを伝えてきて、それだけで彼女の声は響いてこなくなった。
 「コット、一体何を…」
 そういえばウツギさんって、生物学者だったよね? それならもしかすると、そう言う事も…。
 「ウツギさんって、医学とかも分かるんですか? 」
 「医学…? 一応できるつもりでは僕はいるけ…」
 「良かった。それなら、今すぐ僕と来てください! 急患です! 」
 「きゅっ、急患? 分かった、すぐに行くよ」
 そうと分かったら、すぐに行かないと! 少ない情報しかないけど、僕は推測も交えて彼に問いかける。今日の救護で何となくは分かってはいたけど、僕は念のため訊いてみた。それに戸惑いながらも答えてくれたから、すぐに僕は軽く駆け、振り返る。
右の前足でもそっちの方を指しながら言い放つと、それだけでウツギさんは分かってくれた。僕がさっき持ってきた消毒薬の籠を持ったのを確認してから、僕は今度こそ四肢に力を込めて一気に駆け出した。
 「コット、もう少し詳しい状況を教えてくれるかな? 」
 「はい。さっき言いかけたエーフィは僕の従兄弟なんですけど、今はヨシノの方に救助に行ってるんです。エクワイルだから、あの火事の中でも大丈夫なはずです。…それで救助して避難させてきたんだと思うんですけど、今すぐに医者を探してほしい、って言ってたんです。…兎に角、すぐそこにいるはずなので、続きはそこで訊きましょう! 」
 ティルさんにも伝えてたみたいだから、ライトさん達はみんな無事だね、きっと。すぐ後ろでも走る足音が聞こえるから、ウツギさんも僕の後を追ってくれているはず。本当は全速力で駆けつけたいところだけど、二足と四足では走るスピードが全然違う。だから僕はスピードを少し落として、痩せ型の研究者のペースに合わせて走る。そのお陰で若干余裕が出来たから、さっき話し切れなかったことを手短に話す。だけど小さい町だから、あっという間に目的地、町の西側に着くことが出来た。
 「うっ、うん…」
 「いたいた。フィフさん! ウツギ博士を連れて…、えっ? ふぃっ、フィフさん? 一体何があったんですか? 」
 ちょっ、ちょっと待って! 色んなことがあり過ぎて訳が分からないんだけど…! 仮設の照明のお蔭で、僕はすぐにフィフさんの姿を探し当てることができた。だけどその場には、僕が全く予想できなかったじんぶつ達…。

  うっ、ウツギ博士を? こっ、コット君、助かったわ!

 『シルクさん、彼が従兄弟のコットさんですね? 』
 『こっ、コット君? 』
 『ワカバの生物学者か』
 「なっ、ウツギ博士? 」
 フィフさんと一緒にいたのは、仲間らしいコバルオンと、久しぶりに会うシャワーズの二トルさん。それからプライズの幹部のベータと、伝説と言われているスイクン…。もちろん僕もそうだけど、各々が各々で驚きの声をあげていた。
 「スイクンに、コバルオン? なっ、何で、伝説のポケモンが…」

  話すと長くなるけ…

 「フィフさん! その口、どうしたんですか? 」
 そっ、それって…、絶対にただ事じゃないよね? フィフさんにこの状況の事を聴くため、僕はすぐに彼女の元に駆け寄る。だけどそれで僕は、彼女の身に何かあった、そう感じずにはいられなくなってしまう。何故なら、彼女の右の口元から、紅い線が一筋…。元々薄紫色の毛並みが、その色で染まっていた。
 「それは…、もしかしてきみの…」

  確かに私も、重症と言えば重症かもしれないわね。生憎医学は専門外だから分からないけど、間違いなく声帯が断裂してるわね…。だから私は、もう手遅れ…。私の事なんかより、コルド…、コバルオンの背中にのせてるもうひとりを看てほしいのよ!

 ふぃっ、フィフさん…。

  僕の背中に乗せている、この方です!

 「こっ、このひとって、まさか…! 」
 フィフさんはすぐに、テレパシーで語り始める。伝えてくるトーンを変えずにとんでもないことを語ってきたけど、これは彼女にとってはどうでもいい事らしい。すぐに後ろにいる大きな伝説の種族、コバルオンさんの方を見上げる。すると見られたコバルオンさんも、フィフさんと同じ方法で言葉を伝えてきた。
 当然僕は色んなことがあり過ぎて訳が分からなくなってるけど、とりあえず言われるままにそのひとの背中の方に目を向ける。照明で照らしきれてなかったから気づかなかったけど、確かに誰かを背中に乗せているらしかった。言われてみれば、同行しているベータが左手でそこを支えているような気がする…。既に取り乱してるけど、背中のじんぶつを見て、僕は余計に冷静ではいられなくなってしまった。
 「らっ、ライトさん? ライトさんにも何かあったんですか? 」
 『僕は遅れて合流したから、詳しくは分からないんだけど…』
 「こっ、これは酷い怪我…」

  応急措置は済ませてあるが、左目周辺に重い火傷を負っている。…俺がもっと早く着いていれば、あの時に解放出来ていれば…、ここまでには…。

  リーヴェルさんは何も悪くないです。

  …だから、ウツギ博士、あなたにライト…、ラティアスの怪我の度合いを看てもらいたいのよ。怪我の度合いさえ分かれば、措置用の薬品は私が合成できる…。今は意識が無いけど、呼吸はしているから、多分命に別状はないはず…。だから…!

  フィフさん…。僕の立ち位置、それから体格差で分からないけど、話を聴いた感じだと、かなり急を要する状態。大火傷をしている上に意識がないなら、尚更…。パッと見た感じ何故かみんなずぶ濡れだから、体温も下がっていってると思う。こうしてフィフさんは語ってくれているけど、内心気が気でないと思う。僕が見た感じでは、歯を強く食いしばって、無理やり涙を流すまいと堪えている…。その彼女とは違って、スイクンさん、それからコバルオンさんも、悔しそうに顔を俯かせている。

  そう言う事です! …ですのでウツギ博士、ライトさんを…、ラティアスさんを…、何とかお願いします!

 だけどコバルオンさんは、フィフさんが語り終えるとすぐに顔を上げる。取り乱してはいると思うけど、それでも丁寧な口調で訴える。その必死さが、実際に声を聴かずとも手にとるように伝わってきた。
 「…うん、大体状況は分かった。僕で良ければ、精一杯力を尽くすよ」
 「ウツギさん…、お願いします! 」
 …とにかく今は、ウツギさんに頼るしかないよね。ふたりの説得に、ウツギさんはこくりと頷く。状況が状況なだけに、ウツギさんはすぐに真剣な表情になる。今まではそうじゃなかったって事でもないと思うけど、こんなウツギさんは初めて見る気がする…。…とにかく、ライトさんと何かしらの関係がある僕達は、すがる思いで生物学者の彼、化学者のエーフィに、患者の全てを託した。



  Continue……

Lien ( 2017/04/16(日) 22:28 )